事件ファイル♯10 納涼! 祭りと花火と肝試し!(3/6)
「あれ? カワグチじゃん!」
遠くに高校生らしい男女のグループだ。こちらに向けて手を振っている。
「クラスの子だ。近所住みじゃないのにな……」
ハルナはミラカを一瞥すると「ちょっと行ってくるから適当に見てて」と言い離れていった。
「ハルナちゃん、お友達のところ行っちゃいマシタネ」
「全然ぼっちじゃないな。いやでも、元々誘われてたんじゃないなら、ぼっちなのか?」
「あの子、ぼっちじゃないデスヨー。今日はお友達との約束断ったって言ってマシタカラ」
「そうなのか。ま、せっかく来たんだし、ふたりで屋台見て回ろう」
俺とミラカは連れ立ってお祭りの屋台の並ぶ石畳の道を歩く。
「いいニオイがシマスガ、けっこう暑いデスネー」
ミラカは浴衣の襟を直す。うなじがちらと見えた。
日本人とは明らかに違う肌の色。
髪を上げているため、普段はお目に掛かれない首すじも晒されている。
オトナな容姿ではないとはいえ、ちょびっとだけドキッとする。ちょびっとだけな。
「たこ焼き、お好み焼き、焼きソバ、フランクフルト……。ムッ、編集長! じゃがバターなるものがアリマス!」
あちらこちらの屋台を指さすミラカ。
「見事に炭水化物まみれだな。まあ、別に欲しけりゃ何食ってもいいぞ」
「ヤッター!」
ミラカはガマ口サイフを取り出すと、口を開けて差し出してきた。中身は空っぽだ。
「はいはい」
俺は彼女の財布に千円札を二枚突っ込んでやる。
「ワーイ!」
ミラカはさっそくフランクフルトの屋台に向かった。
それからたこ焼き。ついでにリンゴ飴。
じゃがバターの屋台は覗き込みはしたが、鼻で笑ってこちらに戻ってきた。
「ヘヘ、いっぱい買って持ちきれないデス」
右手にタコ焼きのパックふたつ、左手にはフランクフルトとリンゴ飴。
「落とすなよー」
「平気デ……アッ!」
無茶な持ちかたをしたせいで、フランクフルトが石畳の上に転がってしまった。
「あーあ、もったいない。欲張るからだぞ」
「落としても10秒まではセーフデス!」
ミラカは素早くフランクフルトを拾うと、躊躇なく口へ入れてしまった。
「マジかよ!」
「たべももをそまふにしてはいけマヘン!」
フランクフルトを咥えながら話すミラカ。
「やめとけよ、腹壊すぞ」
「うぁんうぁいあういるすがこのへいど……」
もぐもぐとフランクフルトが口の中に消えていく。
それから「ガリッ」という音がした。
「いひが」
ミラカが舌を出す。舌の上には小石が乗っている。
「さすがにそれは消化できないだろ。無理して食うな。そもそも落とさないように気を付けろよ」
「ひゃい……」
ミラカは舌に石を乗せたまま答えた。
それから彼女はすぐにたこ焼きのパックに手を付ける。
「編集長にもひとつあげマス!」
たこ焼きのパックがひとつ差し出される。
「お、サンキュ」
「たこ焼きはソースに限りマス!」
ミラカはたこ焼きをひと粒、口に放り込んだ。
「あちち。熱いデス! おひょひょ」
金髪の娘は口の中でたこ焼きを転がした。
「それは落としたらアウトだからな」
「ひゃい!」
「あとは飲み物が欲しいな」
屋台を見回す。祭りでの飲み物と言ったらアレだ。
俺は屋台で青いビンを二本買い、ミラカに一本手渡した。
「オウ! これ知ってマス! ラムネデース!」
「正解」
俺はラムネビンのアタマを押して封を開けた。ビー玉の転がり出る、小気味のいい音がした。
ミラカもマネをして開ける。
それから、屋台の提灯の光にラムネのビンを透かして眺めた。
「ガラス玉が入ってマス。綺麗デス」
「ビー玉ってんだ」
「びーだま」
ミラカが繰り返す。
俺はラムネを一口あおる。シンプルで懐かしい味と刺激。
「びーだまが邪魔れす」
ミラカはラムネが上手に飲めないらしく、飲み口を塞いでいるビー玉を必死に舌で押しのけようとしている。が、全然届いていない。
「おまえ、舌短いなあ」
「そうれすか?」
ふたりで食への感謝祭をしていると、なんか聞いたことのある声が流れてきた。
「ロシアン回転焼きやで~。ワサビ、からし、とうがらしあるで~」
あの濃度の高い関西弁は……。
『ロシアン回転焼き』なる屋台には法被を着たサングラスの男フクシマが居た。
黄色いメガホンで呼び込みをしている。
「おー? なんや、ミラカちゃんやんけ! 浴衣カワイイやん」
屋台から出てくるフクシマ。
「エヘヘー。ソウデショーソウデショー」
ミラカは浴衣をヒラヒラさせてはにかんだ。
「……ってことは、そっちの冴えない男はウメデラか」
フクシマがため息をつく。
「俺はいつも通りだろうが!」
「マジで!?」
サングラスがずり落ちた。
「小学校からの付き合いの人間を忘れるなよな。っていうか、数日前にも会ったろうに」
「冗談や。それで、ワサビ、からし、唐辛子どれがええんや?」
フクシマは貼り出されたメニューを指さす。買えということか。
「ロシアンルーレット的なモンじゃないのか? 普通の味に辛いのが混じってるんじゃ?」
「アホか。そんなん売ったら、ひとくちで捨ててまうやろが」
「そうはいってもなあ。普通の味はないのか。あんことかクリームとか」
メニューを見るが書かれているのは3種類のみ。
「無いで。ワサビ、からし、唐辛子や。お前はワサビがお似合いやからワサビな。ミラカちゃんはどれにするんや?」
「ウーン。一番おいしいのクダサイ!」
「せやったら、赤いヤツやな。俺のオススメや」
「では、ソレで!」
「お前チャレンジャーだな……」
俺はニコニコして注文するミラカに感心する。
フクシマのやることだ。どう考えてもまともとは思えない。
「ワサビひとつに唐辛子ひとつね」
鉄板に向かっていた別の店員も、聞き覚えのある声を発した。
「あれ、ナカムラさんじゃないですか。何してるんですか?」
「何って、回転焼きを焼いてるんだよ」
喫茶店『ロンリー』のマスター、ナカムラさんが澄まし顔で答える。
彼の向かっている鉄板は外側からは手元が見えなくなっている。材料は不明だ。
「どうせウチの喫茶店、今日はお客さん来ないから……おっと! 今日“も”だったね!」
あはは、と笑うナカムラさん。
「どうせヒマやろからて、手伝ってもろてんねん」
「こんな屋台じゃ、どっちにしろヒマなんじゃ……」
「そんなことないよー。もう既にウチの日の平均売り上げを越えてるからね。割と楽しいからいいんだけど……」
再び、あはは。
俺たちは焼き立ての回転焼きを受け取り、料金を払った。
「ひとつで三〇〇円は高くないか?」
回転焼は普通のサイズだ。お祭り価格でも、もうちょい安い気がする。
「具材に金掛かっとるねんて、それより冷めへんうちに食べてや」
俺は回転焼きのニオイを嗅ぐ。外からじゃ分からない。
少し甘いような香ばしいような、普通の“大判焼き”や“今川焼き”と呼ばれるものと大差ない。
「何ビビっとんねん。ほら、ガブッといけや」
法被の男が急かす。
「いや、もうそろそろワサビネタも飽きられて来たころかと……」
「どこ向けの話や。ミラカちゃん、このタマナシの代わりにガブッといったれ!」
「はい! オーナー!」
ミラカは威勢よく返事すると回転焼きにかぶりつく。
「……ホアッ!?」
声をあげ回転焼きから口を離すチャレンジャー。それから短い舌を出して顔をしかめる。
「ほら見ろ、辛かったんだろ」
俺はミラカを見て笑った。
「イエ、確かに辛いのデスガ、今のは熱かったからデス」
ミラカは回転焼きを割ると、中身に息を吹きかけて冷まし始めた。
「真っ赤じゃないか」
見ているだけで目が痛くなる気がする。
赤みがかった謎の餡に、真っ赤な唐辛子のカケラがちらほら覗いている。
どう考えてもヤバいヤツだろ。
ミラカはそれでも意に介さず手の中の片割れを一口で頬張った。
「ホフホフ……」
「でや? ウマイやろ?」
フクシマが腕を組んで満足そうに言った。ミラカもモグモグやりながらうなずいている。
「そんなバカな」
「確かにどれも辛いけどね、赤いのは豆とチキンのチリトマト。からしは肉まんのタネにからしを足したものだよ」
ナカムラさんが解説する。
「ワサビは?」
「それは食べてからのお楽しみや」
どうやら罠は無いらしい。だが、念のために先に中身を割って確認してみる。
中身は緑ではない。茶色だ。ちょっと強いワサビのつんとした刺激が鼻をつく。
「ワサビは熱で飛んじゃうから。ニオイほど辛くはないよ」
ナカムラさんが言う。
俺は意を決して回転焼きを口に入れた。
通常よりもふかふかの生地に、香ばしい醤油のかおり、予想よりもまろやかなワサビの風味がうまい。
メインの具材は食べたことのある味だ。
「これはマグロか?」
「せやで。串焼き用のマグロを潰していれとんねん」
「なんか、シャキシャキするのもはいってるな。ネギか?」
「ネギも入っとるけど、刻みワサビもいれとる。何気に一番コスト掛かっとるねん」
「意外とやるなあ。疑ってスマンかった」
これはなかなかイケる。
「そら真面目にやるわ。これはフクシマワールドの名物にする予定やからな」
「フクシマワールド楽しみデス!」
「この屋台“たち”もフクシマワールドの伏線やねんで。みんな知らんうちにフクシマワールドに取り込まれて行ってんねん」
夢を語るオトコはあたりを満足げに見渡す。
「“たち”ってなんだよ?」
「先生! 売り上げが予定に達しやした!」
唐突にドスの利いた声が飛び込んできた。
フクシマの前に現れたのは、年配の痩せた丸刈りの男。
サングラスに加えて頬に大きな切り傷らしき痕が見える。
「おお、おおきに。さすが組長やで。売り上げ達成二番ノリや」
「に、二番ですかい!?」
「せや、いちばんは俺んとこの屋台や。ほら、見てみ」
そう言って、小銭と札の入ったタッパーをジャラジャラさせるフクシマ。
「へへぇ、先生には敵いませんで……」
切り傷の男がこうべを垂れた。
「ミラカ、あっちの屋台で遊ぼうか!」
「エ? ハ、ハイ」
慌ててミラカの背を押す俺。
あの男はどう見てもマジモンだろ。関わらないほうがいい。
まったく、アイツのネットワークはどうなってるんだ。
それからしばらく、ふたりで屋台を見て回った。
本当に見て回っただけだ。
さすがにミラカもヨーヨー釣りや金魚すくいにはあまり食指が伸びないようだ。
屋台の人たちは「お嬢ちゃん、どうだい?」とか「娘さんにイイトコ見せましょうや」と勧めてきたが。
「ウーン。なんだか、遊んでる人を見て満足しちゃいマ……ひっく!」
ミラカがしゃっくりをした。
「あれ? ミラカ、しゃっくりか?」
「アー、さっきの赤いのに、けっこうニンニクが……ひっく! 熱くて途中まで気付かな……ひっく!」
「大丈夫か? 何か飲み食いして腹の中身を薄めよう」
それで治るかは知らんが。
「ひゃい!」
しゃくりあげながらミラカはひとつの屋台を指さした。
ちょっと怖いお兄さんがガリガリと景気のいい音をさせている。
「かき氷を食べるとしゃっくりが治まるとか聞いたことがあるな」
いや、逆だったか? しゃっくりが出るんだっけ?
「オー。それならぜひぜひ食べマショー」
「金髪のお嬢! かき氷どうです!? いちご、レモン、メロン!」
屋台のお兄さんが訊ねる。この人もあっち系だよな……。
「むむ、どれにシマショーか」
「どれもおいしいですぜ……なんなら三種類全部買うって手もありやすが」
誰がかき氷を三種類なんぞ食うか。
こういう屋台などで出ている安物のかき氷のシロップは、違うのは色だけで味は全部同じだ。
しかも、ここはひとつ三〇〇円。そんなモンに九〇〇円も使わせるか。
「じつはな、かき氷のシロップってのは違うのは色だけで、全部味は……」
ミラカに真実を教えてやろう。
だが、彼女の頭上で屋台のお兄さんがとても恐ろしい顔で俺に向かってメンチを切ってるのに気付いた。
「兄さん、商売の邪魔せんでくださいよ……」
お兄さんの口からドスの利いた声。
「……ひっ!」
「オヤ? 編集長もしゃっくりデスカ? ミラカはいちごにシマス!」
「じゃあ、俺はメロンで……」
「一個でいいんですかい!?」
お兄さんが凄む。
「ひとり一個で結構です!」
さすがにこんな脅しに屈してたまるか。
「あっ、いたいた。ウメデラさん、ミラカさん」
人混みから現れたのはヒロシ君だ。手にはよく分からんおもちゃやカードの類を持っている。
「ヒロシ君。どこ行ってたんデスカ?」
「くじ引きだっけか? 当たったか?」
「いいえ……惨敗です。もうおこづかいありません。ゲーム機が一等に入ってるみたいなんですけど……」
歯噛みして悔しがるヒロシ君。
「あー。あまり言いたかないが、そういうくじには……」
当たりがそもそも入ってない説がある。客引き用の景品だ。
もちろん、バレれば法律に触れるアコギなやりかただが、UFOキャッチャーや確率機のたぐいにもそういうものが潜んでいるというウワサがある。
「兄さん。それ以上は言わねえでくだせえ」
かき氷屋のお兄さんからドスの利いた声。
「シロップは確かに安モンですが、くじ引きにはちゃんと当たりがありやす。俺ら、夢を売る商売しとるんですよ」
「ふん。とかなんとか言って、くじを全部買われでもしたら困るんじゃないのか? 動画配信者とかが来て全部買ってみた! とかやられるぞ」
言ってやった。言ってしまった。
「カンベンしてくだせえ。くじ屋の当たりは、先生がオークションで買ったジャンク品を、俺が修理したヤツなんです」
先生って、やっぱフクシマが絡んでるのな。
「ワーイ! 当たった!」「いいなー、すげえ!」「いっしょにやろうぜ!」
子供が俺たちの前を掛けて行った。手にはゲーム機の箱。
「ああっ! アレは一等の! くそー。急いで来るんじゃなかった! 走らなければ、ちょうど当たりが引けたかもしれなかったのに!」
ヒロシ君が砂利を踏み鳴らす。彼のこういう姿はちょっと珍しい。
「アレは俺の直した二号機じゃねえか。へっ、ガキに貰われたか。元気にやるんだぜ……」
かき氷やの兄さんが鼻をすすった。目には涙まで溜めている。
「疑って申し訳ない。こっちの彼にもかき氷を。俺のおごりで」
俺はかき氷屋の兄さんに謝罪して、ヒロシ君にかき氷をごちそうした。
それから三人でかき氷をつついていると、賑やかなヤツが戻ってきた。
「ズルーい! みんなしてかき氷食べて!」
「ハルナちゃん、お友達はもうイイデス?」
「うん。っていうか、ちょっと挨拶するだけのつもりが、引っ張り回されちゃった。これからメインイベントがあるっていうのに」
ハルナは何やらスマホをいじっている。
「メインイベント? 打ち上げ花火とか、盆踊りとかか?」
俺は訊ねる。そんなデカい祭りだったか。
「ちっちっち。お祭りはもうおしまい! そろそろ時間だ。みんな、行こ!」
「どこ行くんデスカ? ……ひっく!」
ミラカのしゃっくりはまだ続いている。
「しゃっくりしてるんだ? だったら、ちょうどいいね」
「しゃっくりしてるとちょうどいい?」「ひっく?」
俺とミラカは首をかしげる。
「では、かき氷食べたら田中池自然公園に行きましょう!」
ヒロシ君が言った。彼は予定を知っているようだ。
「今からか? ここからだとあんまり近くないし、遅くなるぞ?」
「遅くなったほうが都合いいんですって!」
ハルナが笑顔で言った。
「何だろ?」「サア?」
俺とミラカは顔を見合わせ、またも首をかしげた。
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