事件ファイル♯12 空を見上げて! 空飛ぶ円盤のロマン!(4/6)
食事を終えて、楽しいお買い物タイムのスタートだ。
普段はまったく縁のない婦人服のコーナーだが、今日は女性連れなので、俺も堂々と侵入することができる(別に侵入したい願望があったワケではない)。
ミラカもすっかり機嫌をよくして他の女子と服を見て回っている。
買い物本命の水着のコーナーは別の場所だ。
だが女性陣は、かれこれ一時間はここで盛り上がっていらっしゃる。
俺とヒロシ君はエスカレーターそばに設置されたベンチに座って待ちぼうけだ。
「ねえ、ウメデラさん。これ、僕たち要りますかね?」
ヒロシ君がぼんやりと姉たちを眺めながら言った。
「そうだよなあ。呼ばれた意味が分からんよな。俺はサイフ役だが」
「まあ、僕は楽しかったからいいですけど……」
本当に呆けている。ユイコさんと何があったのだ。
「そういや今日、ハルナが『UFOを見た』とか騒いでたけど、ヒロシ君は何か知ってるか?」
「えっ、なんですかそれ!? 聞いてませんよ!?」
声を荒げるヒロシ君。婦人服売り場のほうを睨む。
「見せられたのはピンボケの画像だけだったんだが。北西の空をフラフラ~っと飛んでて、建物の陰に隠れて消えたそうだ」
「デパートなんて来てる場合じゃなかった! 姉さんはなんで僕に教えてくれなかったんだ!」
歯噛みするヒロシ君。
「まあ、落ち着けって。多分フェイクだぞ」
「どうしてですか?」
ヒロシ君が訊ねる。
俺は、ハルナが俺とミラカが“いかがわしいこと”をしていないか調べるために不意打ちで訪ねてきた経緯を話して聞かせた。
「はあ~~~~。姉ちゃんならやりかねない……」
長ーいため息をつくヒロシ君。
「すみません、ウメデラさん。姉が失礼なことを」
「俺は面白かったから構わんが。潔白の証明にもなったし。俺はロリコンではないからな!」
堂々と宣言する。背後のエスカレーターから「えっ? ロリコン?」という若い女性の声。
「本当にUFOを見たんなら、僕に教えてくれないワケがないですもんね」
なんだかんだいってハルナをちゃんと姉として信用してるっぽいな。
「そーだな」と気のない返事をしてやる。
多分、ホントに見てもアイツはヒロシ君に教えないと思う。いや、自慢して見せびらかすか?
「センパイ、センパイ!」
くだんの女子高生が売り場からやってくる。
「どうした?」
「ちょっと来てくださいよ! ヒロシ、アンタも!」
俺たちはハルナに引っ張られて試着室の前に連れられてきた。
「はい! お披露目! 本日のベストオブミラカちゃんです!」
「よっ! パチパチパチ!」
拍手するユイコさん。
試着室の前には女性が三人。一人増えている。店員のおねーさんだ。
中から現れたミラカは、上はプルオーバー型の白いブラウス、下はライトスチールブルーのフレアスカートという姿だ。
スカートはスネまでの丈で、同色のベルト部分の後ろがリボン風にアレンジされている。
「どう? 可愛いっしょ?」
自慢げなハルナ。
「シルエット的に麦わら帽子にも合いますよ」
ユイコさんが言う。
「アウターを合わせれば秋にも着られますよ」
店員さんもニコニコだ。
当のミラカはお約束通り、はにかんで「ドウデスカ?」という目で俺を上目遣いで見ている。
「……えーっと、うん」
俺は頬を掻いた。
正直なところ、とても可愛い。可愛いが、かえってなんと言っていいか分からず、あいまいな反応になってしまう。
「えー! センパイ反応薄い!」
「せっかく、考えたのに!」
「お客様、あんまりです!」
女性陣からは非難轟々だ。店員さんまで……。
俺の反応に対してミラカは特に落胆する様子もなく、いつものにへら笑いを浮かべて黙っている。
「じゃあ、次! お着換えタイム! ふたりともあっち行ってて!」
試着室があるんだし、わざわざ追っ払う必要は無いような気がしたが、俺たちは黙って従う。
それからしばらくして再び呼ばれると、今度は白地にブルーグレーの刺繍の散りばめられた柄のワンピースにライトピンクのカーディガン姿だ。
「ド、ドーデショウカ……」
今度はちょっと不安げなミラカ。
「いいと思うぞ。可愛い」
もちろん世辞じゃない。
「私には明るすぎマセンカ?」
そう言う彼女は落ち着かなさそうだ。
コイツは普段、モノトーンカラーの服装ばかりしている。
ただの好みかと思っていたが、明るい色が似合わないとでも思っていたのだろうか。
「普段、似たような色ばかりなんだから、そういうのも持っとけよ。ジョンさんにも『いつも同じ服』って言われてたろ」
「アー。ソウデスネ……」
ミラカは試着室を振り返り、鏡を見た。
肩越しに見える鏡の中の彼女は、不思議なモノを見るような目をしている。
納得しきっていないようだが、こちらから見てなんの問題もない。
ヴァンパイアだからってゴシック調のカラーリングにこだわることはないぞ。
「ね、大丈夫だったっしょ?」
ハルナがミラカに耳打ちをした。
「では、お次~」
店員さんが促した。大丈夫か、俺のサイフ。
それから、なんパターンかの試着がお披露目された。
ミラカはやはり明るいトーンの配色のたびに表情を曇らせていたが、本人が憂色を浮かべた分、俺はベタ褒めしてやった。
可愛いモンは可愛いのだからしょうがない。
「最後にもう一着だけイイデスカ?」
ずっとされるがままの着せ替え人形が言った。
「おう、いいぞ」
ラストは“ザ・ワンピース”。真っ白なオフショルダー。
当然、袖も無く、生地も薄めだ。
普段は白いブラウスは着ても必ず漆黒を合わせてくる。
彼女の趣味とは対極に位置するチョイス。
このまま砂浜にでも行けば、映画やドラマの世界だ。
「とてもいいぞ」
「映画みたいですね」
ヒロシ君も俺と同じ感想だ。
「ソウデスカ。でも、これは、着てみただけデス」
ちょっと残念そうに言うミラカ。
「欲しいなら買え買え」
促す。諭吉軍団は討ち死にしても構わん。
カード様がなんとかしてくれる。こっちも十万が限度だが……。
「そーだよ。日焼け止め塗れば大丈夫だよ」
ハルナが言った。
「でも……」
渋るミラカ。
「それでもダメだったら、家の中で着りゃいい」
「えー! センパイ。それはなんかヤラシイっすよ!」
「やっぱりウメデラさんはロリコンなんですね……」
女子ふたりに非難される。
「子供服もご案内いたしましょうか?」
店員さんはタフだ。
「ロリコンでもなんでもいいから。眺めてニヤニヤするのも悪くないぞ。ウチの棚を思い出してみろ」
俺はときおり事務所の棚に置いてある酒瓶や小難しい本を眺めてゴキゲンになったりしている。
酒瓶には中身がカラッポのものもあるし、本棚には二度と読み返さないであろう古書も混じっている。要は“そういうこと”だ。
「ひえ~、認めた! ヘンタイ発言キタコレ!」
ハルナが悲鳴をあげる。そういう意味で言ったワケじゃないんだが。
「アー、確かに。それも悪くないかもしれマセンネ。買いマス!」
ミラカは表情を一変させて陽気に言った。
「ええ、ミラカちゃんはそれでいいのか……」
ハルナがぼやく。
結局、ワンピースを含めて四セットのお買い上げだ。
ブーツ一足をプラスしたが、全部含めても三万円台で済んだ。これならなんとかなる。
「想像してたより安かった。もっとこう、一枚ごとに一万とかするものかと」
思わずつぶやく。
「“メイプルズ”の服はコスパいいんすよ。子供から大人まで着れるし」
ハルナが言った。ブランド名か何かか。
「女の人の服って高いイメージがありますからね」
ユイコさんが笑う。
「あーあ。ミラカちゃんはズルいな~」
そう言うとハルナは、ミラカを後ろから捕まえて抱いた。
「ウー。何がズルいデス?」
「そりゃあ……何着ても似合うんだもーん」
「さすが、欧米人ってカンジだね。今度、服作るから写真撮らせてよ」
「え、ユイコ先輩、服も作れるの!?」
声をあげるハルナ。
「それなりにね~。コスの衣装は目当ての物が売ってないこと多いし、あっても生地が安っぽかったり、高かったりするから。自作するのが常套だよ」
「はえ~。すごいっすね」
「普段着は買うけどね。まだお金に余裕あるし」
そう言うとユイコさんは紙袋をヒロシ君に差し出した。
文句ひとつ言わず荷物持ちになる少年。
「あたしのも持って!」
姉の分は少しだけ不満そうな顔を返してから受け取った。
「漫画かアニメみたいだ」
ふたり分の荷物を持たされ、げんなりするメガネの少年。
俺はミラカの分だけで両手が塞がった。
「よし、じゃあ。次は水着だ!」
ハルナが元気よく言った。すっかり忘れていた。さよなら、諭吉先生。
たっぷり時間を掛けた衣装の買い物ののちに、ようやく本命の水着選び。
またもや、我々男子はベンチウォーマーだ。
「幽体離脱とかできませんかね……」
ヒロシ君がつぶやく。
「いいな。待ってるあいだはどっかヨソに行ってしまいたい」
俺たちは幽体離脱を試みるが、タイクツで魂が半分抜けるだけに終わった。
「ねー! これどう? オトナっぽくてよくない?」
ハルナが水着を持って現れる。彼女の手にしているのは黒のビキニだ。
「似合わん。お前はもっとガキっぽいのにしとけ」
適当にあしらう。
「秒で否定されたンゴ……。ねー! ヒロシはどう思う?」
弟にビキニのパンツを押し付けるハルナ。
「知らないよ!」
「なんでよ。ほらー、アンタ好きでしょう?」
「何でだよ!」
ヒロシ君はとてもイヤそうだ。
「だって、似てるじゃん? アンタが好きなUFOってこんな形だったっしょ?」
「あー、確かにそういう形のUFOもあるなあ」
ブーメラン型のUFOもあるにはある。
だが、アレは軍事的なテストの説が強い。最近になって周知されてきたステルス機に似た型のものが多いからな。
俺はアダムスキー型が好きだが、そんな形の水着はないな。ありゃ帽子だ。
「UFOといえば、姉ちゃん。ウメデラさんにUFO見たってウソついたろ」
ヒロシ君が口を尖らせる。
「ウソじゃないよー。確かに訪ねる切っ掛けに便利だから使ったけど。その辺飛んでたよ?」
適当に宙を指さすハルナ。カラスじゃないんだから。
「ねえねえ、ヒロシ君。この水着どうかな。もう、生地が少ないのはキツイかなって気もするんだけど……」
今度はユイコさんが水着を手にやってくる。
「えっと……。ユイコ姉さんは何を着ても似合うと思いますよ……」
おやおや、ヒロシ君は照れながら言った。
「ホント? じゃあ、ちょっとチャレンジしてみようかな!」
「扱い違くない? UFO型じゃないけどいいの?」
不満気に言うハルナ。
「何? UFO?」
ユイコさんが首をかしげる。
「そうそう。ハルナがUFOを見たそうだ」
「あー、UFO。懐かしいねえ。私も田舎からこっちに出て来たばかりのときに見たよ」
「ユイコ姉さんも見たことがあるんですか。いいなあ」
「あるよー。『あー、これが都会かあ』って思った!」
UFOは別に都会ばかりで目撃されるものでもないが。
どちらかというと田舎のほうが多い気がする。
単に、都会じゃ空が遮られているせいか、みんな忙しくてあまり見上げないせいかもしれないが。
「いいなあって、ヒロシ、アンタもUFO見たことあるよ」
「えっ、いつ!? 覚えてないよ」
「アンタちっさかったからなあ。家族みんなで見たんだけど」
ヒロシ君はメガネを外して眉間に指を当て、必死に思い出そうとしている。
「ミラカも、故郷のアイルランドで何度か見たことがアリマスネ~」
「お前もか」
「一度、編隊を組んで空を飛んでいるのを見マシタ。あれは驚きマシタネ~。飛行機もない時代デシタカラ。あの頃は気球がブームデシタネ~」
ミラカは懐かしそうに言う。
「センパイは? オカルトの追っかけやってるし、かなり凄いの見たことあるんじゃないんすか?」
ハルナが言った。「乗ったこともあったり?」なんて、ユイコさんも笑う。
「……」
俺は、じつは、UFOを、見たことが、ナイ。
言われてみれば、空を見上げることも減った気がする。
「おやおやぁ?」
沈黙していると、ハルナがイヤらしい笑みを浮かべて覗き込んできた。
「ひょっとして、梅寺オカルト調査事務所の所長さんは、UFOを、ご覧になったことが、ない?」
ございません。
「えっ、ウソ!? オカルト寺子屋の編集長さんが!?」
ユイコさんもワザとらしく口元に手を当てる。
「あっ、思い出した! みんなで温泉旅行に行ったときだ。そうだ、それで僕はそういうテレビ番組を見るようになって、図書館で本も借り始めたんだった!」
手を打つヒロシ君。彼は自身のオカルトのルーツに辿り着いたようだ。
「分けてあげようか? UFO」
ハルナがピンボケの画像をうつしたスマホを見せてくる。
「くっ……」
悔しい、マジで。なんでみんな、そんなにあっさりとUFOを見てるんだ?
UFOってのはもっとこう、神秘的で、科学的に説明のつかないもので、宇宙みたいに静かじゃなきゃいけないものなんだ……。
それをおいそれと、こんなうるさい小娘たちの前に姿を現して……。
「へ、編集長! これを見て元気を出してクダサイ!」
ミラカは紐で背負っていた麦わら帽子を外すと、手で持ち上げて、俺の目線の高さで水平移動させた。
「わー、ゆーふぉーだー」
悲しい。
「御覧になって、アシオさん! アレはUFO……あら、麦わら帽子ですわ。残念。アシオさんもいつかUFOをご覧になられるとよろしいですわねえ」
ハルナは調子に乗って追撃を掛けてきた。
「まあ! UFOをご覧になったことがない? 田舎者ですわねえ」
続くユイコさん。
「わたくし、UFOデビューは五歳ですわよ」
ヒロシ君まで乗っかってきた。
「マ、マアマア皆さん。UFOのことは置いといて水着選びに戻りマショー」
ミラカが言った。
「おやおや、ミラカ・レ・ファニュさんはお優しいことですわね」
寸劇を続けるハルナ。
「ミラカも水着買ってみようカナ~。部屋で着てもいいし~」
ハルナの気を逸らすために言ってくれてるんだろうが……。
「ミラカちゃん、それはヘンタイだよ。そんなことしたらセンパイに襲われちゃうよ」
誰が襲うか。
「そうだよ。ウメデラUFOさんにさらわれちゃうよ」
誰がさらうか。
「宇宙人も悩殺できる水着を選びに行こう!」
「ソ、ソウシマショー」
売り場に戻って行く女性陣。ミラカはちらちらこちらを見ていた。
「いやあ、ウメデラさん。UFOっていいですよねえ」
ヒロシ君が満足げになんか言ってる。
「そーだな……」
俺は床に視線を落とす。
見たいなあ、UFO。そんで、正体を暴いてやりたい。
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