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事件ファイル♯13 暮れなずみの空。夏の終と謎の匣。(10/10)

「ほんっっっっとにゴメン! ゴメンナサイ!」

 座敷のテーブルで拝むウリュウさん。


「最初から話しておいてくれたら協力したのに」

 俺はちょっとご立腹だ。

「だって、サイトは見てたけど、実際には会ったこともなかったし、断られちゃうかもって……」


「ミラカもショックダナー」

 イタズラっぽく口を尖らせる。


「ミラカちゃんまで……ゴメンよう」

 肩を落とすウリュウさん。


「いや、アタシらも謝るよ。コイツを乗せたのはアタシらだ」

 ナラマタのバアさんがアタマを下げる。

 横に座る着物を着た人物、ナラマタの(・・・・・)ジイさんも黙ってアタマを下げた。


 座敷にはふたりだけでなく、村役場や捜索時に見かけた村人も数人集まっている。


 じつはウリュウさんは、俺にアポイントを取る前から鈴沢村を訪れていた。

 当初は財宝探しもそれほど本気にはしておらず、観光が本目的だったらしい。


 人のいい彼は、本家の屋敷を管理するバアさんたちに世話になるうちに、すっかり村の人たちに肩入れしてしまったのだ。

 ダム建設に反対して粘っていた村人たちは、「なんとかして工事の邪魔ができないか」とウリュウさんに助けを求めた。


 村人たちが持っていた手札は財宝のみ。

 実際のところ、有名な“徳川の埋蔵金”でさえ数千億円程度といわれているので、ダム工事に対抗できるモノなんて出るハズはないし、ウリュウさんにもそれは分かっていた。


 そこで彼は財宝の話と、かねてから『オカルト寺子屋』を見ていたことを繋げて、俺へと連絡を入れた。


 サイトで取り上げられることで、かつて記事にした西黒山村のように客を呼び込み工事を混乱させたり、あわよくば財宝や文化財の発見で工事をストップさせられないかと考えたのだ。


 計画自体はダメ元だったが、村の人たちに「インターネットはよく分からないが、どういう形であれ村の話が残るなら、ダメでもやらないよりマシだ」と言われ、ダム妨害の成否とは別に「財宝が見つかったら分け前をやる」というエサもぶら下げられて乗っかってしまったらしい。


 ウリュウさんの姉の娘、姪御さんの病気の話はデタラメではない。

 だから、彼は財宝は半信半疑だったものの計画の実行に踏み切った。


 彼と村人たちの個人的な思惑で作られた計画だし、俺に事前に教えると記事にする際にリアリティが失われるだろうと考え、隣村での探索で財宝が現実味を帯びたことも加えて、言うに言えなかったとのことだ。


 つまりは、初日に村役場でカンヅメにされたのも芝居だ。すっかり騙された。

 ウリュウさんは「みんなを信じていたから」なんて調子のいいことを言っていたが、信じていたのなら信じていたので、死んだフリをする時点で全部話してくれたってよかったのに。


「お待たせしました」

 座敷へと白いワンピースの女性が入ってくる。


「ミサキちゃん、おはよう」

 ウリュウさんがニコニコして言う。


「オジサン、朝ごはん食べたときにもおはようしたデショー」

 ミラカが小突いた。


 ミサキさんはふたりのほうを見て少し笑い、座敷の下座に座ると短くため息をつき、彼女自身と、その母親についての話を始めた。


 ミサキさんの口から語られたのは、おおよそは地下室でタカセとやりあった際に聞かされたものと同じだ。

 ただ、あのときは話の主導権をタカセに握られていたため、俺もすっかり彼女が鈴沢村へ来たのは「復讐のため」だと勘違いしていた。


 実際は、強い恨みを持っていたのは彼女の母親だけで、ミサキさんは母への扱いを謝罪して貰えればそれでよかったのだそうだ。

 しかし、村人の強固なダム反対で社会に迷惑を掛ける態度や、財宝を狙って現れたトクヤマやメリー(ちなみにコイツはウリュウさんにパズル泥棒を叱られたあとに逃げるように帰って行った)、それにタカセの人柄を目の当たりにして、すっかり失望してしまっていたらしい。


 隣村を訪ねたのちに意を決して聞き込みをおこなったものの、収穫ナシ。

 誰も母を知らないと冷たく言われたのだそうだ。


 ミサキさんの持つピストルは、「彼女の子供の父親」の手に入れたものだという。

 このあたりの話は詳しくは語られなかったが、彼女は村へ来る直前に幼い子供を病気で失っており、母の無念を晴らしたのちに、母のふるさとで「終わる」ためにピストルを使うつもりだったのだという。


 その凶器は、今はこの村のどこかに埋められている。

 ナラマタのバアさんが「こんなものこそ、村と一緒に沈むべきだ」と言って引き受けてくれたのだ。

 話をひととおり聞いたのち、ナラマタ夫妻を含め村人たちはミサキさんの母親への非礼を謝罪した。

 どうやら身に覚えのあるものも同席していたようだ。


 謝罪を受け取ったミサキさんの表情は決して明るいものではなかったが、隣村を探索した際に見せた浮かない表情よりは、いくぶんかマシなものに見えた。


「しかし、志知丹の家はあんな物を管理していたとはな」

 ジイさんが唸った。

「……じつを言うとだな、お前の爺さんが、匣を村の外へ出してしまおうと提案したとき、いちばん強く反対したのは俺だ」


 静かになる座敷。

 彼らは志知丹の分家でミサキさんのお爺さんと近い世代だ。当時のことを知らないハズがない。


「アイツはワケを話さなかった。ただ、匣を村に置いておきたくない、国にくれちまおうって言った。当時はまだ、戦争時代を知る大人がたくさん生き残っていたから、すげぇ反発だった。ヤツは本家の当主で発言力は強かったが、大人たちは昔かたぎの連中だったし、俺たちは親の世代に逆らうようには教育されてねえ。俺は志知丹じゃなく、連中に手を貸して、ヤツを追い出すための手伝いを……いや、俺が追い出した」


 ジイさんはテーブルから離れると、角刈りのアタマをミサキさんに向かって下げた。

 額は強くタタミに押し付けられている。

 バアさんも黙って彼の横に座り、同じようにした。


「顔を上げてください。それは祖父が勝手にしたことですから。母のことさえ謝ってもらえれば、私はそれで充分なんです」

 ミサキさんは慌ててふたりの元に駆け寄る。


「俺たちは、志知丹が財宝を持ち逃げしようとした上に、在りかを知りながらそれを隠したままくたばったことに腹を立てていたんだ。財宝さえあれば村を救えるのにって。仮にダム建設を止めることができなくとも、よそで俺たちの村を作ることだってできただろうにってな。俺はお前を川で見かけたときに志知丹の孫なんじゃねえかと気づいた。似てたからな……。お前に母親の話を教えないように指示したのは俺だ」


 ジイさんはさらに強く額を押し付ける。


「か、顔を上げてください!」

 ミサキさんはジイさんを揺する。


「それがおめえ、その若いのが調べをつけたところじゃ、志知丹のヤツは村や子孫を守るために毒の匣を持ち出そうとしていたらしいじゃねえか。恨むなんてお門違いにもほどがある。お前の爺さんには、感謝しなくちゃいけないくれぇだ」


 ジイさんは顔を上げると、ミサキさんの手を取った。ミサキさんは俺の顔を見たが、知らん顔しておいた。

 もちろん、「調べがついた」なんて言ってないし、証拠なんてどこにもありゃしない。


 俺は俺の信じてる説を話しただけで、村の連中も信じたいほうを選んだ。それだけの話だ。


「それで、相談して決めたんだがね、アタシたちはさっさと村から引き上げることにしたよ」

 バアさんもやっと顔を上げて言った。

「いいの!?」

 ウリュウさんが声をあげる。


「いいのさ。どだい勝てるケンカじゃなかったしね。アタシらは村が消えたらなんにも残らないとカン違いしていたから、ずっと粘っていたのさ。ところがどうだい? アテにしていた財宝はとんだ負の遺産だったし、捕まった幽霊も、トクヤマもオクタダミも褒められた人物じゃなかった。黒部家にもロクでもないヤツがいるらしいしね。この村はロクでもないものばかり残している」


 バアさんが言った。ミサキさんが表情を昏くする。


「だけどね、結果として、本当に土地を守り続けてきた本家の名にまで泥を塗るようなことにはならずに済んだ。分家にもちょっとはマシな子孫もいるみたいだしね」

 バアさんは、ちらとウリュウさんのほうを見た。


「そういうワケで、あの匣は俺たち鈴沢の人間がしっかりと始末をつける。財宝は見つかったのに、分け前をくれてやれないのは申し訳ないが」

「ま、俺はアテにしてませんでしたけどね」


「ミラカはハンバーガー食べたかったなー」

 俺の横でちょっと残念そうな腹ペコ娘がつぶやく。


「財宝でハンバーガー? やっぱりガイジンの言うことはわからねえ」

 ジイさんは苦笑いだ。


「でも、そうなるとウリュウさんの姪さんだけがスッキリしませんよね」

 ミサキさんが言った。

「だ、大丈夫だよ。別に、気を付けていれば死なない病気だし! 僕も財宝はアテにしてなかったしさ!」

 お人良しの叔父は激しく両手を振る。


「ウメデラさん。私からお願いがあります」

 ミサキさんは急に俺のほうへ身体を向け、ジイさんバアさんがやったのと同じように額をタタミにつけた。

「ウメデラさんのサイトで、ウリュウさんの姪さんへの募金を募ってもらえませんか?」


「そんな大げさな! ミサキちゃん、土下座なんてやめて!」

 ウリュウさんは慌てて立ち上がり、テーブルに膝をぶつけた。


「いてて……。それに、アシオ君のサイトとは趣旨が違うよ」


 と、言いながらも彼は俺のほうをかな~り物欲しげな目で見た。


「そうですよね~。ウリュウさんの言う通り、ウチはオカルトサイトだし。病気の子への募金なんてジャンル違いです」

「だ、だよね。ほら、ミサキちゃん、ダメだって。……ダメかな?」


 ウリュウさんはもう一度、俺の顔をみた。


「ウリュウさんは俺のことを騙してたしなあ~」

 騙してくれたお返しだ。楽しい。ニヤニヤしてしまう。


「なので、頼むならコイツに頼むといいですよ」

 俺は横に居るミラカの両肩に手を乗せる。


「ハイ! ミラカのブログでやりマショウ!」

 ウチのサイトの看板娘が元気よく言った。

 かつてヒヨコの“テリヤキ”の成長日記を投稿していたミラカのブログ。

 更新はテリヤキを小学校へ寄付したのちにも、彼女のただの雑記帳として続いている。


 更新の内容がヒヨコからヒヨコ頭の娘に完全に転換したためか、カウンターの回転数はむしろ前よりも上がっている。

 どころか、日記の本体であるハズの俺のサイトなんて足元にも……。


「本当!? ありがとう! ミラカちゃん!」「よかったですね!」

 ウリュウさんが笑顔になる。ミサキさんも顔を上げた。


「ミラカにお任せデス! えーっと、クラ、クラウンハンティン……」

 ミラカは胸を張るものの、片眉をあげて首を傾げた。


「クラウドファンディング」

 俺はフォローしてやった。


「ソーデス! 見返りはミラカのサインとかドーデショー? ミラカの日記でウェブ募金! クリックするだけでお金がガッポガッポ……ハッ!? 編集長! ひょっとして、ミラカの食事代も募金で賄えるのデハ?」


「お前、それは人としてどうかと思うぞ」

 ため息をつく。


「最近の若いモンの言うことは分からんなあ」

 ジイさんが言った。


「やれやれ、見どころのある子だと思ったのにねえ」

 バアさんもあきれ顔だ。


 他の村人からもちらほらと笑い声があがる。


「ヘヘヘ、今のは失言デシタ……」

 ミラカは頬を赤くして、後ろ頭を掻いた。


********


 電車の中。ふたり並んで景色を眺める。


 俺たちは鈴沢村をあとにし、帰宅の途についている最中だ。

 ウリュウさんとミサキさんは、もう少し村に残って、事後処理と村の引き払いの手伝いをするらしく、駅で別れてきた。


 なんだかんだで出立が少し遅くなってしまったため、陽はすでに天辺だ。

 車窓を流れる緑の山々は晩夏の日差しを受けて白く輝いている。

 ダムの件が片付けば、この路線はもう用無しになるらしい。俺たちも、ふたたびこの地を訪れることはないだろう。


「なかなか大変な旅行デシタネー」

 ミラカがつぶやく。


「まさか殺人事件なんてな」

「あの人はあまりいい人ではありませんデシタケド、ちょっと可哀想デス」

「そうだな。自業自得なところもあるけどな」

「ミサキちゃんも、大丈夫デショーカ」


「ん……どうだろうな」

 俺は言葉を濁す。黒部ミサキは鈴沢村で自身の命を絶つつもりだった。

 俺は自分なりに説得はしたつもりだったが、あれで充分だったのか、正解だったのか、今となっても自信はない。


 タカセに対しては偉そうに高説を垂れてやったが、どんなに綺麗ごとを並べたって、死人が出た事実も、ミサキさんに起こった過去の悲しい出来事も消えることはないのだ。

 今後、自身の行動にはもっと責任を持ってやっていかなくては。


 横に座るミラカを見ると、彼女も何か物思いにふけっているのか、浮かない顔でヒザに置いた麦わら帽子のリボンをいじっている。

 不老の吸血鬼であるミラカは三百年以上を生きてきたという。

 近世末期から近代ヨーロッパを生きた彼女だ。

 死人の出るような苦い経験も多くしてきたに違いない。

 今回の旅では、それらが思い起こされたのだろう。彼女は何度も沈んだ表情を見せていた。


 よし、ここはひとつ。


「おい、ミラカ。次の駅で降りるぞ」

「ヘ? 急がないと帰りの新幹線に間に合わないのデハ?」


「見ろよ、アレ」

 俺は窓の外を指さす。


 いつの間にか太陽の光は、かなた水平線まで透き通るエメラルドグリーンと、その色と同じ瞳を持つ娘の肌のような白い砂浜を照らしている。


「海デス!」

 目を輝かせるミラカ。


「行きは反対側に座ってたから、気づかなかったんだな。ちょっと降りて見に行ってみようぜ」


「エー、でも……」

 向かいの窓を見る娘は、まぶしそうに手をかざす。


「俺がたっぷり日焼け止めを塗ってやるから!」

 俺は両手を持ち上げ“にぎにぎ”する。


「エー! 編集長のえっちー!」

 悲鳴を上げる顔は笑っている。


「そうだ、俺はエッチだからな。気を付けたほうがいいぞ」

 俺はめいっぱいイヤらしく笑みを作った。


「ぎゃー! 食べられるー!」


「あ、そうだ。せっかくだから、あっちこっちで降りて食べ歩きでもしようか!」

「ヤッター! でも、電車の時間はドーシマショ?」

 弾む声。彼女は麦わら帽子を被る。


「適当! ホテルでもなんでもとりゃいいだろ。山奥じゃあるまいし、泊まるところくらいなんとかなる!」

「ヘ、編集長! ホテルなんてイケマセン!」

 ミラカは席をずり逃げて自身を抱く。


「アホか。フツーのビジネスホテルに決まってるだろ」

 冷静にツッコミを入れる俺。


 電車のアナウンスが聞こえる。景色はまだ海だ。俺はふたり分の荷物をひっつかみ、ドアへと進む。


「チョット、残念」

 ミラカが何かつぶやいた気がしたがスルーだ。


 ホームに降りると、潮風の香り。久々のそれは、アオサの味噌汁を思い出させる。


「何だか、お味噌汁みたいなニオイがシマスネ」

 鼻を鳴らし、俺が思ったのと同じことを言うミラカ。


「そーだな。バアさんから習ったんだし、帰ってからは日本食も作ってくれよ」

「ミラカ、豚汁が食べたいデス!」

「あー、ジャガイモが入ってるもんなー」

「ノーノー、スパッドです!」


 駅を出ると、道路を一つ隔てて、その先はもう砂浜だ。

 観光客や海水浴場の利用客もちらほらいるようだったが、俺は恥ずかしがるミラカを無理やりにやりこめて、人目もはばからず日焼け止めを塗ってやった。


 それから砂浜を歩き、人の少ない場所を選んでふたりで海を眺める。

 潮風、午後の照り返しは目を刺し、肌を焼くようだ。


 ミラカは限られた時間を、ただ水平線を眺めることに費やした。

 俺も彼女が満足するまで同じようにした。


 そから、少し足元をふらつかせる娘を連れて、食べ歩きの前哨戦と称して、近所に見つけた食堂を目指す。


 腹が膨らんだころには、空は暮れなずんでいた。


 遠くでヒグラシの鳴く声。

 なんとなく立ち止まり、並んで空を見つめ、俺たちは手を繋いだ。


「……さ、行こうか」「ハイ」

 それから重い腹と荷物を引きずりながら、夏の(つい)を目指して歩き始めた。


********


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