事件ファイル♯02 アブダクション! 近所に現れた宇宙人!(2/6)
「どっこらせ」
買い物袋を食卓に置く。
荷物の中でウェイトを占めていたのは調味料だ。
昨日、掃除をした際に消費期限切れを大量に発見したので、ストックを作らなければならなかった。
ここを新たな城と決めた当時は、自炊するぞと張り切って、調味料やらキッチン用品を買い揃えたものだったが、けっきょく冷蔵庫すらも飲料くらいしか入れなくなってしまった。
それも、ほとんど酒だ。
「さぁ、張り切って作りマス。今日はフルコースデス!」
ヴァンパイア娘が袖をまくった。
「そんなに気合い入れなくても。……そうだ」
俺は調味料と同じく、放置してあったバンダナとエプロンを引っ張り出す。
「ほれ、これをつけるといい。服を汚すぞ」
「オー、エプローン! 用意が良いデスネ。気分がデマース。ニッポン人はカタチから入りマスネー」
うるさいな。見透かしたように言うな。
俺は苦笑いしながら買ってきた物を片づける。
片づけが終わったあと、思いのほか手際よく作業するジャガイモ娘を眺めていたが、「見られてると恥ずかしいから」と言われて追い払われてしまった。
退屈しのぎに通販サイトで何か必要になりそうなものを探す。
「目下はベッドだよな。俺もずっとソファで寝るワケにもいかんし」
とはいえ、安い買い物ではない。
四ケタ内で納まらないかと甘いことを考えていくつか調べるが、そうは問屋が卸さない。
「この辺なら買えなくもないが……」
サイフも預金残高も寂しい俺からすれば、木製のすのこタイプですら高い。
上に敷く布団を用意すればもちろん値段は上がってくるし、これを購入すると別の問題が出てくるのだ。
ミラカに使わせている俺のベッドは安物ではない。
どこぞのブランド品というワケでもないが、やはり睡眠は大切ということで、しっかりとマットレスの入った余裕のあるセミダブルサイズを買ってある。
一度そこに寝かせてやったというのに、安物のベッドにチェンジさせるのも可哀想だ。
かといって、ここのボスである俺が安物に収まるのもシャクなワケで……。
「ベッドくらいは自分で買わせるか?」
そのくらいの金はあるみたいだし、道理と道理だ。
しかし、どうしてだか、彼女にあまり金を出せたくはなかった。
ノートPCの前で唸り、あっちこっちのサイトをチェックするも、どうするか決められないまま、ミラカに台所へと呼ばれた。
「おお、何だこれは」
俺はテーブルの上に並べられる食事たちを見て、思わず声をあげた。
「ふふん。どうデスカ? おいしそうデショー?」
ジュース、シリアル、それから切ったオレンジに、あらかじめカットしてあるのを買ったパインが盛り付けてある。
「皿に盛っただけじゃないか」
俺は呆れた。
「チッチッチ。それは“スターター”デース。ミラカはフルコースと言いマシタ!」
ミラカは指を振ると追加の品を並べ始めた。
焼いたベーコン、ソーセージ、ソーセージ、それからソーセージ。
「ソーセージが多いな……」
「本当は、ブラックプディングとホワイトプディングが欲しいところデスガ、売ってませんデシタ……」
「プリン?」
「ジャパニーズプリンとプディングは別物デス」
目玉焼き、ゆでた豆とトマト。トマトはご丁寧にも皮に焦げ目がついている。
「やっぱり色合いが偏ってるような……」
「それからパン。これも本当はソーダブレッドを用意したかったのデスガ。適当におしゃれそうなのにシマシタ」
「おしゃれそうなの。何買ってたっけ?」
「エート……ふぉかっちゃ」
パンの袋を読み上げるミラカ。
「フォカッチャか」
「ふぉかっちゃデス」
「微妙に言えてない気がする」
「言えてマス」
「ちょっと舌っ足らずな感じが」
「ふぉかっちゃ! 子供じゃないデスー」
「はいはい」
ミラカは「ふぉかっちゃ」と繰り返しつぶやく。
「ところで、フォカッチャはいいが、もうひとつ飲み物あるのは何だ」
クリーム色の液体の入ったカップを指さす。
「これはミルクたっぷりのアイリッシュ・ティーデース」
「ふうん、これで全部か?」
「そうデス。おいしそうデショー?」
「なんていうか、大食いだな……」
今は昼だが、コイツはこれを“朝食のフルコース”と言った。どう考えても朝食べるには重い。
「エー。祖国ではこれが普通なんデス」
「本当かよ」
「昨今は朝食を減らす人が増えて、シリアルしか食べない家庭もあるとか」
「どこの国も似た感じか。こっちも朝から日本食をしっかり食べてる家庭は減ってるらしい。うちもパン食だったしな」
「それは嘆かわしいデス。今度は編集長が日本の朝食をごちそうしてクダサイ」
「今度な。それじゃ、いただきます」
俺は軽く手を合わせた。ミラカも食事に手を付け始める。
彼女は特にお祈りなどはしないようだ。
欧米の人はみんなクリスチャンと考えるのは少し差別的だったか。っていうかヴァンパイアだしな。十字架はダメか。
「……そういえば、お前、そのヴァンパイア病って人にうつるんだよな?」
肝心なことを聞き忘れていたのを思い出す。
「オウ。ソウデス。大事なことを言い忘れてマシタ」
「いや、忘れるなよ。俺はヴァンパイアになんてなりたくないぞ」
俺はソーセージを齧りながら言った。まあ、ソーセージはどうやってもマズくはならない。
「ははは。ヴァンパイアウイルスは、血液や身体の中でなければ弱っちいので、手洗いうがいをちゃんとしてれば大丈夫デスヨ」
シリアルをバリバリをかみ砕きながら言うミラカ。
そういえば、大使館の職員もそんなことを言っていた。
対策が無くて適当に言ってるのかと思った。
「風呂とかタオルの共用は大丈夫なのか」
「アー……お風呂のお湯やタオルは止した方がいいかもしれませんネ……。ヴァンパイアじゃない人と暮らしたことがないので、ビミョーなラインデス」
ミラカはソーセージを咥えたまま視線を落とした。
「不安なことを言うな」
「ゴメンナサイ……」
「なるべくなら、“これをしたら感染”っていう明確なラインが欲しいな。一緒に生活する以上、気をつけなきゃいけない事なんだろ? 食器、タオル、風呂の水を気をつけるとして、ほかは?」
ミラカはソーセージを咥えたまま「ウー」と唸った。鋭い犬歯が見える。
「なんだ? 大事なことだぞ?」
「“ちゅー”デス」
ミラカは赤くなってうつむいた。
「ああ……」
「“ちゅー”するとうつりマス。ママはそれで十五のときにヴァンパイアデビューしました」
「じゃあ、まあ、心配はないな」
「……ソーデスネ」
食事タイムは俺の質問のせいで変な雰囲気のままに終わった。
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「ふう。食べたなあ」
我ながらよく食べた。ソーセージだらけというのがキツい。俺の胃には朝昼合算の食事でもこの量は厳しい。
「美味しかったデスカ?」
ミラカが皿を下げながら言う。
「んー? まあ、ふつうだな」
「そっか……」
ミラカがつぶやいた。正直に答えたが、失礼なことを言ったか。
だが、彼女は皿をもって流しに向かったので表情は分からない。
「片づけ、俺もやるよ」
「いいデス。その代わり、あとで少し自由時間をくれマセンカ?」
「別にいいぞ。どうせやることはないからな」
悲しいことだが。
「感謝デス」
何を感謝することがあるんだか。
さて、食事を終えた俺はまたノートパソコンと睨めっこをはじめ、ミラカは何やら俺の部屋に引きこもってしまった。
やっぱり、俺があまり変なことを言ったせいで、気分を害してしまったのだろうか?
大したことじゃないし、一時のことではあるが、そういう引け目ができると、やはりベッドの件も自分が金を出すべきじゃないかと思えてくる。
「うぐぐぐ」
表示される値段を一桁隠して、念じてから離してみるが、もちろん消えたりはしない。
同じオカルトなら吸血鬼よりも超能力がよかったな。それなら金儲けも楽にできただろうに。
「ヘンシューチョー!」
後ろから突然大きな声で呼びかけられた。
「びっくりしたな。急に話しかけるなよ」
俺はとっさにパソコンを隠す。
「……? 何かアヤシイページでも見ましたか?」
覗き込もうとするミラカ。麦わら帽子を被っている。
「あ、いや、そういうワケじゃ」
まったくやましくはない。どころか、いっしょに考えるべき案件だろうに。
「どこか行くのか? だったら、一緒に……」
「マー。プライベートは詮索しマセン。ミラカ、少し外に出てきます。晩御飯までには帰るので、晩御飯は編集長担当でお願いシマス!」
「お、おう……」
ミラカは勢いで俺を押し切ると、外へ出て行ってしまった。ベッドの話くらい正直にしとくべきだったか。
俺は独り残されて頭を掻いた。
ミラカを住まわすか否かで悩み、今度は寝床と食事ときた。
「悩みの衣食住がそろったな」
俺はつまらないことを言いながら、晩飯を考える。
いつもならスーパーで夜の半額神を拝みに行くか、適当に麺ものを作って食べている。
あの子の場合、食事があまり遅いと文句を言うに違いない。
加えて昼にちゃんと支度してもらっている以上、自分も何か作らなければいけない気がする。
かといって、食材を買い足しに行く気にもならない。
外に出てミラカの姿を見つけたらと思うと、何となくためらわれた。
「プライベートか」
ミラカは何をしているのだろう。何か買いものだろうか?
女の子だし、身の回りのものは男といっしょに買いづらいだろう。店の場所の案内くらいはできたんだが。
寂しい気持ちになりながら、ソファでごろごろしていたら、ブラインドからオレンジの光が差し込み始めていた。
「あれ?」
……どうやら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
また背中が痛い。やはりベッド購入は早く決めないと。
「いちばんスッキリする方法でいくか」
俺の部屋にあるのと同じものを買うんだ。それなら問題ないだろう。
「いくらだっけな」
買ったときの古い記憶を頼りに検索を掛ける。同型で三七八〇〇円。ベッドでいえば安い方か?
いやでも待て、マットレスとベッド本体が買えても、布団も必要だ。
まあ、セミダブルはあの子には大きいだろう。
同じ家にセミダブルが二台なんてのもバカっぽい。シングルで似たようのなのを探して……。
結局、悩んでいるうちにズルズルと別方向に進んでしまい。またも決めることができなかった。
「あと一万円でも余裕がありゃな」
ため息をついて、目に付いた棚を恨みの視線で刺した。
並ぶ酒瓶。趣味で買って並べているウイスキーたちだ。
未開封なら買い取りしてくれるところもあるんだっけか?
なんというか、現実的なことを考えていると、酔う気も起こらない。
ちょっと前までネットバッシングで悩んでヤケ酒をしていた自分を蹴飛ばしたいくらいだ。
何とか金を作れないかと考えていたら、元気のいい声が帰ってきた。
「タダイマー!」
「おう、おかえり。ちゃんと帰って来れたか」
「も、もちろんデス」
ミラカが帽子を外すと、髪は湿っていて額には汗が見えた。
「迷子にでもなったのか? どこか行くならいっしょに行ってやるぞ。生活をするなら、この辺りはちゃんと案内しておかないと」
「ありがとうございマス。でも、今日はちょっと“お仕事”しに行ってたんデス」
ミラカは手ぶらだ。買い物でもなかったらしい。
「仕事? 何やってたんだ?」
「ナイショ。あとのお楽しみデス」
楽しそうにほほ笑むミラカ。機嫌も直ったようで、少し安堵する。
「え? なんだよ。教えろよー」
俺はにじりよる。
「ヘヘヘ。ナイショナイショ。汗臭いのでお風呂行ってきマス」
ミラカは俺が近づく前に旅行カバンを引きずり風呂場へと小走りに去っていった。
昨日はあんなに適当にしてたクセに、「汗臭いので」ときたか。
清潔なのは結構なことだが。
さて、慣れないひとり外出だったのが効いたのか、ミラカは風呂場から戻ってから、またもや眠たそうな顔をしていた。
俺はやっとのことでベッドの話を切り出したというのに話半分、夢見半分。
飯のリクエストを聞いても「なんでもいいデス」ときた。
適当に茹でた大盛りパスタを片づけ、舟をこぐ娘をベッドに連れて行ってオシマイだ。
勝手に騒いで、勝手に何かして、さっさと寝てしまうヤツ。
ガッカリしたような、安心したような。
とりあえずのところ、その日は何事もなく終わった。
……問題が起きたのはその翌日だ。
俺が朝からの連日フル・アイリッシュによって胃腸にダメージを与えられてソファにダウンしていたところ、ジャガイモ娘が大声と共に駆けて来た。
「ヘン、シュー、チョーーーッ! 大変デス、大変デス! 起きてクダサーイ!」
「別に寝てはいな……」
時計を見ると少し時間が経っていた。やはり睡眠不足か。
「お客さんデスヨ! お客さん!」
「お客さん? ナカムラさんかフクシマか?」
俺はけだるい身体を起こす。
「違いマスよ! 依頼人です!」
「……依頼人?」
「ソーデス! 仕事のお客さんデス!」
どういうこった? とにかく俺は玄関に急いだ。仕事は大抵はメールかSNSのコンタクトだ。直接くる人なんて、まず居ない。
「お待たせしました、梅寺アシオです……」
「あの、ここがオカルト調査事務所ですか?」
ビルの共同廊下に立っていたのはメガネを掛けた少年だった。
「また子供……。いいか? 掲示板に書いてたのは冗談で……」
俺はさっさと追っ払おうと言い訳を始める。
「大変なんです! 助けてください!」
少年は言い訳を遮り、真に迫った表情で詰め寄ってきた。
「な、なんだ?」
「マイカタが危ないんです。いえ、もしかしたら日本が、世界が!」
マイカタは俺たちの住む市の名前だ。日本は俺たちが住む国の名前だ。
「ど、どういうことか説明してもらえるかな? って言うかキミ、名前は?」
俺は少年をなだめる。
「すみません、取り乱しました。詳しい説明はあとでするとして、とりあえず結論から……」
少年はメガネのズレをクイッと戻すと、まじめぶった顔でこう言った。
「僕の名前は川口ヒロシ。この街は、宇宙人に狙われています」
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