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事件ファイル♯13 暮れなずみの空。夏の終と謎の匣。(8/10)

 事態は俺の予測の範疇でも、決着の早いほうで動き始めた。

 俺とミラカが戻ると、ミサキさんが慌ててやってきて、小声でこう告げた。


「ウメデラさん。私、さっき門を覗き込むタカセさんを見たんです」


 俺は「彼がカギを持った犯人であれば、頃合いを見計らって宝の在りかへと向かうハズだ。こちらを覗いていたのなら、屋敷の敷地内に部屋はあるということだ。彼は警察がいつ来るのかと不安だから、早く屋敷を調べたいハズだ、ワザと人払いをして屋敷に侵入しやすくしよう」と持ち掛けた。


 さいわい、村人たちは村役場のほうへ引き揚げている。

 バアさんとメリーにだけ、簡単に「女と年寄りだから」という理由で役場に行ってもらうことにした。


 それからミラカにも役場に行くように指示し、別の仕事を注文しておいた。


 俺はあえてミサキさんひとりに、タカセが来ないかの監視をまかせて待っておいてもらい、ミラカたちを途中まで送り、急いで屋敷へと戻った。

 彼女はしっかりタカセを見張っていたらしく、俺の気配に気づくと無言で手招きをし、木の影から屋敷のそばのヤナギの木立を指さした。


 ヤナギの木の下に立つタカセ。

 男にしちゃ長いストレートと相まって、本当に幽霊のようだ。

 彼はあたりの様子を伺ってこそはいるが、屋敷の住人が居なくなっていることを確信してるかのように、こそこそした素振りは見せない。


 こちらから丸見えだ。手には黒くて長いカバンを持ち、肩にもひとつカバンを提げている。


 木立から門の前へ移動し、手早く近い側のカドだけ覗き込むと、開けたままの正門から中へと入って行った。


「屋敷に入りましたね」

 ミサキさんが小声で言った。


「追いましょう」

 門まで小走りで移動し、そっと中を覗き込む。

 幽霊の背中は庭を移動している。戸締りのされていない縁側をスルーして屋敷の裏手へと進んでいく。

 彼の姿が屋敷の影に隠れてから、大急ぎで追跡だ。


「屋敷の中を通って裏に回りませんか?」

 ミサキさんの提案。俺は黙ってうなずき、靴を持って屋敷内を通って、台所の勝手口まで移動する。

 格子窓から覗くと、蔵へと向かうタカセの横顔が見えて、慌てて身を隠すハメになった。


「蔵に入って行きました」

「蔵ですか? 昨日の朝に私たちが見たときには、何も無かったような……?」

 ミサキさんが首をかしげる。


 五分程度待って様子を伺うが、出てくる様子はない。


「行ってみますか」

 提案と共にミサキさんの顔を見つめる。彼女は真剣な顔で見つめ返し、「はい」と返事をした。


 蔵の中にカギを使える場所があるのだろうか。

 そうでないなら、なんらかの目的で蔵に潜んだことになる。

 どちらにしろ、これ以上ヤツを野放しにするワケにもいかない。


 扉に耳を当てるも、無音。


 思い切って扉を開くも、空気の中を舞うホコリが窓から入る日光に反射しているだけだった。


「ウメデラさん、これ!」

 ミサキさんが指さしたのはミラカが入って遊んでいた“つづら”のあった場所だ。


 つづらは横へとずらされ、その下には四角い枠。

 取っ手のないハッチのようなものがあった。目立つカギ穴が無ければ、パッと見では扉と気づかないシロモノだ。


 俺はカギ穴に指を引っ掛けて引っ張ってみる。

 カギは開いているようで、ハッチが開く。


 下へと続く木製のハシゴが伸びている。

 そっと足を乗せると、不安な音と頼りない感触。


「古くなっていて、壊れそうだ」

 俺はハシゴにそっと体重を預け、ゆっくりと次の段へと降りていく。


 穴の中は明るく視界が利く。なんの光源だろうか。光は揺れている。

 地面に辿り着くと、火のついた燭台と、奥へと続く坑道のようなものが現れた。


 坑道はそれほど広くない。高さ二メートル程度、横幅一メートル半程度の狭いものだ。

 ときおり木材の柱で補強されているが、壁は掘りっぱなし。

 大きな地震でもあれば、中に居る人間ごと消えて無くなってしまうだろう。


「ウメデラさん」

 呼ばれた俺は見上げた。


「上を見ないでくださいね」

 続いて降りてくるミサキさんのスカートの中身が警告している。


「……はい」

 返事をしてから下を向く。

 彼女が目線の高さまで降りてきてから手を貸し、壁に手を這わせながら坑道を奥へと進む。

 かなり息苦しいが、空気はひんやりとしている。


 しばらく進むとまた扉。今度は扉は開けたままになっている。


 息を殺し、覗き込むと、二本の火の灯った燭台に挟まれた大きな木箱のようなものがあった。

 大きさはセミダブルのベッドくらいで、高さは一メートルくらいか。


「アレが“(はこ)”か?」

 しかし、タカセの姿は見えない。


 どこだ? 俺は足音を殺しながら部屋へと踏み込んだ。


「死ねっ!」


 明らかな殺意と共に衝撃。

 太い木の棒のようなものが俺の鎖骨にめり込んだ。木の棒の先には武骨な刃。オノだ。

 俺は痛みにうめき、よろめきながら二、三歩下がる。


「クソッ、狭すぎる!」

 タカセは俺の前で再びオノを振り上げたが、刃が天井に当たってしまっていた。

 狭いおかげか、ヤツが見かけ相応の運動能力だからか、最初の一撃も刃の部分は俺の耳の横の宙を切っており、当たったのも柄の部分だ。

 出血こそしてないものの、受けたダメージは大きく、俺はすぐに反撃に移ることができない。


「やめなさい!」

 ミサキさんが飛び出し、振り上げたタカセの両手を押さえようとする。

 ふたり分の力で振り回されるオノの先が、天井を削って土を降らせた。


「クロベ! お前たちには死んでもらう! オクタダミにもな!」


「ウリュウさんを殺したのはアナタなの!?」

 もみ合うふたり。


「知るか!」

 タカセはミサキさんに腹蹴りを放った。

 ふたりの手から離れたオノは弾け、部屋の隅へと滑っていった。


 ちょうど回復して加勢しようとした俺に、軽い女性の身体が倒れ込んできた。


「お前たちが俺をつけていたのは分かっていた。屋敷の前に居るときから丸見えだったぞ」

 転がったオノのほうへと身体を向けるタカセ。

 俺はすかさず彼の前に立ちはだかる。


「クソッ、部外者が。ワケの分からんガキを連れて嗅ぎまわりやがって。本当はもっと時間を掛けて財宝を手に入れる予定だったんだ。それを、週刊誌が騒ぎ立てたせいで、余計な連中が嗅ぎつけたんだ。俺は、お前たちよりもずっと前から財宝について調べていたんだぞ」


 匣の前に立つタカセは、俺を睨み、その向こうに転がったオノを一瞥すると、手を差しだしてきた。


「ウメデラ、こっちへ来い。分け前をやる」

「は?」


「要らんのか? 殺しの件はその女に被せればいいだろう。自殺に見せかけて殺す。俺がトクヤマを()ったことを黙ってさえいれば、一生遊んで暮らせる金をくれてやる。ガキを連れて海外でバカンスなんてどうだ?」


 どうやら、肉弾戦では分が悪いと判断したらしく、俺を懐柔する手を選んだらしい。


「悪くない提案だが、ミサキさんにも口止め料を分ければいいんじゃないのか? その分だと、匣の中身が巨大な翡翠と金銀だっていう目星もついてるんだろう?」


「お前たちもそこまで気付いていたか。だが、コイツにはくれてやれんな。コイツにはここで消えてもらうのがいちばんだ」

 ミサキさんを見るタカセ。


 昏い目。侮蔑の表情だ。何か理由があるのか知らんが、俺から目を離したのは悪手だ。


「返事はノーだ!」

 俺は飛び掛かろうとした。


 だが、タカセは箱の横に立てかけてあった黒い筒をつかむと、その先に開いたふたつの穴を俺に向けた。


 ミリタリーに詳しくない俺でも知っている。これは、二連式の散弾銃、ダブルバレルショットガンだ。


 身体の体温を一瞬にして失い、立ちつくす。


「廃屋からくすねてきた。腹を穴だらけにされたくなかったら、俺を手伝え」

 俺はタカセのくぼんだ眼窩を睨みながら、両手を上げて降参する。

「オノを使って匣をこじ開けろ」


 ちらとミサキさんを見ると、彼女はまだ倒れ込んだままで、長い黒髪を垂らして肩で息をしている。

 蹴られかたが悪かったのだろうか。心配だ。


 だが、従うしかない。

 こんな閉所で散弾銃など使われれば、どうやったってどちらかに当たるだろう。


 俺はオノを拾うと、銃を構えるタカセを下がらせて、横薙ぎに木箱を叩いた。


 鉄と木箱の当たる激しい音。

 コツがあるのか、力不足なのか、木の板は少し割れたが、強烈な衝撃が手に返り、思わずオノを取り落としてしまった。


「なんだこれ!? クソ堅え!」

「何をしてるんだ? さっさと開けろ!」

 俺の前で揺れる銃口。


「いや、やめとこうぜ。こんなモン、開けないほうが絶対いいって」

 額に冷たい感触。どうしても開けろと言うらしい。


 俺はもう一度降参を示すポーズを取り、オノを使って割れた板を剥がし始める。


「なあ、大人しくお宝は全員で山分けにしようぜ。翡翠の大きさによっちゃ、千人で分けても遊んで暮らせるんじゃないのか?」

 俺は提案する。


「さっきも言っただろう。クロベにはやらん。オクタダミにも、ナラマタのババアにもだ。志知丹の末裔にはビタ一文たりともやらん」

「なんでそんな。遺産分割とかで大量に持ってかれるからか?」


「違う。もともと俺にだって、権利などあってないようなものだ。できればお前も遠慮したいところだが……話が通じそうだからな」

 ウソ臭い。腕っぷしに自信がないのを隠しているだけか?


「俺はお前の書いた雑誌記事のことも知っているし、サイトの件も調べさせてもらった。わざわざ車を走らせて電波を拾いに行って調べてやったんだ。梅寺アシオ、お前はオカルトのサイトをやっているそうだな。俺が昔にお前の名前を見たときは知りもしなかったが、今はそれなりに繁盛しているようだな」


「まあな」

 俺は木の板の一枚を力づくで引っぺがした。中からは鈍い色の金属面が現れた。


「オカルトやゴシップなんてもんは、他人の不幸を飯のタネにする汚い趣味だ。お前の雑誌の仕事からもよく分かる。金さえもらえば、村が滅びても、誰かがくたばっても、関係ないんだろう? いや、違うか、むしろ飯がウマくなるのか?」


 俺はヤツを見た。銃だけじゃ足りないってのか?

 目が合うと武器を構えた男は目を見開いてウマの鳴くような声で笑った。

 大きく歯を見せる男は、声だけでなく、ツラまでもウマに酷似している。


「他人の不幸ねえ。俺はそんなつもりはないよ。よく分からんモンやウワサ話が好きなだけだ。特に、それをハッキリさせるのが好きだ。“分からない”ってのが怖いのかもな」

「べらべらと自分語りをするな。オタクがガキっぽいってのは、本当だな」

 あざけるタカセ。


「まー、ガキっぽいとはよく言われるがな。最近、“ぽい”どころか本当にガキに戻ってきた気がするよ」

 俺は男の煽りに対して動かない心を外から眺めながら、匣の解体を続ける。


「女子供ばかりとつるみやがって。お前はサル山の大将だ。サルが余計な手出しをしたせいで、死ななくていいブタが殺された。ヒヒヒヒ!」

 ウマが嗤う。


 銃を持ってる優位性か、素の気質か。

 よくもこれだけ罵詈雑言が吐けるものだ。トクヤマを殺っただけのことはあるよ。


「タカセ、おサルの大将がウマヅラにひとつ教えといてやるよ。オカルトってのはな、“人を映す鏡のようなもの”なんだよ。恐怖にもなれば、安心にだって変わる。人を幸せにするための魔法だってオカルトの一種だ。お前がオカルトは“他人の不幸を喜ぶための趣味だ”って思ってるなら、単にお前がそういう人間ってだけだ。今の俺は、ヒト様に恥ずべきことはしてないね」


 俺はヤツの顔も、向けられた散弾銃も見ないで言った。ただ木板をオノで剥ぎながら。


「フ、フン、よく言うぜ。小児性愛者のクセに」

 視界の端で銃口が一瞬ブレた。


「ロリコンでもいいけど、やっぱりこの匣は開かないみたいだな」


 木箱の解体が終わる。最後の板を割って外すと、中から現れたのはさらなる“匣”。今度は全面が鈍く光る鉛色だ。


「匣の中から金属の匣!? どういうことだ!?」


「やっぱり、ご先祖様が開けるなって言ってるんだろうな。親切に従って、呪われちまう前にここらでやめにしないか?」

 俺はオノを地面に置くと、ふたたび降参のポーズに戻る。


「バカなことを言うな。まさかお前、呪いを信じてるのか?」

「懐疑派だし、たぶん呪いの正体も証明しようと思えばできるけど。……ま、開けないほうがいいと思うね」


 俺はタカセを鼻で笑ってやった。


「オカルトをやるヤツはアタマまでガキなのか? おい、開けかたがあるんだろう? 何か仕掛けが!」

 タカセは俺を銃でつついた。


 俺は匣の表面を探ってみるが、冷たい金属の感触以外に何も見つけることができなかった。

 隙間なんてあるわけがないだろう。


「……そうか、分かったぞ! おい、クロベ! 俺のカバンから木のパズルをだせ!」

 銃口がしつこく押し付けられる。


 ミサキさんは慌ててタカセのカバンにすがり付き、ファスナーを開けると中からウリュウさんが持っていたハズの木の箱を取り出した。


「やっぱりお前が盗んでたのか」

 ため息をつく俺。


「半分正解で半分不正解だ。それは、オクタダミの荷物から拝借した」

「メリーも持ってたってことか?」


「違うな。オクタダミがウリュウから盗んだものを俺が頂いたんだ。クズしかいないんだよ、志知丹の系譜にはな」

 俺は落胆した。


 ウリュウさんや死んだトクヤマへのリアクションで、メリーのことをすっかり見直していたのに。

 ミサキさんの口からも嘆息が聞こえてくる。


「クロベ。さっさとそれを地面に叩きつけるなりなんなりして開けろ。恐らくその中にはまた、カギが入っているんだろう。ウメデラ、お前はカギ穴を探せ!」

 カギ穴なんて無いんだっての。


「カギなんて、入ってないわ」

 ミサキさんは、手に取ったパズルの板を手早くスライドさせ始めた。


 すぐに箱は「カチリ」と音を鳴らし、上下に割れて中身をさらけ出す。

 中からはまた小さな木箱が現れた。それから、彼女は小箱を見て「やっぱり」とつぶやいた。


「開けかたを知っていたか。さっさとその箱を寄越せ! ……いや、違うな。銃から手を離すものか。まずは箱を開けて中身を見せろ」

 ミサキさんはタカセを睨みつけると、小箱のオモテを彼のほうへと向けた。

 金色の文字で何かが書いてある。


「アナタ……ううん。ウリュウさん以外には、意味の無いものよ。その匣とも関係ない」

「何を? さっさと中身を見せろ!」


 タカセは俺の頬に銃口を突き付ける。

 ミサキさんは静かに箱を開き、中身を見せた。

 中には白い綿が詰められており、その上には黒茶けた……スルメイカのようなものが乗っかっていた。


「なんだ、それは? カギじゃないのか?」


「……臍帯(さいたい)。ウリュウさんと、そのお母さんを繋いでいた、ヘソの緒よ」


「ヘソの緒だあぁ!?」

 明らかな驚嘆、妙に高音でしぼりだされた悲鳴のような声。下がる銃口。


 チャンスだ!

 俺は銃身をすり抜けるとタカセを取り押さえに掛かった。


「ウメデラ!」

 タカセは俺の予測よりも貧弱過ぎた。

 取り押さえようとした俺を巻き込み、ふたりいっしょに土の地面に倒れ込む。


「クソ! 黒部ミサキ! 俺をハメやがったなあ!」

 悔しそうに言葉を吐き出すタカセ。俺の目の前には銃身。


 銃身の先には、ミサキさんが居た。

 俺は後先考えずに、銃身を抱え込む。腹に当たる金属の筒。


「やめて!」

 叫ぶミサキさん。


「死ね!」

 タカセが、引き金を引いた。


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