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事件ファイル♯16  ケベスさん現る!? 廃屋の秘密を暴け!(3/6)

 アイスクリームを食べられてしまった俺は、その日一日中ミラカと口を利いてやらなかった。

 本日ニ度目のシャワーを浴びて、用意された昼飯を黙って食べ、それから川口少年へ“ケベスさん”についてのメッセージを送る。


『ヒロシ君、ケベスさんって話を知ってるか?』

『近所で有名な都市伝説、というかウワサですね』

『おー。やっぱり聞いたことあったか』

『ありますよ。このくらいは常識です』


 メガネの絵文字付きのメッセージだ。「クイッ」としてるんだろうな。

 俺は、ヒロシ君がどのくらいこのウワサについての知識や見当を持っているか確かめることにした。

 彼からの情報は、公園の小学生よりも濃密なものだった。さすがだ。


『ウワサのケベスさんは、隣町の廃屋に住む“ナニカ”で、近くを通ると立ち去るように命令をしてきます。

 従わなければ魂をとられ、知性を奪われてサルのようにされてしまうんだとか。

 狙われるのは決まって男子小学生とのことです。

 このウワサは春ごろから流行り始めたもので、小学校でも流行っていますが、出どころは中学校です。

 マイカタ第二小で最初にこの話をした子は中学生のお兄さんから聞いたと話していました。

 話の詳細はかなり詳しくて、廃屋は実在する場所だと言われています。

 ケベスさんは廃屋に食べ物や宝を隠しており、それを守るために攻撃をしてくるらしいです』


 出どころは中学校か。子供っぽい怪談だってのに、珍しいな。加えて宝の情報か。


『廃屋の場所がどこかは?』


『詳しい場所は知りません。そもそも、隣町のほとんどは第二小の校区外になってしまうようで、探しに行けないんですよ』


 校区外、か。懐かしいな。

 俺の実家は校区の隅っこにあったから、道路を渡るとすぐに校区外だった。

 自宅すぐそばで遊んでいても、顔を知ったヤツが「子供だけで校区外にでてる~」だなんて指をさして騒いで面倒くさかった記憶がある。


『早く中学生になりたいです。学生だけで校区外にでても文句を言われないんだから』

 律儀な子だ。俺は苦笑する。


「あの~、ヘンシューチョー……」

 声がした。返事はしないが顔を向けてやる。

 ミラカが扉のスキマからこっちを覗き込んでいる。

 ちなみに俺の座るここは、エアコンの効いた彼女の部屋だ。


「昨日は申し訳ありませんデシタ。いきおいで怒ってしまって」

 やっとの謝罪だ。

 だが、わが愛しのワーペンナッツは犠牲になったのだ。


「……」

 これはワーペンダッツの分。謝罪は一回無視だ。

 俺はミラカの謝罪をスルーして、ヒロシ君にケベスさんの怪談の成り立ちに関する推理を披露した。


 すると、彼から「青いウサギがやれやれのポーズをしているイラスト」が送られて来た。


『オカルト調査事務所の所長とあろうものが、詰めが甘いですね。ケベスさんには別の秘密が隠されています』


 別の秘密? なんだ?

 俺は脳内データベースを出し切っている。他に有力そうな情報は持っていない。

 ダメ元でキーボードを叩く。

 ローカルなウワサだ。そんなもん検索して出てくるワケが……。


『ケベス祭』


 あった。ケベス祭は大分県の火祭りだそうだ。起源も由来も不明。

 “トウバ”と“ケベス”の争いを表現したもので、トウバは燃え盛るシダの山を防衛、ケベスはそれに突入を繰り返すというモノだ。


 はて? どこかで見たような気がするが、どこだったろう?


 後半はトウバ・ケベス両者が火のついたシダを持って走り、その火の粉をあびると無病息災になるといわれている……か。

 関連性は不明だが、ケベスはヘブライ語で子羊を意味する言葉らしい。

 どうでもいい話だが、ラム肉というものを食ってみたい。

 食ってみたいのだが、輸入品店で見かけるそれは、冷凍でもかなり値段が高く、食べたことのあるミラカからのコメントも「ビーフやポークでイイデショー」というものだったから見送っていた。


 ま、与太話だ。


『今調べた。実在する祭りの神だか物の怪と同名なんだな』

『そうです。宝を守っているという図と、無病息災の効力のある火の山を守る図。そっくりでしょう?』

『配役はちと違うが、この話が下敷きになってる可能性は高いな。ヒロシ君のほうが一枚上手だった』


 俺は青ウサギが帽子を脱いでるイラストを送信した。


『僕は最近オトナになりましたので。オトナってツラい』

 まだ失恋を引きずっているのか。

 俺は青ウサギニ匹が肩を組んで泣いてるイラストを送信した。


『大人なら校区外に出ても平気だよな? 今度いっしょに、ケベスさんの廃屋を探しに行かないか?』


 初めは実際に足を運ぶ気なんてなかったが、ケベス祭なんてローカルな祭りがでてきて興味がわいてきた。

 ヒロシ君と気晴らしにオカルト遊びに興じるのもよさそうだ。


 案外、ただの噂が本物の都市伝説になる可能性だってある。

 “口裂け女”だって、東京のローカルな範囲から全国区にのし上がったんだ。

 伝説の立役者になれる可能性も、無きにしも非ず、だ。


『いいですね! 梅寺さんもいっしょなら怒られはしないでしょう。友人に感謝! ナマステ!』


 何故かメッセージのケツに合掌の絵文字が連打されている。子供なんだか大人なんだか。

 俺はヒロシ君を誘ってオカルトのウワサを調査しに出かけることにしたワケだが、約束は次の土曜日だ。

 ちょっと先だが、彼は学校があるし、俺もバイトとちょっとした仕事の締め切りがある。


 ま、楽しみに頑張るとするか。


『私も行く』

 ヒロシ君からのメッセージ。私?


 続いて、ピンクのウサギが頬を染めて自身を指さすイラスト。


「なんだ?」

 ヒロシ君とは個人間のメッセージのやり取りだ。グループじゃない。


『姉にハッキングされました。物理的に』

 なるほど。

 それからしばらくは、ハルナとのやり取りに付き合った。

 ヒロシ君が可哀想なので、ちゃんとハルナとの個人チャットにメッセージを送って誘導してやる。


 ハルナも廃屋の調査に行きたいと言ってきた。

 それ自体は別に構わないのだが(いや、ちょっと鬱陶しいが)、コイツがそういうことを言い出すのは珍しい。

 せっかく学校が休みの日だというのに、友人やミラカをチョイスせずに、普段は軽視しているオカルト遊びに付き合うと言い出すんだから。

 彼女も、俺やヒロシ君に感化されてオカルトに目覚めたのだろうか。

 前にUFOで騒いだときには肩透かしを食らわされたが、“こっち”に来たいというのなら仲間に入れてやらないこともないぞ。


 さいわい、最近はバカ娘ポジションは空席なことだし。


 川口姉弟とのやりとりで気分も和らいだころに、ミラカがもう一度アタックを掛けて来た。

 ドアのスキマから、めっちゃこちらを覗いている。


 ところがどっこい、ハルナがせがんだために、俺はチャットではなく通話でのやりとり中だ。

 そういうワケで、ミラカには謝罪のチャンスはなかった。


 間が悪かったとはいえ、それでミラカはすっかりとヘソを曲げてしまって、それ以降は俺への謝罪を試みることはなかった。


********


 翌日。

 俺は単身、廃屋の場所についてアタリをつけておこうと隣町へ出かけることにした。

 川口姉弟と約束をしているので、ゼロから探してもいいのだが、隣町という範囲だけでは広すぎるし、また暑くなったら長時間の捜査にはツラいものがある。

 場合によっては侵入不可の場所(まあ、所有者が居るから廃屋でも不法侵入なのだが)だったり、“事件の真相が不穏なケース”に備えて下調べを済ませておこうと考えていた。


 ウワサの下敷きのひとつである宇宙人顔の変質者の話だが、彼は当然まだシャバには出ていない。

 それでも、変質者なんて掃いて捨てるほどいる世の中だし、万が一また警察沙汰の案件が隠れている可能性もある。

 今年はやたらとそういう話に縁があるし、備えておいて損はないだろう。

 姉弟ともに、危ない目や怖い目に何度も遭わせるワケにはいかないからな。


 それに、一応はメガネの少年も居るし、見た目は子供で年齢はオトナのガキンチョが同棲してるし、行く先々で事件が起こる体質になっている可能性だってある。

 いや、ないか。


 そういうワケで、俺はこっそりと単独で先行調査にでかけることにした。


 もちろん、今日も暑い。

 ここ数年は九月もまだまだ夏の範疇だ。

 最近は夏が終わったかと思えば、すぐに冬がくるイメージだ。

 そんな中でも俺は、隣町までバスを使わずあえて徒歩で向かった。


 そう、ダイエットを兼ねているのだ。


 今朝は朝食を抜いた。

 俺が起きたときは珍しくミラカはまだ眠っていたようだったので、ついでに余分なカロリーをカットしておいた。

 ミラカは昨晩、俺が起きているうちは部屋に戻ってこなかった。

 意地を張らずにエアコンの効いた自室に戻ればよかったのに。

 俺は俺で布団を隣の部屋に移したままだったから、寝る時分には彼女の部屋から退散している。

 これだけ長く口を利かなかったのは久しぶりかもしれない。


 さて、調査は難航しそうだ。

 隣町の範囲が思ったより広い。


 チェックすべきポイントは各地に散らばる廃屋、有名なゴミ屋敷、放置された農地の小屋、心霊スポットとして有名な廃ホテルあたりか。

 廃ホテルはホテルというキーワードがあるために優先はしない。

 ウワサになるならこのキーワードがすっぽ抜けるのはまずありえないからだ。

 立地もやや山奥になるし、小中学生が行くとは考えられない。


 こうして地図で見てオカルトや犯罪によさそうなスポットを絞っていけば、怪しいポイントはかなり少なくなる。


 それでも実際に足で歩くとなると、かなりの重労働だ。

 途中に一度、コンビニに退避して休憩を挟んでの調査となった。

 陽が高く昇ったころ、マイカタ第三小学校の横を通りがかった。

 ヒロシ君の通う学校の隣の小学校ということになる。


 やはりここでもケベスさんのウワサはささやかれているのだろうか?


 運動場では体育の授業中と思われる小学生が踊っている。

 ダンスの授業? いや、運動会が近いのか。

 最近は夏場を外して春先や晩秋に運動会をする学校が増えてるというのに、ご苦労なことだ。

 俺の小学校では体育の日に合わせて十月だったかな。


 心の中で小学生たちを応援して、小学校を通り過ぎようとした。

 すると、なんだか懐かしいニオイが鼻についた。

 学校内に建てられた別館。

 通りすがりに窓をちらと覗くと、白いかっぽう着姿の女性たちがデカい真鍮の鍋や、これまたデカい銀トレーと格闘中だった。


「給食室か」


 腹の減るニオイだ。

 朝も抜いたし、午前中の俺は頑張ったに違いないので、ここらでそろそろお昼ご飯にすることにしよう。

 とはいえ、学校は住宅街にあり、近所にメシの食えそうなところなんてなかった。

 けっきょく大通りまで出て、飯屋を探すことにする。

 あまり栄えていない地区で、チェーン店は見当たらない。


 個人経営っぽい懐石料理屋や、飲み屋はちらほらと見かけたが、傍目では営業しているのかどうか分からない上に、俺のほうは見知らぬ個人店が嫌いときている。

 相変わらず『ロンリー』や『トリくびまいく』以外の個人店には入らない方針だ。


「コンビニにするか……」

 久しぶりにコンビニ飯も悪くないか。

 そう思ってきびすを返すと、塀の陰に白いものがサッと引っ込むのが見えた。


 今のは日傘か?

 あの高さで白い日傘を使う人間なんて、アイツしかいない。


 ……ひょっとして、ミラカは朝からずっと俺をつけ回していたのだろうか?


 謝りたいのか構って欲しいのか、それとも俺が何か弱みを見せるかと思ってつけて回っているのか。

 どうあれ、ご苦労なことだ。

 すばしっこい動きからしてまだ弱っているということはないだろうが、この暑さと外出時間だ。

 日傘や麦わら帽子で防御してるとはいえ、身体にかなりの負担がいっているはずだ。


 俺はため息ひとつつくと、コンビニでひとり分どころか三人分の飯と清涼飲料水を買い込んだ。


 それから自分の分をひとつの袋により分け、彼女の気配を感じているタイミングで、もういっぽうの袋をこれ見よがしに置き去りにしてやった。

 アイスも一本放り込んであるが、早く回収しないと溶けるぞ。


「やれやれ」

 次に振り返ったときには、ちゃんと袋は消えていた。


 俺の中にも「可哀想だし、謝らずとも許してやろう」という意見は無くもない。

 だが、気づいたうえの譲歩や、メシを恵むという許された雰囲気を醸し出してやってるというのに謝罪に来ないのなら、もうそういう気はないということだろう。


 スマホにも特にメッセージや着信はない。


 それに、俺はこのミラカの行動に少し憤慨している。

 日光に弱いミラカが俺を追跡しているとなるなら、あまり遠くへと足を伸ばすべきではない。

 近所のポイントを見て回って、可能ならば小学生にウワサの聞き込みをしてさっさと引き上げるのが無難だ。

 せっかく、ちょっと懐かしい気分に浸りながらオカルト調査をやっていたというのに、あのバカ娘ときたら……。


「いや、俺があいつのために自分の楽しみをそぐことはないだろ」


 俺はため息一つ。

 追跡者の存在に気付いてからは、奥まった住宅街などで彼女が迷子にならないように歩調を落とし、鈍行で調査を続行した。


********


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