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事件ファイル♯12 空を見上げて! 空飛ぶ円盤のロマン!(6/6)

 翌日の昼過ぎ、ハルナが訪ねてきた。またもアポなし。


「じゃじゃーん! ハルナちゃんのお家訪問ドッキリ! 今日のお昼ご飯はなんですか編!」

 カメラマンがカメラを担ぐ仕草を真似るハルナ。

 その企画なら看板かマイクを持つほうを真似るべきでは?


「今日は四パックセットで一九八円のレトルトカレーを使ったカレーパスタだ。具はない」

「ミラカは蒸したイモも食べました」

「貧乏クサいっす! センパイ、ミラカちゃんにもっといいもの食べさせてあげて!」

「今日は俺がメシ担当だからなあ。ミラカは凝ったものを用意してくれるが金が掛かる。俺がコスパ重視でバランスを取っているのだ」

「ソレっぽいこと言って誤魔化そうとしてません?」

「昼飯なんてどこもこんなもんだろ。それより、何しに来たんだ? 今日は宇宙人にでも会ったのか?」


 面倒なヤツめ。今日は何を企んでいるんだ?


「おやおや? その様子だとまだUFOが見れてませんね~?」

 ニヤニヤするハルナ。ウザッ。


「おう、一晩中、空を見上げてたが見れなかったぞ」

 昨晩は楽しかった。具体的に何をしていたか教えてやりたいが、うるさくなるので控えておく。


「そんな可哀想な梅寺アシオさんに朗報です! 今日はUFOよりも“もっとイイモノ”が見れます!」

「なんだ、“もっとイイモノ”って? やっぱり宇宙人でも連れて来たか? 不審者はもうカンベンしてくれよ?」

「ノンノン。今日は不審者じゃないんですよね~。“白昼堂々と女子の裸体を見ても許されるコト”をしましょう!」


「は?」

 急に何を言い出すんだ、コイツは。

「ハルナちゃん、熱中症デスカ? ゴリゴリ君アイス食べマスカ?」

 ミラカも呆れている。


「いやー。昨日、水着買ったじゃないっすか? 折角なんで、遊ぼうかなーって」

「海とかプールってことか? 行くのは構わんが、あまり長い時間は遊べないぞ」

 俺は横でアイスの棒を咥えている娘のアタマを軽く叩いた。


「あれ、センパイ、去年“コレ”ができたの知らないんすか?」

 ハルナは俺にチラシを見せた。


『スーパー銭湯&プール ポックリピチャピチャ ~ガキからジジババまで楽しめるぜ!~』


 “スーパー銭湯”という言葉は、聞いたことだけはある。

 何年か前からよく耳にするようになった。

 こういう施設は昔からあるが、俺にとっては年寄り向けの健康ランドみたいなイメージだ。

 仮に遊べるプールがあったとしても、そんな“陽キャ”御用達っぽい施設なんて縁がない。


「泡の出るお風呂とか、滑り台付きのプールとかあるよ! ミラカちゃん、“ポックリ”行こうぜ!」

「オー……ポックリー」

 チラシを眺めるミラカは首をかしげている。


「水着着て遊ぼうってハナシだ。海ほどじゃないが、屋根付きのデカいプールだ」

「水着! 楽しそうデスネ! 行きマショー!」

 ミラカが声のトーンをあげて賛同した。


 彼女は昨日、買ったものを片づけているとき、勢いで買った水着を長い時間眺めていた。

 何か言いたげにしていたが、服ならともかく、水着を部屋で試着してどうこう言うのは恥ずかしすぎて死ぬ。


「今から行くのか?」


「んー、三人だけってのも寂しいし、このチラシに『グループはひとり毎に五〇円引き』ってのもあるんで、声掛けて人が集まりそうなときに行きたいっすね。昨日散財して金欠気味なんで。……ちょっと待ってくださいね。とりま確認しますんで」


 そう言うとハルナは誰かに電話をかけ始めた。


「もしもし、ユイコ先輩? 水着行きませんか? あっ、よき? 夕方行きましょ。ご飯食べるところもあるんで。はい、はいはい。りょ!」

 ハルナが電話を切る。

「……はい。ということで、ひとり捕まりました」


「強行軍過ぎるだろ。もう少し相手の都合とか考えろよ」

「だから電話確認したじゃないっすかー? どうせユイコさんニートだし。あとは、ヒロシも呼んでやるか。この割引は六人で三〇〇円引きまで有効なんで、誰か呼んでくれてもよきっすよ!」


「といってもなあ」

 無職や夏休み組とは違って、俺の呼べそうな知り合いは労働中だ。

 ナカムラさんは喫茶店を開けているし、フクシマも仕事だろう。


「あー……。スンマセン、センパイ。友達はあたしたちしかいませんでしたよね。ウメデラ憐みの令」

 俺に向かって手を合わせるハルナ。


「お前なあ……」

 コイツは元気になったのはいいが、最近はことあるごとに俺をいじろうとしてきて鬱陶しいときが増えた。


「もしもし、ジョン?」

 横でミラカが電話をかけている。気軽に電話をかけていいんだっけか……。


「ジョンって誰ですか?」ハルナが訊ねた。

「ジョンはー……言ってもいいのか分からんが。まあ、アレだ。“ミラカと同類”の人だ」

「ヘー! 名前的に外国人っすよね!? イケメンっすか!?」

「イケメンっていうかナイスミドルって感じだな」


「おー! ロマンスグレーのおじ様!」

 ハルナは鼻孔を膨らませて言った。


「残念だが、断られると思うぞ」

 あの人は衆目を避けて生活している。

 参加どころか、しょうもないことで電話をしたことでミラカが叱られて終わりになるだろう。


「シャイト! ダメじゃないデス! 緊急デス! イイから! 水着持って来て。持ってない? 今すぐ買ってクダサイ! 早く! 早く! ジョン! 走れ!!」


 ……電話口に無茶苦茶なことを言っている。

 俺ですらあんな扱いをされたことがない。


「ジョン、オッケーデスって!」

 先輩ヴァンパイアはいい笑顔で言った。


「やったー! いやあ、ミラカちゃんもこっちでの知り合いが増えてきたねー」

 なんだかムカつくので、俺もスマホでフクシマを呼んでみる。

 それから「ええで、自主的にお盆休み中やから」との返事。


「ほら見ろー! 俺にも友達居るだろー!?」


「割引は上限いけてるんで、別に呼ばなくてもよかったんすけど……アレっすよね? センパイが呼んだのってヤクザみたいな人ですよね……? 入れ墨とか大丈夫かな……?」

 ハルナは少し気勢をそがれたようだ。

 調子に乗ってる女子高生には制裁を。フクシマにいじられて酷い目に遭うといい。


 俺は不安げにしているハルナを見てほくそ笑んだ。


 だがしかし、俺の目論見は外れた。


 フクシマは機嫌がいいのかなんなのか知らんが「入場料おごるったるで!」とかなんとかぬかしやがって、上々な滑り出しを決めやがった。


 ジョンさんも意外なことにミラカの不用意な呼び出しに本当に応じて、前回に会ったときと同じ黒ずくめで現れた。

 彼は、女子にもヴァンパイア好きにもオカルト好きにもモテモテだ。まあ、本人は困っていたが。


 一行の話題をかっさらうふたりを後ろで眺めながら、俺は「友達ってなんだろうな」とぼやくハメになったのだった。


 それはもういいとして、スーパー銭湯にはぶったまげた。

 屋内、屋外両方に設備があり、プールは滑り台付きや流れるプール、幼児用の浅いもの、海風の波を作り出すプールなどなど。

 風呂は普通の風呂だけでなく、サウナ、ジャグジー、打たせ湯、なんと本物の温泉の露天風呂まである。

 加えて、別料金だが岩盤風呂やフィットネス、卓球台まで完備。それからレストランなどの飲食店だ。


 利用客もかなり多い。

 広さも相まって、施設内の地理を把握して待ち合わせ場所を決めたりしておかないと、あっという間に迷子になってしまいそうだ。


「こりゃ、スーパーを冠するだけのことはあるなあ……」

「俺もこういうトコこーへんから、驚いたわ」


「私も、こういう場所は初めてです」

 ジョンさんも物珍しそうにあたりを見回している。


 彼はなぜか水着ではなく、黒いウェットスーツを身に着けている。

 細身かと思っていたが、どうやらかなり鍛えているようで、筋肉がスーツ越しにも分かるほどに見事な曲線を描いていた。


「はーい。おまたせー!」

 女性陣が現れた。


 ハルナは生意気にもビキニでの登場だ。

 水色でリボンアレンジがキュートなデザイン。

 身体が微妙に追っついてない気がするが、言うとまたうるさいのでノーコメントだ。


 ユイコさんは白いビキニでの登場。

 年齢がどうとか気にしていたが、その割には生地の面積が少なくて目のやり場に困る。

 コスプレをやってるだけのことはあってか、自分のスタイルには自信があるようだ。

 もちろん、自信に比例するボディラインもお持ちである。


 横で川口少年が完全にくぎ付けになっている。

 彼は「すげえ……」とつぶやいたが、聞かなかったことにしてやろう。


「ほれ、恥ずかしがってないで出ておいでよ」

 ハルナが更衣室に続く通路から、顔だけを出している金髪娘に声を掛けた。


「ハ、ハイ……」

 ミラカは黒に白い羽根柄のオフショルダータイプの水着で現れた。

 胸元やスカート部分はフリルになっている。


「はい、可愛いー! やばみ溢れるー! 同居人の梅寺アシオさん、コメントをドウゾ!」

 エアマイクが向けられる。


「……いいんじゃないか」

 適当な回答をする。照れくさいし直視したくない。


「はあ。ダメだなーセンパイは」

 ため息をつくハルナ。


 ミラカと目を合わせると、彼女は口をすぼめて眉を下げて、そっぽを向いた。


「ダメ男は放っておいて、遊びに行こ!」

 ハルナはミラカの手を引いてさっさとどこかへ行ってしまった。


「ヒロシ君も、お姉さんと遊ぼうか」

 ユイコさんも男子小学生の手を引き、人混みの中に消えて行く。


「えっ? 俺たちだけ?」

「あーあ。ウメデラ。お前がちゃんと褒めへんから」

「……私はなんで呼ばれたんでしょうか」


 おっさん3人が取り残されてしまった。


「まあ、ええわ。風呂でも行こか」

 フクシマの促しに従い、俺たちは風呂のエリアに向かった。


 男三人。黙って風呂に浸かる。

「これ、なんの意味があるんや? 視聴者さん的にも旨味ゼロやろ」

 フクシマがぼやいた。


「なんだよ視聴者って。正直、呼んでスマンかった」

「まあ、若い子らの水着姿みれたからええけど」

「そうですね」

 ジョンさんも同意する。


 偏見だが、このふたりはそういうことを口にしないと思っていた。

 俺もあえては口にしないだけで、先ほどの光景はなかなか悪くないと思ったが。


「しかし、水着で風呂入るのはちょっと意味わからんわ」

「ルールだし仕方ないだろ」

「温泉とか言うクセに、塩素のニオイ混じっとるし」

「消毒のお陰でヴァンパイアでも安心だ」


 ミラカも万が一を危惧していたが、塩素消毒の話をしたら安心していた。


「……と、いうワケでや。俺は今からホンマモンの温泉に行くことにした」

 風呂から上がるフクシマ。


「へ? 今からか?」

「せや、今から箱根行ってくるわ」


 フクシマはマジで帰って行った。

 なんなんだアイツは。アイツらしいといえばアイツらしいが。

 俺とふたりきりなら、確実に俺も引っ張られていただろう。


 つまるところ、ジョンさんと取り残された俺。

 会話が無い。ただ黙って風呂に浸かる。


「ジャグジーに行きましょう」

 ジョンさんが渋い声で言った。


「あ、はい」

 俺は素直に従う。


 それからふたりでまた黙って泡風呂に浸かり、 


「打たせ湯に行きましょう」

「あ、はい」


 また従う。


「……イマイチ効果が分かりませんな」

 ジョンさんがつぶやいた。

「そうっすね……」

 俺は適当に相槌を打つ。ジョンさんはウェットスーツだし、そりゃあ、そうじゃないかな……。


 やはり黙ってふたりで湯を背に受け続けた。

 熱い湯が首すじに当たり、背中に流れる。

 夏場でも風呂は案外いいかもしれない。

 ウチでは夏場はシャワーで汗を流すくらいで済ませるが、今度ゆっくり浸かってみようかな。


「ところでアシオ殿」

「は、はい!?」

 唐突に呼ばれて無駄に驚いた。


「ミラカさんは、どうですか?」

「ど、どうって……」

「元気にやっていらっしゃりますか? ご迷惑をお掛けしておりませんか?」

「だ、大丈夫です。どっちかというと、俺のほうが世話になってる感じなんで……」


 ウソはない。たまに元気が無かったり、ちょっとした迷惑を被ることはあるが、コミュニケーションの範囲だ。


「そうですか」

 それからジョンさんはまた黙った。


 風呂はリラックスできるが、彼がアクションを起こすたびに緊張してしまう。

 ジョンさんがいかがわしい人物ではないのは分かっているが、ミラカを挟んでこそコミュニケーションのとれる間柄だ。


 だが、次に口を開いた彼は、いつぞやの年相応の柔和な笑顔を見せてこう言った。


「黙ってばかりいてすみません。私、あまりトークが得意でなくて。少し緊張してるんですよ」

 そこからようやく会話がぽつぽつ生まれ、俺たちは女性陣が迎えに来るまでのんびり話し続けた。


 あとはメシを食って、駅前で解散。


 なんだかんだ言って、ジョンさんと打ち解けられたのは大きな収穫だ。

 ジョンさんはやはり日本では職場内でしか知り合いがいないらしく、それ以外の繋がりが得られてよかったと言っていた。


 彼は普段は『レイデルマート』で夜勤をしていて、陽が沈んでから陽が昇るまでのあいだのシフトが多いらしい。

 職場では年齢問わず女性陣にモテるらしくて、食事に誘われることもしばしばだとか。

 だが、立場上なのか身持ちが固いのか、断り続けているらしい。

 目立たないように注意をしていても、今の社会では世捨て人になるのはなかなか難しいんだな。


「編集長、ジョンは怒ってませんでしたか?」

 帰り道にミラカが訊ねてきた。

「怒ってなかったが、心配するくらいならあんな呼びかたするなよ」


「ヘヘ。怒ってなかったのならまた呼びマス!」

 ミラカはキバを見せて笑った。ジョンさんが気の毒だ。


「ジョンさんはともかく、お前は楽しかったか?」

 コイツがプールでどう過ごしていたのかは分からず仕舞いだ。


「まあまあデス。ハルナちゃんが元気過ぎて、ちょっとくたびれてしまいマシタ。あと、足を攣りマシタ」

 そう言うミラカは確かに少し疲れた笑顔を浮かべている。

 彼女は立ち止まり、ふくらはぎ足をさすった。


 コイツはしょうもない独り遊びや俺へのちょっかいには熱心だが、こういう遊びはあまり得意ではないようだ。

 祭りのときの屋台も、食うばかりで遊ぶほうは眺めるだけで終わっている。


「マー、水着が着れたので満足デス!」

「そうか。それならよかった。水着、似合ってたぞ」


 俺は空を眺めながら言った。それから脇腹に肘鉄を貰う。


 黙って家路を行く俺たち。


「編集長……」

 ミラカが呼んだ。振り返ると彼女は立ち止まっていた。


「どうした? 足が痛いか?」


「ア、アレ……」

 ミラカが空を指さす。

 なんだか青い顔をして震えている。


「なんだ……って、おお!?」


 夜空を見上げると、住宅街の上を何かが光りながらフラフラと飛んでいた。


「UFOデス!」

「あっちは事務所の方角だ!」


 UFOはフラフラと建物の陰に消えた。かなり近い。

 相対的に見て、サイズは大したことがなさそうだ。大きく見積もっても車くらいか?


 待ちに待ったUFOだ! 確認しなくては! ダッシュだ!


「エーン! ヘンシュウチョー! 待ってクダサーイ! ミラカ、足が……」

 背中で泣きごとを言っている小娘を放って、俺はUFOの消えた場所へと全力疾走した。


 ビルに近付くと、それはウチの真上を飛んでいることが判明した。

 サイズは小さい。一メートルかそこらだ。正体はなんだ!?


 俺はわき目もふらず階段を駆け上がり、屋上へと飛び出した。



 するとそこには!

 コントローラーらしきものを持ったオールバックサングラスの白スーツが居た!



「おうおう、息を切らせて。必死やなあ」

 操縦者は大爆笑をしながらドローンを操作すると、俺の前に着陸させた。

「今日日、UFOなんて簡単に作れるんやで? まさかお前が騙されるとは思わんかったわ~」


 俺の肩がポンと叩かれる。

 俺はかる~く叩かれた衝撃で膝から崩れ落ちた。


 俺はアホだ。

 コイツの言う通り、UFOなんて簡単に作れる。

 しかも、ドローンの話や不自然な帰宅など、いくらでもヒントがあったじゃないか……。


「ホンマはミラカちゃんを驚かせよう思ったんやけどな~」

 フクシマが笑う。


 俺のポケットでスマホが振動した。


『編集長、酷い。ミラカ、今日は足を攣っていたので、走れませんでした』


 メッセージは黄色い顔が泣いてる絵文字付きだった。ぴえん。


「あーあ。アシオ君はアカンな~。俺もミラカちゃんに怒られる前に退散するわ! じゃ、あとは頑張り」


 このあと俺は、涙目のミラカにボロカスに怒られながら、「未確認飛行物体ってのは、確認なんてしたらダメなんだな」と思い知ったのだった。


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