事件ファイル♯16 ケベスさん現る!? 廃屋の秘密を暴け!(1/6)
土曜日の昼下がり。俺は独りで台所のテーブルに乗せられたパスタと格闘していた。
一皿目は楽勝。大した量じゃない。
だが目の前にあるもうひとつの皿は、これひとつでも遠慮したくなるほどの山だ。
食欲をそそるはずのニオイを漂わせるソレは、本当は同居人の腹に納まる予定だった。
だが彼女は今頃、どこか外でバカ食いでもしてるんだろう。
どこかといっても、たぶん行きつけのハンバーガーショップだろうが。
「クソ、こんなに食えるかよ」
パスタの山に愚痴る俺。
ニンニクの香りがするそれをフォークで無理やり口に放り込む。
先ほど俺は、ミラカとケンカをした。
最近、お互いの冗談の度が過ぎて、ちょっとしたいさかいを起こすことが増えてはいたのだが、今回はそういうのではなく、ガチのヤツだ。
今日の昼飯は俺の担当だった。
コスパ重視の業務用パスタと業務用ミートソース。ウチの昼飯では頻出のパターン。
いつもと同じ彼女の好物のソースを買ったはずなのに、商品の規格変更でもあったのか、パッケージはそのままに味が大幅に変わっていた。
メーカーとしては気を利かせたつもりなんだろうが、本来使われていないはずの材料が追加されていたのだ。
温めたソースをパスタの山にぶっ掛けるまで、全く気付かなかった。
腹ペコ娘の鼻はその香りを思いっきり吸い込み、むせ返った。それから俺に苦情。
材料のステルス変更なんて気づくはずもない。
それなのに文句を言われた俺は当然、反論をした。
そのまま言い合いに発展して、彼女はガマ口と麦わら帽子をひっつかんで外へ飛び出して行ってしまった。
俺はパスタを前に途方に暮れたが、ニンニク臭のする山を残したままにしてもしょうがないし、ゴミ箱に入れるのもシャクだ。
どっちを選んでも、戻ってきたミラカがクサいだのもったいないだの騒ぐに違いないだろう。
つーことで俺は、独りでミラカの分も食う羽目になったワケだ。
たっぷりと一時間以上かけてミートパスタの山を平らげた。
これはアレだ、小学校の給食が食べ終わらなくて昼休みを過ぎても座ってるヤツの気分だ。
それも、アレルギーや生まれつきの少食でも担任の先生が理解してくれない最低のパターンだ。
「クサいな」
想像以上にニンニクの残り香がキツい。換
気扇を回し、片付けを済ませ、うがいをして歯を磨く。
「クサい」
息を確認するが、とにかくクサい。
普段なら冗談で済ませられるだろうが、今日の流れではアイツの怒りを再燃させかねない。
残暑のぶり返しで今夜はまた熱帯夜の予報なのに、部屋を追い出されてしまう。
過度な機嫌取りをする必要はないが、せめて安眠くらいは確保したい。
口を利かない程度のサジ加減ならば、かえって静かに眠れるだろう。
事務室の窓から外を眺める。日差しが眩しい。
この分なら、ミラカもとっとと帰って来るか。
口臭をなんとかするのが急務だ。ミントのエチケットタブレットでも買いに行くか。
俺は太陽の照る街を歩き、最寄りのコンビニに逃げ込む。
だが、棚に引っかかってるタブレットの値札を見て、暑い屋外へと引き返した。
最近、コンビニで滅多に買い物をしなくなった。
定価でモノを買うのはカネの無駄だ。
そういうのは我が家では“贅沢枠”に入っている。といっても、ファストフードはやたらと利用するのだが。
まあ、どうせ今日はヒマだ。胃も重いし、運動がてらドラッグストアまで足を伸ばそう。そっちのほうが安いだろうし。
ドラッグストアに行く途中、公園の横を通った。
土曜日だからか、ガキンチョたちが何やら集まってワイワイやっている。暑い中ご苦労なこった……。
「あれ?」
ガキンチョの中心に居るのは、白い日傘らしきものをさした金髪麦わら帽子の娘。
ミラカは俺が足を止めて見ていることに気づくと、指をさして何やら言った。それからガキンチョたちが振り返り、俺を見て大爆笑。
俺はスルーしてドラッグストアに向かう。
公園から離れるとスマホが振動。チェックするとミラカからのワン切り。
「構って欲しいのか? 謝りたいんだったら、素直に言えばいいのに」
俺はため息をつく。
ミートソースの件は俺に非がない。それなのに先に怒ったのはアイツのほうだ。
珍しく日傘なんて引っ張り出して長く外出できる気でいるのだろうが、体調を崩して倒れられてもたまらん。
やはり、さっさと仲直りしてあげるとするか。
俺はきびすを返し、公園へと戻った。
公園が視界に入るとガキンチョの群れはそろってこちらに顔を向けており、俺の姿を見つけると「マジで戻って来たぞ! おもしれー!」と言って爆笑した。
……もう許さんぞ。
俺はそのまま早足で事務所へと戻り、ミラカの部屋に置いたままの自分の布団を隣の部屋に移す。
それから、台所のゴミ箱に袋に包んで捨ててあったパスタソースのゴミを引っ張り出すと、ミラカの部屋のゴミ箱へと放り込んでやった。
ゴミ箱はベッドの上に配置。
自身の蛮行に満足すると、俺は階下の避暑地へと入り、店を切り盛りするメガネのふたりとアイスコーヒーを片手に雑談に興じた。
陽が傾き、事務所に戻るがバカ娘はまだ帰っていない。
俺は寝室の扉を少し開けてニオイを確認、顔をしかめて笑う。
テーブルの分かりやすい位置に晩メシ代わりの千円札を一枚置いて、汗をかいた娘が帰って来るのに合わせて「出かけてくる」と言って、すれ違いビルを出た。
しばらくしてスマホが鳴ったが無視。
マナーモードに切り替えてケツ用のマッサージ機になってもらう。
そのまま、川口家の経営する焼き鳥屋『トリくびまいく』に足を運んだ。
店は土曜の夜だからか、ほぼ満席だった。
不愛想なオヤジと、対照的なおかみさん、それと元気いっぱいの看板娘があくせく働いている。
看板娘は入店した俺を見つけると満面の笑みを浮かべて、あいたばかりのカウンター席をいそいそと片付け、そこを指さした。
焼き鳥数種とビールを注文。
しばらくしてハルナが注文を持ってきてくれるが、焼き鳥の串の数が余分に皿に乗ってる上に、ビールも中ジョッキを頼んだハズが大ジョッキだった。
俺がこっそりと間違いを指摘すると、ハルナは謝りつつも「こっちのミスなんで普通料金でそのまま食べてくれていいっす」と耳打ちして仕事へと戻っていった。
思いがけないラッキーに気分をよくして、ジョッキを煽りながらスマホをチェックする。
ミラカからの不在着信が数件。
その中に紛れてメッセージがひとつ。
『クソヤロー』
しっかりと効いてるようでビールがウマい。
俺はウンコの絵文字を返信してやると注文を平らげ、ゴキゲンで追加の焼き鳥と冷酒を注文した。
客が引けて手があいたのか、ハルナが隣の席に着いてお酌を始めてくれた。
それから俺は、同居人の悪口や不満点を女子高生にたっぷりと聞いてもらった。
「わかる~」、「それな! あの子、たまにそういうトコありますよね」、「センパイも苦労してるんすねー」、心地よい後輩の相槌。
その返礼というわけでもないが、こちらがひとしきり話をしたあとは、彼女の他愛ないおしゃべりに耳を傾ける。
相変わらず賑やかな女子高生だが、今日のトークからは不思議と一切のうざったさを感じなかった。
ふと気づけばラストオーダーの時間になり、俺は彼女と笑顔で別れの挨拶を交わし合い、料金を払って店を出た。
帰りの夜道は蒸し暑かった。腹は重たかったが、気分は軽い。帰ってからもお楽しみがあるからな。
吸血鬼娘はどうしてるかな?
玄関を開けると事務室の電気は消えていた。テーブルに置いたはずの千円札はそのままだ。生活スペースへの入り口には可愛らしい靴がそろえて置いてある。
台所からは灯りが漏れている。
「メシでも作って待っていたか?」なんて想像すると、わずかに胸が痛んだが、食卓は片付いており、イスには腕を組んでふくれっ面をしている小娘がちょこんと座っていた。
「ただいま」を言っても返事はナシ。
俺は水を一杯飲んで「風呂に行ってくる」と置物の娘に言い残す。
台所は蒸している。どうやら部屋がクサくて中に入れないらしいな。謝るどころかバカにしてきた罰だ。
俺は服を脱ぐと、鼻歌混じりに浴室へと足を踏み入れた。
……と、その時であった!
俺の足の裏は風呂場の床を踏むことはなく、何か丸っこいモノの上に着地したのだ。
そして、それはするりとタイルの上を滑った!
後頭部が敷居の角に衝突し、視界が白く点滅。それからひたいに堅いものが落ちてくる。
「いってえ!」
ワンテンポ遅れて大声で悲鳴をあげた。
起き上がり、後頭部と押さえると視界の隅に白いものが転がった。
ミラカのお気に入りの石鹸だ。
俺はすっかり酔いが醒めて、別の原因で痛むアタマを押さえながらシャワーを済ました。
たんこぶだなんて小学生以来だ。風呂から出て、冷蔵庫に氷を取りに行く。
食卓には相変わらず置物の娘がいたが、俺が氷をアタマに当ててるのを見て「へッ」と笑って自室へと戻っていった。
俺は特に何も言わず、隣の部屋へ行き、電気を消して布団の上に転がった。
うとうとしているとスマホが震えた。
『換気はしましたが、布団がクサすぎて眠れません』
『食べ物を粗末にした罰だ。俺は暑苦しくて寝苦しい』
『スパゲティ、捨てたんですか? こちらは涼しいですよ』
『アホか。全部俺が食ったわ』
『ありがとうございます。夕食はどうしました?』
『ハルナのところで食った。もう寝る』
『そうですか。考えていなかったのでよかったです』
しばらくしてから『おやすみなさい』の追加メッセージ。
少しこたえたか、しおらしくなってやがる。
コイツは何を食ったのだろう。千円札はテーブルに置いたままだった。今日は晩飯も俺の当番だった。
俺は「ま、朝にはカンベンしてやるか」とスマホを床に転がし、アタマをまくらに乗せた。
たんこぶが痛んで思わずうなる。
やっぱりダメだ。ちゃんと謝ってくるまで知らん!
痛みと蒸し暑さにイラついていたら、またスマホが震えた。
『お腹が空きました』
うるさい。
『テーブルに千円置いてある。レイデルマートにでも行ってこい』
『ひとりで夜道は危険だと思います』
『知らん、俺は寝る。お前は日本の治安を信じろ』
『日本の企業はズルいです。知らないうちに量を減らしたり、ニンニクを入れたりするなんて』
俺たち日本人からしちゃ、よくあることだ。
文句を言うことはまあ、あるが。だが今回のケンカの原因はそれを俺に当たったことにある。
日本企業じゃない、お前が悪いんだ。
俺はスマホを機内モードに変更して放り投げ、今度はそっと横になって目を閉じた。
暑苦しくて寝付くのには苦労した。
夢と現実のはざまに落ち込んだとき、遠くで事務所の扉の開閉音がした。
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