事件ファイル♯02 アブダクション! 近所に現れた宇宙人!(1/6)
金髪吸血鬼美少女ミラカ。
前回、「追って報告する」だなんて〆たが、これから語るのはそのすぐあとの出来事だ。
ミラカのマジもんの病気もちという事実に頭に血を上らせた俺。
彼女の一撃によって程よく落ち着くことのできたのちに、無礼の謝罪を兼ねて晩飯ご馳走した(といってもコンビニだが)。
当のミラカはメシで簡単に機嫌を直して、食べてからすぐにベッドに潜り込んだ。
髪の乾かしが甘い気もしたが、少し懐かしい石鹸の香りをさせていたから大目に見てやった。
彼女は部屋の明かりをつけたまま、ものの五分で眠りに落ちてしまった。
見知らぬ地の見知らぬ男の家でここまで油断できるのもどうかと思うが、彼女の口ぶりからして何日もホームレスに近い生活をしていたようだし、相当疲れを溜め込んでいたのだろう。
もっと訊いておきたいことがあったが、俺は静かに部屋の明かりを消して退散した。
翌朝、俺は身体の節々に痛みを感じながら、ソファから身を起こした。
ヘンな態勢で寝たせいか、ミラカのせいか。奇妙な夢を見た。
手術台の上に縛り付けられて、グレイ型宇宙人たちが俺を覗き込むというベタなヤツ。
銀色の頭と黒くて大きな目の連中に混じって、金髪エメラルドアイも俺を覗き込んでいた。
しかも、立派に伸びた犬歯をむき出しにしながら……。
「まあ、夢じゃないんだが……」
ここで頭痛のひとつでもあれば、ミラカのことは酔ったままの寝落ちで見た幻と処理しただろうが、あいにく俺はシラフだ。
それに机の上のノートパソコンには見覚えのある画面が示されたままだった。
時計を見ると朝の十時。
ヴァンパイア娘についてのレポートをまとめていると、意外に楽しくなってしまって、深夜まで作業をしてしまったのだ。
「ミラカ、起きてるか?」
扉をノックする。返事はナシ。
静かに扉を開けてみる。やっぱり昨日のことは全部夢だったんじゃないか?
……なんてことはなく、静かに上下する布団のふくらみがあった。
夢だったほうが良かったというのに、俺は何故か安堵してねぼすけを揺り動かした。
「起きろ、起きろミラカ。朝だぞ」
「のー、だっど。ぎぶみーふぁいぶもあみにっつ……」
俺は容赦なく布団を引っぺがした。
クリーム色のもこもこしたパジャマに身を包んだ娘が逃げるように丸まる。
「……ハッ!? ソーデシタ!」
慌てて起き上がるミラカ。ベッドの上で正座をした。
「そうだ。ここはお前の実家じゃないんだぞ」
「おはようございマス。編集長」
座ったまま深々とお辞儀をするミラカ。
「はい、おはようございます。ミラカさん」
俺も頭を下げる。互いに頭を上げると目が合う。
小娘は“にへら”と笑った。
「とりあえず、さっさと着替えて身支度をしてくれ」
「オー、ソウデシタ。スパッドを着替えないと……」
ミラカはパジャマについているフードを脱いだ。金色の髪が跳ねている。
「スパッド? って、ジャガイモじゃなかったか?」
「ソーデス。見て分かりマセンカ?」
ミラカはベッドの上で立ち上がると、身体を捻って背面を見せた。
パジャマに別段、変わったところはない。ところどころ薄汚れている気もするが。
「分からん。何がジャガイモなんだ?」
「このパジャマは、ジャガイモをイメージしてデザインされているんデス!」
「つまり、茶色い斑点みたいなのは芽とか窪みを表現してるのか」
着古してついた汚れか何かかと思った。
「ソーデス。それからコレ!」
ジャガイモ娘はもう一度フードを被った。フードのてっぺんから緑の物体がちょこんと出ている。
「ジャガイモの芽デス! ラブリーデショー?」
「そうかな。ジャガイモの芽って毒のイメージがあるし……」
「それは仕方のないことデース。バラにだってトゲはあるデショー?」
イモとバラを並べるな。
「何でもいいからさっさと着替えてくれ。見ろ、今日は天気が良いんだ。買い物日和だぞ」
俺は窓を指さした。安物の白いカーテンから外の光が入り込んで……いない。
ここ『エステート・ディー』はやや奥まったところにある貸しビルだ。
その隣は同じく別の貸しビル。俺の部屋から見えるのは隣の壁と排水管だけだ。
「よく分からんデスネ……」
「最近ずっとグズついた天気だったからな。このチャンスを逃す手はない」
「買い物って何を買うんですか? できればミラカ、遠慮したいのデスガ」
「何でだよ?」
「日の光が苦手デシテ……」
笑みを浮かべて頭を掻く娘。
「あー、はいはい。ヴァンパイアだからなー。そうは言っても、別に灰になる訳でもないんだろ。昨日だって、お前は外から来たんだし」
「そうなんですケド……」
ふたたび布団にくるまろうとするミラカ。ぐう、といびきの音。
「おいコラ、単に眠たいだけか!」
俺は布団をひっつかんで奪い取った。
「アーレー!」
「買い出しは、お前の日用品で足りてない物を買うんだよ。俺ひとりで行ってもしょうがないんだ」
「ソウデシタカ。それなら、ちゃんと起きマス」
「そうじゃなくてもちゃんと起きてくれ。何時間寝る気だ」
今度は枕元の電波時計を指さす。
「まだ十時じゃないデスカー」
「お前、働く気ないだろ。助手はどうした、助手は。働かざる者食うべからずだ。買い置きのメシもなくなったから、荷物持ちしろ」
「エー! ニッポンじゃ、女子に荷物持ちさせるデスカ?!」
「今の世界のトレンドは男女平等だ。だが、俺は優しいからな。持つのはカップ麺で許してやる。カップ麺は軽いが、かさ張るから面倒なんだ」
「またカップ麺デスカ? ちゃんと食べないと身体に毒デスヨ」
「ハンバーガーをあんなにありがたがってた人間の言うことじゃないな」
「それはそれ、これはこれデス。編集長は普段、朝ごはんはどうしてるのデスカ?」
「食ったり食わなかったりだな。朝は食っても菓子パンをかじるくらいだ。今日はもう、ナシだな。こんな時間だし。昼とあわせてブランチだ」
「それはイケマセン! 大黒柱である編集長がそんなでは、この事務所もオシマイデース!」
ああ、嘆かわしいという顔をするミラカ。
「編集長といってもなあ。文章をパソコンで打つだけだし、雑誌関係でもメールかSNSで送って終わりだぞ。たまに手書き郵送があるが」
それ以外、というか実質的に本業であるアルバイトの方は日雇いのサイトに登録している。
スマホをちらとチェックするが、今のところ予定はホワイト。
「ソレ、助手の必要なくないデス?」
「いまさら気付いたか。最初にも言ったが、あれは冗談で書いたんだ」
ちなみに、本業にしたいと願っている方の予定もシロだ。グレーな仕事すらない。
「ウー……。でも、それデハ……」
渋い顔をするミラカ。彼女は自身の旅行カバンに目をやった。
「行くところがないなら置いてやる。その代わり、自分の生活費は自分で稼いでくれよ。ほら、さっさとしてくれ。近所のスーパーじゃ、午前に作った惣菜を昼に値引きするんだよ。間に合わなくなっても知らんぞ」
俺はそう言い残すと部屋を出て扉を閉めた。
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支度を済ませた俺たちはビルを出る。
「オー……本当に晴れてマス……」
麦わら帽子を深くかぶるミラカ。
最初に訪ねて来た時に被っていたモノだ。つばが大きく、赤いリボンがついている。
夏といえば麦わら帽子だが、昨今あまり見かけなくなった。まあ、今はまだ四月だが。
「それ、お気に入りなのか。店内では邪魔になるから脱いでおけよ」
「ハーイ」
初めはミラカを人前に出すべきかと悩んだが、コイツは日本に来てからずっとその辺をうろうろしていたに違いない。
今さらだ。今は大使館のお墨付きという後ろ盾もあるし、部屋に閉じ込めておく必要も無いだろう。
俺の事務所は裏通りにあるが、繁華街を挟んで住宅地に近い側なので、スケベな店やアブナイ店はない。
よって治安もその分マシだ。
彼女が外出したがっても好きにさせていいんじゃないか、と考えている。
「どこにお買い物に行くデスカ?」
「近所のスーパーだ。土日のチラシが入ってたからな。コンビニやファストフードばかりだとサイフが持たん」
「チラシ?」
「安売りの宣伝を書いた広告だ。チラシを新聞といっしょに配ってもらって、お客さんに来てもらうんだよ」
俺は新聞から抜き取ってきたチラシをミラカに渡す。
新聞くらいは読む。ネットで事足りるが、実家で読んでいたときのクセでついついというところだ。
余談だが、たまに入っている「スピリチュアルな商品」の広告を眺めるのも好きだ。
「ヘー、チラシ、便利デスネー」
ミラカは興味深げにチラシを眺めている。
「チラシも知らんのか」
「ウチは新聞とってませんでしたカラ」
「ふーん」
雑談をしながら歩く。十分程度すると、小さな緑の屋根の建物が見えてきた。
「ここは小さいが二十四時間営業で便利なんだ」
我らが生活のかなめ、『レイデルマート』の駐輪場は、すでにママチャリやスクーターで溢れかえっていた。
「出遅れたかな。もう混んでる。お前が準備に手間取るから」
「女の子の身支度は時間が掛かるものデース」
「せっかく安くなった惣菜を買うチャンスだったのに」
「どうして安くなるんデスカ?」
「昼どきにあわせて新しいのを用意するんだが、その際に朝イチで作った分の売れ残りを値引きするんだ」
「エー。出来たてを食べるべきデース!」
「それは贅沢品だ。おまえの分の食費が増えるんだ。節約しないとな」
「お金ならミラカも出しますカラ。温かい食事を……」
手をこすり合わせて俺を拝むミラカ。
「電子レンジなら台所にあるぞ。割と良いヤツだ。オーブンにもなる」
「ムゥー……」
不満気な娘を残して惣菜コーナーへと足を運ぶ。
しかし、すでに売れ残りの始末はついて、揚げ物係のおばちゃんが大声でアピールしながら揚げたてのコロッケをバットに並べていた。
「残念ながら、今日もカップ麺だな」
「エー! 温かいのが食べたいデース!」
「仕方ないな。コロッケなら五十円だし、ひとつくらい買うか」
「オー、コロッケ? ……すんすん。コロッケ良い匂いデス」
ミラカはコロッケ売り場の前で鼻を鳴らす。
「って、そういうことじゃないデス! もっとハートフルな食事をするべきだって言ってるんデスヨ!」
「なんだ。コロッケはお前の好きなジャガイモの塊なのに」
ミラカはぷんすか怒り始めた。
何がハートフルだ。俺の中ではもうB・T大好きジャガイモ娘なので説得力がない。
「ちょっとすみません」
トングを持った他の客がミラカに言った。
「アワ、ソーリー」
コロッケ売り場を塞いでいたミラカが謝る。
「あ、いえ、先にどうぞ……」
客はミラカが外国人だと気づいたのか、一歩下がった。
「ゴメンナサイ。私、コロッケは結構デス。お邪魔シマシタ」
ミラカは退いて俺の腕を引っ張る。
「おいおい、どこに連れてこうってんだ。ただでさえ混んでるのに、変な歩き方させるなよ。また邪魔になるぞ」
「ニッポンのマーケットが狭すぎなんデス。良いデスカ編集長? ご飯はミラカが作りマス。本当の朝ごはんというものを見せてあげマス」
究極の朝ごはんVS至高のファストフードってか? もう昼も過ぎてるが。
「そりゃありがたいが、今日は日用品と買い貯めがあるから、あんまり荷物は……」
俺を引っ張る娘は返事をしない。
「おい、カップ麺のコーナー過ぎたぞ」
「……」
二度目も無視。きょろきょろと何かを探しているようだ。
しばらく店内をうろついたミラカは加工肉のコーナーの前まで来ると、ウインナーを物色し始めた。
「ウー。あんまり種類がないデスネ……」
「そういうのは輸入品店か酒屋の方が種類があるな。っていうか、ウインナーなんて食っても健康的じゃないだろ。健康的なのがいいなら、弁当のコーナーに行こう。最近はカロリーや栄養バランスを重視した……」
ソーリーと、小娘が俺の話を遮った。
黙ってろってか? 俺は少しムッとする。
「ソーリー。そういうことじゃないデス。……私にも、何かさせてクダサイ」
振り返った彼女は、俺の顔を見てそう言うと、またウインナーと睨めっこを始めた。
結局、俺は彼女の買い物にもう反対ができず、大量の荷物を抱えて帰り道を行くことになった。
ソーセージ、パン、シリアル、多少の野菜、他にもいくつかの食品。
それから歯ブラシなどの生活雑貨。
残念ながらカップ麺の入る余地はナシ。
ま、買い物なんていつでも来れるさ。
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