事件ファイル♯11 犯人を追え! 繋がる血の赤い糸!(5/7)
なるべく犯人をうまく釣りだせるように、ミラカには昨日と同じ時間にレイデルマートに行ってもらう。
俺は犯人に警戒心を与えないよう、離れて追跡をした。
それからミラカには適当に買い物をしてもらい、俺は店内に入らず、スマホをいじるフリをしながら怪しい人物が出入りしないかチェック。
今のところ長身の男は居ない。
盆休みシーズンにはまだ間があるため、この時間のスーパーの利用者は老人と主婦層が大半を占める。
買い物袋を持って出てくるミラカ。今日はひと気のない道を通って移動してもらう計画になっている。
少し待っていると、ミラカからメッセージが来た。
『来てます。来てます』
ハンドパワーじゃないんだから。
というツッコミを押さえて、小走りに追う。
ミラカは店の裏手の道を通って移動している。
道に出ると、確かに誰かが彼女をつけているのが見えた。
どのタイミングで男が出てきたのか疑問に思ったが、とりあえず追跡を開始。
後ろ姿で顔は分からないが、このクソ暑い中だというのに黒い長袖長ズボン。
黒いキャップを被っている。お約束だ、恐らくマスクも着用しているだろう。
不審者ってのは、どうしてこうも不審者らしい格好をしたがるのか。
地域の治安情報でも、この手の服装をしていたというデータが見られる。
まあ、アイツはちゃんとズボンを履いてるだけまともだが。
男は細身で長身。両手をポケットに突っ込んで背筋を伸ばして、妙にサマになる歩きかたをしていやがる。
俺よりも“たっぱ”はあるが、あの細さだ。不意打ちであれば取り押さえるのは容易だろう。
男は特に振り返る様子はない。ミラカにはこのまま住宅街の私道を抜けてもらう。
舗装されてない細道。本来はヒト様の土地だが、近所の人間は勝手に使っている抜け道だ。
ミラカが私道に入ると、男が歩調を上げた。
俺も足音を立てないように注意して、ふたりへと距離を詰める。
何かされる前に捕まえてやる。何かするつもりなら、脅しの武器や薬品のたぐいを持っているだろう。
先手を打って暴力に訴えても、捕縛して警察に突き出せばなんとでもなる。
そして、黒づくめの男がミラカへと手を伸ばした。
俺は男に駆け寄り、ぴったり背につき左手で男のベルト、右手で男の右手の袖をつかんだ。
「何をするつもりだった?」
俺は問う。
「……何も」
男がそう答えると、腕に激痛が走った。
こちらが袖をつかんでいたはずだったが、一瞬のうちに捻り上げられてしまった。
痛みで思わずベルトも放してしまう。
「このまま投げてもいいが、それでは腕が折れてしまうな」
男は俺の腕を放したかと思うと、急に世界がぐるんと回った。
土に叩きつけられ背中から抜ける衝撃。
「編集長!」
ミラカが声をあげる。
俺はすぐさま立ち上がり、レスリングのタックルよろしく男の腰に組み付いた。
「逃げろミラカ。コイツはお前が目的だ!」
相手の腰に体重をかけ、走るようにして押そうとするがビクともしない。
細く見える身体のどこにそんな力があるんだ。
俺は素人だ。でもすでに理解している。戦闘力の差は歴然だ。
それでもミラカは逃がしたい。ボコボコにされたって構うものか。
「腰が入ってない。日本の若者は元気がないと思っていたが、そうでもないようだ」
日本の若者。俺は男を見上げる。マスクとキャップの隙間から見える瞳はグレー。
「アンタ、レイデルマートの……」
「半額神デス……!」
「半額神?」
首をかしげるコイツは、レイデルマートのパート従業員のサトウさんだ。
以前、俺に「今日はあの子は居ないんですね」といったことを訊いたり、ミラカがバイトをしていた焼き鳥屋に出没したりしていたことを思い出す。
「編集長を放しナサイ!」
ミラカが指さし言った。クソ、逃げろと言ったのに。
「放すも何も、彼が組み付いて来ているのだが……」
「放しナサイ。さもなくば……」
ミラカはにじり寄り、口を開けて二本のキバを見せた。
アレはヤバい。人生が狂う一撃だ。
俺は必死に組み付きながらも「もしもヴァンパイア病の患者が終身刑になったらどうなるんだろう。アメリカの懲役二〇〇年とかもこなせてしまうな」なんて、まぬけなことを考えた。
といっても、事情を知らぬ者相手では、ミラカはただの外国人の子供にしか見えない。彼女が危険だ。
果敢にも飛び掛かろうと構える娘を見て、半額神はため息をついた。
「病気でもうつそうっていうのかね?」
「なっ!?」「エッ!?」
俺とミラカが静止する。
「キミ、そろそろ放していただけないか」
そう言うと半額神は俺を押しのけ、マスクとキャップを外した。
「アッ……エーット?」
ミラカは男を指さし首をかしげる。
「お久しぶりです」
半額神が言った。
知り合いか? だが、警戒は解かない。
「ミラカ・レ・ファニュさんでしょう? その麦わら帽子は忘れません。私はあなたのお父上の知り合いだ。以前、ご両親にご自宅へ招待されたことがあったハズだが。まあ、最後に会ったのは百年以上前だから、仕方ないといえば仕方ないが……」
名前まで言い当てた。それに、百年以上前って……。俺は半額神から離れる。
「おい、ミラカ」
俺はミラカの顔を見た。
彼女はしばらく首を捻っていたが、俺と目を合わせると「にへら」と笑った。
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場所を移し、バーガー・シングへとやって来た。
俺と“サトウさん”はコーヒーだけを注文し、ミラカはこんな状況だというのにポテトとハンバーガーを前にしている。
「ここでは話しづらいことなのだが……」
サトウさんは私道での余裕のある態度とは一変して、小さく座席に収まっている。
「どうせ誰も聞いてませんよ」
賑やかな店内だ。聞いてないのは間違いではないが、本音では、まだこの人を信用していない。
人の目が多いほうがいい。ただミラカの知り合い、というだけでは危険だ。
「エエト、サトーさんは確かに、ミラカのおウチに来たことがある人デス……多分」
自信なさげに言うミラカだが、すっかり警戒を解いてポテトを口に運んでいる。
「サトウはこっちでの名前です。本名は“ジョン・ルスヴン・ポリドリ”です」
「オウ! “ジョン”デシタカ! パパと一緒に、森でハンティングをシマシタ!」
ミラカはサトウさんの本名を聞くと、ポンと手のひらを打った。
「そうそう。キミは食べてばかりだったが……」
どうやら知り合いというのは間違いないらしい。
「それで、知り合いなのは分かりましたが、どうして彼女をつけていたんですか?」
「声を掛けようと思って。“我々”にとって知人は貴重な存在だ。だが、この容姿ではひと目を集めるし、病気のこともある。こんな故郷から遠く離れた島国では尚更だ」
「それにしてもアヤシゲな格好過ぎマス」
ミラカはもう既にケラケラ笑っている。
「何笑ってんだ。お前がもっと早く気付いていれば、俺は投げられなくて済んだのに」
俺は抗議する。
「いや、アレは済まなかった。組み付いていて顔が分からなかったから、そちらのほうが暴漢か何かだと思ったんだ」
それにしても見事な投げっぷりだった。アレは間違いなく“覚えのある人間”だ。
俺は武道もスポーツも目立ったものは持っていない素人だが、背後から不意打ちしてきた人間に手加減をしつつ返り討ちにするなんて、普通じゃない。
「ジョンは昔から強いデス。兵隊さんデシタ」
「昔の話です……。ところでミラカさん、彼は?」
ジョンが訊ねる。
「編集長……彼は梅寺アシオさんと言って、ミラカの雇い主デス。寝床とご飯も世話してもらってマス!」
「おお。私は、友人の恩人を投げ飛ばしたのか! これは申し訳ない。重ね重ね謝罪いたします」
ジョンは慌てて頭を下げた。
顔をあげた彼はほほえんでいた。
営業スマイルでも、妖しい吸血鬼の笑いでもない。五十代くらいの人のよさそうなおっさんの笑いだ。
「あ、いや……。俺のほうこそすみません」
俺も釣られて頭を下げてしまう。
「ところで、ジョンはどうしてニッポンに?」
シェイクをすすりながら言うミラカ。
「日本は長く平和だし、“面倒な連中”も居ないからね。ついでに、書類の管理も杜撰だし……。ところで、アシオ殿」
「はい?」
俺は妙な呼ばれかたにビクリとした。
「アシオ殿は、ミラカさんのことをどのくらいご存じで?」
恐らくヴァンパイア病の話をしているのだろう。彼の言動から、彼自身もミラカと同じ病なのだろう。
「ええと、ヴァンパイア病で、三百十六歳ってことと、大食いなこと」
「そうか。病気の話はちゃんとしているのか」
ジョンはハンバーガーを頬張るミラカの顔を見る。ミラカはうなずいた。
「日本は、あまり日の下に出なくても暮らせるから便利がいい。日ノ本という割にね」
ジョンは服の袖を引っ張り、「UVカットだ。我々は紫外線に弱い」と続けた。
それで全身黒づくめだったワケか。
ジョンは、帽子とマスクを外せば、黒のスラックスと黒のシャツ姿でも不審人物感は無かった。
西洋の顔立ちと、すらりとした体型、ババクサくなりがちなイメージのあるUVカット仕様でもサマになっている。
イケメン無罪のナイスミドルだ。
「フフン、ジョンは遅れてマスネ。今どきUVカットはカラーバリエーション豊富デスヨ。もっとおしゃれしなきゃダメデス!」
ミラカは鼻で笑ったが、彼女の服装だっていつもワンパターンだろうに。
大抵はシンプルな白黒のお人形さんルックだ。
「ミラカさんはいつも同じ服を着ているじゃないか。買い物にいらしてるときに何度か見たよ。それに、それと似たデザインの服は百年前にも見ましたよ」
ほらみろ、突っ込まれたぞ。
「ウッ、ソレは……。ミラカ、ちょーっと貧乏ナノデ」
ミラカは俺の顔をちらと見た。
「お前が食費で食い潰すからだ。金があれば、服のひとつやふたつくらい買ってやる」
金持ち、ではないが以前よりは余裕がある。
今度、彼女と服を選びに出掛けるのも一興だろう。ハルナも連れて行けば喜ぶはずだ。
「ははは。アシオ殿は雇い主と言うよりは、保護者みたいなもんですな」
ジョンが笑う。彼の口に白く鋭いものが覗いた。
「実際、保護者みたいなもんですよ。たまに無茶なコトするし」
俺はハンバーガーの包み紙を畳む娘を見てため息をつく。
「アー……。ゴメンナサイ。でもアレは犯人を捕まえるために……」
「犯人?」
ジョンが訊ねる。
「……」
俺は口を閉ざし、ミラカに目配せする。
「大丈夫デスヨ、編集長。ジョンは犯人じゃアリマセン」
ミラカはニコニコしている。
……いいだろう。この顔に免じて信じてやる。
コイツも相変わらず胡散臭いが「口裏を合わせていた」なんて考え出すとキリがない。
二人目の吸血鬼の登場は、ある種ミラカの設定の裏付けにもなっているともいえるだろうし。
俺はヴァンパイア病の男、ジョン・ルスヴン・ポリドリに事のあらましを全て話して聞かせた。
「なるほど……。世間を騒がせているアレか」
ジョンは腕を組み眉を寄せている。
「ご存知でしたか」
「私だってテレビくらいは見ます。携帯やインターネットだって、こっそりと使っている。通販は便利だし……。本当は禁止なのだが……」
ジョンは古臭いガラケーを取り出して振った。
「連絡先の交換シマショー」
「電話番号だけなら。緊急時以外は使わないように、病気のことは漏らさないように頼みますよ」
以前にミラカが話してくれたが、ヴァンパイア病の人の所属する団体では、その不老不死性を狙った者から身を守るために、通信機器の使用等が制限されているらしい。
ミラカのスマホは俺名義だし、それでもやりとりの内容は気をつけていると言っていた。
団体は他にも、パスポートや戸籍などの日常生活ためのサポートをおこなってくれるらしい。
国に認めてもらっても、年齢がそのまんま三百十六歳なのは、ずさん過ぎると思うが。
「じつを言うと、私がミラカさんに声を掛けようと思ったのも、その事件に関連してのことだったんだ」
ジョンが言う。
「ジョンは何か知ってマス?」
「いや、知っていることは無いが、“我々の性質”じゃないですか。現代日本だと、“血”の供給ルートはごく限られる。ミラカさんがこの付近に暮らしているのは知っていたから、もしやと思って……」
「ミラカが動物の血を吸っていたって疑っていたってことか」
俺は少し険のある声色になってしまった。ジョンは俺を見る。
いやまあ、人のことは言えないんだが……。
「我々は、血を吸わなくとも生きることができるとはいえ、吸血衝動自体はあります。生理現象です。まあ、そうでないのならいいです。もしそうなら、やりかたがマズかったので。昔なら大して問題にされなかっただろうが、現代日本ではそうはいかない」
恐らく、ミラカがたまに豚の血入りのソーセージをバカ食いしたり、レバーを生食するのはソレだろう。
俺に隠れてやっているあたり、なんだ、その……自慰行為に近い感覚なのだろうか。
「ミラカ、ご飯はたくさん食べさせてもらっているので、ヘーキデス」
ミラカが俺に手を差し出した。
「ん、なんだ?」
「お金無くなりました。ポテトのMもういっこ!」
「食うにしてももう少しリーズナブルなものにしてくれ」
「じゃあ、ポテトのL!」
「増やすな!」
俺は差し出された手を叩く。
「MよりLのほうがコスパいいデス!」
ふくれっ面で抗議する娘。
しぶしぶ俺は彼女の手に五百円硬貨を乗せてやる。
「ははは、アシオ殿は苦労してるみたいですな。でも、ミラカさんは、昔にあったときよりも、遥かに元気がいい。まるで別人のようだ。あのころのミラカさんは……」
「ジョン! ポテトのL買ってきてクダサイ!」
ミラカは大声を出すと硬貨をジョンにグイと押し付けた。
「は、はあ。分かりました……」
ジョンは首をかしげて注文カウンターへと向かって行った。
「なあ、ミラカ。あの人は何歳なんだ? お前に対する言葉遣いや敬称が引っかかるんだが」
「ン~? 詳しい年齢は知りマセンガ、ミラカのうちを訪ねたときは、ヴァンパイアになったばかりと言ってマシタカラ……ミラカの半分くらいデスカネ?」
「へえ……」
信じられん。ヴァンパイアになった時点で老化は止まる。
生まれながらのヴァンパイアなら、おおよその成長が終わった時点で容姿の変化が止まると言っていた。
ジョンは恐らく五十あたりでヴァンパイアになってあの容姿で、生まれながらのミラカはジョンが生まれる前から生きておりヴァンパイア。
ミラカのほうが本家本元で大先輩ということになるのか。
お互いに性格は容姿相応だというのに、分からんもんだ。
まあ、ヴァンパイアの序列なんて分からんが、ミラカのほうが偉そうなのはちょっとウケるし、ある意味安心だ。
ともあれ、ミラカをつけていたのがくだんの犯人でないのなら、また振り出しだ。
「そうそう、さっきの話ですが……」
ポテトのLを手にジョンが戻って来た。
「ミラカの話はイイデス!」
ミラカはジョンからポテトをひったくる。ジョンは気にせずお釣りを俺に手渡した。
「そっちじゃないですよ。例の事件のことです。関係しているかどうかは分からないが、一人、客に怪しい人物を知っている」
俺とミラカは顔を見合わせてから、真剣な表情をするジョンを見た。
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