事件ファイル♯15 マインドコントロール! 洗脳された乙女たち!?(3/6)
陽が沈み、ロンリーのお客も掃けた。お店は閉店作業中だ。
「いやー。ビックリしたね」
ナカムラさんがコーヒーサイフォンを清掃しながら言う。
「マスター、うるさくしてゴメンナサイ」
ミラカが謝る。
「しょうがないよ。ミラカちゃんはハルナちゃんのことを思って言ったんだから」
ユイコさんは食器棚の戸を閉じ、カウンター席に腰かける。
「ふたりから見て、ハルナはどうでした?」
「うん。アレは騙されてるね。海外旅行に行くとね、たまにあんな感じにまくし立てて話してお店に連れていこうとする野良ガイドの人に会うね。基本的にボッタクリだけど」
ナカムラさんが言った。
「私から見ても異様だった。あの子があんな風になるのは初めて見た。私も騙されるところだったかも」
ユイコさんが言った。
彼女の顔には心配の色が浮かんでいる。
「ですよね。なんとかしないと。客観的に見てもオカシイんだ。被害うんぬんを抜いたって、このままだとハルナを見る周りの目も変わってしまう」
「ハルナちゃん、騙されてマス。助けてあげなくては!」
鼻息荒くミラカが言う。ユイコさんがミラカを見てうなずく。
「とりあえず、ハルナの話から分かったのは、ネズミ講まがいの会員制の商売と、ウチハラって女性が黒幕らしいことです。彼女はウチハラに心酔してます」
「なんデシタッケ。伝説のナントカカントカ……。ハリウッドがどうとか」
「ハリウッド女優からの予約がいっぱいで忙しい人が、日本のマイカタで肌のチェックなんかしたりするハズがない」
俺はスマホで特許の検索をおこなう。
「……あったぞ。“内原マユミ”。これだろ。内原マデリーンは本名じゃないだろうしな。超音波美顔器と美顔ローラーの特許を取ってるな」
名前で検索をすると、いくつものページがヒットする。
「ブログやSNSもやってるみたいだ。こっちではやっぱり“内原マデリーン”って名乗ってやがる。サイトには芸能人もコメントしてるなー」
マユミでマデリーンか。俺は鼻で笑う。
「じゃあ、ホンモノ?」
ナカムラさんがスマホを覗き込む。
「どうでしょう。SNSのフォロワー数……四ケタか。四ケタなら大したこと無いし、フォロワーも、サイトの芸能人コメントだってカネで買えます。あとは“サクラ”を使えばいくらでもそれらしく見せられます」
「そんなに手を回して儲かるのかな。でも、今のハルナちゃんなら、タダでもお手伝いしそうね」
ユイコさんが言った。
「ネットで悪口を書いてやりマショー!」
スマホを取り出すミラカ。
俺はアタマにチョップをお見舞いする。跳ねる金髪。
「アホか。誹謗中傷で訴えられるわ。相手はヤリ手だぞ。慰謝料を美味しく巻き上げられるのがオチだ」
「ウー。でもハルナちゃんが……。編集長、今からウチハラをぶん殴りに行きマショー!」
「逮捕されるわ。お前はちょっと落ち着け」
ミラカは相当この件が気に入らないらしいく、ケンカ別れのようになってからもずっとハルナの心配をし、ウチハラを口汚く罵り続けている。
「人の夢を利用してお金儲けするヤツが逮捕されればいいんデス! ミラカ、絶対やっつけてやりマス!」
ミラカは腕を組み口をへの字に結ぶ。
「お前はやめとけ。俺がなんとかハルナを説得するから。それにはできればもう少し情報が欲しいんだが……。直接ウチハラに会うのが一番だが、さすがに俺が潜入するのは無理があるしな」
「ウメデラ君、美容とかにまったく興味無さそうだもんね」
ナカムラさんが笑う。
「デスカラ、ミラカが行きマス」
シャドーボクシングをしながら言うミラカ。
「ウメデラさん、ミラカちゃん。その役、私がやりますよ」
ユイコさんが言った。
俺はなんとなくナカムラさんの顔を見る。
「え、何? どうして僕の顔を見るの?」
「いえ、別に」
ふたりはお付き合いしてるっぽいし、カレシの目の前でそういう危なっかしいコトに巻き込む話はちょっとな。
「まあまあ、任せておいてください」
ユイコさんはイスから降りると、メガネを外し、誰も居ないほうに向かって両手を差し出した。
それから、くるりとこちらに振り向き「私、演劇部でしたから」と言った。
「おー」ミラカが拍手する。
「私の演技で情報をすっぱ抜いてきますよ」
「大丈夫?」
ナカムラさんが訊ねる。
「平気です。ウチの部は県の大会で最優秀賞を取ったこともあるんですよ」
それは期待できそうだ。
ぼそりと「まあ、私は漫研との掛け持ちの衣装係でしたけど」なんて言ったが。
「おお、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?」
急にミラカが何やら言い出した。
胸に片手を当て、明後日の方向を見て、天井にもう一方の手を伸ばす。
「それは、お前を愛しているからだよロミオ! お前といっしょなら地獄まで行っても構わない!」
ユイコさんが答えた。ん……? なんかヘンだぞ。
「それは素敵だねロミオ! いっしょに地獄に行きましょう!」
ミラカはユイコさんに手を伸ばす。手を取るユイコさん。
「行こうかロミオ、閻魔大王とレッツパーリィーだ!」
……ダメそうだ。
「心配だなあ」
ナカムラさんも声をあげた。
「俺もあんまりオススメしませんね」
「どうして? 断ればいいんでしょう? 騙されると分かってるんですよ?」
ユイコさんが首をかしげる。
「良心を突いてくる可能性が高いからですよ。強引に断るにしても、かなり気分の悪い流れになるはずですから。ハルナの紹介とあれば、ユイコさんの良心に付け入るスキはいくらでもあります」
「それはそうかもしれませんけど。最終的にハルナちゃんの目を覚まさせてあげたら、わだかまりも消えてなくなるでしょう? ロミオとジュリエットも、なんかそんなおはなしでしたよ!」
そんな話だっけか? ふたりとも死んでたような。
「信用してませんね?」
懐疑の視線を受けてユイコさんは不満そうだ。
彼女はスマホを取り出し操作する。
「何したの?」
ナカムラさんが訊ねる。
「ハルナちゃんに『夕方の熱心な話を聞いたら、ウチハラさんに興味が湧いちゃった!』って送ったんです」
「どうしてもやるつもりなんだね」
ナカムラさんはため息をついた。容認ということか。
となれば、この場合に俺が出来そうなことといえば……。
「じゃあ、少しでも作戦が上手くいくように、詐欺商法やマインドコントロールに使われる技術について勉強しましょう」
本やネットでかじった程度の知識だが、ないよりはマシだろう。
ちなみに、勉強会をした際にヒロシ君も履修済みだ。
「また五円玉デスカ?」
「そういうのじゃない。ちょっとした心のスキマを突いた会話のやりとりや、条件反射を利用するんだ」
「例えば?」
ミラカが首をかしげる。
「じゃあ、今から俺がお前を“走らせてやる”よ」
「走る? 走って欲しいのなら走りマショーカ?」
「いやいや、素直に走ったら意味がないだろ。俺が騙して走らせるんだよ」
「へッ。騙されると分かってて騙されるヤツがアリマスカ!」
バカにしたような笑いを浮かべるミラカ。
俺は彼女にニッコリを笑いかけた。
「なあ、ミラカ。お前、最近太ってきてないか?」
「へッ!? 何を急に。ミラカ太ってマセン!」
「いや、太ってるだろ」
「ちょっと食べ過ぎかなとは思いますが、ちゃんとコントロールできてマス!」
「毎日に体重計乗ってチェックしてるからか?」
「そ、そうデスケド」
「知ってるか? 脂肪よりも筋肉のほうが重たいんだ。運動しなきゃ筋肉が落ちるから、体重は減るはずだ。それでも体重が減ってないということは、筋肉以上に脂肪が増えてるってことだ」
「本当デスカ?」
ミラカの目に不安の色が浮かぶ。
「よく聞く話ですね」
ユイコさんが言った。ミラカが唸る。
「ダイエットしろよ。ご飯抜きだ」
「ウ……デモ、シマセン。ミラカ太らない体質デス」
首を振るミラカ。
「じゃあ、ご飯はカンベンしてやろう。毎朝一時間ジョギングをするのと、おやつでB・Tに行くのを減らすのどっちがいい?」
「ウウ……。では、ジョギングで手を打ちマショー」
がっくり肩を落とすミラカ。
「いやいや、ジョギングもしたくアリマセン!」
ミラカはハッとした表情で首を振る。
「じゃあ、頑張ったらご褒美にハンバーガーを食ってもいいぞ」
「ワーイ! ってそれでは痩せないのデハ?」
「運動すると、そのときのカロリー消費だけでなくて、のちの行動の燃焼効率も上がるんだ。だから、ジョギングした分だけなら食べてもトータルでは痩せる計算だ」
「オウ! 編集長は天才デス!」
「いっしょにB・T行こうな。食べてるお前は可愛いからなー」
「エヘヘ。編集長がそうおっしゃるなら、ミラカ、ジョギング頑張りマス」
はにかむミラカ。
「……ということでコイツは毎朝一時間ものジョギングをするハメになった。別に全然太ってないのにな」
「騙されマシタ!」
アタマを抱えるミラカ。
「今のは普段の会話の延長……俺と彼女のあいだに信頼関係があるから成り立つ話なんですが、この会話の中にもいくつか相手を誘導するテクニックが紛れています。まず最初の『太ってきていないか?』です」
「女の子なら誰でも気にしてますよね」
ユイコさんがうなずく。
「普通はこういう会話を振ると失礼になるので例としてはイマイチですが、なんらか相手の心配を引き出すことで、赤の他人を会話に巻き込むことが出来ます。化粧品の場合なら、『お肌のトラブルでお悩みじゃありませんか?』とかになりますね」
「いきなり『化粧水買いませんか?』だと断られて終わっちゃうね」
ナカムラさんもうなずく。
「さらに、このあと追撃で『体重の管理はできている』という情報を引き出しました。体重をコントロールできていると言い張るからには体重計に乗っているのは当たり前の話なんですが、それを言い当てることで心理的に優位に立てます。次は知識の披露です。脂肪や筋肉のくだりは事実です。今はユイコさんが同意したことでミラカが信じましたが、スマホで調べられても結果は同じです。これは俺の言うことに“信憑性を増す”ことになります」
体重計に乗っているって話は本人の口から聞いたことのある情報だが、騙す前に相手の情報を引き出すというのは基本中の基本だ。
「次にミラカにダイエットを提案するくだりに入りますが、彼女はハッキリ拒否します」
「ミラカ、ダイエットしたくないデス」
「ダイエットしたくない人間にダイエットをさせるためにふたつテクニックを使いました。ひとつはこちらからの“譲歩”です。『ご飯抜きは見逃す』」
「ご飯抜いたら死んでしまいマス」
「これは当たり前の次元の譲歩でも構いません。譲歩の事実だけあればいいので。でも俺の目的は“ご飯を抜かせること”でも、“ダイエット”でもなく、“走らせること”です。譲歩してもじつはノーダメージ。化粧水にしても実際はただの水なのに一万で売ろうとして半額にしたって、痛くもかゆくもない」
「それを一度一万で売って、しかも懐柔までするなんて、かなりの手練れだね」
ナカムラさんが唸る。
「次に『ジョギング』と『おやつ抜き』の提案。仮にダイエットをするにしても、他にも選択肢はいくつでもあるのですが、あえて限定して提案することで、視野を狭くします。上手い人はここで流れを引き寄せて具体的なプランの話に持ち込みます」
「ミラカ、ジョギングを選びマシタガ、イヤって言いマシタ」
「そうだな」
「ミラカちゃんがおやつ抜きを選んだら……ってそれはありえないか」
ナカムラさんが笑う。
「次に“ダブルバインド”というテクニックを使います。矛盾したふたつの指示で心理的に揺さぶりをかけて支配下に置く手です。これは特に始めから立場の強い人間がおこなうとほぼ成功します。俺とミラカの場合は家主と居候、ハルナとウチハラの場合は個室という閉鎖空間と、恐らくそれまでの会話の流れを利用したと思います」
「ダイエットを提案する人がハンバーガーを食べてもいいというのは矛盾ですよね」
「ハルナはウォーキングと早寝のアドバイスを受けていますが、ご褒美のおやつは許可されています。かえって肌にいいと。これは俺がミラカに言った理屈と同じです。あとはミラカの泣き所である“可愛い”のダメ押しで落としました」
「でも、それならいいことづくめなのデハ? 運動したほうがご飯もおいしいデス。編集長、一緒に走りマショー」
マヌケ面のミラカが言った。
「こういう会話テクニックは、目的次第じゃ善行に使えるからな。だが、俺の目的が『ハンバーガーを売る』ことでも成立するし、『走らせる』代わりに『ルームランナー』を買わせるでも成立しうる話だ。ウチハラの目的も『化粧水を買わせること』であって、ハルナの肌の状態がどうだろうと、太っていようと痩せていようと関係ない」
ミラカは口元を引き締めた。
「確かにね。詐欺じゃなくても、合法なセールスでもありそうなテクニックだし」
ナカムラさんも表情が硬くなってる。
「あっ、そういえば……」
ユイコさんが口に手を当てる。
「“ウチの使ってる電話会社の担当を名乗る人”が、インターネット回線が安くなるから変えてくださいって電話を入れてきたことがあるんです。私、仕事が忙しくて面倒だから適当に断ったんですけど、電話番号がフリーダイヤルだってので不審に思って調べたら、電話会社でなくて、そこの事業に参加してるだけのプロバイダーの代理店の番号でした」
「そういったミスリードを誘う手法も有効ですね。昔流行った『消防署のほうから来た者ですが』といって消火器を売りつける悪徳商法みたいなものです」
「ウチは喫茶店をやってるせいか、浄水器のセールスが多いなあ」
「今のおふたりの場合は事前につかんだ情報を使っていますが、ヤリ手になると相手の情報から逐次有効な会話を選んで誘導します。観察力勝負です。女性でも化粧水に興味がない人もいるワケですから。例えば、手袋や帽子を使っている人なら紫外線を気にしているので、そこが会話の切り口になりますし、ブランドもので身を固めているのなら高級・流行・セレブなどのワードに興味を示すでしょう。睡眠不足や肩こりなどの身体的にでる特徴を見抜いて言い当てれば、相手を驚かせてそこから美容の話に一気に引き込むこともできます」
「でも、子供相手とはいえ、女子高生に一万円もする化粧水を売りつけるなんてできるのかな?」
ユイコさんが疑問を呈する。
「そうですね。アイツの様子を見るに、かなりウチハラに心酔してましたから、かなり上手いコトやったんでしょうね。心理的な寄り添いや少し難しい言い当てだけでなく、ハルナの美容師を志した経緯とウチハラが美容業界に入った理由がパラレルに酷似してるのが決め手じゃないかと」
「じゃあ、私は大丈夫だね。手口も教えてもらったし」
ユイコさんはナカムラさんに笑いかけている。
「個室っていうのが心配ですね。知らない閉鎖空間で相手に優位に立たれるのは本当に危ないですよ」
「女性なんですよね?」
「そういう意味合いじゃないです。こればっかりは実際にやられてみないと理解できないと思いますが、連れ込まれた時点で八割方負けてるようなものなんですよ」
俺もずいぶん昔に、美人のねーちゃんに誘われて絵を買わされそうになった。
原画八十万円、コピー画十万円だなんて言われたな。
最初に原画を勧められて次にコピーだったが、当時大学生だった俺にそんな金はない。
展示場というか、店には入ってしまっていたから断りづらい雰囲気がでていた。
個室でなくイスに座らされた状態での勧誘だったが、イスから立つというワンアクションを挟む必要があるだけで、ずいぶんと外が遠く感じたものだ。
困っているところに「分割払いもできますよ」なんて言われて、乗りそうになってしまったのだ。
結局は、どこぞの悪友からのメシの誘いの電話で上手く逃げ出すことができたのだが、それがなければ事務所の壁にも十万円のイルカの絵のコピーが飾られていたかもしれない。
「念のため、入る前にあらかじめ電話を繋いだ状態にしてもらっていいですか? 個人的な話が聞かれるのがイヤっていうなら、俺じゃなくてナカムラさんやミラカでもいいので。外界との繋がりがあるかどうかは、かなり大きいです」
「じゃあー……」
ユイコさんはナカムラさんをちらと見る。
「ミラカちゃんにお願いしようかな。ナカムラさんは喫茶店のお仕事があるし」
「任せてクダサイ!」
ミラカがまたシャドーボクシングを始める。
「じゃあいっちょ、お姉さんが女子高生のためにひと肌脱ぐとしますか!」
ユイコさんはメガネを掛け直すと、ニッコリほほえんだ。
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