事件ファイル♯09 追跡! 放浪娘のウラの顔を突き止めろ!(3/6)
ミラカは俺と視線を合わせはしたものの、すぐに仕事へと戻った。
状況が状況だ。話を聞きたいところだが、邪魔になってしまうだろう。
注文の品が来るまでのんびり観察だ。
ハルナ父は当たり前として、ハルナもなかなか手際よく仕事をこなしている。
オーダーを取って、品物を運んで、会計をして、空いた席を片づけて。
それからたまに厨房に入って串もの以外の支度をしたりしている。
焼き鳥屋とはいえ飲み屋だ、ギョーザを焼いたり、唐揚げを揚げたりもしているようだ。
ときおり酔っ払いが「しょうもないこと」を言うこともあったが、臆することもなく華麗にスルーしている。
父親のほうも娘への無礼にいちいち角を立てないようだ。
「ときどき手伝っている」とは言っていたが、これはちょっとそういう次元には見えない。
これだけ動けるのなら、どこの飲食店でもプロとしてしっかりと働けそうだ。
不愛想な父と違って挨拶も雑談もこなせる。看板娘という表現がしっくりとくる。
案外、客には隠れファンのようなヤツも居るんじゃないか?
一方で、ミラカはあまり店内に出てこない。
たまに“ついで”で客席に品物を届けることはあるようだが、大抵は裏から火の通る前の串を持ってきたリ、刻んだキャベツを持ってきたりしている。仕込みや串うちがメインなのだろう。
キャップとゴーグルマスクは少し異様な雰囲気でもある。
顔出しすればハルナを喰うくらいには人気が出るとは思うが、病気持ちなのだから仕方がない。
ヴァンパイアパンデミックなんてことになったらシャレにならない。ゾンビ映画じゃないんだから。
いやでも、全員がミラカ並みの食欲になったら、飲食店は大儲け間違いなしだな。
いっちょ彼女を使って一儲け……なんてな。
「おじさん、なんこつチャーハンひとつデス!」
俺がしょうもないことを考えていると、ミラカが注文を取り次ぐ声が聞こえた。
チャーハンもあるのか。なんこつチャーハン。食感がおもしろそうだ。
「ミラカ、俺もなんこつチャーハン!」
腹の空き容量がちと心配だが、知り合いのよしみもあるし、ここは相乗りしておこう。
「なんチャー追加デス!」
「こっちには生ふたつと鶏塩ラーメンふたつちょうだい!」
よそのテーブルからはラーメンの注文まで。
ラーメンもやってるとか、そりゃ忙しいわけだ。
「おっちゃん、スマイルひとつ!」
客の悪乗りか? ちらとハルナ父の顔を見ると、ぎこちなーい笑顔だ。
「お父さん! スマイルは、こう!」
女子高生が、にこっと笑ってみせる。
「ははは! 大将! ハルナちゃんはいい女将さんになるぞ!」
店内が湧く。
たまにこういう店に来るのも、悪くないかな。
俺はハルナたちの邪魔をしないように、弟のヒロシ君にメッセージを飛ばした。
『店は何時までだ? 今、食いに来てる』
『梅寺さん来てるんですか。うちは十七時から二十三時過ぎまでですよ。ラストオーダーは二十二時半!』
『ヒロシ君は手伝わないのか?』
家族経営なら就労しても違法ではないハズだ。
『僕は家事係ですね。手伝い自体はできますよ。串うちも焼きもできますし、鳥ガラからダシだって取れます』
『マジか。すげえ』
『調理実習では包丁を使う係で大活躍! 生命に感謝!』
よく分からんメッセージと共に両手を合わせている絵文字が連打されている。
『テリヤキ日記の最終回は任せてください』と冗談の追伸。
『勘弁してくれ。ところで、ミラカが働いていたんだが』
『知らなかったんですか? 僕はてっきり、それで来てくれたのかと』
『いや、何も聞いてない。適当に店に入ったらたまたまだった』
『ホントですか。面白い偶然ですね』
『なんで手伝ってるか聞いてないか?』
『さあ? 僕は何も。とりあえず助かってはいますが』
知らんのか、口止めされているのか。
『そうか。焼き鳥はウマかった。ごちそうさま。また来るわ』
『ありがとうございました!』
ほかにも気になることもあったが、これ以上詮索するのは気が引ける。
あとでミラカに聞いてみよう。
時計を見るとまだ時間には余裕がある。
昨日ミラカの帰りが遅かったのは華の金曜日だったからだろう。土曜なら同じく遅くまで手伝ってそうだ。
「お姉ちゃん、会計お願い!」
俺は一度引き上げることにする。
「誰がお姉ちゃんだ。センパイ、どうでした? いい店っしょ?」
苦笑いしながらハルナがやってくる。
「そうだな。お前もいい女将さんになれそうだぞ」
「えー? ホントっすか? でもそれはナシでお願いします」
美容師志望の娘は、マジでイヤそうな顔をして手を合わせる。俺を拝むな。
「まあ、ウマかったよ。ごちそうさん」
「……ありがとうございました! またのお越しを!」
看板娘は笑顔で俺を見送った。
一度事務所に帰り、閉店時間前を狙って店の前にとんぼがえり。『外で待ってる』とミラカへメッセージを送っておく。
二十分程度するとミラカが出てきた。
「よう、お疲れさん」
「ややっ、編集長。こんなところで! 奇遇デスネー!」
焼き鳥屋から出てきた彼女からは、香ばしいような脂っぽいようなニオイがする。
「メシは食ったのか?」
「ハイ。少しまかないをいただきマシタ」
「そうか、じゃあこれは要らんな」
俺はB・Tの袋をさも残念そうに眺めた。
「エッ!? 要りマス要りマス! 全部食べマス!」
「だろうな」
俺は苦笑しながら袋を手渡す。
ミラカは袋を受け取ると礼を言い、すぐに手を付け始めた。
いくらまかないが出るといっても、コイツの胃袋に十分な量が出るとは思えない。
外向きでは謙虚なコイツのことだ、たぶん腹を空かせたままだったのだろう。
「ところで、なんでここで働いてたことを黙ってたんだ? 別に悪かないだろ」
家路を行きながら質問タイムだ。
「エーット、それはー……」
「何か事情があるのか? 確かにお前の食費が家計を圧迫しているが、やっていけないほどじゃないぞ」
「エヘヘ」
笑いながらハンバーガーをかじるミラカ。
「……まさか、帰るための旅費を貯めてるとか?」
「ノー! 違いマス! それは……違いマス」
うろたえるほどの否定。それから「帰れマセンシ」とポツリ。
「何で帰れないんだ? 別に帰れとは言わないが」
「ヘヘ……」
乾いた笑い。答えたくないのだろう。
「ふーん、なるほどな。……分かったぞ。帰れない理由が」
「エッ!?」
ミラカは驚いてハンバーガーを落としそうになる。
「家出してきたんじゃなくて、追い出されたんだろう? 家の食い物を全部食べつくして、とうとう家具までかじり始めたとか」
「失礼な! ミラカ、そんなことしマセン!」
「アイスの棒まで食うクセに?」
「アレは歯がむず痒かったので!」
「お前、イスもかじっただろ」
台所の食卓に置かれたイスは木製だ。この前、背もたれに歯形が付いていたのを見つけていた。
「し、知りマセンネ~」
ヘタクソな口笛を吹くミラカ。
「まあ、それは置いといて。同居人なんだ、家を空けるときはちゃんと理由や行先くらい教えておいてくれ」
「エー。編集長もこの前、ひとりで勝手にアパートに行っちゃいマシタ!」
不満げな声。
「アレは悪かったって。カンベンしてくれ」
「ミラカも連れて行ってくれればよかったのに」
「行っても寝る場所ないだろが。だけど、俺も心配してんだって。夜に独り出歩くことってなかったし。前に、変質者にさらわれそうになったりもしてるしさ」
俺は素直に気持ちを伝える。ちょっと照れくさいが。
「フフン」
鼻を鳴らし顎をしゃくって俺を見るミラカ。
引っぱたいてやろうか。した手に出るとすぐにこれだ。
「編集長は、ミラカが大事なんデスネー」
「アホか。ヨソに迷惑掛けてないか心配なんだ」
「迷惑かけてないデス! 編集長も見たデショー!? ミラカの華麗なお仕事テクニックを! 肉をこう、シャッシャッ! 串に通して、キャベツをダダダダッ! って千切りに……」
ジェスチャーを交えて解説するミラカ。抱えたポテトがこぼれそうになる。
「見てないぞ。ほとんど裏に居たじゃないか」
「……ソーデシタ。ガックシ」
肩を落とすミラカ。
「まあ、見えてた分ではちゃんとできてたかな。チャーハンはミラカが?」
「ソーデス。同じ味にできてるか心配デスガ、美味しかったデスカ?」
心配そうに訊ねるミラカ。
「初めて食ったから同じかは分からんが、ウマかったぞ。繰り返し食べたい」
「よかったデス! ミラカ、日本の料理のコトはあまり詳しくありませんカラ」
「そうか? 家でもきっちりやってるだろ。この前のパスタもウマかったし、いつも……」
俺は、はっと気づいてミラカを見た。
すでにこちらを見上げて鼻息を荒くしている。
「フフン」
「分かったから。いつも感謝してます」
「分かればヨロシイ」もう一度フフン。
「焼き鳥もウマかった」
「おじさんはめっちゃすごいデス。焼き鳥のプロフェッショナルデス! 前世は焼き鳥だったのデハ!?」
「前世が焼き鳥って、どんなだ。ハルナもしっかりやってたな」
俺は普段のバカっぽい女子高生とは違った顔を思い出しながら言った。
「ハルナちゃんもめっちゃすごいデス。メモも取らないで全部やりマス。でも、怒るとちょっと怖いデス」
「んー? やっぱり迷惑掛けてるのか?」
「……スコシ」
ミラカは人差し指と親指のスキマで表現する。
「でもダイジョーブ! 失敗は最初のうちだけデシタ! 今はミラカもプロデス!」
胸を張る娘。
「そうか、それならいいんだが。ところで、ハルナたちのおふくろさんが見当たらないよな」
これが気になっていたことのひとつ。
片親ということは無い。以前、不審者の件で警察に行ったとき、川口少年を迎えに来た彼女に会っている。
「ハルナちゃんたちのママは、入院してるらしいデス」
「なるほど。それで姿が見えないのか。難しい病気なのか?」
「ウーン。そこまでは私も聞いてマセン」
「そうか」
「それでハルナちゃんも大忙しなんデス。ヒロシ君もお家のことをしているので、二階でヒーヒー言っています」
「だから手伝いを始めたのか?」
「ウーン。ちょっと違いますケド。それと、手伝いではなく、ちゃんとしたバイトデス!」
「なんだよ。けっきょくナイショかー?」
俺はミラカの脇腹をつついた。
「おひょっ。ナイショデス。ナイショのアルバイトデス」
「いかがわしい表現だな」
俺はもう一度つつく。彼女の腰が逃げる。
「おひょっ! やめてクダサイ。くすぐったいデス」
「隠し事をしている罰だ」
そう言ってしつこくつつき回す。
「キャー。この人痴漢デスー」
住宅街、小声で悲鳴をあげるミラカ。
「ちょっ、それはズルいぞ」
小癪な娘は小走りに俺の先へ行き、振り向き言った。
「ミラカの勝ちデス」
「ちゃんと前見ろ、危ないぞ」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ」
「お前はちょっとドジなとこあるからなー。よく転ぶし」
「転びマセーン……あわっ!」
さっそくつまづくミラカ。
「後ろ向きに転ぶと危ないぞ」
俺は彼女に追いつき前を向かせる。
「ほれ、さっさと帰ろう。俺はもう疲れた」
「エーッ!? ミラカのほうが疲れてマス!」
「そうだったな。帰ったらマッサージをしてやろう」
「それはさすがに遠慮しておきマス」
「何だ、残念」
「ザンネンって何デスカ!? 編集長、やらしーデス!」
「知らなかったのか、俺はやらしいんだ」
「この人、痴漢デスー」
また小声で叫ぶミラカ。
「ははは、冗談だ」
「モー」
俺たちは夜の住宅街を、近所迷惑に帰りゆく。
ともかく、ミラカの外出は、俺の心配していたようなことでなくていかった。
万が一、ヴァンパイアの発作的なものがでて、夜な夜な出歩いて人を襲っている……とかだったら俺はどうしたらいいか分からんかったぞ。
「早く帰りマショー。今日も忙しかったので、お腹が空きマシタ!」
ヴァンパイア疑惑の娘はキバを見せて笑った。
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