事件ファイル♯12 空を見上げて! 空飛ぶ円盤のロマン!(1/6)
「ソ~っとデス。ソ~っと……」
ピンセットをつまむミラカ。
彼女の目線の先には宇宙人の足がある。その足は大きく破損し、骨が露出している。
「あっ、なんか屁が出そうだな」
俺は便意ならぬ、“屁意”をもよおす。
「……フヒッ! 編集長。今、ミラカは真剣なのデス。邪魔をしないでクダサイ」
「どうした、指が震えてるぞ? 貴重な宇宙人の“大腿骨”だ。傷つけないように取り外せよ。まさか、ビビってるんじゃないだろうな?」
「び、ビビってなんかイマセン! これはただのスパッド切れで震えがきているだけデス」
「危ないヤツだな。なんなら難易度の低い“心臓”からいってもいいぞ」
俺は禁断症状を発する娘を笑う。
「ノーノー。カードの指示は絶対デス。ミラカを甘く見ないことデス」
そういうとミラカは、ピンセットを宇宙人の足の穴に差し入れた。
が、骨を取り出す際にフチに触れてしまい、宇宙人が目を点滅させながら電気を発した!
「アベッ!」
珍妙な悲鳴をあげ、ピンセットを落っことすミラカ。
「はい、アウト~!」
俺たちは今、『宇宙人解体ゲーム』で遊んでいる。
子供やファミリー向けのおもちゃ『手術ゲーム』のパクリ商品だ。
宇宙人のイラストの描いてあるボードがあり、身体の部位のあちらこちらに穴が開いている。
その穴には、骨やら心臓やら置き忘れたメスやらが入っており、引いたカードに従って、それらをピンセットで取り出すのだ。
取り出す際にピンセットや部品が穴のフチに触れると、警報と共に宇宙人の目が光り、アウトとなる。上手にたくさん取り出せたほうが勝ちだ。
……と、ここまではただのマイナーチェンジやパクリなのだが、この『宇宙人解体ゲーム』はフチに触れた際、マジで電気が流れる。
ケガや感電をするほどじゃないとはいえ、なかなかスリリングなおもちゃだ。
エアコンの効いた密室で繰り広げられる白熱のバトル。
インターホンとスマホの連動で来客にもばっちり対応。
勝利者は今日の昼のメニューの決定権を手に入れるのだ。
「シャイト! ホントに電気が流れるなんて、アタマおかしいデス」
しかめっ面で手首をブラブラさせるミラカ。
「オホホホホ。ミラカさん。言葉遣いが下品ザマス。次はワタクシの番ザマス」
現在、ミラカは五〇ポイント。俺は二八〇ポイントで大幅リード中だ。
「キーッ! 編集長キショイデス! いいデス。ミラカも邪魔してやりマス!」
「直接、手を触れるのはナシだぞ」
カードを引く。
『身体に埋め込まれた核爆弾を取り出せ! 成功すれば500ポイント。失敗したら全ポイントを失う』
「マジかよ」
ひと昔前のクイズ番組みたいなカードを仕込みやがって。
「ヘッヘッヘ」
ミラカは好機来たりと俺の横に座った。
「おい、直接、触って邪魔するのはナシだって」
「触りマセン、触りマセン♪」
嘘くさいが、まあいい。
これを取り出せたら勝ち確定だ。今日はそうめんが食べたい。
ミラカは「そうめんは味が物足りない」と言ってあまり好まない。
そのうえ、薬味に欠かせないナマの刻みネギがヴァンパイア的にNGらしく、食べ過ぎて口臭がネギクサくなると部屋から追い出しに掛かってくる。
そういう都合でミラカは、うどんもそばもザルよりカケ派だ。
だが、そうめんは日本の夏の風物詩で、食欲がなくても食べられ、そしてコスパがいい。
近々出費のある予定だから、今のうちに節約しておかなければならない。
よって、今日のお昼はそうめんにするのだ。
「よし、行くぞ……」
俺はピンセットをつまみ、宇宙人の股間に埋め込まれた“核爆弾”に手を伸ばす。
横に居る小娘は俺の横顔をまじまじと眺めている。
「フ~ッ」
耳に吹きかけられる暖かい息。
甘い。想定内だ。俺はその程度じゃ動じない。
「真剣な顔デスネー。ちょっとハンサムデスヨー。フーッ! フーッ! フー……フヒヒッ!」
必死に息を吹きかけ、何故か笑うミラカ。
ヴァンパイア女子と思えない、品のない笑いだ。
「やめろ、つられて笑う」
“核爆弾”は簡単には取り出せない。
つまんでからわずかにひねりを加えないと引っかかる仕様になっている。難易度MAXだ。
「フヒッ、フヒヒッ! ブヒッ! アッ、唾が飛びマシタ。ヴァンパイアウイルスが……」
それは反則だろ! 俺は心の中で叫ぶ。
だが落ち着け、そう簡単に感染はしない。
この程度で感染するなら、俺はとっくにヴァンパイアだ。
俺は心を無にし、横でひとりで勝手に笑ってる娘の存在を消す。
ピンセットが爆弾の芯をつかむ。
わずかにひねられ、持ち上げられる爆弾。
ピンセットと爆弾が金属製のフチに差し掛かる。
「ネエネエ、ヘンシューチョー、ダーイスキ♪」
耳元で展開されるリアルASMR。録音したろかコラ。
ピンポーン。
連動したスマホが来客を知らせた。
「アッ。お客さんデス」
ミラカが立ち上がり、俺のヒジにぶつかる。
もちろん、こちらも連動。
ピンセットがフチに触れ、俺の指先に電気が流れた。
それから、けたたましくなるサイケデリックな宇宙人音。
「おぶちっ!」
俺は悲鳴をあげた。
「いってぇー! 今のはナシだからな!」
「えっ? なんの話デスカ?」
ミラカが首をかしげる。それからニヤリと笑うと、
「あらあら、編集長。爆弾の取り出しに失敗したザマスネ? 人類滅亡ザマス」
なんて言いながら俺を見おろしやがった。
「それは、お前がヒジに、ぶつかったからだろ」
抗議するが、ミラカは肩をすくめて両手のひらを上にするポーズを取った。
「お客さん、出てきマース」
小娘は巣たこらさっさと玄関へと逃げ去っていった。
ところが、すぐに慌てて戻ってきた。
「ハルナちゃんが来マシタ。編集長、部屋から出てクダサイ! 着替えマス!」
そういえばミラカは、いまだにハーフパンツの薄手のパジャマ姿のままだった。
「午前中にアポなしで現れるなんて珍しいな」
ハルナが遊びに来る時は、大抵はスマホに犯行予告がくる。
俺は寝るときも起きてる時も同じ格好だ。ミラカが着替えているあいだにハルナを出迎えてやろう。
「あ、そうだ。さっきのゲームはナシだからな」
俺は振り返り、ズルした小娘に文句を言う。
「きゃー! 編集長えっち!」
ミラカはすでに着替えようとパジャマを脱ぎ始めていた。
「アホか! 俺が出てから脱げよ!」
「振り向くとは思わなかったデス!」
部屋から追い出される俺。
「まったく、油断し過ぎだろ……」
俺は事務室に向かい、玄関の扉を開けてハルナを迎え入れてやる。
「セ、セセセセセセンパイ! 大変っす!」
ハルナは入ってくるなり俺の両肩をつかんで激しく揺さぶった。
「な、なんだ。何があったんだ?」
「あたし、見ちゃった! 見ちゃったんすよー! マージやばたにえん!」
ハルナはかなり取り乱してる。
「見たって何をだ?」
「UFOっすよ! UFO!」
大真面目な顔をして言うハルナ。
「おお。Unidentified Flying Objectか。お前もとうとうオカルトに目覚めたんだな。さすがはヒロシ君の姉だ」
俺はしみじみと言う。
「あんな趣味でやってるオタクといっしょにしないでください! あたしが見たのはマジモンのUFOです! ほら! 証拠!」
スマホを操作して証拠とやらを見せるハルナ。
宙にピンボケの何かが浮いてる写真だ。
証拠用の写真をしくじるところも姉弟そっくりだ。
「これじゃ分からん。飛行機じゃないのか?」
「飛行機じゃないっす! 全然違う形してましたから!」
「じゃあ飛行船はどうだ? じつはこの街の上は飛行船が通過したことがある。何年か前に見たことがあるぞ」
「え、マジっすか? 飛行船なんて見たことない……」
飛行船は荷物を運ぶのにも適しておらず、速度も出ない。
一九三七年には水素ガスを積んだヒンデンブルク号が静電気によって大爆発を起こす悲惨な事故が発生。
それ以降、飛行船そのものが忌避されたり、速度や積載量で勝る飛行機に圧されてほとんど見なくなってしまった。
いまだに分があるとすれば、空でも目を引く巨体を利用した広告用くらいだろうか?
俺がガキの頃は、空でちょくちょく見かけることができたが、それも大抵は広告用だった。
似たようなところだと、アドバルーンも今の子は知らないんじゃないだろうか?
「センパイ? またオカルトのこと考えてたでしょ? 話聞いてます?」
ハルナがふくれて俺を睨んでいる。
「おお、すまん。ちょっと空に想いを馳せてた。それで、そのUFOはどんな風に飛んでたんだ?」
「うーん、フラフラしてましたね。途中で建物の陰に隠れて見えなくなったんで、どこ行ったかは分からないっす」
「そうか。まあ、そんなもんだろうなあ」
建物の陰に消えるか、夜の上空を光の点が飛び去る。
UFOのさよならパターンは大抵、このどちらかだ。
「あとでどこで見たか教えてくれよ。一応は調べに行くからさ」
「一応って……センパイ、信じてないっしょ?」
「俺は懐疑派だぞ? 疑うところから始めるもんだ」
「アレは絶対UFOっすよ」
「まあ、そうだろうな。確認してなきゃ未確認飛行物体には違いない」
「そーゆうことじゃなくって。怒りますよ」
不満そうなハルナ。
「ハルナちゃん、オハヨー!」
着替えを済ませたミラカがやってくる。
「おはよー、ミラカちゃん! 今日も可愛いね!」
ハルナは態度を一変。満開の笑顔になった。
「よーし、今日も……」
ハルナが両腕を構える。ミラカも回避するために身構えた。
「……と思ったけど、今日は暑いからナシ!」
「アレ? ナシデスカ?」
微妙に残念そうなミラカ。
ミラカはハルナに会うたびに抱きすくめられて、もみくちゃにされている。毎度毎度のやり取りだ。
「だってここ、外より蒸してるよ? ふたりともよくこんなところで生活できるねー」
女子高生はじっとり汗ばんでいる。服の裾をぱたぱたとやった。
「いつもはエアコンのある部屋に引きこもってマス」
「エアコンあるの? じゃあ、そっち連れてってよー」
「いいデスヨー」
やすやすと許可するミラカ。
着替えた際に部屋の片付けも済ませたのだろう。できる子だ。
布団も敷きっぱなしで散らかった部屋を見られれば、何を言われるか分からんからな。
「よし、じゃあ。俺は茶を淹れて来てやろう。お客人は部屋でくつろいでいるといいぞ」
俺は台所で冷えた麦茶の仕度をする。
みんなゴキゲンでとても平和だ。
付き合いが広がる前は、他人の調子なんて気にすることなんて無かった。
煩わしいっちゃ煩わしいが、これもまた“生きてる”感じがして一興だ。
ゴキゲンついでに、世話になってる人や友人に近いうちに何か恩返しをしないとな。
俺が勝手にハッピーになってるだけではあるが、なんらかリターンをしてやらないと罰当たりというモノだ。
なんて、調子の良いことを考えながら部屋に戻ると……。
「センパイ。この部屋のどこでくつろげば、いっすか?」
客人が散らかったままの部屋で立ちつくしていた。
「エヘヘ。片づけるの忘れてマシタ」
頭を掻き、短い舌を出すミラカ。
「布団も敷きっぱなしで……。何かにおうし……不潔っす」
ハルナは冷たい目で俺を見やった。
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