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事件ファイル♯10 納涼! 祭りと花火と肝試し!(1/6)

「お祭り?」

 俺は頭上からの声に首をかしげた。

「ハルナちゃんが、仲直りを兼ねてみんなでお祭りに行きマショーって。花火もあるソウデス」

「みんなで、って俺もか。どうせ暑いだろうからなー」

「エー。行きマショーヨー」

 ミラカがベッドの上からスマホを突き出して振った。

「やだ。俺は寝てる。仲直りくらいふたりでしろ」


 俺がそう言うと、スマホが顔面に落下してきた。


「イテッ!」


 ここはミラカの部屋。というか、元々は俺の部屋だ。

 エアコンがここにしかない都合上、現在はこの部屋に居候している。

 先日、ミラカが俺へのプレゼントに小型の除湿脱臭機能付きクーラーを買ってくれたのだが、大してそれを使わないうちにこっちに引っ込んでくることになった。

 ああいう小型の除湿機は冷風こそは出るものの、そもそも排気口がそのまま背面にあるために、裏からは熱が出ている。

 そのため、総合的には電気を消費した分だけ熱が生まれて室温が上がってしまう。

 このクーラーには外に排熱するための仕組みは付属していなかった。別売りのホースなんて知らん。

 湿度が下がれば体感は多少マシになるのだが、風を直接受けて寝ていた俺は、ノドや鼻が乾燥するわ、朝起きたら汗だくだわで体調を崩してしまっていた。

 本格的な風邪ではないにしろ、動きたくない。

 言うまでもなく、人の多くて暑い祭りになんて行きたくない。


 俺のスマホがメッセージの着信を知らせた。ハルナからだ。


『おけまるっす! 日曜日に会いましょう!』


「は?」

 首をかしげるとベッドの上から笑いの漏れる音。


「もうオッケーしちゃいマシタ。編集長も俺が祭りのイロハを教えてやるって言ってましたよ、って!」

「お前、勝手になあ……」

 突っ込む元気も起きない。俺は布団をかぶった。エアコンが寒い気がする。


 ともかく、体調を崩したのを知ってしつこく勧めてきたミラカの言に従って、彼女の部屋の床に布団を敷いて転がっているのだ。


 ミラカは「しょうがないデスネー」だなんて言っていたが、おかげで俺は毎晩アイツが眠りに落ちるまでおしゃべりの相手をさせられて、日中も眠くてしょうがない。

 そのうえ、起きたら顔の上にニワトリが乗っていたり、俺が下に寝ていることを忘れた小娘の全体重を腹に受けたりして悲惨な目に遭っていた。

 さっさと自室に引き返したいところだが、そういうことをおくびにでも出すとコイツは拗ねてしまう。


 さらに、副収入である『オカルト寺子屋』のコンテンツも相変わらずミラカ頼りだし、炊事洗濯も彼女が牛耳っているので、俺の暮らしはじわじわと吸血鬼娘に侵食されていっているのである。

 家賃でさえ、アイツをダシにタダにしてもらったので、俺のアイデンティティはバイトで食費を稼ぐことのみだ。


 ATM男は哀愁に沈みながらスマホをいじることにする。


 ハルナに断りのメッセージを送ろうかとも思ったが、やっぱり可哀想だ。

 なんだかんだで、ミラカとハルナはメッセージのやり取りはしているようだが、あれから一度も顔を合わせてはいない。

 仲立ちになる人間抜きで会うのはツラいのだろう。

 ヒロシ君ひとりにそれを押し付けるのも酷だし……。


「しゃあねえか……」


 祭りか。もう何年も行っていないな。

 最後に行ったのは小学生の頃だろうか?

 確かに行った記憶はあるのだが、誰と行ったのか、どこの祭りに行ったのかも思い出せない。

 ミラカや若者たちと祭りに行ってみるのも一興かもしれない。

 写真に収めて適当に解説を付ければ記事になるんじゃないか?


 起源を辿れば、祭りは一種の呪術ともいえる。

 かつては生け贄を捧げていた行為の代替だったり、恵みの雨や作物が伸びるのを表現した踊りがあったり。


 日本の祭りも招福祈願や厄除祈願のたぐいを目的とするケースが多い。

 五穀豊穣、天下泰平、家内安全に安産祈願。

 地震水害干ばつ除け、ちなみに俺が好きな神様は大黒天さまや弁財天さまだ。


 だが今じゃすっかり、集まって騒ぐくらいのイメージしかない。

 山で火を燈す送り火のたぐいは環境配慮でLEDに変わったところもあるらしいし、存在そのものが消えてしまった祭りだって少なくない。

 他方で盛り上がりを見せる祭りもあるが、“祀り”としての祭りではなく、やはり商業的な意味合いの濃さを感じざるを得ない。

 意味を知って参加してる人間はどれだけいるのやら。俺も知らんけど。


 盆踊りや神輿などの存在は有名だが、今や夏祭りの代表といえば浴衣や花火。

 それから、わた飴、リンゴ飴、射的にくじ引きなどの屋台だ。

 金魚すくいやカラーひよこなんかは、最近は減ってるそうだが、当の動物にとって残酷な所業だ。

 食のほうはともかく、こっちは完全にバチ当たりで感謝とは対極だと思う。


 祭りでの屋台の起源は神事的なものではなく、闇市だともいわれている。

 現在でも、土地のしがらみや怖いお兄さんが元締めのところもあるのではないだろうか。


「コッコッコ……」


 俺の身体が作る布団の山を登るテリヤキだって、カラーひよこくらい雑な扱いでうちに来た。

 きっと彼女も生物を使った屋台には反対するだろう。


 同じく足を乗っけてるうちの弁財天さまがどう考えるかは知らんが。


「編集長は調子が悪いデスカー?」

「そうだ。風邪だ風邪」

「風邪なんてイモ食ってアイリッシュコーヒーを飲んでれば治りマス」

「そりゃお前だけだろ。うつるといかんから、あまり近寄るなよ」


「ヴァンパイアは風邪ひきマセーン。ヴァンパイアウイルスが他のウイルスや雑菌を勝手に退治してくれます。落ちたものを食べてもヘーキ……デスッ!」

 俺の腹に重たいものが乗っかる感覚。

「グェッ! 上に乗るな! っていうか落ちたものを食べるな!」


 布団から顔を出してバカ娘に抗議する。


「それは現代の考えデスネー。昔は食べ物をちょっと落としたくらいで捨てたりなんてしませんデシタヨー」

 ミラカは俺に腰かけながら、やれやれと肩をすくめている。


「そもそも、スパッドもニンジンもダイコンも地面から出たものデス。気にするだけヤボってモンデスヨー」

「地面から出たものと地面に落ちたものは違うだろ」

「……へッ! これだから現代人は。大地の恵みへの感謝が足りマセン」


 お得意のお説教だ。俺を見下ろし鼻で笑うミラカ。


「またそれか。感謝ならしてるだろ。祭りだってそういう意図なんだから」

八百万(やおよろず)の神様がいる国とかいいながら、ドーセお祭りも“形骸化”してるに違いアリマセン! リア充がキャッキャウフフするだけのクソイベントデス!」


「口が悪いなあ。その辺は俺も否定しないが」

 祭りシーズンに公共の交通機関を利用するとむしゃくしゃする。


「というワケで、ミラカがお祭りのなんたるかをニッポン人に知らしめようかと思いマース!」

「ほーう? 具体的に何をするんだ?」

「ソーデスネー。八月だと“ルーナサ”デスカラ。収穫祭にナリマス」


「ルーナサ?」


「ケルトの太古のお祭りのよっつのうちのひとつです。実際におこなってっていたのはずっと昔デスガ、そのうちのひとつの“サウィン”は“ハロウィン”として残ってマスネー」


「ハロウィンも形骸化してバカ騒ぎだけだろ。大体、祭りでそんな風に騒いでるのは日本だけじゃないしな」

 俺は鼻で笑い返した。

 ミラカはムッとした顔を向けると腰を上げて俺に馬乗りになった。


「だから教えてやろーと言うのデス。イイデスカ? ルーナサではパンを焼きます。最初に収穫された小麦でパンを焼くのデス」

「ほーう、それで?」


「食べマス! 母なる大地に感謝! ナマステ!」

 手を合わせお辞儀をするミラカ。


「なんか混ざってないかソレ。そんなのより、もう少し儀式的なことを教えてくれよ」

「ミラカ、あんまりそういうコトに興味ないデスカラー。ハロウィンではカボチャを食べる!」

「身もフタもないな。ハロウィンのカボチャって、食うのがメインだったか? ジャック・オ・ランタンくらいなら日本人でも知ってるぞ」

 カボチャを食うのは日本の冬至だな。


「ウーン。私が知ってるのは、丘の上で大地に感謝しながら踊るとか……」

 そう言うとミラカは俺の上で身体を揺すり始めた。

 俺は起き上がって妨害する。

「分かった分かった! 大地に感謝するし、祭りにも行くから」

「ヤッター! 行きマショー。ニッポンのお祭り楽しみデス! わた飴! 焼きソバ! リンゴ飴! タコ焼き! かき氷! イカ焼き!」

「食いものばっかだな。ちゃんと感謝もしろよ」

「ソーデシタ。ということで、今日の晩御飯はパンを焼きます。ソーダブレッドにコールドチキン、スパッドの冷製スープとミルクティーで決まりデス」

「豪勢だな。胃腸の調子がよくないからもうちょい軽いとありがたいんだが……」

「文句を言うならそうめんにシマスヨ!」


「そうめんか。いいなあ」

 寒気がするから温かいにゅう麺という手もある。


「ミラカはそうめん嫌いデス。物足りないので。刻みネギもダメ!」

 ミラカは俺のつぶやきを無視して立ち上がり、部屋を出て行った。


 ひとりお祭り娘から解放され、まどろみを堪能する。

 しばらくしてミラカが戻ってきて、何やら頭上でがちゃがちゃやり始めた。


「……何してんだ?」

 目を開けると緑色の物体がある。これは、竹筒だ。


「編集長が布団から出なくていいように、ミラカが食べさせてやろうと……」

「流しそうめんか。布団が水浸しになるわ」


「ジョーダンデス。編集長はミラカへの感謝が足りマセン。そうめんだって茹でてるとめっちゃ暑いんデス。鍋から離れることもできマセン。……トリャッ!」

 竹筒が俺のアタマを打つ。


「イテッ! 俺は“ししおどし”か!」


「夏場にキッチンに立つ苦労を思い知るがいいデス。これは普段家事をしている主婦に捧げる感謝の儀式デス。痛みを分かち合うのデス」

 もう一度アタマに衝撃。


「イテッ! まあ、確かに暑いと火を使うのはツラいな」

「ヘッヘッヘ。分かったらミラカに貢物を用意するのデス」

 突き付けられる竹筒。そりゃ単なる“おどし”だ。


「具体的には?」

「作るのがメンドッチーのでバーガー・シングに行きマショー」

「結局それかい……」


「サア、サア! 返答や如何に!」

 竹筒が俺の頬に押し付けられる。百姓一揆か何かかよ。


「新商品でも出たのか?」

「夏限定! エイリアンのドロドロシュワシュワサイダーとレーニア山かき氷のUFOチョコチップ乗せ!」

「どっちもお菓子系じゃないか」

「ついでにポテトとハンバーガーも食べますカラ!」

「ついでってなんだ。感謝はどうした感謝は」

 俺は観念して起き上がる。


「へッ、食うための感謝デス。食えるなら感謝ナンテ要らんのデス」 

 悪い顔をして言うミラカ。


「さっきと言ってることが逆だぞ!」


 ということでその晩、我が家の弁財天さまにお供え物をしたのだった。逆に金が減った気がするが。


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