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事件ファイル♯14 甦る思い出! ベーコンパイとトマトティー!(3/6)

 翌日、俺はまたもカウンターの端を借りながらノートパソコンと睨めっこだ。


 今度は仕事じゃない。

 ミラカのブログに代理で謝罪文を掲載する作業だ。

 今日ははっきりと午後七時に閉店時間を切り、あらかじめミラカが居ることやナカムラさんが居ないことを明記しておいた。

 この「イベント」も、今日から三日間という期限付きにしてある。


 客に対してフェアな対応が出来なければ、『オカルト寺子屋』にとっても『ロンリー』にとっても悪く作用するだろう。

 今朝がた、ナカムラさんは店の準備のためにビルを訪れたところで、どう見てもヤクザみたいな人たちに車に乗せられ、どこかへと連れ去られていった。


 もちろん、連れ去ったのはフクシマの手先だろう。

 のちにナカムラさんからは『せっかくなので海外旅行に行きます』というメッセージが届いた。

 どこに行くか知らないが、生きて帰って来てほしい。


 ナカムラさんの代わりにカウンターに立つのは、ハルナでもなく、フクシマでもなく、これまたヤクザ風の若い男。

 グラスを拭く動作がサマになっている。

 黒幕の男は真っ白なシェフの服を着こんで、カウンターの奥にある厨房で何かゴソゴソやっている。


 ハルナは本日も気合バッチリ、ミラカも元気いっぱいゴキゲンMAXでエプロンとバンダナ姿だ。


 ヒロシ君は昨日はミラカと神社へ行っていたらしく、“商売繁盛”のお守りを差し入れてくれた。

 なんかちょっと違う気もするが、ありがたく受け取った。


 とにかく、迎え撃つ準備は万端。

 お店がオープンすると共に、ハルナが数人のお客さんを案内する。


 それからカウンターのヤクザの兄ちゃんが「いらっしゃい」とぎこちない笑みを浮かべた。

 客足は昨日よりもさらに多い。


 ミラカは初めのうちは接客をやっていた。

 だが、注文を取るたびに捕まり、写真やおしゃべりで仕事にならなくなるのに気づいて、料理を担当してカウンターの中にこもって出歩く頻度を減らしたようだ。


 彼女は普段からよくナカムラさんの料理を口にしている。

 先日のベーコンパイのコピー能力を見る限り、料理を提供する腕前に不足はない。


 ハルナはエプロンとスカートをひるがえして店内を忙しく動き回った。

 ちなみに俺は食材が切れたら買いに行くという、パシリ担当である。


 カウンターに立ち、挨拶とコーヒーを担当する若い兄ちゃんは、愛想はともかく、仕事は忠実にこなした。

 フクシマのことを「先生」と呼んだり、ときおり「俺のコーヒーで人が幸せにできてうれしいぜ」なんて鼻をすすってたが、俺は聞こえなかったことにした。


 そしてフクシマは相変わらず「ああでもない、こうでもない」と言いながら何かを調理している。


 トマトらしきものの山がチラと見えたが、まさかトマトティーを作ろうとしてるんじゃないだろうな。お客さんの腹が心配だ。

 滑り出しは好調、午前中も順調。


 問題が発生したのは交代で休憩に入りだした昼過ぎだ。

 ちょうどハルナとミラカが抜けていたのだが、この組み合わせで店を抜けたのが災いした。


 我らがトリックスターフクシマさんがお客さんへ赤色の液体を提供し始めたのである。


 ミラカやハルナを目当てにコーヒーを飲みに来たはずが、ヤクザ風の男に囲まれて血のような液体しかもマズいらしいを飲まされれば、そりゃあ怒るワケで、インターネットの力オソルベシ、あっという間に『ヤクザ喫茶ロンリー』だの『吸血鬼男に血を飲まされる』だのの評判が付いた。


 これがフクシマ個人の店ならどうでもいいハナシなのだが、ここはナカムラさんの店で、俺たちは今それを代わりに守っているワケで、名前を傷つけるわけにはいかない。

 俺はブログに休憩で女子が抜ける旨も書くべきだったかと肩を落とす。

 とりあえず、重ねて謝罪と、ミラカの料理奮闘中の画像で誤魔化し、彼女にはもうちょっと積極的にカウンターから出てもらい、火消しをするようにと頼んでおいた。

 とはいえ、仕事の都合上、サービスが欠けるのは致しかたない。


「ハルナ、ちょっといいか?」

「なんですか? コーヒーのお代わりだったらカウンターの人に頼んでください」

 ハルナはカップを洗いながら言う。


「ロンリーに悪いウワサが流れ始めた」

 俺は堂々とカウンターと厨房のヤクザどもを指さす。


「やっぱり。あたしとミラカちゃんの魅力だけじゃフォローしきれないか」

 ハルナは額を押さえる。


「なあ、学校の友達とか呼べないか? 女子高生を増やせば、ヤバみ成分を薄めることが可能だと思うんだが」

 俺たちの話を聞いて、カウンターのヤクザ風の兄ちゃんは笑顔の練習を始めた。


「気軽に言ってくれるっすねー。女子高生ってもピンキリっすよ。見た目も接客もあたしに敵う者ナシ!」

「自信満々だな」

「ってゆうか、化粧してるようなキレイどころはみんな、自分のバイトありますしね。綺麗にはお金が掛かる!」


「まあ、それもそうか。じゃあ予備の制服ないか? 俺がやる」


「やめてください! 悪いウワサどころじゃないっすよ!」

 ハルナの激しいツッコミ。

 ハリセンがないので濡れた素手で叩かれた。痛い。


「ハルナちゃん、お客さんが呼んでマス。8番デス」

 フライパン片手にミラカが言う。

「行ってくるっす」


「おう、邪魔したな」

 ハルナは洗い物を中断して8番の席へと向かっていった。


 俺も洗いものくらいなら手伝いたいのだが、今手掛けている雑誌記事の締め切りの都合上、そう頻繁に手を離すことができない状態だ。


「ウウー。ウェイトレスもシェフも大変デス」

「ナカムラさんはずっと独りでやってたんだぞ」

「ちょっと反省してマス……」

 しょげるミラカ。だが、手はしっかり卵をかき混ぜている。

「しかし、女子高生作戦は失敗か。ロンリーのウワサが一過性のものだといいんだがな」


「そんなに女子高生にこだわるのなら、ハルナちゃんにスカートでも折って貰えばよろしいのでは? 丸見えとかいかがデス?」

 ミラカが言った。トゲのある口調。

「別に女子高生にこだわってるワケじゃないが」

「ソーデスカ。じゃあ、ミラカにも訊いてください」

「訊くって何をだ?」

「働けそうな友達が居ないか、デス」

「ええ……」

「ほら、早く。早くしないとオムレツがブラックオムレツにナリマス」


「はいはい……。ミラカ、誰か手伝ってくれそうな知り合いは居ないか?」

 ミラカはフライパンからお皿へ、さっとトロトロの黄色いかたまりを盛り付けると、レタスと焼きトマトを添えて、スマホを取り出した。


「Hello、John? GoodMorning!」

 やらせるフリだけかと思ったら、本当に電話を掛けやがった。

 しかも、聞き覚えのある名前だ。


「今すぐデス! 夜勤? 汝からデスカ? 今日は七時? なら六時まででカンベンシマス! 早く! ジョン! 走って!」

 ごめんなさいジョンさん。俺は心の中で謝った。


 さて、召喚されたジョンさんは、普段は世を忍ぶ仮の姿としてサトウを名乗り、スーパーマーケットで夜勤のアルバイトをしているヴァンパイア病の男性だ。

 スーパーでの仕事ぶりは丁寧。

 俗世で長く生きた分だけ、どこぞのバカと違ってきっちり人間が積み重なっており、それはウェイターとしても遺憾なく発揮された。

 女子高生とは遠くかけ離れた存在である一五〇歳オーバーの吸血鬼であるが、ナイスミドルの英国紳士然とした男は、若い女子に大ウケだった。


 物腰柔らかで、トークにおいては聴き手に回り、写真撮影の要求は「写真を撮られると魂が奪われると信じているので」だなんて冗談で上手く回避していた。

 横から見ている分には、彼はあまり迷惑そうでもなかった。

 単に仕事やミラカの言いつけに忠実なだけかもしれないが、ミラカにはちゃんと彼に謝っておくように言っておいた。


「やっぱり、ジョンさんはイケメンっすねー」

 ハルナが言った。


「ははは。そんなことを言われたのは初めてだよ」

 ジョンさんが笑う。


「フクシマワールドの吸血鬼第二号として歓迎するで」

 フクシマが何か言った。


「ところで、ジョンさん。これ飲んでくれへんか?」

 赤いドロドロがジョンさんに渡される。彼は警戒もせずすぐ口につけた。

「なんですかこれは? ちょっと渋いトマトジュース?」

「トマトティーやねん。どうしてもまともな味にならへん」

「最近はちまたではトマトが流行ってるみたいだね。ウチの店の惣菜やおでんでも見かけるよ。反応はイマイチだが……」

「せやねんなあ。これも反応がイマイチや。どう改良しよっかなあー。紅茶やめて抹茶でも混ぜてみるかな」


 トマトと抹茶。俺は聞かなかったことにした。


 開き直ってミラカを店に出したせいで、よくも悪くもロンリーは最後まで大繁盛だった。

 ミラカやハルナの体力も怪しくなり、終盤は助っ人のジョンさんのお陰で持ったようなものだ。


 六時にジョンさんが自身の仕事に帰る際、ミラカが「明日も来るように」と命じたが、きっぱりと断られてしまった。

 明日と明後日はレイデルマートの社長に山へハンティングに誘われてしまってるのだとか。

 ジョンさんはなぜか社長に気に入られてるらしく、かなり困っている様子だった。

 ひと目も避けたいだろうに、こんなイベントにまで呼び出して申し訳ない。


 イベントはあと二日。


 この調子だと女性陣は体力が最終日まで持たないだろう。

 言い出しっぺであるフクシマに責任を取らせたいところだが、これ以上ヤクザを増やされても収拾がつかなくなりそうだし、やはり誰かを呼ぶべきだろう。


「つ、疲れたっすね。よくよく考えたらフルタイム以上なんで、ウチの店よりもヤバい……」

 ハルナはテーブルにエプロンを放り、ソファに身を投げる。


「ほれ、ハルナちゃん。これ飲みや」

 赤いドロドロが差し出される。

 しかもジョッキ満杯だ。ハルナはテーブルに突っ伏した。


「お疲れ様デス。こっちはいかがデスカ?」

 ミラカは何やらパイを焼いていたらしい。


 テーブルの上に湯気の立ったパイが置かれる。


「ベジタブルパイを作りマシタ」

「そっちは貰う!」

 ハルナは勢いよく起き上がるとパイをひとかけ手にしてかじった。


「くそー。美味しいなあ! あたしも料理には自信があるんだけどなあ。レパートリーが飲み屋っぽくなっちゃうんだよなあ」

 またもハルナは悔しそうに褒める。


「では、ミラカはこっちを処理シマショー」

 ミラカは赤いドロドロの入ったジョッキを手に取る。


「やめといたほうがいいぞ。ヴァンパイアでも腹壊すんじゃないか?」

「ヘーキデス。食べ物を粗末にしてはイケマセン!」

 そう言うとミラカは腰に手を当て、フクシマの作ったトマトティーを一気に飲み干した。


 俺は知っている。

 それには抹茶が入っている。フクシマも作るだけ作って一口飲んで顔を歪ませていた。

 それからトマト比率を増やしながら試し続ていたようだが……。


「オーナー」

 ミラカがフクシマに声を掛けた。


「どや、ミラカちゃん。感想聞かせて」

「オーナーは、大地への感謝を忘れたようデスネ」

「だって上手くいかへんねんもん」


「だってもヘチマもアリマセン! オーナーはドルイド失格です! ウィッカーマンの刑デス!」

 アイルランド娘の厳しいジャッジ。

 ちなみに、“ウィッカーマン”とは古代のドルイド教の儀式に使われる巨大な人型をした植物の檻で、そこに生け贄を入れて檻ごと燃やすのだそうだ。


「なんやて!」

 フクシマの背後に稲妻が走った……ように見えた。

 そのままショックを受けて余計なことをするのをやめてくれ。


 さっきナカムラさんから『お店は大丈夫? とても心配』とメッセージが来たが、彼にウソをつくのは心が痛むんだ。


「ところでハルナ。やっぱり知り合いは捕まらんか? 今は昼休みだろ。女子じゃなくてもいいからさ」

「男友達は、呼んだら来てくれそうだけど。カン違いされそうでイヤっす」

 ハルナが言うには、「自分は男子からモテる」んだそうだ。


「じゃあ、やっぱり女子高生で」


「編集長! ヤラシーデス!」

 俺の口に野菜のパイがねじ込まれる。


「……ウマいな。ミラカは料理の天才だなー」

 今度はさっさと食べて褒めてやった。

 小娘はにへら笑いを浮かべて俺にコーヒーを出した。


「うぐぐ。ヘルプ無しじゃあたしもさすがにキツイし、あの人を呼ぶかー」

「お、誰かアテがあるのか?」


「あるっすよ。ヒマそうだし、一番呼びやすいんですけど、ちょっとあたしのプライドが……」

 ハルナがアタマを抱えて唸る。


「誰だ? ユイコさんか?」

 適当に心当たりのある人物を口に出す。彼女とは基本的にはハルナを介しての絡みしかない。

 個人的には連絡先も交換していない。


「センパイ、正解。ユイコさんはまだニートやってるみたいっす」

「ユイコさん呼びましょー!」

 ミラカは嬉しそうだ。


「じゃー、そうするかあ。あの人は“強い”から、あたしのプライドが心配だ……」


 ハルナは大きなため息をついてからスマホを取り出すとメッセージを送り始めた。


「何が心配なんだ? いくら元大企業のOLでも、接客ならお前に分がありそうだが」


「そっちじゃないっての。センパイ、プールのときのこと覚えてません?」


 そういえば、ユイコさんはナイスバディだった。

 しかも水着も生地面積が少ないものを着ていたな。

 彼女は趣味でコスプレもしている。喫茶店に呼ぶと、丈の短いメイド服で登場しそうだ。


「編集長、鼻の下が伸びてマス」

 ミラカに睨まれる。おっといかん。

 俺の周りには大人の色気成分が足りてないもんでな。


「うー。ユイコさん、オッケーって。『本気出す』って言ってます」

 ハルナはガックリとうなだれた。


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