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事件ファイル♯01  オカルト! 美少女吸血鬼は実在した!(5/6)

 バーガー・シング店内。

 陽が沈んでからあまり時間が経ってないからか、学生や親子連れなどもちらほらと見える。

 賑やかなのは同じだが、通りの方とは違って、ある意味落ち着いた印象だ。


「ふっふーん♪ B・T♪ B・T♪」

 カウンターでメニューと睨めっこする金髪娘。

「ご機嫌なのは結構だが、あとがつかえてるぞ」

 俺たちの後ろには列ができている。レジはひとつではないが、時間帯が時間帯だ。

「オー! ソーリー! ゴメンナサイネ!」

 ミラカは後ろを振り返り謝る。俺たちの後ろで「外人の女の子だ」とささやく声。


「それじゃー、この『コクーンバーガーセット』と『蛍光シェイクのピンク』クダサーイ!」

 コクーンバーガーはB・Tのポピュラーな商品だ。

 バーガーとはいうが、野菜とソーセージを柔らかい生地で包んだシロモノだ。

 見た目が繭のようだからそういう名前になったらしい。

 蛍光シェイクのピンクはその名の通り、どぎついピンクをしているシェイクだ。

 こんな色をしておきながらも合成着色料は使用していないとか。

 ピンクはストロベリー、イエローがバナナ、グリーンがメロンという感じで、バリエーションもある。ただし、春の限定商品だ。


 ちなみに我々大人は、コーヒーと何の変哲もないチーズバーガーのセットにした。

 商品ができるのを待っているあいだ、ミラカはカウンター内で忙しなくしている店員を眺めていた。


「はあ、ミラカも店員さんやってみたいデス。制服も可愛いナー」

 物憂げなため息。キバがちらりと見える。

「助手だけじゃなくて、バイトで稼いできてくれても構わんぞ。面倒なことになっても知らんが」

「ダメなんデスヨー。ちゃんと書類が要るお店は突っぱねられマス」


「お前それ、やっぱりヤバいヤツだろ」

 ちらとフクシマの顔を見る。ノーリアクション。

 サングラスを着用していて目の色は分からない。腹の底では笑っていそうだが。


 商品を受け取ると、席を探しに店内をうろつく。ちょうど女子高生の一団が帰って行くようで、俺たちは運良くすぐに着席することができた。

 もちろん、すれ違いざまに「見て、外人の子だよ。カワイー!」の置き土産を頂いた。

 俺もB・TでJKにカワイーされたい人生だった。


「とうとう、憧れのB・Tが食べられマース!」

 ハンバーガーの包みを持ち上げて、上から下から眺めるミラカ。

 全方位三六〇度からのチェックが済むと、今度は包みのまま鼻につけてニオイを嗅いでいる。


 ファストフードひとつでこうも楽しそうにされると、フクシマではないが俺も意地悪のひとつもしたくなってくるというものだ。


「B・T初心者のミラカにいいことを教えてやろう」

「オウ! ひょっとしてB・Tを食べるのに何か作法があるのデスカ?」


「いや、そういうのはないんだが、実はな……」

 俺は脅かすようにめいっぱい怖い顔をしてミラカに迫った。


「じ、実は…?」

 生唾を呑み込むミラカ。


「B・Tのハンバーガーの肉には、宇宙人の肉が使われてるんだぞ……!」

「ウ、ウチュウジン……」

 ハンバーガーの包みを見つめて固まるミラカ。


「ちなみに、何星人なんや?」

 フクシマがチーズバーガーを頬張りながら訊ねる。


「レプティリアンという種類でな。トカゲ人間といった姿をしているのだ」

「ほんで?」

「連中はすでに人間の姿に擬態して大量に地球に入ってきていて、各国の要人とすり替わっているのだ」

「ありがちやな」

「しかもレプティリアンは人食い種族で、夜な夜な人間を食べている」

「やべえヤツやな」

 もちろん純度一〇〇%の嘘っぱち。

 オカルト信者でも本気にする人はほとんどいないが、かつてこういうウワサが流れたのは本当だ。


「……」

 ミラカは包み紙を開かずに置くと、シェイクのストローに口をつけた。


「蛍光シェイクのこの色は、異星人の血からとった色だそうだ」

 こちらは“公式設定”だったりする。

 B・Tは期間限定商品にワケの分からない設定をつけるのがお約束となっている。

 今度は俺の頭から出てきた情報ではなく、トレーに敷いてある紙に書いてあることを読み上げたまでだ。


「……」

 ストローに透けていた蛍光ピンクが下がっていくのが見える。

 彼女はシェイクを置くと、ポテトに手を伸ばした。


「そのポテトはな……」

 ミラカは手を止めると俺を鋭い目つきで睨んだ。

「ヘンシューチョー! どーしてそーいうこと言うのデスカ!?」

 微妙に涙目。割とショックだったらしい。


「しょうもないこと言わんといたりや。大丈夫やでミラカちゃん。ウソやウソ。食べても平気やで」

 フクシマが珍しく他人の意地悪を非難した。

 大丈夫だと言わんばかりに自身のハンバーガーの残りの半分をまるまる頬張ってみせる。

 こいつが誰かに甘くしている姿なんて、初めて見た気がするぞ。


「ははは。スマンスマン」

 俺が謝ったのを確認すると、ミラカは改めて包みを開き、コクーンバーガーをひと齧りする。

「オー! チョーオイシーデース!」

「味は普通だと思うけどな」

「はあ。分かってないデスネー。身近過ぎて、この価値に気付いていないのデスネー。このソーセージとパンの絶ミョーなハーモニーが分からないとは……」

 玄人コメントを残してもう一口、それからシェイクに吸い付く。


「ミラカちゃん、これ見てみ」

 口いっぱいにシェイクをほおばったミラカに、フクシマがトレーの上のシートを、とんとんと指差した。


 『※蛍光カラーは異星人の血液由来です』の文字。


「ブーーーッ! シャイト!」

 ミラカの口から、異星人ミックスと共にスラングっぽい言葉が飛び出した。

 フクシマは腹を抱えて笑っている。

 わざわざ俺の意地悪を非難したのは、油断させるためだったのか。


「ね、念のために聞きマスガ……。本当に宇宙人や人間のものは使われてないんデスネ?」

 ミラカは紙ナプキンで口を拭きながら俺に訊ねる。


「当り前だろ。お前はテレビのCMとかは見ないのか? B・Tはよく宇宙人ネタで新商品の宣伝をしてるんだ」

「ウー、そういえばそうデシタ。ミラカ一生の不覚。……しかし、人喰いにならなくて良かったデース」

 ミラカは表情を緩めると再びハンバーガーに戻る。


「お前、ヴァンパイアって設定忘れてないか?」

 俺は半ば呆れながら訊ねる。

「忘れてマセン。っていうか設定じゃなくて、事実デス」


「ヴァンパイアなら人間の血肉は主食じゃないのか?」

 俺はニヤつく。


「……別に人の血じゃなくてもいいデス。ただ、血への渇きを癒すためにお肉をたくさん食べたくなったり、普通の人よりもお腹が空きやすいだけデス」

「地味だが贅沢な設定だ」


 だが、彼女が大食らいなのは事実のようだ。

 『ロンリー』でナカムラさんが出してくれたホットサンドはそれなりの量があった。

 その後、部屋の掃除をした礼代わりにも、コンビニで買っておいた大丈夫な食料をいくつか食べさせていたのだ。


 このちんちくりんは胃袋にそれらを納めたうえでのB・Tだ。さては成長期か。


「それ、食べないデスカ?」

 ミラカは俺のポテトを自分のポテトで指した。


「ちょっと胃腸の調子が悪くてな」

 最近は飲みっぱなしだった。

 それにどうも、胃腸の調子を抜きにしても油モノに弱くなってきた気がする。

 三十路を超えたせいだろうか……。


「俺もポテトばっか、こんな食われへんわ」

 俺と同年齢のフクシマもポテトを投げ出している。

 B・Tは冗談も容量もやりすぎなのだ。


「ふたりとも、“スパッド”への感謝が足りないデス」

「スパッド? 神様か何かか?」

「スパッドは、ジャガイモのことデス。祖国ではポテトとはあまり言いマセン」


「ふーん。食べたいならやるぞ。ふやけてきてしまってるが」

 ポテトの入った紙カップを向ける。

「では、ありがたくちょうだいシマース」

 ミラカは俺たちの分のポテトを自分のトレーに移し、黙々とふやけたポテトフライを食べ続ける。

「食べ物への感謝はともかく、飽きないか?」

「塩味が付いてるだけマシデース。飢饉のときはイモの根っこをかじれるだけでもありがたかったデス」

 もぐもぐやりながら言うジャガイモ娘。味わうかのように目を閉じている。


「せや、ヴァンパイアといったら、あれがええんちゃうか」

 フクシマは何かを思いついたようで席を立つ。

 意地悪でも企んでるんだろう。


「ズゾゾゾゾゾ」

 ミラカのシェイクが音を立てて空になった。


「ウマかったか? 異星人の血」

「レプティリアンもトカゲ人間のクセになかなかやりマス」

 澄まして返すミラカ。

「トカゲっつーか、爬虫類は鶏肉に似た味がするって聞いたな」

「まー、そうデスネ。両生類ですがカエルの足もそんな感じデス」

「食ったことあんのかよ」

 俺はミラカの返しに笑う。


「シマッタ! 鶏肉といえば、ナゲットを頼むのを忘れてマシタ!」

 ポテトの山もなかばに腰を浮かせるミラカ。


「まだ食べる気なのか」

「せっかくB・Tに来たのに、ナゲットを食べずに帰るナンテ!」

「B・Tのナゲットはそんなにウマくない気がするが。他所のハンバーガー屋の方がウマいぞ。何なら、『ペンタッキー』の方が……」

「分かってないデース!」

 またそれか。初体験のクセに。

「いいデスカ? B・Tのナゲットには……」

「分かった。分かったから、まずはそのポテトの山を何とかしろ」

 ミラカの目の前のポテトの山はまだ無くなっていない。飽きてきたのか、さすがに食べるペースが落ちてきている。


「ナゲットの噂をしたのは、誰やろな~?」

 フクシマが戻って来た。彼の手には、くだんのナゲット。


「何で買ってきたんだ。しかも十二個入りの方だし。お前ポテトも食えないって言っただろ」

「ソース単品で買えへんかったんや」

 そう言うとフクシマは、ナゲットとそれに添付している『B・T特製ブラッドトマトソース』を3つ置いた。

「オオオオオ! オーナー! オーナーは分かってマース! ミラカはナゲットじゃなくて、ナゲットについてるこのソースがお目当てデシタ!」

 ミラカは興奮して目を輝かす。

「せやろ? 俺もこのソース好きやねんな」

「オオオオ……憧れのB・T特製ブラッドトマトソォース」

 手を震えさせながらソースを封切るミラカ。

「食ったことないクセにどんだけ好きなんだ。ところで、フクシマはなんでミラカがこれを欲しがってるって分かったんだ?」

「そりゃ、おめえ、ヴァンパイアといえば血の代わりにトマトジュース飲むやん? さすればトマトソースも好きってことやん?」

 楽しそうに言うフクシマ。

「ああそう……」


「オーナーは凄いデース。人の心を分かっていマス!」

 ミラカはべた褒めしながら、血の色をまとったナゲットを頬張る。

「お、ほんまにキバ長いんやな」

「ソーデス。ヴァンパイアですカラ!」

 口を開けて長い犬歯を披露するミラカ。

「これはこれで可愛いやん」

「褒められマシタ! 私、キバはチャームポイントだと思ってるんデスヨ! ほんとにオーナーは分かってマース!」


「そりゃそうやで。なんてったって、俺には夢があるからなあ」

 フクシマは満足そうにうなずき、着席する。


「オーナーには夢があるデスカ?」

「聞かせたろか。この辺一帯の土地と不動産を買い占めて、“フクシマワールド”を作り上げるのよ。その為には土地だけやなくて、地主である人間の心も転がせなあかんからな」


「フクシマワールド」

 どんな世界だ。ロクでもない世界に決まっている。 


「フクシマワールドはどんな世界デス?」

「そりゃ秘密や。できてからのお楽しみ。せやけど、できれば独立国家として立ち上げて、オリジナルの法律で“楽しみたい”なあ……」

 サングラスを外し、遠くを見つめるフクシマ。マジで言ってんのかコイツ。


「独立は素晴らしいことデス。オーナーは分かってマース!」

「せやろ? ヴァンパイアやドルイドもおると絶対オモロイわ~。ミラカちゃんもタダで入れたるで。あのパスポートでもオッケーや」

 どんな世界だ。

「ヤッター! 楽しみにしてマース!」

「おう、楽しみにしときや。せや、ミラカちゃん。ソースはナゲットだけやなくてポテトにもあうで」

「マジデスカ?」

 ミラカは勧めに従ってポテトにトマトソースをつけて口に運ぶ。

「……オウ! これチョー美味しいデス!」

「せやろ? どんどん食べや!」

 そう言いながらフクシマもナゲットに手を付け始めた。もう食えないんじゃなかったのかよ。


 俺はムカついた胃を抱えながら和気あいあいとおしゃべりするふたりを眺めた。

 ちぇっ、何がフクシマワールドだ。俺にだって夢くらいあるのに……。


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