事件ファイル♯15 マインドコントロール! 洗脳された乙女たち!?(5/6)
「カンベンしてくれ」
「カンベンしないデス。編集長、ハルナちゃんが騙されたままでいいのデスカ?」
「ダメだ。だけど、それとこれとは別だ。だいたい俺が女装して詐欺師を騙すなんて無茶にもほどがあるだろ!」
「私、男装なら得意ですよ。コスプレやってるんで。服とかも用意できるかも! ウィッグも昔の相方用のがありますよ!」
ユイコさん、声が弾んでませんかね?
「ずっと昔の話ですが、ミラカが学校へ行くことになったとき、パパやママから“品格のある女性になるためのレッスン”を受けたことがアリマス。編集長をビシバシ鍛えマス!」
コイツを見る限り、レッスンの効果は疑わしいところだ。
「骨格からしてムリがあるだろ。こんな体格の女子がいるかよ」
「ウメデラさん、それって生まれつき身体の大きい女子に対する宣戦布告ですか?」
「やはりデリカシーがアリマセン。レッスンデス!」
「センパイ、化粧水使う?」
ボトルが差し出される。
「お前が言うな。おまえはまだ騙されてる側だろうが」
俺が指摘すると、ハルナは表情を陰らせて下を向いてしまった。
「編集長」「ウメデラさん」
ふたりに睨まれる。
「……分かった、分かったから。悪かったよ、ハルナ。いいか? 女装してみて、どう考えてもムリって分かったらオシマイ。すぐ他の手を考えるからな? というか考えておくからな」
「ヘヘ、センパイ、よろしくおなしゃーす」
ハルナは小声で言い、俺を拝んだ。
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翌日、俺は朝からエアコンのフィルターの掃除に取り掛かった。
本体に洗浄スプレーをし、フィルターは取り外して洗う。
いや、女装から逃げてるワケじゃないぞ。待機がてら雑用をこなしてるだけだ。
ミラカは俺をオモチャにする計画の準備のため、喫茶店で働くユイコさんのところに行っている。
「調べ物をするから」とノートパソコンまで取り上げられてしまった。
朝から食事の作法まで指摘されるし、俺はどうなってしまうのだろう。
せめて、人としての尊厳だけは守りたいのだが。
平日なのでハルナは学校だ。彼女が帰宅してから俺の醜態のお披露目会の予定だ。
女子に成りすまして美容関係の知識を持った詐欺師を騙す。
子供とプロボクサーの殴り合いかよ。
女子として潜入するよりも、オカマちゃんだとかトランスジェンダーだとか言って丸め込んだほうが楽なんじゃないだろうか。
心が女なら男嫌いのウチハラもセーフ判定を出してくれそうだが。
エアコンの掃除を済ませた俺は、ソファに座り残暑に耐えながらスマホでヒマを潰す。
「マア! ウメコさん! そんなに足を開いてはしたない!」
ぴしゃりと俺の足が引っぱたかれる。
「痛えな!」「言葉づかい!」
ミラカが指をさす。
「痛いですわ!」
俺は足を閉じて座り直す。
「ヨロシイ!」
よろしくない。
「それで、計画はまとまったのか」
「ハイ。服はそのままのユニセックス路線、お化粧とヘアメイクでやりマス。あとはお淑やかになればバッチリデス」
「ばっちりじゃないだろ。絶対騙せないって」
スカートやドレスを着せられないだけマシだが。
「オカマとかトランスジェンダーってことにしてハルナに口添えしてもらったほうが楽なんじゃないのか?」
「その提案は却下デス。生まれながらの問題で苦しむ人の気持ちを考えてクダサイ」
生粋のヴァンパイア娘が言った。
「……すまん。そうだな。でも、バレたあとどうすんだ。っていうか何かの罪になるのか?」
「サア? ドウデショウ? とにかく、編集長にはユイコさんが休憩のときに変身してもらいマス」
策を練らなさすぎだと思うのだが。
とはいえ、俺もどうしたらいいのか分からない。
対策を取ったユイコさんもコロッと騙されたんだし、あまり考えてもしょうがないのかもしれないな。
個室に入るところまで持っていければオッケーとして、そこでいっそのこと性別を明かせば、形勢を逆転させることができるんじゃないだろうか。
敵意のある男と個室でふたりきりなワケだ。
恫喝に近い形にはなるが、ハルナやユイコさんを騙したことを認めさせて、返金と解約をさせる。
こちらは警察に言わないことを材料にすれば、手打ちにもしやすい気がするな。
それから午後。
俺は顔面に化粧品を塗ったくられた。
ユニセックス路線ということで、あまり無茶なことはされていないが、鏡を見てもそこにはちょっと小綺麗になっただけの俺が居るだけだ。
「顔が突っ張る気がする」
「保湿が足りてないのかなー。乳液があってないのかもしれません」
「ヘアメイクも、どーしたらよいのかよく分かりマセン」
「キミたち、マジで無策過ぎませんかね」
午前中何やってたんだ。とはいえ、女子も毎回これを整えてるのは大変だな。
「やはり髪の毛はハルナちゃんに見てもらいマショー」
「じゃあ、今はできることナシかな?」
アホかこいつら。鼻が痒い。俺は鼻に手を伸ばした。
「こら、ウメコちゃん。触ったらダメですよ」
ユイコさんに叱られ、手を引っ込める。
「編集長にはもう少しお淑やかになってもらわなければナリマセン」
「じゃあ、しばらく女子のフリしててもらいましょっか」
自然に取り出される長い黒髪のカタマリ。
「百均で買った口紅もアリマス!」
鏡の端に映る満面の笑み。
「……結局こうなるのかよ」
「デハ編集長、可愛くしてあげるので動いてはイケマセンヨー」
俺は逃げようとするも後ろからガッチリとユイコさんにホールドされる。
大きくて柔らかいものが背中に当たっている。
「ちょっとユイコさん。放してください!」
「ダメだよー。ここで諦めたらハルナちゃんガッカリしちゃうよ」
「そうじゃなくって……」胸が。
「アーッ! ユイコさんのおっぱいが編集長の背中にーっ!」
ミラカが叫ぶ。
「えぇ~っ! セクハラです! 動いたらチカン!」
「ミラカ、ショックダナ~。編集長がチカンだったなんて」
ミラカはウソ泣きの仕草をしたあと、キバを見せた。
「でもー? 女の子同士だったらー? チカンにナリマセン!」
「そっか~。それじゃあ女の子になりましょう。そうすれば私もチカンはされてない!」
コイツら絶対遊んでるだろ……。
それから俺の顔は、散々な目に遭わされた。
災難はまだ続く。
場所を移してロンリー。
「今から夕方まで、ウメデラさんには女子として喫茶店で働いてもらいます!」
「いやあ、それはどうだろ……」
「言葉づかい!」
ミラカに尻を叩かれる。
「きゃっ! そ、それはどうなのかしら……。ナカムラさんにだって迷惑が掛かるわ」
やけくそだ。この哀れな友人に慈悲をくださいナカムラさん。
「僕は喜んで協力するよ。友達が困ってるのは、見過ごせないからね」
そう言って喫茶店のマスターは、そっぽを向いて吹き出した。
「ソーデス。みんなの力でハルナちゃんを取り戻すのデス!」
「頑張りましょう! ね、ウメコさん!」
「は、はいっ。アタシ、頑張りますっ!」
俺……アタシは胸の前で両こぶしを握ってファイトをアピールする。ナカムラさんは肩を震わせて床に崩れ落ちた。
ウェイター、もといウェイトレスとしての活動は惨憺たるものだった。
お客はみんな目を丸くするし、明らかにドン引きだ。
子供は泣きだし、遠くからスマホのシャッター音が聞こえる始末。
アタシのメイクアップした姿は鏡越しでもおぞましいものだったから、ナマで営業スマイルをしている姿はお客様の目にはどう映っているのかしら……?
とにかく、ナカムラさんはずっと笑いっぱなし、ユイコさんとミラカは陰でなにやらヒソヒソ相談してるし、アタシはもう人間をやめたカイブツ記念日よ。
「ウメデラさん。声が全然なってませんよ」
ずっと裏声で対応してきたが、まあダメだったんだろう。
「舌を下あごから浮かせて、少し舌先を突き出すような感じで、やや鼻声気味に話してみてください」
「こ、こう?」
言われたとおりにする。
「ウメコさん、もっと長い言葉を話してクダサイ。『アタシウメコ、花も恥じらう三十一歳』って言ってクダサイ」
「ア、アタシウメコ! 華も恥じらう三十一歳!」
カウンターから爆笑が聞こえた。それから何かモノが落ちる音。
「ちょっとはマシになったかな? ついでに、ドジっ子路線でいきましょう」
アタシはトレーと水の入ったコップを持たされる。
「これはプラスチックなので落としても平気です。ちょっとそこで転んできてください。お客様に迷惑を掛けない範囲でお願いしますね」
もうどうにでもなれ。
アタシは内股気味に喫茶店の奥まで行き、それから小走りにカウンターへと戻る。
「急がなくっちゃ。お客様がお待ちだわっ☆」
それからワザと足を絡ませて、
「きゃっ☆ あぶなっ……」
盛大にスッ転ぼうとしたが、誰かに支えられてしまった。力強い腕だ。
「大丈夫ですか。ご婦人」
渋めのボイスの出どころを見上げると、グレーの瞳と、スッと通った鼻筋、少しシワが寄っているが凛々しい口元が視界いっぱいに映った。
ロマンスグレーのヴァンパイア。サトウこと、ジョン・ルスヴン・ポリドリさんだ。
「あっ、サトウさん……。イヤだわ、アタシったら……」
サトウさんから慌てて離れる。なんだか、頬が熱くなるのを感じるわ。
「私の名を。貴女とはどこかでお会いいたしましたかな?」
「えっ!? えっと……」
思わず顔を背けてしまう。気づかれてないのかしら?
彼には女性だと思われてるわ。アタシって、意外とイケてるのかしら?
「初めてかもしれませんが、そうじゃないかもしれませんわ。アタシたちきっと、どこかで逢ってたのかも……。そうでなくっても、今、出逢ったのには違いはありません」
よく分からんセリフが微笑みとともにアタシの口から這いずり出してきましたわ。
「ギャハハハハ! ウメデラお前、それはないやろ!」
……は?
俺の前に立つジョンさんの背後には、悪友フクシマの姿。
「えっ、アシオ殿!? 言われてみれば。一体どうしてこんな……」
ジョンさんに気づかれる。ああ、彼もこんな表情ができるんだな……。
「お前、なんでオカマになっとんねん。ヒー! 苦しいわ!」
「これにはワケがあってだな! っていうか、ふたりはどうしてここに」
「私は先日、こちらの手伝いをさせていただいたときにマスターへ挨拶をしていなかったので、ヒマをみて訪ねただけなのだが……」
ジョンさんからの視線は冷たい。
「ヒヒヒ、笑い過ぎてしんどいわ。俺は、ミラカちゃんが『おもろいことがあるから来い』って言うたから来たんやで」
「ミラカお前!」
俺はカウンターでヒザを叩いて爆笑してる小娘に詰め寄り、両頬をつねってひっぱった。
「だ、だっへ、へんひゅうひょう、めっひゃきもくておもひろ……いだだだだ!」
「ウ、ウメデラさん! 子供相手に乱暴はダメですよ!」
ユイコさんが慌てて俺を止める。
「みらはころもらないれす! ぶふっ!」顔に唾が飛んでくる。
「あっ、ばっちいな! ウイルスがうつるだろ!」
思わず顔を袖で拭う。
「もう! 子供みたいに! メイク崩れちゃってますよ! ……あははっ、酷いカオ!」
ミラカだけでなく、ほかの面々も次々と笑いだす。ジョンさんまで。
「ひでえツラやでホンマ。鏡見てみーや!」
フクシマは他の客に構わず床を叩いて笑っている。
俺はお手洗いに駆け込み、おかめの福笑いと出逢って大爆笑した。
……。
けっきょく、俺が恥をかいただけで何も得るものはなく、ハルナが来てから再度考え直すことになった。
「うーん。これだとただの小綺麗な男っすね。鼻立ちがもうちょっとハッキリしてれば、マユとアイライナーでそれっぽくできるんですけど。センパイはドチャクソ日本人顔なんでダメっすね」
ハルナは最初のユニセックスを目指したメイク状態の俺を見て言った。
「ヘアメイクでなんとかならない?」
ユイコさんが訊ねる。
「それ自体はあたしも練習をかねて試してみたいんだけど、さすがに上手くやる自信ないっす。ちゃんとした女子相手ならともかく」
「デハ、やはり……」
ミラカは昼間に俺が被っていたカツラを取り出し、ソファにうずくまって笑い始めた。
「ガチの女装で行くんすか?」
「それしかないだろ」
俺も諦めた。女装でもなんでもいい。
ジョンさんが一瞬でも騙されてくれたんだ、可能性はゼロじゃない。
個室に入り込んであとは男としてやるだけやってやる。
「じゃあ、『女の知り合いで紹介したい人がいる』って伝えときます。ユイコさんがお客になってくれたんで、ウチハラさんの信頼アゲがってるんでよゆーっす。ウチハラさん騙すのは気が引けますケド……」
「お前はどっちの味方なんだ」
俺はため息を吐く。
「ごめん。でも、なんて言うんだろ、あたしもう何が正しいのか分からなくなっちゃってて。ハッキリさせないと、もうダメかも」
「ダメってどうなるんだ。足を洗うだけじゃダメなのか?」
「分かんないよ……。でも、とにかくモヤモヤしちゃってて……」
ハルナはアタマを抱え、鼻声で言った。
「すまん。よく分からんがまあ、“わかる”ぞ。やれるだけやってみる」
「あざっす。ホントあたし、どうしちゃったんだろ」
ハルナはため息をつく。
「ハルナちゃん、これを見て元気を出してクダサイ」
ミラカがハルナにスマホを見せた。
「うっわ!? マジで? アハハハハ!」
ハルナが爆笑する。
スマホに映ってるのは俺が昼間に魔物に化けたときの写真だ。
魔物がミラカのほっぺたをつねってお怒りのシーン。
アングル的にカウンター内からの撮影なんだが?
「……はー、おかしかった。ありがと、センパイ。とにかく、アポだけは絶対取るから。よろしくお願いします」
ハルナは指で涙をぬぐうと、口元を引き締めて言った。
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