事件ファイル♯13 暮れなずみの空。夏の終と謎の匣。(1/10)
「この電車はゆっくりデスネー」
ミラカが電車の長座席であくびをする。
「そりゃ、新幹線と比べたらな」
各駅停車の三両編成。ほかに乗客は居ない。
陽の昇る前に事務所を出たが、目的地に着くころには太陽は南中を過ぎるだろう。
「しばらく窓際になるが、大丈夫か?」
「大丈夫デス。新幹線で交代してもらって休めマシタカラ。それにしても、山しかアリマセンネー」
ミラカは座席の上へ膝であがって窓の外を見た。
一面すべてがクソ緑だ。
「ド田舎だからな。そのうちにこの路線も無くなるそうだ」
八月の後半。
夏も終わりに差し掛かったころのことだ。
梅寺オカルト調査事務所に一件の“依頼”が舞い込んできた。
俺たちはその依頼を受け、夏の旅行を兼ねて某県の山奥へと旅をすることとなった。
寒村“鈴沢村”。来春にダムの底へと消える地区にある村だ。
ダム建設の話が持ち上がるたびに、さまざまな議論が勃発するというのは、現代日本の風物詩みたいなもんだ。
自然破壊だの、無駄な事業だの、災害で決壊の恐れがどうだの。
もちろん、ダムといえば有力なオカルトの発生源のひとつでもある。
自殺や一家心中、車ごと沈む事故。死体遺棄。それから、水底の廃村……。
鈴沢村にはかつて、江戸時代かそれ以前に“志知丹”一族という有力な武家が居を構えていた。
志知丹家は天下統一を目指さず、城も持たずに地域の発展に尽力した家で、当時は国を支える領民からの信頼も篤く、また鉱山業により栄えて多くの富を得た一族でもあった。
かつて栄えた土地も、時代を経て民が都へと流出し、国は次第に縮小してっていった。
それに伴い志知丹家の一族も全国各地へ離散し、力を失っていったという。なるほど栄枯盛衰というヤツだな。
だが、志知丹家の一族は故郷を離れる際に、その財産のほとんどを持ち出さなかったという。
そして、本家のあった鈴沢村にはいまだにその財宝が“匣”に収められたまま眠っているのだという。
鈴沢村の志知丹家の財宝。
ダム建設の話にともない、スポーツ新聞やゴシップ雑誌が取り上げた伝説だ。
俺も話だけは何かで小耳に挟んでいたが、知ったところで手に入るワケでもないし、来春までには消えてなくなる予定のものだから流していた。
ところが、“依頼”ときた。
依頼は郵便で届いた。
俺の運営するオカルト系サイト『オカルト寺子屋』のファンを名乗る男“雨竜ヒサユキ”が、この財宝の調査依頼をしてきたのだ。
単なる調査依頼ならたまに届く。
ほとんどはネット経由で「調べてください!」と頼まれる。
それらは、検索すれば答えが見つかる程度のものか、逆に依頼者からの情報が少なすぎてネタにならないものばかりだ。
だが、今回は少しばかり次元が違う。
ウリュウ氏は今の苗字こそは雨竜だが、家系図を辿ると志知丹家に辿り着く系譜で、家系図もあるというのだ。
さらに、“匣”の謎を解くヒントになる品まで持っているという。
彼が主張するだけで、今のこちらから見ればなんの証拠もない話ではあるが、ウリュウ氏は新幹線のチケットに加えて、鈴沢村最寄り駅への切符まで同封して郵送してきたのだ。しかもふたり分。
これは、「俺とミラカに来い」というかなり強いプッシュだ。
とはいえ、俺たちはプロの探偵でもなんでもない。アマチュアに毛が生えたもんだ。できる調査なんてたかが知れている。
それに関して了承を得ようとウリュウ氏に連絡を取ると、
「僕はオカルトとふたりのファンだから。財宝はー……まあ、見つかればめっけもん。サイトの記事にさえしてくれれば満足! 万が一財宝が手に入ったら、分け前も出すしさ!」
という、フランクで太っ腹な回答があった。
こちら側としてもおんぶにだっこで安上がり、ミラカも旅行に興味を示したため、彼の好意に甘えて鈴沢村の調査に乗り出すことに決めたのだった。
事務所最寄りの駅から電車に乗り、新幹線の停車駅へ。
新幹線に乗り、鈴沢村のある某県の隣まで行き、そこからさらにの電車の旅。
残りは最寄り駅にてウリュウ氏の車で村まで移動する予定だ。
「ミラカ、起きろ。終点だ。降りるぞ」
俺は横でヨダレを垂らすヴァンパイア娘を揺り動かし、彼女の荷物も手に席を立つ。
「着きマシタ?」
「帽子忘れるなよ」
背伸びをしながら立ち上がるミラカ。
俺たちはアナウンスに従って一号列車まで進み、乗務員に切符を渡したのちに、ただひとつだけ開けられたドアから外へと出た。
「おあ! 編集長! 駅がアリマセンヨ!」
驚くミラカ。駅が無いワケじゃない。駅舎が無いのだ。
電車を待つためのホームにはベンチ、それから時刻表と駅の名前を記す看板が佇んでいる。
改札もナシ、スロープを降りればそれで終わり。
「クソ田舎だなあ」
俺たちが駅を出ると、一台の白いバンがアイドリングしていた。
運転席の男はこちらの姿を認めるとドアを開け降車して、こちらに駆けてきた。
背の低い、小太りのオッサンだ。
「やあやあ! 梅寺アシオ君と、ミラカ・レ・ファニュちゃんだね。この駅、空調どころか屋根もないモンだから、車の中で待っていたんだ。あっ、ゴメン。僕が“雨竜ヒサユキ”だよ。こっちは顔を知ってるけど、そっちは知らないもんね」
ウリュウさんは一息に話すと、手を差し出した。
「梅寺アシオです。よろしくお願いします」
俺は両手が荷物で塞がっていたが、ウリュウさんは気にせず俺の旅行カバンを持ったままの手をそのまま上から握った。
「ミラカ・レ・ファニュデス。お世話にナリマス」
ミラカが麦わら帽子の頭を下げる。
それからウリュウさんのふくよかな手を両手で握って挨拶をした。
「うんうん。丁寧な子だ。日本語も上手だね。じゃ、早速、鈴沢村まで送っていくよ。車内はしっかり冷えてるよ」
笑顔のウリュウさんは、車から出た数十秒のうちに汗を流していた。
俺たちも電車から降りてすでに汗ばんでいた。
九月も近い山奥だが、まだまだ残暑が厳しい。
駅を取り囲む山からはセミたちのけたたましい声が飛び交っている。
「荷物は席に適当に乗っけて。僕の私物でごちゃごちゃしちゃってるけど」
ウリュウさんはサイドのドアを開けて言った。ひんやりとした空気が流れてくる。
「今から山道を走るからね。安全運転はするけど、かなり揺れるから。ふたりとも、車酔いは大丈夫?」
「俺は平気です」
「ミラカも大丈夫デス!」
「うん。いい返事だ。じゃあ、ちょっと飛ばしてもいいかな? 鈴沢村までちょっと遠いんだ」
ウリュウさんがアクセルを踏む。
「電車はここまでなのにデスカ?」
ミラカが訊ねた。
「このあたりには人が住んでないんだ。駅の最寄りの村はすでに立ち退きが済んじゃってて、とっくに廃村になってる。鈴沢村はもうひとつ奥のほうだよ。立ち退きを嫌がって粘ってる人たちがまだ残ってるんだって。でも、最近話がまとまったらしく、今は引っ越しの準備中だってさ」
弾む声。バックミラーには人懐っこい目が映る。
「廃村かあ。イイですね……っと、すみません」
オカルトマニアの俺の口から飛び出す言葉。
うっかりしていた。出身地の者からしたら面白くない発言だろう。
「気にしなくていいよ。僕もオカルトとか好きだし。それに、おふくろに聞かされる最近まで、自分の出自なんて知らなかったからね。なんなら、ヒマを見ていっしょに見物しに行こうよ。でも、先月までは住んでたらしいから、“熟成具合”がイマイチかもしれなケド」
俺は安堵と共に「是非よろしくお願いします」と返事をする。
「楽しみだね。ちょっと“ヘアピンする”よ」
運転手がそう言うと、車は大きく揺れた。
横に座るミラカが「オットット」と俺のヒザに倒れ込んでくる。
「急カーブデス! ビックリシマシタ!」
「ずっと揺れるからシートベルトもよかったらどうぞ。上につかまるところもあるからそっちも。飲み食いだけはしばらく我慢してね、ミラカちゃん」
ウリュウさんは楽しげに言った。
口調こそは軽いが、バックミラーに映る目は鋭くなっている。
繰り返される急カーブや斜面。
ミラカは面白がってシートベルトをしなかった。俺は車が傾くたびに体当たりを繰り返される。
「コラ。大人しくしてろ」
俺がたしなめると、ミラカは「ハアイ」と返事をして、こともあろうか俺のヒザの上に転がったまま大人しくし始めた。
「ハハハ。ウメデラ君はお父さんみたいだねえ。それか、恋人かな?」
ミラーに映る目が緩められる。
「カンベンしてくださいよ」
俺はたじろいだ。ここのところミラカのせいでロリコン扱いされ過ぎている。
おかげで最近は、女児を見かけるたびに無意味に目を逸らすクセがついてしまった。
「僕はいいと思うケドな。国境や歳の差を越えるなんて、ロマンチックじゃないか。いや、思う、じゃないね、イイ!」
ウリュウさんはきっぱりと言った。
「……ギモヂワルイ」
膝の上の小娘がつぶやく。
「あらら、アシオ君フラれちゃった」
「ノ、ノー。そーではアリマセン。ウエエ……」
ミラカが唸る。
「おまっ、車の中で吐いたりするなよ!? 酔い止めとか持ってないぞ!」
「僕も薬なんて持ってないよ!」
慌てるウリュウさん。
それでもハンドルをしっかりと握り、車を道に沿って蛇行させる。
「ええと、ビニール袋があったよな」
俺は荷物に手を伸ばそうとした。するとミラカがうめき声をあげた。
「ダ、大丈夫デス。胃ではなく、頭がとても気持ち悪いだけデス。吐いたりはシマセン。食べ物がもったいない……」
大食い娘が言う。
「本当に大丈夫か?」
「ハイ、アタマだけ撫でて貰えれば……」
俺はミラカの望み通りにアタマを撫でてやった。
と、その時、運転席から笑い声が吹き出した!
「あはははは! アシオ君。ミラカちゃんにいっぱい喰わされたね!」
「何笑ってるんですか? いっぱい喰わされたんじゃなくて、コイツがいっぱい食ったから心配してるんですよ。新幹線で駅弁みっつ食べてますから」
そう言って俺はミラカを撫で続ける。
「い、いやさ、だって! ミラカちゃんの顔、笑ってるよ!」
ウリュウさんは爆笑している。
……へ?
俺は膝の上の娘の顔を覗き込む。
「ウへへ。騙されマシタネ、編集長!」
ミラカは勢いよく起き上がると、シートベルトを引き出し装着した。
それからこっちを見て、いい笑顔をしやがった。
「イヤア、とてもいい“ナデナデ”デシタ。ミラカ、編集長の愛をたっぷりと感じマシタネ~」
腕を組み、何度もうなずく娘。
「そっかそっか、ふたりは相思相愛なんだねえ」
「違いますって!」
力いっぱい否定する。
「クソ、このっ!」
俺はイタズラ娘にどうにかオシオキをしてやろうと、両手を上げて構えた。
「このっ?」
ミラカは上目遣いで俺を見ている。
実際、オシオキのしようなんてない。ぶん殴るワケにもいかないし……。
「この、ロリコンめ!」
ミラカが俺をビシッと指さした。
大きくキバを見せながら、またもいい笑顔だ。
「あーあ、アシオ君はロリコンだったのかあ~」
ウリュウさんが残念そうに言った。結局、こうなるのか。
「……ところで、ウリュウさん。“匣”の謎を解くための品を持ってるって言ってましたけど、それってなんですか?」
俺は強引に話を軌道修正した。
「ん? そうそう、忘れてたよ。助手席のカバンに入ってるから……」
ウリュウさんは後方を確認して、車を一旦停止させた。
「はい、これ」
何やら木箱が差し出される。
「箱ですか?」
こぶしに納まる程度の木箱だ。
「開けても?」
「いいよ。もっとも、開けられればだけどね」
どこから開ければいいのか分からない。
フタと本体が一体化している。
継ぎ目のようなものはたくさんあるが、開け口らしきものが見当たらない。
「ふふふ。面白いでしょ? 家系図も持ってきてるけど、巻き物だから、ここで広げるのはマズいし、あとでね」
「オウ! マキモノ! ニンジャ! シュリケン!」
ミラカがステレオ外国人と化す。
「その箱も忍者屋敷みたいなものだよ。開けるためにはカラクリを解かなきゃいけないらしい。いくつかスライドできるパネルがあるんだけど、どうにも開けられなくって。僕、パズルとか苦手なんだ」
「中には何が入ってるんだろう。振ってみてもいいですか?」
「どうぞ」
俺は箱を軽く振ってみる。コトコトと乾いた音がする。木素材同士がぶつかる音だ。
「何か入ってますね」
「そうかな。単に木組みの仕掛けが鳴ってるだけの可能性もあるよ」
「振ったときに重心が移動する感じは、“箱の中にさらに木箱が入っている”んだと思いますよ」
「ほー、アシオ君がそう言うならそうなのかも」
「多分、ですけど」
箱のパネルをいくつかスライドさせてみる。
何をどうすればパズルが解かれるのだろうか、さっぱり見当がつかない。
「うーん。開けれそうもないですね。というか、車の中でパズルなんてしたら、ミラカじゃなくて俺が危ういです」
「だよね。落ち着いてからまたお願いするよ」
車が再発進する。
「編集長、ミラカ試してみてもいいデスカ?」
「いいけど、壊さないように気をつけろよ」
「ハアイ」
俺が手渡すと、ミラカは短い舌をぺろりと出しながら箱をいじり始めた。
「ま、壊れたら壊れたで、箱を壊して開けるけどね」
そう言ってウリュウさんは「あはは」と笑った。
「ところで、この箱の入手の経緯は? これが、鈴沢村の財宝に関わるという根拠も気になります」
「ウン、つい先月、僕のおふくろが死んだんだけど」
「それはご愁傷様です」
「ありがとう。まあ、七十も超えてたし、ガンだったし寿命さ」
ウリュウさんは短く息を吐いた。
「それで、見舞いに行った僕に急にご先祖様の話をし始めてね。ワイドショーで見た鈴沢村のことを見て思い出したんだって。僕も鈴沢村の話は知っていたけど、まさか自分のご先祖様がそこに関わってるなんて思いもしなかった。もっといろいろ聞きたかったんだけれど、容態が急変して死んじゃった。今わのきわに『ウチにある箱を探せ』って言い残してね」
「意味深ですね」
「ウン、それで実家の整理をしてみたら、つづらの中に家系図の入った桐の箱といっしょに、この箱が納められてたってワケ。おやじのほうもとっくに死んでたから、訊ける相手もいないしね。どうやら、おふくろのほうの血筋らしいんだけど、母方の親戚とは付き合いがなくって」
「なるほど。ウリュウさんはご自身のルーツを辿るために鈴沢村に来たんですね」
「ウーン! やっぱりサイトやってるだけのことはあるね。カッコいいコト言うじゃない! それ、記事の文章に採用してね」
ふくよかな顎を揺らして喜ぶウリュウさん。
「ム、ということは、この箱はお母さまの形見ナノデハ?」
ミラカが箱をいじる手を止める。それから引き出していた木の部品を戻すと、俺の手にそっと戻した。
「そんなイイモノだったら、いいけどねえ」
箱の持ち主が言った。
「どういうことデスカ?」
首をかしげるミラカ。
「あらら、ミラカちゃんはピンときてないみたいだね。オカルト調査事務所の助手さんじゃなかったっけ? ダメだよ、アシオ君。しっかりと教育しておかないと」
「はは、すみません」
これまでの彼の印象らしからぬ物言い。
だが、その声色は愉しんでいる気配を含んでいる。
どうやら彼も、オカルトマニアのひとりを名乗るだけのことはあるようだ。
「いいか、ミラカ。こういう“箱”にはお約束ってモンがあるんだ」
俺は手の中にある奇妙な箱を見つめながら、ミラカに解説を始めた。
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