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事件ファイル♯09 追跡! 放浪娘のウラの顔を突き止めろ!(6/6)

 事務所に戻るとミラカの姿があった。事務室のソファの上で膝を抱えながらスマホを眺めている。


「なんだ、起きてたのか」

「オカエリナサイ」

 彼女はこちらを見ると、わずかに表情を明るくした。


「ただいま。ここは暑いだろ」

 外も蒸していたが事務室はもっと酷い。

「暑いデス」

 そう言うミラカのこめかみはじっとり汗ばんでいる。


「せっかく風呂に行ったんだから涼しい部屋で待ってればよかったのに」

「……ハルナちゃんたち、なんて言ってマシタカ?」

「謝りたがってたぞ。お前の病気のことは大して気にしてないみたいだった。ヒロシ君も特には、だな」


「そうデスカ」

 ため息とともに愁眉を開くミラカ。


「事情や境遇については話しておいたが、仲直りは自分たちでしろよ」

「ウー……」

 ミラカはまたすぐに眉間にシワを寄せた。


「とりあえず俺は風呂に行ってくる。暑くてたまらん」

 俺はそう宣言すると、ソファで唸るミラカを置いて洗面所へ向かった。

 あの分だと、ミラカもハルナもまだアクションを起こしてないと見える。

 ふたりとも嫌い合ってる訳でもなし、謝罪したがっているのも知ってるというのにな。


 気持ちは分からんでもない。

 俺もこういう「仲直り」を最後に体験したのは小学校とかじゃないだろうか。

 ケンカした同級生がまだ怒っていないか気になって、次に学校で顔を合わすまでずっとソワソワしたもんだ。

 当時も電話くらいはあったが、今はもっと簡単にやりとりができる。

 でも、問題はそういうトコじゃないんだよな。

 目に見えない壁というか、膜みたいなモンがあって、その中から出られないんだよ。行動が起こせない。


 俺が風呂から上がってもミラカはまだソファの上で頑張っていた。


「まだ居たのか」

 ミラカはスマホと睨めっこだ。だが、操作をする気配はない。

「せっかくお前の部屋にエアコンを付けたのに。使わないなら俺がそっちで寝るぞー」

「ドウゾ。ミラカもそっちで寝マス」

「アホか。寝られるか」

「床に布団を敷けばいけマスヨ?」

「そういうコトじゃないだろ。構って欲しいなら素直にそう言え」


「……少しだけおはなしがしたいデス」

 金髪の娘ははにかみながら言った。


「よろしい。それじゃ、涼しい部屋へゴーだ」

 ふたり連れ立って部屋に入る。

 一歩踏み込むと、ひんやりとした空気が肌に心地よい。


「ア~。涼しいデス。エアコンは神デス」

 ミラカはベッドに腰かける。

「そうだな。エアコンは神だ。エアコンといえば、俺もひとつミラカに謝らなきゃならんことがあった」

 俺は床にあぐらを掻いて言った。


「ナンデス?」

「そのエアコンだよ。ハルナたちからお前が焼き鳥屋を手伝ってたワケを聞いた」

「アー、ビックリさせようと思ったんデスケドネ」

 困ったような顔をするミラカ。


「今日、お前がぼんやりしてたの、俺のせいだろ? 昼間にエアコンを買う話をしたから」

「……ハイ。スミマセン」

「お前が謝ることじゃないだろ。俺のためだったんだから。……スマン」

 いくら隠れてやられたとはいえ、こういう事情なら謝っておくのがスジだ。俺は頭を下げた。


「エッと、ナイショでやろうとしたのは私のほうデスシ、仕事だって黙ってするべきじゃなかったんデスカラ」

「それと、エアコンはけっきょく買ってない。やっぱり二台目を買うのはちょっと苦しいからな」

「よかったデス、じつはもう注文しちゃってるんデスヨ。ミラカもお金持ちではないので、小型のタイプのデスガ」

 胸をなでおろすミラカ。

「そうか、こっちは注文しなくて正解だったな」


「よかったデス」

 ミラカがニッコリ笑う。

「ニッポンの夏の夜は寝苦しいデス。編集長、いつも暑い部屋で寝て大変デショウ? ずっと昔にニッポンに来た時は、もっと涼しかった気がしたのデスガ……」


「そうだなあ、お前は気が利くなあ。ところで、昔っていつだ?」


「江戸時代! サムライ! チョンマゲ!」

 刀を振るポーズをしたり、髪を束ねてチョンマゲを作るミラカ。


「黒船にでも乗って来たのかよ」

 笑いながらツッコミを入れる。やっぱりコイツの長寿設定はウソかホントか分からん。

「そのときは、何しに来たんだ?」

 江戸時代かどうかはともかく、遠く離れた日本に何の用事が?

「エヘヘ、ちょくちょく家出をしてマシテ……」

「そうかい……。でも、なんで日本なんだ?」

 ちょくちょくする家出だ、理由はとてもしょうもなさそうだ。


「単に遠くに行きたかったからデス。ヨーロッパだと魔女狩りやヴァンパイアハンターがありマシタシ、キリスト教の無い島国はヴァンパイアが隠れ住むには便利ナンデス」

「西洋の人間が来たら江戸幕府に目を付けられたりしなかったのか?」

 ネタにマジレスというヤツだ。


「“踏み絵”はやらされマシタネー。平気で踏みましたケド。ヨーロッパでそんなことすると魔女扱い間違いナシデス。魔女どころかデビルデス。畏れ多くて踏めないなんて言うと、今度はヴァンパイアだって言われマスケド」

「魔女狩りの話は知ってるが、ヴァンパイア狩りの話は知らんなあ」


 魔女狩りはオカルト・宗教学・歴史・創作どこでも見かけられる誰でも知ってるもので、史実でもある。

 俺もオカルトに足を突っ込んでいるから、いくつかエピソードを知っている。


「処刑された人が、本当に魔女やヴァンパイアだったのかは分かりマセンケド。どちらにしても、理由はいろいろあったそうデス。異教を排除するため、よそ者を排除するため、村の規律のため……」

「単なる痴話ゲンカや集団ヒステリーから起こったって話も聞くな。中には自分から魔女だと言い出す子供までいたとか」


「魔女狩りは当時の祖国では、ほとんどありませんデシタガ、でもミラカたちはヴァンパイアですから、目を付けられたらオシマイなのは一緒デシタ。家出をするにしても、ヴァンパイア病やキリスト教の無い土地でなければダメですから、ハゲチャビンの船に忍びこんで来たんデス。ニッポンは変わってマシタガ、意外と住み易かったデスヨ」


「ふーん」

 ハゲチャビン? 俺は教科書に載っていた写真に髪の毛を書き足してやったのを思い出して微笑した。


「なので、昔は日本に移り住んだヴァンパイアは多かったらしいデス」

「マジか」

 そんな話は初耳だ。日本の怪異譚に吸血鬼に類似する話なんてあったっけな?


「モチロン目立つのはよくないので、隠れて住んでマシタネ。山で動物を獲って暮らしてマシタ。当時は山か海があればどこでも暮らせマシタ。山を選んだのは隠れやすさと太陽から守ってくれる木陰が理由デス。でも、たまーに故郷のパパとママが恋しくなったりシマシタネー」


 サバイバル生活をしみじみと語るミラカ。見かけに反してタフなヤツだ。


「今は平気なのか?」

「今はあまり寂しくないデス。編集長や皆さんが居ますカラ! パパとママはスマホ持ってないデスケド、住所くらいは記憶しているので、お手紙なら書けマスヨ」

 照れくさそうに笑うミラカ。「居場所がバレるので書きませんが」と付け足す。

「その気になれば今の時代はどこでも行き来できるからな。なんなら手紙を書いてスマホ買ってもらって、連絡とれるようにしてもらう手もあるぞ」

「アー。ヴァンパイア病の人のための団体があって、ミラカたちもそこに所属してるんデスガ、メンバーはスマホが禁止されています。ケータイもダメデス」

「そんな決まりがあるのか。電波に乗ってウイルスがうつるとかか?」


「アハハハハ! ナイナイ、何言ってるんデスカ編集長」

 盛大に笑われた。


「じょ、冗談だよ……」


「ヴァンパイア病は、ある意味では“不老不死”に当たるものデス。デスガ、病は病。これが広まっていいはずがアリマセン。この病気が現れてから、すぐに団体が結成されて、不老不死を狙う者から隠し続けているのデス。いつの時代になっても不老不死を求める人はあとを絶ちマセン。“連中”は通信を傍受シマス。だから、ミラカたちはスマホを持たないのデス」


「連中? また胡散臭い話になってきたな」

「便宜上そう言っただけデス。某財団のかたとか、どこかの国の王様や、独裁国家の大統領、科学者、お金持ちの女優さん、不老不死を狙う人はたくさんいますカラ」

 ウイルスの不老不死効果がマジモンだとすれば納得の行く話だが……。


「ん、ちょっと待てよ? それだと、『オカルト寺子屋』で本当のプロフィールを書いて顔出しもしてるのはマズくないか?」


「ハッ!? ……アー。……アッハッハ! 誰もあんなの信じマセンって!」

 自分で風呂敷を広げといて言うか。


「大丈夫なのか? ま、どっちにしろ、特殊な事情ってのは分かったし、別に俺としては、これからもここに居てくれていいからな。ハルナやヒロシ君だってそうだ」

「エヘヘ、アリガトウゴザイマス。これからもお世話にナリマス」

 ミラカはベッドから降りて膝をついて頭を下げた。


「おう。というか、俺のほうが世話になってるくらいだからな。おもてを上げてくれ」

「ヘヘエ。そういう次第で、近いうちに感謝のしるしとして贈り物をさせていただきマスので、どうぞお納めくださいませ……」

「苦しゅうないぞ。涼しい部屋で眠れる日を楽しみにしてる。ま、それはいいとして、ハルナとはさっさと仲直りしとけよ。お前らが浮かない顔してると、こっちまでテンションが下がるからな」


「ヘヘヘ……善処シマス」

 顔を上げたミラカは少しぎこちなく笑った。


********


 それから数日後、ミラカからの贈り物が届いた。

「ジャーン! 見てクダサイ! こちらがミラカ・レ・ファニュが梅寺アシオさんにお贈りする、小型のクーラーでゴザイマス!」

 数十センチ丈の据え置きタイプの白い箱。吹き出し口から冷たい空気が吐き出されている。


「ほう、確かにこれなら冷えそうだ」

 ひんやりとした空気は、直接手に当て続けると痛いくらいだ。


「しかも、除湿機能付きデス!」

 ミラカがスイッチを押すとクーラーが「ピッ」と返事をする。


「この部屋も窓が小さいうえに隣がビルデス。ジメジメすると寝苦しいデショー?」

「おっしゃる通りだ。この前の晩なんてサウナかと思ったからな」

 俺は贈り物の嬉しい機能に笑顔でうなずく。


「さらに! このクーラーにはもうひとつ素晴らしい機能がゴザイマス!」

「ほう!」

「ちょっと編集長、クーラーにお尻を向けてクダサイ」


「え、お尻?」

 俺は素直にクーラーに背を向ける。


「ささ編集長、景気よく“ぶぅ”とかましてやってクダサイ」


「は!? 何言いだすんだお前?」

 急に幼稚なことを言い出す娘に恥ずかしくなる。

 当然、屁など出したいときに出るハズがない。


「ヘヘヘ、これが本命デス。なんとこのコンビニクーラー、フフッ……! 脱臭機能まで付いており一二八〇〇円! 超お買い得デス! ナマゾンさんの夏のセールで見つけマシタ! これで、編集長のくっさい……ブフッ! くっさいオナラもダイジョーブ!」


 口上を述べ切る前に笑い始めるミラカ。



 ピッ!



 特に操作もしてないのに脱臭機能が稼働し始めた。


「ギャハハハハ! 動きマシタ! 面白ーっ! イッヒッヒ! ウケるー! 買ってよかったデス!」

 床をバンバン叩きながら笑い転げるミラカ。


 ……ひょっとしてコイツ、最初からこれをやるために買ったんじゃないだろうな?


 ピピッ! クーラーが「ゴー」と音を立て始めた。


「……ハイパワーモードになりマシタ! イヒッ! ダメ! ヤバいデス! 編集長クサいデス!」


 どう考えても不良品だ。俺は屁などしていない。


「アッハッハ! 最近の家電は賢いデス! ヒッヒッヒ!」


 俺はいくつかの意味で気持ちをサゲながら、爆笑するアホ娘のアタマをひっぱたいた。


********


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