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事件ファイル♯01  オカルト! 美少女吸血鬼は実在した!(6/6)

 B・Tをあとにし、フクシマと別れて、事務所に戻って来た。

 「食べた食べた」と、満足げなミラカはソファに小さな体を沈みこませている。


「あれだけのポテトとナゲットを平らげるとは。気持ち悪くなっても知らんぞ」

「ヘーキです。それよりそろそろ晩御飯の時間デース!」

「マジで言ってるのか? 太るぞ」

「ミラカ、食べても食べても太らないデス!」

 確かに、肥えているということはない。むしろ痩せていそうだ。


「羨ましい話だ。俺は酒を飲むために飯を減らしているというのに」

 最近腹が出てきた気がする。気が、する。


「編集長はお酒飲みデスカー?」

「……まあな。でも今日は止しとくよ」

「胃の調子が悪いって言ってましたもんネー。お大事にデス」

 理由は別にある。

 酒癖が悪いって訳じゃないが、その日会ったばかり若い娘を泊まらせるのに酔っぱらうという行為が、俺の倫理規範からはみ出すというだけのことだ。


「気遣いありがとな」

「元気な時にミラカが晩酌にお付き合いシマスヨー」

「いや、お前は飲んじゃダメだろ」

「未成年じゃないデスヨ! マー、あまり強くはないので、カイホー係デスネー」

「まだ言うか。どう見ても子供だろうに」

 介抱とかいうなら、ゲロのひとつでも吐いてやろうか。


「ゲロといえば、そうだ。ここは事務所用で借りてはいるが、一応生活用の設備は一通りあるんだ。トイレはまあ、当たり前だが、風呂とか洗面所もちゃんとあるんだぞ」

「オー。お風呂」

「風呂に入れないとイヤだろ。……といってもボロいんだが」

 俺はミラカを風呂場に案内する。

 いちおうリフォームは掛けてあるようだが、ビル自体が古いために改造には限界がある。

 電子式の設備などはいっさいついていない旧式の風呂だ。湯船、お湯、水、シャワー、以上!


「風呂デスネー」

「なんだ、淡泊な反応だな。もっとガッカリするかと思ったのに」

「イヤー、あんまりお風呂って、入らないもんデシテ……」

 頭を掻くミラカ。なんか白い粉が舞った。


「ひょっとしてお前、日本に来てから一度も風呂に入ってないのか?」


「ソーデスネ? ニッポン人は毎日お風呂に入るって言いマスガ、うちの国はそんなに頻繁にはお風呂に入らないんデスヨー。そんな事より、屋根とベッドがあるのが嬉しくってー。はー! お布団お布団!」


 ミラカは洗面所から立ち去ろうとしている。

 俺の前を通り抜けるとき、頭の上で何かが跳ねたように見えた。


「ちょっと待て」

 俺はミラカを捕まえた。


「ナンデスカー!? 編集長は悪いこと企んでマス?」

 俺の腕の中で暴れるミラカ。

 今になって気付いたが、コイツからは妙なにおいがする。


 ……繁華街の裏路地。あるいは路上生活者の香り!


「アホか。先に風呂に入れ」

「えー。お風呂は晩御飯食べてからがいいデス。何なら、朝起きてからでも……」

 不満を垂れるミラカ。


 それから、金髪の上でピョン! と、また何かが跳ねた。

 目の錯覚じゃない。

 こいつ、頭でノミか何か飼っていやがる!

 このまま俺のベッドを使わせてたまるか!


「食べたきゃ飯くらい用意してやる。だけど風呂が先だ。三階洗ってこい。日本じゃ、“三度の飯より風呂が好き”って言うんだよ!」

 俺は娘を洗面所に押しやりながら言った。

「三度の飯より……? 聞いたことないデスネー」


「いいか。洗濯機はそこにある。使い方くらい分るな? バスタオルはここ。あっちの頭の白い青ボトルがボディーソープで、全部が青いのがシャンプーで、首だけ白色のボトルがリンスだ。コンディショナーはない。肌が弱いなら、ここに頂きものの石鹸がある。俺は使わないからいくらでも使ったらいい。良いか? しっかり洗うまで出てくるんじゃないぞ!」


 俺はまくしたてるように説明し、ミラカを残して洗面所をあとにした。


 なんだか、ミラカに触ったところが痒くなってくる気がする。

 いくら風呂にあまり入らない文化だとしても、あれは行き過ぎだ。

 あまり風呂に入らない文化全部に謝って欲しい。


「はあ……」

 ともかく、腹減りの件はマジで言ってそうだったので、彼女が風呂から出てくるまでに何か用意してやらないと。

 やはり信じてはいないが、もしも彼女のヴァンパイア設定に相応しいだけの食事量が必要なのだとしたら、今後の食費がとんでもないことになりそうだ。


「っていうかヴァンパイアなら、その辺のヤツから勝手に血でも吸ってろよ」

 俺は独りで悪態をつく。

 ミラカが自分で持ってきている生活費だって、そう長くは持たないだろう。

 光熱費や家賃は俺が払うとしても、あの子にはちゃんと金を稼いでもらわないと。

 ……いや、俺が稼がなきゃいけないのか?

 ノラ犬を飼うよりも気軽に決めちまったが、ペットどころの騒ぎじゃないぞこれは。


 きっと、俺はどうかしていたに違いない。

「はあ……」

 ふたたび大きなため息。


 洗面所の扉の向こうから、蛇口をひねる鋭い音がした。

 どうやらちゃんと風呂には入ってくれるようだ。

 聞き耳を立てるのも失礼だし、退散だ。

 俺は部屋に戻る途中で、何かを蹴飛ばした。

 カラカラとうるさく音を立てて転がったのは、海苔の空き缶だ。


「そういえば、アイツなんか入れてたな」

 ミラカは掃除をしているときに、この缶に何かを入れていた。

 開けて確認しようと思ったが、中から無数の音が聞こえてきたために慌てて缶を床に置いた。

「な、なんだ……?」

 よく見ると缶にはシールが貼ってある。


『ケネスたちのおうち』

 俺は額を押さえた。あとでちゃんと始末しておかないと……。


 俺はノートパソコンを開いて事の顛末を記し始める。

 ……さて、整理するとこういうことだ。


 名前はミラカ・レ・ファニュ。

 自称三百十六歳。恐らく実際はナリの小さい十六歳と思われる。

 性別は女性。髪はゴールド、瞳はエメラルド。

 アイルランド産のジャガイモ娘で日本語が流暢。それから大食らいの家出娘。

 ウチが選ばれたのは、証明書の類がなくても労働が出来そうだったことと、宿を目当てにしたからだろう。

 ヴァンパイアなんて設定も『オカルト調査事務所の助手募集』にあわせて、でっちあげたものと推測される。


 フクシマが大使館に連絡をすると言っていたハズだ。

 十八世紀生まれのパスポートなんてあるハズがないからな。

 残った謎も、連絡が済めば解決するだろう。

 パスポートが偽造なら、両親は日本在住とみていい。

 それに日本語が流暢すぎる。さっさと警察に突き出して親元に返してしまおう。

 万が一、アイルランド在住なら、追い返す手はずが整うまでは面倒を見てやろう。

 そういう事情なら、俺もさすがにお縄ということはない。


 ノートパソコンに向き合っていると、テーブルの上に放り出していたスマホが振動し始めた。

『鬼の子』

 登録名『鬼の子』はフクシマだ。


「もしもし?」

『おう、ウメデラ。面白いことになったで』

「何がだ?」

『いやな。アイルランド大使館に連絡入れたんや』

「仕事が早いな」

『営業時間過ぎてたから、ダメ元やったけどな。電話は繋がったんやけど、断られたんや』

「断られたのか」

『せや、最初はな。やけど、ミラカちゃんの名前出した途端に、偉いモンに電話代わる言うてな』

「ほう?」

『そんでパスポートの情報伝えたら、なんて言うたと思う?』

「偽造か? お偉いさんが出てくるってことは、アイツまさか、指名手配でもされてたのか?」

『いや、それがな。本物らしいんや。大使館お墨付き。パスポート通りの一七〇三年ニ月八日生まれ。三百十六歳なんやと』

「マジかよ。ホントに不老不死か?」

『まあ、登録上の生年月日はな。実際にそんなもんおらんやろ。それと、彼女の出入国は普通よりも厳重に監視されとるらしくてな。日本の厚生労働省にも連絡がいっとるらしい』

「厚生労働省?」

『せや。“検疫”の管轄でもあるな』

「検疫……アイツ、マジで病気もちなのか」


『らしい。せやけど、公式に認定されてる病やないそうで、日本の厚労省は動かんらしい。それでもアイルランドの方では警戒されてるらしくてな。バイオハザードに気をつけろって話やって。ウケるわー!』

 電話の向こうで爆笑する声が聞こえる。


「マジかよ。……いや、マジかよ? 俺を担ごうとしてるだろ?」

『あっはっは! お前、そればっかやな!』

 さらに笑うフクシマ。

「いや、言うだろ。じゃあ何か? ミラカはマジでヴァンパイアなのか? 吸血とか……っていうか、病気ならうつるのか?」

『マジモンのヴァンパイアかどうかは聞いてへんな。アホらしいし。せやけど、“ちゃんとした手洗いうがいをすることと、タオルや食器の共用は控えるように”って言われたで』

「子供の風邪じゃねえんだから!」

『ウケるわー。お前もうヴァンパイアうつってんちゃうか?』


 俺は思わず口に手を入れて犬歯を触れる。いや、普通の歯だ。別に血も吸いたくないし……。

「それ、お前も危ないんじゃないか? ミラカと同じトマトソース使ってただろ?」

 割と心配になってきたぞ……。


『大丈夫や。俺ちゃんと手洗いとうがいしたもん』

 平然と言ってのけるフクシマ。

『まあ、うつってもええんちゃう? おもろいやんけ。一緒に行こうや、フクシマワールド』


「行くかよっ!」

 俺は通話を切ると、スマホをソファに放り投げて洗面所に駆けだした。

 大使館公認だが非公式の病気だって!? アイツはそんなワケ分らんモンを持ち込んできたのか!?


 俺は乱暴に風呂場の扉を開いた。


「おいミラカ! お前、本当にヴァンパイア病なのか?! その病気、うつる……」


 ここはお風呂場である。

 そこでは一糸まとわぬ娘の姿が観測されるのが道理で……。


「ギャーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 俺はヴァンパイア娘にシャワーヘッドで顔面をぶん殴られて、


「あばぁーっ!」

 鼻から血を噴き出した。


「編集長はオオカミ男デスカ!? サイテーデス!」

 この俺の生活に突如飛び込んできた、ジャガイモ娘。ミラカ・レ・ファニュ。


 ヴァンパイアを自称するこの娘との生活は、こうしてスタートを切った。

 彼女の正体にはまだまだ謎が多い。

 果たして彼女は本当に吸血鬼なのだろうか? それともただの病気の家出娘なのだろうか?


 ……真相が分かり次第、追って報告する。


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