事件ファイル♯09 追跡! 放浪娘のウラの顔を突き止めろ!(5/6)
さいわいなことにミラカはまっすぐ事務所に帰っていた。
俺が戻ったときには台所のテーブルに焼き鳥屋のエプロンとバンダナが投げ出してあり、本体はベッドに腰かけ、ニワトリを膝に乗せていた。
「大丈夫か?」
「ハイ……平気デス」
ミラカは虚ろな目で宙を見ながら茶色い羽毛を撫でている。
彼女の手には既に絆創膏が貼られていた。
「俺が訊いたのはケガのほうじゃないぞ」
彼女の横に腰かける。
「ゴメンナサイ……」
「俺は謝られるようなことされてないが?」
「……ハルナちゃんに、嫌われてしまいマシタ」
「そんなことは無いさ。ハルナも忙しくてイライラしてたんだろ」
「今日は私、失敗が多かったし……」
「そうか、そういう日もあるさ」
「お友達だったのに……」
ミラカは膝の上の鳥を抱きしめる。「コケッ」と悲鳴をあげるテリヤキ。
「“だった”じゃないだろ、別に」
「私、こういう身体デスカラ、ヒトと時間の感覚が少し違いマス。どこかで知り合いを作っても、次に会った時には大人になっていたり、おばあちゃんになっていたりシマス」
「不老不死なんだっけか」
「そうデス。だから知り合いは、そのうち“仲間”以外、みんな居なくなってしまいマス」
「ツラいな」
「ハルナちゃんやヒロシ君は新しいお友達デス。マスターやオーナーもお友達」
「俺も友達は少ないほうだ。お前のせいで最近増えたけどな」
「私はまた減っちゃいマシタ」
テリヤキに顔を埋める娘。
「故郷でも学校に通ったりもしてみマシタガ、どうも馴染めませんデシタシ。太陽がダメなので野外の授業にも出れマセン、お友達とどうやって仲良くしたらいいか分かりマセン。仲直りも分からないデス……」
テリヤキが暴れてミラカの手から逃れた。
「距離感かあ。俺も若い子との距離感は分からんが」
最近思い知ったことだ。
今の自分が子供時代と地続きと感じていても、やっぱり感覚がオトナになってしまっている。
と言うよりは、オトナは変わらず、新しい世代がオトナたちとは違うのだろう。
言葉をマネしたくらいじゃ、若い連中とのあいだには大きな溝が横たわったままだ。
「ミラカはちょっと隠し過ぎじゃないか? ヴァンパイアって自称する割には、ウイルスのことは黙ってたんだろ? 飲食店に勤めるのに、それはマズかったかもな」
俺はテリヤキを眺めながら言う。
彼女は部屋に落ちた自身の羽を見つけて、それをつつき回して遊んでいる。
「どうせ信じてもらえマセン」
ミラカの視線を感じる。
「俺か? 信じてないのに気をつけたりはしないぞ。“ヴァンパイア病”は信じてる。ヴァンパイアってのは信じてないけどなー」
俺は軽薄に白状した。
「ンー。それはイコールなのデスガ……」
「それに、お前は俺と上手くやれてるじゃないか。たまにケンカするけど」
「編集長はお友達じゃアリマセン!」
腰を浮かせいきり立つミラカ。
「ガーン。ちょっと傷ついたぞ」
「ゴ、ゴメンナサイ。エッと……。友達より特別デス」
ミラカは座り直し、照れくさそうにつぶやいた。
「そうか。ありがとう。まあ、最初はお互いに色々気をつかってたからなあ。今は家族みたいなもんだな」
横の娘は「にへら」と顔を溶かした。それからお得意の腹の音。
「お腹空きマシタ……」
「“まかない”じゃ、全然足りてなかったんだろ? 昨日も腹空かせてたしな」
「ヘヘ。今日はまだ食べてマセン。編集長はお見通しデスネ」
「時間あるしB・Tにでも行くか」
俺はスマホを見る。ハルナはまだ仕事中だろう。
「編集長、さっきご飯食べてませんデシタ?」
「みなまで言わせるな。俺は食わん。お前のために行くんだ」
「スミマセン……」
謝りつつも立ち上がるミラカ。
「“すみません”じゃない。“ありがとう”だ。お前は欧米の人間のクセにごめんなさいが多いな」
「故郷ではソーリーはけっこう使いマス。ちょっとすみません、とか、もう一度お願いしますとか」
「ほー。日本人と同じだな。海外からはけっこう言われるらしいぞ。そこはソーリーじゃなくてサンキューだろって」
「謙虚なのは日本人の美徳デス」
「卑屈なだけじゃないか?」
「編集長はもっと愛国心を持ってクダサイ」
「愛国心ねえ。あんまり考えたことないな。そういうことを言うと日本じゃ右翼だの左翼だのうるさい」
「それはヘンデスネ。もうちょっと自分の思うコトくらい主張してもいいと思いマスヨ」
「かもなあ」
この国の好きなところか。世界的に見て恵まれてる気はするが、実際は文句と皮肉以外、思いつかないな。
「アノ、編集長?」
俺がベッドに座り込み考え込んでいるとミラカが腕を引っ張った。
「ん? なんだ?」
「行かないのデスカ?」
「そりゃ、まだ聞いてないしな」
俺はミラカの目をじっと見つめた。
「ウ……見つめられると照れくさいデス」
「言わなきゃいかんぞ」
「……アリガトウ」
「よろしい」
********
ハンバーガーをパクつく娘を眺め、寂しいサイフの中身を眺め、それから自宅に帰る。
「お、やっと解除されたか」
スマホの振動。ハルナからのメッセージだ。ブロックが解除されている。
『お客さん引けたし抜けれそうです。公園来れますか?』
「ハルナから呼び出しだ」
横で本に目を落としていたミラカが自身のスマホを確認する。少し目が伏せった。
『すぐ行く』
『ミラカちゃんも連れてきてください』
俺はスマホをミラカに見せて画面を指さす。ミラカは首を振った。
「分かった。今回は俺が代わりに事情を説明してくるよ。構わんよな? 俺が知ってる範囲の話は全部してしまっても」
「……ハイ。お願いシマス」
『ミラカは抜きで。その代わり、ヒロシ君も連れて来てくれないか? ちょっと聞いておいてもらいたい話がある』
『分かりました』
「言っちゃっても、大丈夫カナ……」
ミラカがつぶやく。
「大丈夫だ。俺もお前にはもっと聞きたいことがあるがなあ。その辺はおいおい話してくれるのを期待してるぞ」
「善処シマス」
ミラカは力なく笑った。
「んじゃ、行ってくる。お前はもう風呂入って寝てろ」
俺はそう言い残して事務所をあとにした。
小走りで公園に向かうと、ベンチにハルナとヒロシ君が居た。
「おう、またせたな」
俺は手を上げて挨拶する。
「あたしたちも今来たところ」
ハルナは座ったまま応じた。
「家のこと片づけてたので遅くなりました」
ヒロシ君が言った。
「ええと、早速だが。ミラカがキミたちに迷惑を掛けたな。スマンかった」
俺は頭を下げる。
「ううん。あたしも忙しくて頭に血が上ってたから。お父さんにも叱られちゃった。素人の子供に手伝ってもらってるのにその態度は無いだろって」
「子供かあ」
俺は苦笑する。
「今更なんだけど、ミラカちゃんって本当はいくつ?」
「そう、それなんだよ。その話でヒロシ君にも来てもらったんだ。キミたちはミラカの“友達”だからな」
俺はベンチに座り、話を続ける。
「アイツは子供じゃない。三百十六歳だ」
「センパイ、マジで言ってます?」
「クソマジメだ。パスポートもその生年月日で公式に発行されているし、大使館にも確認が取れてる」
俺はミラカから借りてきたパスポートをふたりに見せた。
「見せられてもよく分かんない……。ホンモノっぽいケド……」
「精巧な偽物という可能性は?」
ヒロシ君が疑う。
「無い。ヒロシ君、宇宙人の不審者の件のときにみんなで警察に行っただろう? あの時に俺たち全員の身分は照会されてるんだよ。それでも、俺もミラカも逮捕もなにもされてないだろ? 普通に考えりゃ、俺のほうが誘拐犯と思われてもしょうがない」
「なるほど……」
ヒロシ君はメガネをズラしてこめかみを掻いた。
「でも、どう見たって三百十六歳じゃないじゃん。あたしより若いまであるよ」
ハルナの声は抗議を孕んでいる。
「そもそも高齢の世界記録だって百二十歳とかですよね」
ヒロシ君も同じく。
「若い理由も説明する。関係機関からのお墨付きの説明があってな。ミラカはな、ちょっと変わった病気なんだ。一般には認知されてない病気で、特殊なウイルスに全身を侵されている。ちゃんとした病名があるのか知らんが、ヴァンパイア病と呼ばれてるものだ」
「ええ、マジで? それってサイトの設定でしょ?」
「サイトのプロフィールに書いてあるウソはひとつだけだ。それもあとで説明する」
ミラカが俺の遠戚という部分だ。
見れば分かる気もするが、なにげに一番説明しづらいトコロだが。
「ヴァンパイア病のウイルスはな、体内の血液や免疫機能を破壊してしまう。でも、それじゃ宿主は死んでしまうし、ウイルスも増えることができないから、ウイルスが免疫の代わりを務める」
「体内で免疫とすり替わって仲間を増やすからヴァンパイア病なんですね」
ヒロシ君がメガネをクイッとした。
「それだけじゃないんだ。ウイルスだって栄養がなければ増殖できないだろ? 血液をエサにするだけあって、宿主に吸血衝動を起こさせるそうだ」
「ガチのヴァンパイアってこと?」
「怪物や妖怪的な意味では違うと思うがな。実際に血を吸っているところは見たことないし。ウイルスの維持は血液の摂取でなくとも、大量の食事で補うことができる。自身の造血能力で補うワケだな。特にたんぱく質が重要だから、肉類は欠かせないらしい」
「ミラカさん大食いですもんね……」
「確かに。あの子、ありえないくらい食べるクセに、全然太らないよね」
やっぱり抗議するように言う女子高生。
「だがどうもな、普通の食事だけじゃ補えない部分があるらしくてな……」
俺は話すかどうか少しためらう。
隠しカメラで見た吸血鬼娘の奇行。豚のレバーをナマのままで口にする姿。
「たまにな、ナマのレバーを食ってるんだ。これは盗み見たもんだから、彼女は俺が知っていることに気付いていないと思う」
「それって……」
ハルナが黙り込んだ。
「ナマって、鶏肉のですか?」
焼き鳥屋の息子が訊ねる。
「俺が見たのはブタだったな」
「ブタは危ないですよ」
「そうだな。かなり味わうように食べてた。顔もちょっとヤバい感じだった」
「ヤバいって?」
ハルナが訊ねる。
「ヘマトフィリアってヤツだ」
俺はそれだけ言うと深くは説明しないでおいた。
ヒロシ君がスマホで検索し「ああ……」とつぶやく。
ハルナもそれを覗き込んで「なるほど」と言った。
「厨二病ってヤツですね。ミラカさん中学生っぽいしなあ」
ヒロシ君が苦笑した。
「ヒロシ、違うよ。多分マジのヤツだよ」
ハルナが言った。彼女の顔は大まじめだ。
「あたしね、見た……んだと思う。裏で作業してるミラカちゃんに、痛んでるお肉を捨ててもらったことがあるんだけど、それをナマで口に入れた気がしたんだ。絶対あり得ないから、見間違いだと思ってスルーしてた。ハツだったよ」
ハツ、ハートやこころと呼ばれる部位。心臓だ。
「そうか、多分見間違いじゃないな」
「そんなことしてお腹大丈夫なのかな……」
「ヴァンパイアウイルスは免疫としてかなり優秀だ。それに老化も防ぐらしい」
「だからあんなに若く見えるってこと?」
「その辺は本人の談だけで、確証はない。何年も顔をあわせていれば、そのうちに分かると思うがな」
「ふーん……。イイじゃん、あたしもヴァンパイアなろっかな」
「いいことばかりじゃないぞ。ヴァンパイア病と呼ばれるだけあって、ダメなものも多い。まず、日光がダメだ。長時間、日光にさらされると、ウイルスが弱ってしまう。身体の維持や保護をウイルスに任せているから、一気に体調が悪くなるんだ」
「そっか、麦わら帽子……! いつも被ってるし、お気に入りなだけだと思ってた」
「遊ぶのも、屋内が多いですよね」
「ミラカは前に帽子を無くして倒れたことがある。次に、ニンニクがダメだ。特にニオイがもう生理的にダメみたいだな。生のネギ類も苦手だと言っていた」
「なるほど。“アリシン”じゃないですかね」
ヒロシ君がスマホであたりを付けたようだ。
「殺菌成分の一種で、ニンニクやネギに含まれるようです。加熱すると壊れるらしいですけど」
「だから食っても割と平気なワケか。よほど食べ過ぎなきゃ平気なんだとさ。身体が反応して、えづいたりしゃっくりが出たりはするようだが」
「それも心当たりある。まかないで作ってあげたチャーハン、にんにく効いてたからなあ。ミラカちゃん、美味しいって言ってくれたケド、しゃっくりしてた。無理してたんだね。あたし、悪い事しちゃった」
ため息をつく娘。
「隠してたミラカにも問題大アリだがな。俺もちゃんと話してなかったし、スマン」
「でも、そこまでいくと、ヴァンパイアみたいだからヴァンパイア病なんじゃなくって、逆かもしれませんね。病人のほうが本家の由来かもしれません。そういえば、キバもちゃんとありますが、アレにも意味が?」
ヒロシ君が訊ねる。彼の目には深刻さが消えて、好奇心が支配している。
「キバか。それは聞いてないなあ。考えられるとしたら、相手に噛みついて血を流させやすくする、くらいだが……」
「キバなんて、ハロウィンとか撮影用のつけキバだと思ってた。ちょっ……!? ウメデラ先輩、首になんか跡がついてないっすか!?」
ハルナが青い顔をして俺を指さした。
「マジか!?」
「ウソですけど」
「驚かせるな。今は冗談を言う流れじゃなかったぞ」
「ヘヘ、スンマセン。でも、ちょっと安心しちゃって。だって、いい子だと思ってたのに、食べ物を粗末にしてたのすごいショックだったんだもん。見る目変わっちゃうところだった。せっかく友達になれたのに」
ハルナの右手はスマホを強く握っている。
「そっか、そうだよな」
うなずく俺は安心していた。
彼女のことを洗いざらい話しても見る目が変えないでいてくれるのなら、それでいい。
「ミラカはハルナに嫌われたと思ってるぞ」
「だよね……。あたしも謝んなきゃ……」
「俺はミラカの事情を話しに来ただけで、そっちのほうはキミたち当人同士の問題だからな。ミラカはミラカでちゃんと謝らなきゃならんし」
ハルナは「ウッス」と返事をした。
「うあー……でもどうしよう。なんて言って謝ろう。うわー!」
返事もつかの間、すぐに頭を抱え始めた。
「アイツも、どうやって仲直りしたらいいか分からないって言ってたな」
俺は思わず苦笑する。
「それなー! あたし、学校の友達とかでも、最初からトラブらないようにしてるし、ケンカも謝罪もほとんどしたことないんすよ!」
からからと笑うハルナ。
横でヒロシ君が「よく言うよ、俺とケンカしまくってるし謝らないクセに」とぼやいた。
俺も何度かケンカや謝罪をされた記憶があるが。
「なんか考えよう。ミラカちゃんにごめんなさいのサプライズパーティとか」
「そんな大げさな。それに、さっさと仲直りしないと、仕事が困るじゃないか?」
「平気っす。もともと今日までの約束でしたし。お母さんも明日には退院してきます。明日はお店も閉めるんで」
「そうか。それはよかった。難しい病気とかだったらどうしようかと思ってたんだ」
「どうしようかって、センパイ他人じゃん。優しいなー」
「知り合いの家族だからな。多少は心配するだろ」
「そうっすね。あたしも、別にお母さんが死んじゃうってワケでもないのに、すっごく不安だったんだ。だからミラカちゃんがお金が欲しいって話をしたときに、ついつい誘っちゃったの。前はそうでもなかったんだけど、美容師になるって決めてから、家の手伝いをすると、夢から遠のいちゃうような気がするようになっちゃって……。忙しくなるとそれで余計イライラしちゃったから、ホントは半分八つ当たりだったのかも」
ハルナは肩を落とし全身で落胆を表現した。
「それは仕方ないさ。目標が決まっても、長く続けてると不安になることもあるし、気持ちが揺らぐこともある」
「学校でも、この話したら、友達はみんな応援してくれたんだけど、夢見るなんてバカらしいって言った子も居たよ。夢と仕事は違うって。食べてくだけでも大変だろうにって……」
「ま、俺も食や金には苦労してるからな。その言い分も分からんでもないが。そういや、ミラカはなんでお金が欲しいんだ?」
いまだに教えてもらっていない理由。
「え、センパイ聞いてないんすか? 編集長が寝苦しくないようにエアコン買ってあげるんデス! って……あっ!」
手遅れになってから口を塞ぐ川口姉。
弟が「それ秘密だったろ!」とこれまた遅れた忠告。
「あー……そういうことだったのか。俺のためだったか」
それなのに俺は疑ってつけ回して……。
いやまあ、内緒にしすぎるミラカも悪い。他にやりようがあったハズだ。
「ちょっと待てよ? それなら、ミラカがボーっとして手を切ったのは、俺のせいかもしれんな」
「どういうこと?」
ハルナが首をかしげる。
「今日、俺はエアコンを買う話をしたんだ。結局は買わないことにしたんだが、ミラカはそれを知らずに仕事に行った。だからボーっとしてたんじゃないか?」
自分がプレゼントするつもりだったものを先に買われるワケだ。
ショックを受けて当然だ……。
「うわ、センパイサイテー」
「そんなこと言われてもなあ」
頭を掻く。結局は俺かい。仕方ないじゃないか。
「まあ、謎が解けてスッキリしたよ」
俺は息をつく。やっぱりあの子はいい子だ。
「ウメデラさん、まだ謎は残ってますよ。というか問題も」
川口少年がメガネをクイらせた。
「ん? なんだ?」
「ミラカさんの病気のことです。ウイルスに感染しているのなら、他者にうつる可能性があるんじゃないですか? うちはいちおう、飲食店なんですが」
ヒロシ君はきっぱりと言った。
「ああ、スマンスマン。一番大事なことを忘れてた。手洗いうがいと食器やタオルの供用に気をつけろ、程度のモノらしい。ミラカ本人からも、ヴァンパイアウイルスは体液中でなければすぐに死ぬから、あまり問題ないようなことを聞いてる」
「風邪以下ってコトっすね。でも、ちょっと残念だなー」
ハルナが言った。
「何が残念なんだ。保健所にバレたら営業停止処分とかになるかもしれんぞ」
「だって、お客さんがみんな大食いになったら大儲けじゃん? 病気もおおやけには非公式のものなんだし、保健所もセーフっすよ」
ニシシと笑うハルナ。俺と同じ発想をするな。
「そうか、その手があったか」
ヒロシ君まで……。
「まあ、ずっと死なないのも陽の下に長く居られないのも、かなりつらいモンだと思うから、安易にヴァンパイアになりたいなんて言うもんじゃないな。食費もバカにならん。いっしょに暮らしてると気をつけなきゃならんことも多いし」
「センパイはいっしょに住んでるんですもんね。キバとか生えてきてませんか?」
「今のところは平気だ。“ちゅー”とかでもせん限り、うつらんらしいし」
「あー、そっかあ。じゃあ、ふたりはアヤシイ関係じゃないんだ。安心したような残念なような。ヴァンパイアウイルスは、ブラジャー仮面の魔の手からミラカちゃんを守ってるんだね~」
「アホか」
俺はハルナのアタマをひっぱたいた。
「そもそも、ふたりは親戚だろ」
ヒロシ君が笑う。
「この際だから言うが、サイトのプロフィールに書いてある遠い親戚ってのはウソだ。アイツは赤の他人だ。見た目の都合からホームステイにするのが無難だからそうしてるだけだ」
「やっぱりね。ウメデラ先輩、全然外国人みたいにイケメンじゃないし」
ハルナをもう一度ひっぱたく。失礼なヤツめ。
「……いてて。まあ、そういうコトなら了解っす。これはオフレコっすよね?」
「もちろんだ。キミたちふたりが信用できる人間だと考えて話してるんだ」
「あたしたちだけの秘密ってイイっすね」
ヘラヘラ笑うハルナ。
「僕も了解です。というか、こんなオカルト界やヴァンパイア業界をひっくり返すような話をおいそれと話せませんよ。信じてもらえないでしょうし」
そう言いながらヒロシ君も楽しそうだ。
「正確にはウチのビルのオーナーのフクシマってヤツと、喫茶店のナカムラさんも事情を知ってる。ふたりには世話になってるからな」
世話どころか、彼らの証言がなければ俺は逮捕されていた可能性があるし。
「はーあ。仲直りはまだだけど。いろいろ分かって、あたしもスッキリしたかな。センパイも、バカっぽく見えてけっこうオトナやってるんすね~」
「姉さん失礼だぞ」
「そうだ。ミラカもなんだかんだ言って大人だからな。だから、彼女がウチに居ても法的に問題はない」
「ん? それはいいんすけど、ふたりは赤の他人なんすよね。だったら、どういう経緯でひとつ屋根の下に?」
ハルナが訊ねる。
「そりゃ、ミラカが住むところに困って助けを求めてきたからだが……」
「それって、事情を知る前ですか? あとですか?」
「知ってりゃ、こんなめんどくさいモン……あっ!」
俺は墓穴を掘ってしまった。
「センパイ、やっぱ誘拐じゃん。ロリコン」
久しぶりの侮蔑の視線。弟君のメガネの下からも感じる。
「ち、違う! 俺は捨て犬を拾うような感覚で……」
「はっ、ってことはもしかして、あたしのこともそういう目で!?」
自身の胸を掻き抱き、身を引くハルナ。
「無い、無いから! 大体、女子高生っても、もうじきオトナだろうが!」
「オトナだからオッケーってこと!? センパイキモーい!」
ハルナが笑ってベンチから飛びのいた。
ヒロシ君も「やれやれ」と言って立ち上がる。
「勘弁してくれ! ロリコンじゃないんだ! 本当に!」
「必死に否定するところがアヤシー!」
近所迷惑な笑いをあげながら逃げるハルナ。
「こらー、待てー!」
「あはは! センパイなんてヴァンパイアになっちゃえばいいのに!」
「僕は他人のフリをしてますね。では、お疲れさまでした」
ヒロシ君はあくびをひとつすると帰路につく。
ロリコン疑惑はともかく、このふたりなら大丈夫だろう。
俺はふたりと別れると、ミラカの居る自宅へと急ぎ足で戻った。
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