事件ファイル♯09 追跡! 放浪娘のウラの顔を突き止めろ!(4/6)
翌日、日曜日。
今朝もミラカはぐっすり眠っている。
俺は日課を待ちわびているテリヤキを連れ出すために部屋にお邪魔した。
「ヘンシューチョー……助けてクダサーイ……」
寝言かと思って振り返ると、俺に向かってぷるぷる震える腕を伸ばそうとしている姿がある。
「どうした? とどめ刺そうか?」
「ハイ、介錯を、って何でやねーん」
ツッコミを入れるミラカ。しかし、動きのキレは悪く、腕を動かそうとして悲鳴をあげた。
「アウチ! すっかり腕が上がらないデス……」
「そんなに疲れてるのか」
「朝はいちおう目が醒めるのデスガ、身体が痛くて動く気がしなくて……」
それで昼過ぎまで寝ているというワケか。
「それなら最初から焼き鳥屋のことを教えといてくれればよかったのに。家事でもなんでもするぞ」
ミラカは俺が日雇いのバイトでくたびれているときは、あれやこれやと世話を焼いてくれる。
普段から家事は任せ気味であるが、逆の立場の今なら俺が動いてしかるべきだ。
「ウー。できればナイショにしたかったので……」
呻きながら体を起こすミラカ。それから腕を持ち上げる。
「なんだ? キョンシーか?」
「違いマス」
キョンシーは腕を突き出したままそっぽを向き「マッサージ」とつぶやいた。
「しかたないな」
俺はスマホを使って手軽なマッサージ方法を調べてみる。
「早くー早くー」
手をブラブラさせるキョンシー。
「今調べてるんだ。適当にやると筋肉が傷ついてかえって逆効果になることもあるって、どこかで見たことあるからな」
「大丈夫デスヨー。マッサージなんて愛でどうにかなりマス」
「じゃあ、やっぱり正しい技術と知識で補わなきゃなあ」
「ブゥー!」
愛なき対応に不満を漏らすキョンシー。
「分かった分かった。お兄さんが愛の溢れるマッサージをしてやるから」
「エー。いやらしいデス」
「どっちだよ。やめちゃうぞ」
「ソーリー! 早く早くー」
俺はベッドで弾んで急かす小娘にマッサージを開始した。
「おひょっ。くすぐったいデス」
「動くな。やりづらい」
「アア~。気持ちイイデス」
「お前は風呂に入った爺さんか」
「アダダダダダ!」
「ココを押して痛い人は疲れているらしいぞ」
「ぶひっ、ヘンなところ触らないでクダサイ」
「いや、書いてある通りなんだが……」
「ア~。リンパの流れがよくなってきた気がシマス~」
「リンパがね」
「んっ……」
「ヘンな声出すな」
「ヘンなってどんなデスカー?」
「……」
「アーッ。黙った。スケベー!」
「スケベじゃねえよ。集中してたんだ」
待ちくたびれたテリヤキは自分で外出用のケージに入ったようで、ケージの中から「コッコッ」と抗議の声をあげた。
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「そろそろ、出ようと思いマス。晩御飯は適当に……」
「おう。いってらっしゃい。気が向いたらまた食べに行くわ」
俺は適当に返事をした。現在、腕を組んでノートパソコンと睨めっこ中だ。
やはりエアコンをもう一台買っておいても悪くないだろう。
貯蓄に響くから、ローンでなんとかしよう。
「ヘンシューチョー」
「なんだ?」
ミラカがこっちを見ている。俺は気にせず代金について考える。
「今日は訊かないんデスカ?」
「聞くって何をだ?」
クレジットカードを使うとやっぱり合計金額が上がっちゃうしな……。
「どこに行くのかーとか、何時に帰ってくるのかーとか」
「いや、知ってるし……」
お、販売店独自のローンとかもあるのか。
審査があるものの、こっちのほうがお得そうだな。
でも、そこまでするなら最初から事務室の業務用を検討したほうがよかったか?
経費として計上すれば、税金を節約できるんじゃないか? フクシマならその辺は詳しそうだな。
「エー、聞いてクダサイー」
「はいはい。どこに行くの? お友達のところ? 何時に帰るの?」
うーん。やっぱりニコニコ現金払いかなあ。
「何かチガーウ。ママみたいな聞きかデス」
「ワガママだなあ。俺は今忙しいんだ」
「パソコンと睨めっこしてるだけデス」
「大事な大一番なんだ。この睨めっこ大会に勝てばエアコンが安く買えるのだ」
俺はノートパソコンに向かって変顔を披露する。
「……エアコン買うんデスカ?」
ミラカが駆け寄り、ノートパソコンを覗き込んだ。
「おう。事務室のほうは高くつくから、俺の部屋にな。まあ、まだ迷ってるんだが……」
「ふうん……」
ミラカは興味を失ったのか、俺から離れると「イッテキマス」と言い残して出かけて行った。
けっきょく、エアコンは決まらなかった。
大手の家電販売店のサイトを使って小型エアコンの購入を検討したのだが、ローン審査うんぬんの前に、このシーズンは施工が込み合っていて、すぐには設置できない状況だった。
ミラカの部屋に設置したときも一週間も掛かった。
最近、猛暑だの熱波だのが予想されているせいで駆け込みの客が多いのだろう。
台風に室外機がぶっ壊されたなんて話も聞く。
「ま、しばらくはこれでいいか」
俺はミラカの部屋で忙しそうにしているエアコンを眺めて言った。
許可は得ていたとはいえ、プライドと倫理観が邪魔をして事務室のほうで頑張っていたのだが、俺もとうとう暑さに負けてしまった。
ナカムラさんが風邪でダウンしているから『ロンリー』にも行けないし、仕方がない。
まあ、ミラカの部屋とはいえ、彼女の私物はほとんどカギ付きのトランクに入ったままのようだし、タンスに衣類が入っている程度だ。
入ったから物理的にどうということはないだろう。
とはいえ、昼がなんとかなっても夜は暑くて寝苦しい。せめて扇風機でも買うかなあ。
「まだ、晩飯には早いな」
今日もまた『トリくびまいく』にお邪魔しようかと考えている。
それまでのあいだ、テリヤキと遊んで時間を潰す。
テリヤキもすっかり大きくなった。ひかえめのトサカ。
顎の下の赤い部分は肉垂と呼ぶらしい。
ナカムラさんが言うには、もうひと月くらいで卵を産み始めるそうだ。
今じゃすっかりこの部屋のヌシぶって、段ボールハウスから出て遊び回っている。
ミラカのアタマを巣にしていたのもずいぶんと前に思える。
ニワトリは家畜のイメージがあるもんで、懐いたり遊んだりしないモンだと思っていたが、これがなかなかそうでもなくて、ボール遊びや猫をじゃらすおもちゃにも反応をして面白い。
遊び疲れると、ちゃっかりエアコンの風が落ちてくる場所に居すわっていびきを掻いたりなんかしやがるし。
さて、ペットのニワトリの前でこう言うのもなんだが、俺はそろそろ焼き鳥を食べに行かねばならない。
俺は事務所を出て『トリくびまいく』に向かった。
焼き鳥屋は今日も繁盛している。金曜や土曜ほどではないようだが、日曜日も忙しいのがデフォルトなんだろう。
晩飯どきということもあって、昨日同様にほぼ満席。
俺はカウンターのスキマにお邪魔する。
俺を見つけて喜ぶハルナとさっぱりした挨拶を交わし、適当に注文をして店内やハルナたちを眺めて待つ。
「ねーちゃん、こっちに生ふたつ!」
「はあい」
「つくねまだ?」
「すぐ行きまーす」
「ねーちゃん、やっぱり生みっつ!」
「かしこまりましたーっ!」
客質が昨日より悪いせいだろうか、ハルナは昨日よりも忙しそうだ。
どことなく動きも荒っぽい。
「大変だな……」
終わったら労いの言葉でも掛けてやろう。
俺も居すわらないでさっさと食って出るか。
出されたハラミをかじりながら、ぼんやりと店の喧騒に耳を傾けていたら、ふと視線を感じた。……気がした。
なんだろう? 何か刺すような。寒気を覚えるような視線。
あたりを見回すが、みんなそれぞれ自分の串や話し相手に顔を向けている。
「気のせいかな……」
首をかしげる。
まあ、さっさと食って会計をすませよう。
俺はちょうどよく目を合わせたハルナに伝票のクリップを見せる。
彼女は俺を片手で拝んだ。「後回しにしてもいい?」ということだろう。
俺は黙ってオッケーサインを見せる。
するとまた視線。
カウンター席の端。壮年の紳士が串から黒い肉を外して箸で口に運んでいるのが見えた。
顔の彫りの深い、プラチナブロンドとグレーの瞳の男。
普段はマスクをしているから顔をしっかり見るのは初めてだが、あれはレイデルマートのサトウさんじゃないだろうか?
だが、彼は黙々と焼き鳥をバラして口へ運んでいる。
一度にまとめて注文したらしく、彼の席にはまだ多くの肉が残っている。見た感じレバーが多い。
箸で串をばらし、小さく口を開けて肉を放り込み。ゆっくり噛み、飲み下すと、日本酒に手を付ける。
なんというか、絵になるオトコだ。
女性にモテそうなオーラがある。箸の使いかたも上手だ。
日本語も綺麗だったし、やはり日本育ちだろうか。
そういえば、ミラカもレバーを好んでいる。サトウさんもじつはヴァンパイアだったりしてな。
よく見ればキバがちらっと見えたりして……。
「ちょっと! 何でそんな事したの!?」
カウンター奥の厨房からハルナの声が聞こえた。
客の何人かが声のほうを見る。
俺も腰を浮かして奥を覗き込もうとするが、よく見えない。
「食べ物を大事にするミラカちゃんらしくないよ!」
何かつまらん失敗でもしたか? ハルナはかなり激昂している様子だ。
「すまん、ちょっと頼めるか?」
急にハルナ父が声を掛けてきた。どうやら俺のことを覚えててくれたらしい。
ハルナ父の促しに従い、カウンターの裏の厨房に向かう。
そこには腰に手を当てるハルナの背中と、下を向いてるミラカの姿。
「なんだ、どうしたんだ?」
「……センパイ。この子、お肉捨てたんだよ。あたし見たもん。今日は忙しいのにずーっとぼーっとしてるし、なんかヘンだよ!」
ハルナがゴミ箱を指さす。
「捨てた? なんでまた……」
ミラカは黙って何も言わない。
両手を後ろにやって頭を垂れている姿は、怒られている子供そのものだ。
「どうしてそんなことしたの? なんで手を隠してるの? 見せなさい!」
ハルナは強引にミラカの腕をつかんで引っ張り出す。
「アッ……」
青色の使い捨て手袋の先が赤黒くなっている。
「手、ケガしたのか? 大丈夫か?」
俺が訊ねる。ミラカは黙って頷いた。
「そんなに深く切ってないじゃん。消毒してバンソーコー。センパイも大げさ」
ハルナの声には怒気が滲んでいる。
「ちょっとボーっとしてマシタ。それに、血がお肉に……」ミラカが言った。
「だからってこんなに捨てることは無いでしょ。ちょっとヘンだよ。もしかして、他にももったいないことをして……」
ハルナが追撃を掛けようとすると、ミラカは走り出して店を出て行ってしまった。
「ちょっと! ……もう!」
ハルナは追いかけようともせず、その場で床を踏みつけた。
「すまん、ハルナ。肉の弁償でもなんでもするから、今日は帰らせてやってくれないか?」
「は? ナシでしょ。こんなに忙しいのに? いつも甘やかしてるあたしがゆうのもなんだけど、センパイ甘すぎない?」
「すまん。そういうコトじゃないんだ。説明は後できちんとするから」
「そういうコトって、どういうコトですか?」
口元を引きつらせて言うハルナ。
「悪い。これ、俺が食った分のお代だ。釣りは小遣いにしてくれていいから。それと、肉は絶対に捨てろ。アイツの着てったエプロンとかも洗って返すから!」
俺はハルナの手に金を押し付けると、ミラカを追って店を出た。
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