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事件ファイル♯13 暮れなずみの空。夏の終と謎の匣。(9/10)

 撃鉄の打ち付ける音。

 土の地下室を反響する割れんばかりの、静寂。

 しばし無音。


「……弾がぁ」

 タカセは半泣きで唸った。


 俺は立ち上がりタカセから銃を取り上げると、ゲンコツを一発お見舞いした。

 殴られたタカセのメガネが地面に落ちる。

 これまでも何度か危ない思いをしてきたが、今度こそはマジで死んだと思った。


「大丈夫ですか?」

 ミサキさんが訊ねる。

「はい、箱の中身はヘソの緒でしたか」

 俺はタカセを押さえ付けながら言う。


 ヘソの緒を納めた箱ならば、家系図といっしょに見つかっても不思議じゃないな。

 最近は臍帯を取っておくケースが減ったとも聞くが、ウリュウさんの世代なら大事にしまってあっても不思議ではない。


「ウリュウさんにパズルを見せてもらったときに、なんとなく気付いてたんです。私の母も、同じことをしていたので」

「そうでしたか。俺たちが何度やっても開けられなかったのに」


「物心ついたころには、父はすでに居ませんでした。母は女手ひとつで私を育ててくれたんです。母は仕事に出るとき、私が独りで退屈しないようにと、故郷から持ってきていたパズルを与えてくれました。パズルはたくさんあったのですが、ひとつだけ開けるなって言われてたものがあって、それに臍帯が入った箱が隠してあったんです」


「あれ? 開けてません?」


「へへ」

 ミサキさんは舌を出して笑う。


「ま、とにかくこれで一件落着ですね。そのうちミラカがここを見つけてくれるはずです。財宝よりも素敵なおみやげ付きでね」

 笑って見せる。


 首をかしげるミサキさん。

 俺の推理ではウリュウさんは生きている。

 が、お楽しみは取っておこう。本人と直接会って知るのが一番嬉しいはずだ。


 今頃ミラカが、ナラマタのバアさんや着物のジイさんをめいっぱい脅して、ウリュウさんを引っ張り出そうとしている頃だろう。

 バアさんはミラカに甘いし、ジイさんは外国人が苦手だ。俺は「全力でやれ」と指示している。


「おい、ウメデラ。ヘラヘラしてないで俺の話を聞け」

 タカセが俺の下でうめいた。


「なんだ? 財宝を分けてやるなんてのは聞かないぞ。お前の分はナシ!」

「よく聞けウメデラ。お前は騙されている」

「騙されてる?」


「そうだ。そこに居る女は“黒部”じゃない」


「は? 何を言って……」

 俺はミサキさんを見た。



 彼女は能面のような顔でタカセを見ている。



「さっきの話でピンときた。初めから怪しいと思っていたんだ。俺の家、高瀬家は黒部家とはもともと付き合いがあった。財宝のことを調べたときに黒部家の人間くらい全員把握してある。黒部家にはミサキという名の若い女は居ない」


「悪いが、お前の言うことなんて信じないぞ。もしそうだとしても、名前を偽ることになんの意味があるってんだ?」

「考えて分からんか。鈴沢村に所縁があって、財宝を探す俺たちに名前を知られると不都合のある名字」

 俺は沈黙する。


 隣村にあった一件の家。あそこを探索したときのミサキさんの態度には腑に落ちないものがあった。


「気付いたようだな。そうだ、この女は黒部じゃない! 志知丹(しちに)だ!」


「だったら、なんだってんだ? 隠してた理由は知らないが、彼女がここに居ることに不都合なんてない。それどころか、財宝の正式な継承者ということじゃないか」


「俺は調べた。志知丹家は代々、財宝に掛けられた呪いが外に出ないようにという名目で匣を管理する役目を負っていた。だが、次第に本家の人間が減り、事実を知る人間は限られたものだけになった。そこで、最後の志知丹の家長がこっそり宝を独り占めしようと企んだ。本来は分家とも協力して掘り出した宝なのにな。志知丹ミサキ。お前は、その家長の孫なんだろう?」


 ミサキさんはくちびるを噛み締め「そうよ」と、言った。


「分家と大きく揉めたそうよ。それで、お爺さんは屋敷を無理やり追い出されて、隣村に移ったの。でも、近すぎた。匣を棄てられなかったの。出て行くべきだったのよ。お爺さんの家族、特にお母さんは分家の人たちに酷い迫害を受けたって聞いているわ。そのせいか、呪いなのか、お爺さんとお婆さんは早くに亡くなったわ。独りになったお母さんの扱いはいっそう酷くなった」


「当然の報いだ」

 タカセが言った。


「何が当然なの!? 確かにお爺さんは財宝を独り占めしようとしたのかもしれない。だけど、お母さんは何も知らなかったはずよ! お爺さんの子供ってだけで!」

 ミサキさんの甲高い声を土の穴倉が吸い込む。


「お前の母親も爺さんと似たようなもんだ。お前は財宝について大したことを聞かされてなかったのだろうが、少なくとも母親は知っていたようだぞ。マスコミが記事にした財宝の話には、分家の俺たちが知らないような話まで書いてあった。妄想で書いた飛ばしの記事だと思ったが、調べを進めるうちに、それが正しいことだと俺は気づいた。おおかた、暮らしに困ったお前の母親がマスコミに情報を売ったんだろうよ」


「母はそんなこと……」


「しないと言えるか? 黒部家のジジイから話を聞いた時に小耳に挟んだことがある。どこぞの“店”で志知丹の娘によく似た女を見たのでカマを掛けたら、ドンピシャだった、ってな。黒部家の苗字を貸したのはそのときらしい。たっぷり礼をしてもらったらしいぞ。そいつは、売女(ばいた)を生業にしてるだけあって、ずいぶんとよかった、なんて話してたよ!」


「やめて!」

 耳を塞ぎ髪が激しく振られる。


「クロベのジジイもクズだった。財宝のことを聞き出そうとアレコレ手を考えたらしいが、お前の母親はうまく隠したようだ。そこでジジイは別の金儲けを考えた。娘にも生業を継がせることだ。確証もない財宝を探すよりも、弱みを握った女を使って得る小金を得るほうを選んだワケだ。そしてガキを売ったクズの母親も二年前にくたばった。そのときにはもう、お前はすでに雲隠れをしていた。本家の人間でありながら大したことは知っていないと聞かされていたから、俺はおまえを特に探しもしなかったがな」


「お母さんはクズなんかじゃない! 私を育ててくれたし、あんなことになったのをずっと謝っていたわ。それから、死ぬ前に、この鈴沢村で受けた仕打ちを話してくれた。お母さんは、志知丹の分家に復讐したがっていた」


「だからお前は母親の代わりに鈴沢村へ来たっていうのか。ウリュウだけでなく、村の生き残り全員を殺すつもりか? どうする? 俺やオクタダミを殺すのはそう難しくないだろう。ナラマタのババアだって。だが、ウリュウを殺したのなら、黒部家に復讐をしないワケにもいかないだろう? 俺の一族はどうだ? 他の全国に散らばった末裔たちは!? 全員殺すか!?」


「黙れっ!」

 俺の手がいななき笑う男の顔を土の床に強く押し付けた。


「ウメデラァ。まだコイツの味方をするのか!? お前も殺されるぞ。俺がトクヤマを殺したのは事故だ。本当はオクタダミに手を出そうとしたことをネタに強請(ゆす)るだけのつもりだったんだ。だが、コイツは違う。復讐のために害のないウリュウを殺したんだぞ!」


「私は、ウリュウさんを殺してない」

 ミサキさんはハンドバッグから何かを取り出し、構えた。


「ははは! おい、見ろよウメデラ! まだ信じるか? まともなヤツがあんなモン(・・・・・)を持ってるワケがないだろうが!」


 彼女の持っているのは黒光りする回転式のピストルだ。

ここは日本だ。山村の猟銃とはワケが違う。


「私は誰も殺してない!」

「誰が信じるか! ウリュウを殺していなくとも、一人は殺している(・・・・・・・・)んだろう?」


 タカセに向けられた銃口がブレる。


「ミサキさん! 撃っちゃダメだ! ウリュウさんは生きてる!」

 俺はミサキさんの視界から自身の背を使ってタカセを隠した。


「ウメデラさん。慰めはやめてください。村の人が言ってたでしょう? ウリュウさんは死んじゃったって。でも、私は殺してない。それは、信じて」

 目に溜めた涙をこぼしながら、銃をおろし言った。


「おい、ミサキィ。俺が聞いた分では、お前にもガキが居たって話だが? ガキはどこへやった?」


 俺の背中から薄汚い声。こんなヤツは死ねばいい。だけど。


「お前の爺さんはクズだった! お前の母親も! その子供のお前も! ろくにガキも育てられないクズの系譜だ!」


「……そうね」

 ミサキさんは、ハンドバッグをひと撫ですると、おろしたピストルを再度持ち上げ、自分自身のこめかみに銃口を密着させ、



 それから、引き金を引いた。



 彼女はタカセと違って、しっかり者らしい。

 ピストルにはちゃんと弾が込められていた。

 発射による大音響。弾はアタマをすり抜けて、黒髪を散らして、たくさんのしぶきを散らした。

 跳ねた土と小石が俺の顔にもかかる。


 彼女の銃を持たないほうの手が力を失って、下へと垂れるのが見えた。


 もう片方の手はいまだしっかりとピストルを握っていたが、アタマから大きく離れた位置でずんぐりとした両手によって固定されている。


「あ、あああ危ないよミサキちゃん!」

 ミサキさんの手からピストルがもぎ取られる。

 彼女は目を見開き、糸の切れた人形のように座り込んだ。


「ウリュウ、さん?」

「ウリュウさん! 遅いですよ! もっと早く出て来られなかったんですか!」


「ごめんよ、アシオくん。ミラカちゃんに連れられて、開けっ放しの蔵を見つけてここに来たんだけど、なんだか取り込んでるみたいだったから……」

 手の中で凶器を持て余しながら言うウリュウさん。


「ウリュウ!? お前、生きてたのか!」

 タカセが唸る。俺はヤツの前から退き、改めてとり押さえ直した。


「編集長の言った通り、オジサンは死んだフリをしていただけデシタ」

 ミラカも部屋へと入ってくる。


「ウリュウさん、どうして?」

 ミサキさんが訊ねる。


「えっとね。キンさんを殺した犯人をあぶり出すためだよ。自分以外にも殺人なんてことをする人が居ると勘違いすれば、焦って姿を現すんじゃないかと思って。村の人たちにも協力してもらったんだ」


「クソッ! 村のヤツらもグルだったのか! やっぱりクズばかりだ!」


 クズめ、クズめ。怨嗟の叫びがこだまする。


「村の人たちは悪い人じゃないよ。騙したのは悪かったと思うケド……。ごめんね、アシオ君、ミサキちゃん」

「俺やミサキさんがタカセに気づかなかったらどうするつもりだったんですか」


 ため息をつく。ウリュウさんは笑ってアタマを掻いた。


「クソ……ウリュウ! 俺がトクヤマと会っていたとき、ミサキも村をうろついていた。アリバイがないのにどうして俺が犯人だと確証を得た? 現場にすぐに分かるような証拠は残さなかったはずなのに!」


「証拠なんてなかったよ。確かに可能性だけでいうなら、ミサキちゃんにも犯行は可能だったと思うケド……。信じてたからねえ」


「俺も信じてました。だけど、ウリュウさんのことも信用してたんですけどね。まだ、隠し事してるでしょう?」

 俺は口を尖らせる。


「う、うん。それについてはあとでちゃんと説明するよう。カンベンして、アシオ君」

 ウリュウさんはイタズラをとがめられた子供のように肩をすくめて言った。


「クソォ。お友達ごっこかよぉ。俺にも財宝を寄越せ! 寄越せえ!」

 タカセが暴れる。コイツも駄々をこねる子供みたいだ。


「ソウデス! お宝はどうなりマシタ!?」

 ミラカが匣に近づこうとする。


「あー。やめとけ。大丈夫だと思うが、近づかないほうがいいぞ」


「ホワット!? なぜデスカ!? もしやヘンシューチョー、独り占めする気デハ!?」

 ミラカは足を止め、こちらを見たが、俺の下の駄々っ子が暴れるのを見て慌てて下がる。


「アホか。俺も貰えんわこんなモン」


「そうだよねえ。ガッチリ金属で固められてるし。業者さんでも呼ばないと開けれなさそうだ。話も、聞いちゃったし……。ミサキちゃんのお爺さんのなんだっけ?」

 全てを知られた彼女は顔を背ける。


「そういうことじゃないんですよ。これは開けちゃダメなんです」


「どーいうこと?」

 ウリュウさんが首をかしげる。


「この匣は“鉛”でできてるんですよ。それから中身は鉱山から出た金銀と……」


「エメラルドデショー?」

 翡翠目の娘も首をかしげる。


「いや、違うと思うな。ウリュウさん、古書には“緑色の宝石”という記述はありましたか? “緑に輝く(・・)石”ですよね?」

「うーん? 確かに、無かったような。緑に輝く石とか呪いの石って書いてたね……」


「……クソォ! そういうことか! クソォ! クソォ!」

 暴れ馬も宝の正体に気づいたようだ。


「おい、暴れるなって。気づきませんか? コイツは分かったみたいですけど」


「あっ、もしかして! ……分かんないや」

 ウリュウさんはまたもアタマを掻いて笑った。


「じゃあ、答え合わせをしましょう。緑色に輝く石、これはエメラルドではありません。おそらく石そのものは別の色で、紫外線による蛍光現象で緑色に輝くシロモノ……“ウラン鉱石”です」


「ウラン鉱石! 放射能の石だ!」

 ウリュウさんが後ずさる。


「鉛は放射線の遮蔽率の高い物質です。人体や環境に害があるので最近は使われなくなってますけど。ウラン鉱石も、それ自体はそれほど放射線量の多いものではなかったはずです。この部屋の上には人も長く住んでるし、たぶん平気だと思います。でも、出土した鉱山の空気を吸い続ければ、内部被曝で人体に害が及んでも不思議じゃない」


「それが呪いの正体、デスネ」


「ミラカ、正解だ」

 助手を褒めてやると彼女は笑みを浮かべた。


「当時の人たちが放射線について正しい知識があったとは思えないけど、昔からの知恵か何かなんでしょう。鉛で固めて“呪い”を封印したんですよ。匣には金銀も納められてるとは思いますが、処理する手間を考えれば、開けてしまうのはお勧めできません」


「そっかあ。じゃあこのまま埋めてしまったほうがいいのかなあ」


「それもよくないと思います。放射性物質が外に漏れることがなくても、こんな鉛のカタマリを水に沈めたら、いつかは公害に繋がる可能性がありますよ。役所や電力会社に連絡を入れて処理してもらうべきですね」


「ハハハハハ!」

 タカセが笑う。

「俺たちは全員騙されていたんだ! バカを見た! 志知丹もずっと毒の匣のお守りをさせられていたなんてな! それに気づかず騙し合いだ!」


 俺はため息一つ。


「やっぱり、ロクな人たちじゃなかったのね。祖父も……」

 ミサキさんは震える声で言った。


「そうだ! その子供のお前の母おや……」

 俺はバカの口を塞いだ。


「んー。それはどうかな。ミサキさんのお爺さんの代なら、戦後世代でしょう? 原爆による放射線の問題の知見が一般にも広がり始めてきた時代だ。お爺さんは匣の正体に気づいていたんじゃないかな。公害も増えてた時期だろうし。だから、これを処分して、村やのちの世代を守ろうと考えたんじゃないかな。これは、俺の勝手な推測だけどね」


「ウメデラさん……」

 ミサキさんの表情に少し色が戻る。


「ね、だから、自殺なんて考え……イテッ!」

 タカセに指を噛まれた。


「そんなヤツがいるか! 財宝目当てに掘り出そうとしたに決まってる! ミサキィ、見ただろう? トクヤマやオクタダミを! いまだに古い村にしがみ付こうとする薄汚い村の連中を! アイツらはお前の家族を迫害した連中の一味かもしれないんだぞ! そんなヤツらを助けるために誰が!?」


「そんなことないよ。ミサキちゃん、きっとお爺さんは村を守ろうとしたんだ!」

 ウリュウさんが語気を強めて言う。


「ハハハハハ! ウメデラの説には証拠がないぞ! お前自身が身に染みてよく分かってるんじゃないか? 欲深の娘の売女の子!」


「……」

 貶められた彼女はウリュウさんの手の中のピストルを見た。


「ダ、ダメだよ! まだ若いんだから!」

 ウリュウさんはピストルを遠ざける。ミサキさんは彼のほうへと足を一歩踏み出した。


「アシオ君もミサキちゃんを止めて!」

 壁際に追い込まれるウリュウさん。


「俺さ、オカルトサイトをやってるんだよね」

 俺は言った。しゃべり過ぎたか、口の中の水分が足りない。


「今はそんなこといいから!」

 ウリュウさんが悲鳴をあげる。


「オカルトってさ、証拠がないからオカルトなワケでさ。でも俺は懐疑派だから、何でも調べてオカルトじゃなくしちゃうんだよね。だけど、古いものだと証拠が少なかったり、調べようがなかったり。調べても分かんなくて、最後に残ったものがホンモノかなって、思ってるんだ」


 少し早口に語る俺。

 ミサキさんはこちらは見ずにウリュウさんの持つ銃に手を掛ける。


「こんな時にも自分語りか! やっぱりコイツはバカだ!」

 タカセが激しく笑い、身体を揺らした。


「バカといえばさ!」

 俺は語気を強める。ようやくミサキさんがこっちを見た。


「どう考えてもニセモノなのに大真面目に信じる人もいるなあ。でも、彼らにとってさ、それがニセモノかホンモノかってのは、じつはどうでもいいコトなんだ。信じたいから信じてるんだ。信じることに意味があるから。ミサキさんはさ、何を信じたい? ミサキさんが信じたいものを信じればいいと思う」


 乾いた口のせいでセリフを噛んだ。


「キレイごとだ!」

 タカセが言う。まだ笑っていやがる。


「コイツにも言ってやったけどさ、オカルトは“人を映す鏡のようなもの”だからさ。ミサキさんが信じたものが、目に映ったものがホンモノだよ。それこそ、コイツとかがいい例でしょ?」

 俺はタカセを指さして言った。これが俺の限界。


 ちゃんと伝えられたかは分からない。こちらを見るミサキさんの表情は、どうとでも取れるものだ。


「全員、クズなのに、何を、信じるんだ?」

 タカセは笑い過ぎて苦しそうだ。俺は押さえつけるのは一応、手加減をしている。


 ミサキさんはもう一度ウリュウさんのほうを見た。今度は凶器でなく、彼の顔を。


「え? えーっと? ……大丈夫! 大丈夫だよ。ミサキちゃん」


 小太りのオッサンが人懐っこい笑顔を浮かべ、続ける。



「何を隠そう、僕もオカルトが好きなんだ」



 ミサキさんは両手で顔を覆い声を立てて泣き始めた。


「えっ、どうして泣くの? 大丈夫、大丈夫だからね!?」

 迷子の子供をあやすようなウリュウさん。


「困った。女の子を泣かせたのなんて、生まれて初めてかも」

 ウリュウさんは彼女のアタマを撫でる。

 きっと姪御さんが泣いたときにも同じようにしたことがあるんじゃないだろうか。


「やれやれ、終わったようだね」

 泣き声の続く土の部屋に、しゃがれた声が仲間入りをした。

「全部聞かせてもらったよ。タカセ。アンタの車はこちらで押さえてある。もう逃げられないよ」


 ナラマタのバアさんが言った。

 続いて他の村民たちがせまっ苦しい部屋を埋め尽くす。


 ようやく笑うのをやめたタカセが「クソッ」と吐き出す。


 俺はいまだ身体を緊張させたまま、ミサキさんを慰め続けているウリュウさんを眺める横顔を見つめた。ミラカはニコニコ笑顔だ。


「編集長、お疲れ様デシタ!」

 その笑顔がこちらへも向けられた。


「つ、疲れた……」

 俺は全身の力が抜けるのを感じた。

 それから、下にいたタカセが「ぐえ」とうめいた。


********


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