事件ファイル♯14 甦る思い出! ベーコンパイとトマトティー!(5/6)
休憩が終わってから、ハルナとミラカのポジションがチェンジした。
ハルナがキッチンに立つことが増え、ミラカがオーダーを取りに行ったりテーブルの片づけを中心に作業を回し始めた。
ミラカはちょこちょこキッチンの作業を覗き込み、ハルナにコツの指南をしているようだった。
手伝いやお客さんからの足止めもあり、全体の作業としては効率が低下している。
それでも、ユイコさんがうまく穴を埋めているようで、客の入りの多い時間帯でも悠々とホール作業は回転している。
俺がノートパソコンと睨めっこしていると、カウンターの向こうから「ホントに仕事できるなあ」との嘆息が流れてきた。
張り合ったって、喫茶店を将来の夢にしていたうえに、有名企業のブラック業務をこなしていたユイコさんにゃ勝てないだろう。
勝負の場が焼き鳥屋なら話は別だが。
ハルナはハルナで長所もあるだろうに。
俺は、不機嫌そうな顔でオーブンと睨めっこをする女子高生を見て、少し苦い気持ちになった。
仕事力でいうなら、実家が焼き鳥屋な彼女は並みの高校生よりも遥かに接客ができているし、何より美容師スキルも持っている。
最近はすっかり、やたらと毛が伸びるのが早いミラカの専属美容師だ。
俺も強引に「アタマを貸せ」と言われて一度切ってもらっているが、悪くなかった。
加えて、昼メシに注文したベーコンパイはハルナの焼いたものだったが、ミラカやナカムラさんが作った物と比べても遜色はなかった。
俺がバカ舌なだけかもしれないが。
パイといえば、彼女はときおりエプロンの縛りかたを変えたり、制服の上からブラをいじったりしていたが、そこは頑張っても無理だし、たぶん今後勝てる見込みもないだろう。
スカートにももう一折り加えていたようだが、どうせほとんどカウンターに入っているし、ホールに出ても前面はエプロンで隠れているため、虚しい努力な気がしないでもない。
隣の芝は青いとはよく言ったものだが、男性諸の好みは誰しもが「ゼロか一〇〇か」ということはないので、女性諸君は持っているモノが七〇でも気にしないように。
……などという脳内セクシャルハラスメントに興じていたら、ノートパソコンがフリーズして一時間分くらいの作業が電子の藻屑になってしまった。
気分転換をかねて追加の食材の買い出しに出かける。
少しぐらいは手伝ってやらないとな。
だが、夕方ごろにロンリーに帰って来たら、俺の席にはお客さんが座っていた。満席だ。
俺は泣く泣く事務所に戻って、消えた一時間を取り戻そうと賑やかな喫茶店に背を向ける。
すると、素っ頓狂な声が耳に飛び込んできた。
「ウッソー! マジで? センパイ、どうしてここに!?」
センパイ? 俺じゃないな。声の主はユイコさんだ。
エプロンをまとってからは、ヒロシ君以外には喫茶店の女として一徹してきた彼女が、他のお客の視線もはばからずに声を弾ませている。
「ネットで話題になってるよー。ま、私は呼ばれたから来たんだけど」
彼女と話しているのはふたり用のテーブル席に座っている女性。
どこかで見覚えが。はて、誰だったか。
「呼ばれたって誰に?」
「えっと……多分、あのキッチンで背を向けて何かしてる長い帽子の人かな」
「フクシマさん? どういうことだろ……知り合いなの?」
首をかしげるユイコさん。
「ちょっとねー。以前、私の勤め先の村に観光に来てくれて、そこで知り合いになった人だよ。たまーにお酒おごってもらってる。ちなみにミラカちゃんも、そこの冴えない人も知り合いです」
女性は俺に向かって指をさした。誰だ? 思い出せないぞ……。
「そうなんですか。ニシクロヤマ村で」
「そうそう。ツチノコ獲りに来たお客さんだよ。最近アンタから話聞かされて、知り合いだって聞いてビックリしたよ。サイトは見てたのに全然気づかなかった」
そう言って女性は笑った。
「マジかー。ツボミ先輩、私よりも先にミラカちゃんたちと知り合いだったのかー!」
ニシクロヤマ、ツチノコ、ツボミ先輩。
どういうことだ? 俺のアタマの中を様々なデータが飛び交う。
「ミラカちゃんのお兄さーん。こっち来てくださいよー」
俺は首を傾げながらも、彼女の向かいのイスに着いた。
「私、食事と飲み物持ってきますね。おごります!」
ユイコさんが声を弾ませる。
「ホント? サンキュー! 持つべきものは便利な後輩!」
「そんな、私センパイにはお世話になりっぱしで!」
そう言うとユイコさんは、ハルナのようにパタパタとカウンターへと駆けていった。
「お世話になったといえば、後輩がウメデラさんたちに迷惑を掛けたようで」
目の前の女性がアタマを下げる。
「えっ、えーっと……」
さっぱり分からない。
「あれ? 私、忘れられてます? 一度会っただけだし、しょうがないか。ほら、ニシクロヤマ村の、ツチノコミュージアムの」
女性は自身を指さす。
「あ、ああ! お土産物屋の! あの、ミラカが世話になったときに酔っぱらってた」
ニシクロヤマ村の広報担当の人だ。(思い出せないかたは、事件ファイル#3を参照されたし)
ヒヨコのテリヤキが贈り物に紛れ込んで来たときや、学校にニワトリを寄付した際にもメールでやりとりをしている。
確か名前は……。
「藤田ツボミです。酔ってたときのことは忘れてください。私が酔うとああなっちゃうのは、社会がクソなのが原因ですよ!」
ツボミさんは汚い言葉とともにはにかんだ。
「驚いたなあ。まさかユイコさんの知り合いだったなんて。あれ、ツボミ先輩ってことは……」
「そうですよ。ユイコから聞きましたよね? 同じ会社に勤めてて、会長の親戚をボコボコにしたツボミ先輩です!」
ようやく繋がった。
なんてこった、事実は小説よりも奇なりだな。(ちなみにこちらの件は事件ファイル#5の終盤だ)
「まさか同一人物だと思ってなかったから、もっとゴツい人をイメージしてましたよ」
俺は笑う。気をつけよう。
あまりセクハラまがいのことをすると俺もボコボコにされてしまう。
「あはは。ユイコのほうが体重はゴツいですよ。背格好は似てますケド、私は“こっち”で負けてるんで」
ツボミ先輩は自身のふたつの丘を寄せてみせた。
どうやらワザとやってるらしくて、ユイコさんほどではないにしろ立派なモノを強調して前かがみになって笑って俺の顔を見た。
先輩後輩そろって挑発的だ。
だが、俺はこれ以上はセクハラのバチを受ける気はない。
見事な谷間は視界には入っているが、視線は顔から下にけっして移さないようにした。
「おー! やっぱり誘惑に乗らないんですねー」
カラカラと笑うツボミさん。やっぱりってなんだ?
「ウワサ通りのロリコンだ」
「違いますって!」
俺は思わずイスから腰を浮かせてしまう。
「あはは! 否定するところがアヤシー!」
ツボミさんがバカウケする。
「何がアヤシーデスカ?」
ミラカがアイスコーヒーとオムライスを持って現れる。
「あっ、吸血鬼のミラカちゃんだ! おひさしぶりー」
「吸血鬼じゃなくて、ヴァンパイアデス。編集長、この女性は?」
ジト目をこちらに向けながら料理を置くミラカ。
トレーにはコーヒーがもう一杯乗っている。俺のキリマンジャロだ。
「まー、憶えてないよなあ。ニシクロヤマ村のお土産屋のおねーさんだ」
「オウ! おひさしぶりデス! 学校のニワトリの件ではお世話になりマシタ」
ミラカがアタマを下げる。トレーのコーヒーが揺れた。
「私は連絡をつけただけで、お金を出したのはフクシマさんだけどねー」
「ミラカ、聞いて驚くなよ、この人がなんと、ユイコさんの言っていた例のツボミ先輩だ」
「ナントイウコトデショウ! アナタがあの女の敵をギタギタになさった……」
ミラカは両手でツボミさんの手を取った。
「いや、なんか恥ずかしいです」
頬を赤らめるツボミさん。
「トコロで、あの女の敵はどーなったのデショウカ?」
「あー、ナカジね。アイツはまだ生きてるよー。声はどんどん元気が無くなってるけど」
「ワット!? 彼は網走監獄へ飛ばされたのデハ?」
「うん。まだ北海道っぽいけど、私、酔っぱらったときにたまにイタ電してますからねー。番号教えてないから私だって気づいてないと思いますケド、毎回バカ正直に電話に出るから、面白くってやめられない」
オムライスを食べながら嬉々として語る。この人怖いぞ。
「ところで、先ほどのアヤシーは何がアヤシイのデスカ?」
ミラカが訊ね直した。またまぶたが下がってる。食い下がるなあ。
「ウメデラさんのロリコン疑惑だよ」
「アー」
うなずくミラカ。
「納得するな。俺はロリコンじゃない」
「そうそう、ロリコンじゃなくて、『ミラカを愛してるだけだ』って言ってた」
「言ってません!」
力いっぱい否定する。
「ふーん……」
ミラカはトレーに乗っていたホットコーヒーをようやく俺の前へ置くと、角砂糖を五つもぶち込んで、それからにへら笑いを浮かべ、「ごゆっくり」というとお辞儀をして他のテーブルに向かって行った。
俺が茶化しても機嫌を直さないクセに、なんだこの差は。
「いやー、それにしても、コーヒーだけでよかったのに。アイツ、私を太らせる気だなー」
ツボミさんは文句を言いながらもオムライスを美味しそうに食べている。
彼女のことを思い出し、ミラカも去った今、特に話す話題が見当たらない。
「今日は、フクシマに呼び出されて来たんですか?」
テキトーに話を振る。
「あの人にはあれ以来、ニシクロヤマ村がお世話になっててねー。こっちのほうのお店に特産物の出荷を手伝って貰ったりしてるんですよー」
そういうことか。アイツ、いったい何を企んでるんだ?
俺は客にどす黒い液体の入ったグラスを配って回るフクシマを見た。
グラスにはトマトの輪切りが刺さっている。
「何やら、フクシマワールドの伏線? だとか。遊園地でも作られるのかなー」
ああそう……。
「ニシクロヤマはその後はどうです? 若い人増えました?」
「うんうん! 増えましたよー。IターンだけでなくUターンも結構ありますね。バスの路線を増やす検討も出てますよ」
「へえ、そりゃよかった」
「これも何もかも、ウメデラさんに村のことを記事にしてもらったおかげですね!」
「いやいや、あのときはミラカが迷惑を掛けたんで」
今、こうして話をしているのも、ちょっとした偶然の重ね合わせだと思うと感慨深い。
「私もご迷惑おかけしましたけどねー。お酒飲むときは気をつけなくっちゃ」
ツボミさんはペロリと舌を出す。彼女はサイドに立ててあるメニューを手に取った。
「うーん。やっぱないかー」
「何がです?」
「日本酒」
「あるワケないでしょ!」
「あはは。じゃあビール!」
「ありません!」
じはお酒もなくはないが、ナカムラさんが気まぐれで夜間に開けているときだけだ。
どの道、この人には飲ませたくないが。
「ちぇー。オムライスにはビールがあうんだけどなー」
笑いながら残りのオムライスを片付けるツボミさん。
「ほい。ビールの代わりにトマトティーやで! これはサービス品や。タダやで」
テーブルの上に置かれるグラスとジョッキ。
悪魔のドリンクお届け人が、とうとう俺たちの席にまでやって来たか。
なんだかドロドロしていて赤黒い。
レモンのごとくトマトの輪切りを挿しているが、まったく爽やかさがない。地獄みたいだ。
「なんで俺のほうはジョッキなんだよ」
「友情やで。大親友のウメデラ君のためや」
「絶対ウソだろ。色もずいぶんと差があるぞ」
ツボミさんのグラスの中身は少し色が薄い。
「フクシマエキスが濃縮されとるんやで」
「なんだそれ、気色悪い」
「ええから早よ飲み。ほれ、ねーちゃんも」
向かいの席に座るツボミさんはグラスを手に取り、ひと嗅ぎすると「アレ?」と言葉を漏らし、一口飲む。
「美味しいですね。ティーじゃないですけど」
紙ナプキンで口を拭くツボミさん。
「せやねん。トマトだけじゃアカンかと思って、いろいろ野菜増やしたらこうなってもうた」
「要するに野菜ジュースってワケか」
俺も一口飲んでみる。紅茶は影も形もないが、味は悪くない。
「ちゃんと全部飲んでや。それでゴミ処理終了や」
「ゴミって言うなよ。ラストだから濃いのか。味はともかく、この量の野菜ジュースは普通にツラいんだが」
「次はどうしようかなあ」
地獄のコックさんは俺のクレームを無視して腕を組んで考え込む。
「通路で考え込むな。他の人の邪魔になるぞ」
「いや、そろそろおもろいコト起こらんかなって、待っとるんや」
「ただ多いだけの野菜ジュースで面白いコトが起こるかよ」
ミラカならトマトジュースの一気飲みの要領でいっしゅんで片づけてくれそうだが。
俺は頑張ってジョッキの三分の二を片付ける。
「どや? フクシマエキス入りは」
「何か入れたのか?」
慌ててジョッキ下ろし覗き込むがよく分からない。
「お前のほうやないで」
向かいの席でグラスをカラにするツボミさんが見えた。
「ウマい。もう一杯!」と、彼女はちょっと乱暴にグラスを置いた。
「お前、もしかして……」
フクシマの顔を見る。グラサンコック帽はニヤニヤしている。
「焼酎の野菜ジュース割りやで」
「お前、この人が酒癖悪いの知ってるだろ!」
「うへへ!」
向かいの席からはアヤシイ笑い声。
「モチロンや。それを楽しむためにたまーに飲みに誘っとるしな」
「おい、アシオ~。今から、焼き鳥食べに行こう!」
ツボミさんは声量を大きくして言った。早っ!?
「ここはナカムラさんの店なんだぞ。お前のオモチャじゃないんだぞ」
俺はフクシマを睨む。
「あーもー、マジ切れすんなや。おもろないやっちゃな~」
やれやれと肩をすくめるフクシマ。
コイツはたまに冗談が過ぎる。今日は特に客が多い。
トマトティーとヤクザ風の男でさえウワサになっているのに、これ以上悪評が付いたらナカムラさんが可哀想だ。
「怒られちゃいましたねー」
ツボミさんが言った。
「あれ、酔ってないんですか?」
顔を見るが彼女は苦笑いだ。
「酔いませんよー、このくらいじゃ。ニオイを嗅いだだけで焼酎が入ってるのは分かったんで、フクシマさんが何をしたいのかが分かっちゃって、悪乗りしちゃいました」
ぺこりと頭を下げるツボミさん。「ちなみにイモ焼酎です」と付け加える。
「やってくれると思っとったで~」
フクシマが笑ってる。コイツはホントに……。
「でも、焼酎を野菜ジュースで割るのはアリですねー。帰ったらお風呂上りに毎日やろうかな。野菜ジュースならいくら飲んでも許される気がする」
「せやろ~、オススメや」
「……ったく。トマトティーのほうもあんまり悪乗りするなよ。聞いちゃいないだろうが、SNSでちょっとしたウワサになってるんだからな」
俺は度の過ぎた悪友に苦言を呈する。
「俺も悪気があってやってるワケやないんやで。ほら、ナカムラさん言うとったやろ? 近所の子供との思い出の一品やって」
「おー。ロマンチックですね」
ツボミさんが声をあげる。
「そういや、言ってたな。ただの子守りで、あまり綺麗な思い出ってカンジでもなかったが」
「せやっけ? ま、ベーコンパイのほうは完成できたんやし、トマトティーもあったらええやろ? せやけど、なかなかムズくてな。俺がやるとどうしても濃い口になって紅茶やなくなってまうんや」
いつか“ロシアン回転焼き”なるものを作っていたのを思い出す。
あれも濃い目の味付けだったが、ウマかった。
なんだかんだ真面目にやっているということか。
「っちゅーワケで、次回提供する試作品のためにふたりとも知恵かしてーや」
「おもしろそうですね! 是非!」
「仕方ないな。おまえを助けるためじゃないぞ。ロンリーと中村さんのためだ」
俺たちは席を立つと、せまっ苦しいカウンターの中に入った。
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