事件ファイル♯13 暮れなずみの空。夏の終と謎の匣。(7/10)
ミラカは腕で鼻を覆い、顔を反らせて咳き込んだ。
俺はしゃがみこみ、空を見上げて静止した徳山キンジロウの首に指を押し当てる。
彼はもう冷たくなっていた。
アザラシのように転がる男の横には、彼の命をべっとりまとわりつかせた大きな石が転がっている。
「石でアタマを一撃か」
俺はふと不安がよぎり、とっさにあたりを見回す。
それから立ち上がり、いまだ咳き込む娘を抱えて屋敷へと走った。
屋敷に戻ると、座敷をうろつくウリュウさんが俺たちを見つけ、小走りに駆け寄ってきた。
「お帰り。あまり聞きたくないんだけど、そんなに慌ててどうしたの?」
「メリーの予感が当たってました」
俺がそれだけ伝えると、ウリュウさんはテーブルに置いてあった急須から三人分のお茶を注ぎ、おぼんに乗せられたまんじゅうとせんべいを同時に口に入れて咀嚼し始めた。
「ミラカ、大丈夫か?」
座敷に戻っても立ちつくしたままの娘を座らせ、湯呑みを手渡す。
「俺はこれから役場に走ります。ここには誰か戻ってきましたか?」
俺がそう言うとウリュウさんは口を一杯にしながら首を振って、それからちょっと考えて、もごもご言いながらまた激しく首を振った。
「アシオ君、単独行動はダメだよ!」
口に中の物をお茶で流し込みながら言うウリュウさん。
「これは事件ですよ。緊急です。それに、他の人も危ないかもしれない」
「そうだ! ミサキちゃん! ミサキちゃんが心配だ!」
ウリュウさんの狼狽がミラカにも伝染する。
俺も遺体発見の衝撃でミサキさんのことがわずかのあいだアタマから飛んでいたが、言われて焼けるようなものが胸に込み上げ始める。
裏サイトの動画像なんか目じゃない、確かにそこにあった、死。
「あの、私がどうかしましたか……?」
ひかえめな声が座敷に入り込んできた。
「ミサキちゃん!」
ミラカが立ち上がる。
「よかった! 無事だったんだね!」
ウリュウさんが両手を広げ、俺も安堵のため息をつく。
「あの、無事って、どういうことですか? 何かあったんですか?」
不安げに訊ねるミサキさんは額に汗を浮かせて、綺麗な髪もわずかに乱れている。
「徳山キンジロウさんが亡くなりました」
俺は短く伝える。
「……そんな!」
ミサキさんは口に手を当て、座り込む。
ウリュウさんはお茶を注ごうとするが、急須からはわずかにしか中身は出なかった。
俺の手つかずの湯呑みを彼の手元に寄せてやると、ウリュウさんはそれを受け取り、ミサキさんへと手渡した。
「とにかく、俺は知らせに役場に走ります」
青くなった女子ふたりを連れて行くワケにも、残すわけにもいかない。
俺はウリュウさんが反対する前に庭に駆け出した。
すると、すぐに懐中電灯を持った一団と遭遇した。
あまり緊迫した様子ではない。歓談混じりだ。
俺が事情を伝えると、村民たちはあっという間にざわめき色に塗り替えられた。
いっしょに居たメリーは気を失ってひっくりかえり、屋敷へと運び込まれた。
喧騒はいっそう濃くなり、老人たちは烏合の衆と化してしまう。
そこに、またもバアさんが一喝。
ようやく混乱は収まり、すでに捜索に出ていた者たちを慌てて呼び戻し、屋敷に集まることとなった。
反対派のカシラらしい着物のジイさんも上がりこんでの会議。
座敷は老人たちで満員だ。
とうとう出てしまった人死にに、ナラマタのバアさんとダム反対派の連中が角突き合い、次第に話の内容はトクヤマの件から財宝探しの連中をバアさんが招いたせいだの、そもそもダムの反対をしなければ起こらなかっただのの責任のなすりつけ合いが始まった。
ミラカはまたも争議の気に当てられてすっかり調子を悪くし、部屋に連れて行って休ませた。
俺も彼女から離れる気は起きなかったので、一度、誰かに報告してから休もうと座敷に戻った。
そこに、ちょうどメリーが復活して戻ってきたところだったらしく、「ねえ、トクヤマさんはそのままなの?」とのひと声で悶着は収拾した。
それからようやく、遺体が回収された。
トクヤマの所持品には、蔵から持ち出されたカギも、メリーが言っていたおふだで封印された箱のカギも、ウリュウさんのパズルもナシ。
謎のカギの話についてはナラマタのバアさんも首を振った。
それから村民たちは再び相談を始めた。
決定事項についてはのちにウリュウさんから報告を貰った。
日が昇ってから何人かが警察を呼びに行くということだ。
鈴沢村はもう電話回線が使えないのだ。山奥の寒村だけあって携帯の電波も立たない。
この時間は電車も走っておらず、連絡は数時間掛けて別の村へ歩くしか手がない。
鉄道無線も無感地帯らしく、呼んでから警察が到着するのは明日の陽が沈むころになると言われた。
俺は珍しくも「食欲がない」と言うミラカに無理やり飯を食わせたり、冗談を言ったりして元気づけた。
途中、ウリュウさんやミサキさんも加わってくれたが、やはりふたりも疲労が溜まっているようで、日中のときのような陽気さは見せてくれなかった。
深夜、どしゃぶりの雨が降った。
短時間だが激しい雨だ。雨はトクヤマの殺害現場の小さな遺留品を押し流してしまうだろう。
俺は締め切られた雨戸や屋根を叩く音を聞きながら、ノートパソコンのキーで伴奏を続ける。
エメラルドだなんだと浮かれてはいたが、現実に死者がでて、すべて吹き飛んでしまった。
それでも、記憶の温かいうちに憶えていることを書き出しておく。
足を突っ込んでしまった以上、責務は果たさなければ。
一番の被疑者であるタカセは戻って来ていない。
彼のものと思われる車は、今朝からずっと見当たらない。
犯人であるならどこかに潜んでいるか、宝を持って逃げたか、あるいは何も持たずに逃げたか。
そうでないなら、ほかにいる犯人の手によってトクヤマと同じ場所に行ったかだ。
他に犯人になりうるのはメリーくらいだろうか。
アイツはトクヤマと揉めていたし、ウリュウさんやミサキさんは俺たちといっしょだった。
……いや、ミサキさんは夕方、姿を消していたか。母親のことを聞き込みに出ていたはずだ。
村人たちがトクヤマを始末して口裏を合わせている線は消えていないが、孤立無援に近いこの状態でそれは考えたくない。
誰が犯人にしろ、財宝に興味を持っているのは間違いないので、タカセが持ち去ってないことを祈りつつ、俺は警察が来るまでは探索を続けようと結論付けた。
作業を終えて寝る前に茶でも飲もうかと座敷に行くと、ナラマタのバアさんと着物のジイさんが話をしているを見かけた。
何を話しているのか興味があったが、俺もすっかり気をすり減らしてしまっていたので、こっそりと用を済ませて部屋へと引っ込んだ。
俺たちを始末する算段でも聞こえてきたら笑えないしな。
部屋に戻る。
雨のせいか、すっかり冷え込んでいる。雨戸を叩く音は、少し静かになっていた。
布団に辿り着き、ずっとまぶたの裏に居すわっていたトクヤマの“いまわ”の表情と相対する。
俺は、梅寺アシオは、自分のやっていることへの信念が揺らぎそうになっていた。
オカルトとは大抵、死や恐怖がそばにあるものだ。
宇宙人やUMAだって、人間に害をなすケースも珍しくない。
幽霊はすでに死を通過しているし、生者に仇なすのが常。
不謹慎に奇病や事件を野次馬するものも枚挙に暇がない。
夢のある財宝話でさえ、呪いによる病や死、そして陰謀や宝を巡って起こる殺人ときている。
トクヤマはイヤな男だった。短絡的で下品。他者への配慮が足りない。
それこそ、放っておいてもどこかで恨みを買いそうなヤツだ。
だが、だからといって、見えている側面だけで決めつけることはできない。
ウリュウさんが姪のために財宝を使いたいと言ったように、トクヤマにも何か大切な事情があった可能性も否定できない。
あんな振舞いをしなきゃならない心的な理由を打ち砕くために、財宝が必要だったのかもしれない。
彼については何も知らない。
徳山キンジロウ。五十代のハゲて太ったオッサン。友人は? 妻は? 子供は? 家族は居たのだろうか?
今となっては、確かめるすべはない。
もちろん、殺したのは俺じゃないが、俺の行動が彼の死を加速させた可能性も否定できないのだ。
今後、オカルトに積極的に関わり続ければ、否が応でも闇の部分に触れていかなければならないだろう。
もしも、また誰かにこの闇に対して苦言を呈されたとき、俺には胸を張って答えられる何かがあるだろうか?
同じ飯を食っていくにしろ、別にオカルトでなくともいいハズだ。
サイトは趣味にして、バイトを増やすなり就職するなりしてやっていく手もあるだろう。
オカルトなんて、趣味でこそこそやってればそれで足りるのではないだろうか。
俺は昏い部屋の中で独り、逃げ帰りたい気持ちに襲われた。
いつか、無責任な記事で誰かの夢を傷つけたときにも襲われた衝動。
ヤケになり、何もかも投げ出してしまいたくなったあの時。
何度もサイトを閉鎖しようとしては、マウスから手を離し、代わりに酒のグラスやカンをひっつかんだっけな。
最後は酔っぱらって街をぶらついて、掲示板にちょっとした冗談を書いて……。
ふと目を開けると、横で寝息を立てているミラカの顔があった。
あそこで辞めてしまっていたら、コイツに会うことも無かっただろう。
オカルトを通して出逢ったモノは、死や不幸だけではない。
小うるさい女子高生やメガネを直す小学生、コスプレ好きのお姉さんなどが目に浮かぶ。
今度の旅でだって、いい人にもたくさん出会っている。
みんな立場や抱えているものがあるだけだ。衝突は、その噛み合わせのちょっとした齟齬に過ぎない。
『アシオ君たちのサイトが大好きなんだ』
どこからか、小太りの丸っこい声が聞こえた気がした。
「気にし過ぎだな。俺は俺のやりかたでやるさ」
俺は身を起こしひとりごちて笑う。
それから、よく分からん英語とゲール語混じった寝言をつぶやく娘の布団を掛け直すと、静かに眠りへと落ちた。
明け方、俺と同じく便所に起きてきたのか、ウリュウさんとすれ違った。
目が合うと彼はちょっと笑ってみせたが、言葉は交わさなかった。
財宝探しを続けることは翌朝にでも伝えるつもりだが、彼は賛同してくれるだろうか。
もしかしたら、やんわりと非難されるかもしれない。彼は優しいから。
いや大丈夫だ、俺の意思をきちんと伝えれば、彼ならば理解してくれるだろう。
部屋に戻り、すべすべした金色のアタマをひと撫でさせてもらい、舞い戻った不安を押しのけてふたたび眠りにつく。
大丈夫さ。
しかし、俺の望みは打ち砕かれることとなった。
翌朝、ウリュウさんが何も告げることなく、姿を消した。
俺たちは朝食を済ませ、またも村役場に連絡をしたのち、彼の捜索を始めた。
俺は気乗りしていないミラカの鼻をアテにして連れ出し、捜索に参加した。
ミサキさんやメリーも自発的に捜索に加わった。
悲しい発見も、安堵もなく、役場から正午を知らせる放送が村中に響き渡った。
俺たちは昼食のために屋敷へと足を向ける。
帰り際にミサキさんやメリーと合流した。ふたりはノーメイクだった。
特にメリーは態度を一変してしまっていて、不謹慎だがずいぶんと印象がよくなっていた。
死んだトクヤマが言っていた「化粧をしないほうがマシ」という軽口が思い出される。
ミサキさんは化粧を落とすと実際よりも少し歳を重ねているように見えた。
雑談の中で彼女は「まだアラサーじゃない」とは言っていたが。
俺たちはお互いに顔を見たが、それだけで成果なしが伝わったようで、静かに屋敷の門をくぐろうとした。
と、そのとき、もう一度役場のスピーカーが放送を始めた。
『村民の皆さん、ご協力、ありがとうございました。行方不明になっていた、雨竜ヒサユキさんは、発見、されました』
とぎれとぎれの放送。無感情で、無機質な音声だ。
「よかった! 見つかったんだって!」
メリーがあられもなく両手を上げて、それからミサキさんに抱き着いて言った。
「よかった……」ミサキさんもメリーの背中をさすって長く息を吐いた。
「では、さっそくお昼ご飯を作りマショー! オジサンは食いしん坊デスカラ、たっぷり作らなくっちゃ!」
ミラカも本来の姿を取り戻し、抱き合う女子に引っ付いた。
俺は、そんな彼女たちを直視できず駆け出した。
「アッ、編集長、どこに行くんデスカ!?」
ミラカの声を背に役場へと急ぐ。
町内放送など、公共の場においては「使用するのがはばかれる言葉や単語」がある。
そういうモノは当たり障りない言い回しに換えられるのが常だ。
放送では“無事保護”されたとは言わなかった。“発見”だ。
それはつまり、ウリュウさんは死んでしまっていたということだ。
どこかで聞きかじっただけの知識だ。間違いかもしれない。
俺はそんな慰めを心で弄んだが、効果も虚しく、足はもつれるほどに速く回り、土を蹴り続けた。
役場に到着したが、ウリュウさんに会うことはおろか、別れることもできなかった。
ウリュウさんの遺体は、トクヤマのものとともに、警察を呼びに向かった村人たちが持って行ってしまったあとだった。
それから俺は、鉛よりも重い足取りで屋敷へと引き返した。
戻ると、入れ違いで連絡があったらしく、別れるまでは舞い上がっているようだった女たちは、悲しみのダムの底に涙と共に沈んでいた。
俺は、慰め半分推理半分で初日からのことを振り返った。
どうも、引っ掛かることがあるのだ。
誰が、とか、どれが、ということではない。全体的に違和感が散見されている。
村もそうだが、財宝のこと、それから志知丹の末裔たちのこと。
これらへの疑問は、記録をまとめるたびに深まっていった。
そして、俺はある一つの結論に達する。
外れたときがツラいが、このまま動かないよりはよっぽどマシだ。
俺は部屋で目をはらしたまま寝っ転がるミラカにもう一度頼みごとをした。
「ミラカ、今からちょっとお前の鼻を借りたい」
ミラカは何をさせられるのか悟ったらしく、激しく頭を振ると、今まで見せたことのない表情で俺を睨みつけた。
「すまん。怒るのも分かる。だけど、手伝って欲しい。ウリュウさんが発見されたという現場に、いっしょに来てくれ」
俺はまっすぐ彼女の目を見た。視線は反らされる。
「頼む、ミラカ」
首が振られる。俺はミラカの両肩に手を乗せる。
彼女の身体は逃げようとしたが、強引に引き戻し、相対させる。
「お願いだ。俺を信じてくれ」
「放してクダサイ! 信じるって何をデスカ!?」
「ミラカ、よく聞け。俺の考えだと、ウリュウさんは生きている」
ミラカは大きく目を見開いた。
座敷のテーブルに突っ伏するメリーをしり目に、なんとか説得したミラカと共に屋敷を出る。
ミラカは早足で俺の前を歩く。
口は利いてくれない。それは、ウリュウさんの死のニオイを嗅ぐかもしれないだけでなく、俺が怒らせたからだ。
「もしも、ウリュウさんのニオイが残っていたら、私、どうしたらいいか分かりません。今度こそ正気を失うかも……」と最後の抵抗をされたことに対して、俺は「そのときは俺が責任をとるよ。俺の血をくれてやってもいいし、お前と同じヴァンパイア病になっても構わない」と回答をした。
その後、彼女は何も言わずに俺の腹に手加減ナシの一発をお見舞いしてから「要りマセン、私は、編集長を信じマス」と言って部屋を出た。
ともかく、ウリュウさんが死んでいない証拠をつかむことができれば、俺の推理は完成する。
かなり複雑な事情が絡んでいるとは思うが、あとはカギの使いどころさえ発見すれば“黒幕”をあぶり出すことができるだろう。
あるいは、もう部屋は発見されているのかもしれない。
どのみち、捜索の件などで屋敷周辺がざわついていたから、“タカセが持ち出した説”でなければ、財宝はまだ無事だ。
それはそれで、警察到着までのあいだに全て決着がつくことになるだろう。
俺は村人に教えてもらった発見現場に行き、いまだに口を結んだままの娘に目配せをした。
彼女はいつもよりもひかえめに鼻を鳴らし始め、そのうちにいつも通りの「すんすん」をしたのち、俺を見て首を振った。
「そうか、やっぱりか」
鼻の利く娘は別の意味で鼻をすすり上げると、パンチの代わりに鼻水顔面アタックを俺のみぞおちにかました。
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