事件ファイル♯08 荒ぶる空と大地! 陰謀は事実か?!(4/6)
ネットで地元の情報掲示板を検索して書き込みを調べてみる。
掲示板は、ローカルな割に賑やかだったが、どれもこれもしょうもない内容ばかりだ。
下半身のコントロールの出来ないバカの下世話な話、怨恨(これはやはり雇用と土地絡みが目立った)、事故や事件に関する野次馬的書き込み。
『美人の従業員の居る飲み屋教えて。喰いたい』
『使わねー土地のくせにフェンス立ててショトカの邪魔してんじゃねえ』
『コンビニにパトカーが来てたけど、強盗?』
大概は訊きっぱなし、スレッド立てっぱなしで誰も回答していないものが多い。
そもそも閲覧人数も、大規模掲示板に比べてケタ違いに少ないだろう。
返答のあるものもなぜか最初からケンカ腰で中身の無いようなものばかりが目立つ。
だが、有象無象のスクラップばかりではない。
こちらのほうでは書き込みスパンが長いこともあってか、いまだに動物惨殺事件に関しての話題が続いていた。
スレッドを辿って行くと、例の宇宙人逮捕事件のあった以降でも新しい死骸がいくつか出ていることが分かった。
最近は田中池自然公園……我が家から二、三キロメートル程度離れた地点にある、大きな自然公園が主な犯行現場となっているようだ。
田中池公園はノラ猫が多く住み着いている。
猫に会いたければここに行けば見つけるのは容易だ。
ビニール袋の音を立てれば木陰や草むらからわらわらと現れるだろう。
日中は散歩やバードウォッチングなどで利用者も多く、明け方もジョギングをする人がいるため、夜以外はほぼ人目がある状態だ。
加えて、誰もがスマホやカメラを持ち歩いている。ここでの犯行はハイリスク。
「エスカレートしてるな」
俺はスマホを見ながらつぶやく。
「退屈デス~。かまちょ!」
かまちょの掛け声とともに、俺の灰色の脳みその詰まった容器に蹴りが入った。
ミラカはベッドのうえでヒマを持て余しているようだ。
「蹴るな。また足を攣るぞ」
二発目は来ない。無視してスレッドを辿る。
……が、急に俺の視界がまっくらになった。
「だーれだ?」
お前しかいないだろ。
「相手をしてクダサイ~」
視界を返してもらうとまた頭に衝撃。
今度はベッドの下に座る俺のアタマの上にアゴを乗せて、歯をがちがち鳴らし始めた。
脳の血行がよくなるなあ。
「ヒトの邪魔ばかりしてないで、自分のことでもしたらどうだ。今日はテリヤキ日記更新したのか?」
「オット! 今日の分はまだデシタ。ノートパソコンお借りいたしマス」
「おう」
バカ娘を追い払い情報収集に戻る。
惨殺事件に関係する書き込みはおおよそ攫い終わったのだが、それとは別に気になるスレッドを見つけてしまった。
『【麦わら】マイカタに現れる金髪美少女【ロリ】』
話題になるのは覚悟していたし、サイトの知名度の上昇とともに彼女の存在も全国区となりつつある。
だが、スレッドに書かれた内容は犯罪スレスレの卑猥なことばかりだ。
本人には絶対見せられない。赤の他人でも気分のいいものではないだろう。
保護者である俺も文句のひとつでも書き込んでやりたいが、無意味だし、万一アシがついてもしょうもないのでグッとこらえる。
とはいえ、すでに特定もされてるようで、『オカルト寺子屋』のURLも貼り付けられている。
悲しいかな、事件に関しては野次馬と当て推量ばかりのクセに、女の特定となると本気を出すのがネットの男たちだ。
何人のネットアイドルやバーチャル配信者が泣かされてきたことか。
まあ、ミラカは子供や近所のおばちゃん勢からも人気なため、常に人目によって守られている。
それもファンとしてではなく、“近所の子供”として接してくれているので、虫よけとしての効果も高い。
……ミラカのことはいいにしてもだ。
『例の子と歩いてた男が居たんだけど、何者?』
『保護者? そんな奴いたっけ?』
俺はいまひとつ覚えられていないらしい。
ここ数か月はサイトに顔出しもしてるというのに……。
別に連中に覚えてもらうことにメリットはないが、こうも扱いが弱いと一抹の寂しさというものを感じる。
『ヒヨコが羨ましい。一緒にお風呂入ってるんだろうか』
『ヒヨコムカつく。爆発しろ』
『ビビりのヒヨコ』
『ヒヨコはいいからミラカちゃんの写真を寄越せ』
テリヤキですら話題にのぼっているというのに。
だが、悪口の書き込みが多いみたいだ。ざまあみやがれ。
俺は部屋の隅の段ボール箱を見てほくそ笑んだ。
ま、これ以上、ここを見ていても精神衛生上よろしくないだろう。掲示板の閲覧を止めて次の情報を漁ろう。
「ヨシ。書けマシタ」頭の上で声。
「ご苦労さん。ところで、今日はテリヤキの写真は撮らなくていいのか?」
成長日記ということで毎日一枚はヒヨコの写真を添えるのがお約束となっている。
「アッ、アー……。すっかり満足してマシタ」
ミラカはそう言うと段ボールからテリヤキを抱き上げ、ベッドに腰かけて両足を持ち上げてまっすぐに伸ばした。
「何してんだ?」
「編集長、ミラカの足にテリヤキを乗せて撮ってクダサイ」
コイツはたまにワケの分からん写真を撮りたがる。
最初のうちはアタマの上にテリヤキを乗せて満足していたが、テリヤキはもうアタマに乗る大きさではなくなっている。
俺に不審なポーズを強要して、そこにテリヤキを乗せて撮影しようとすることがしばしばだ。
「落としたらテリヤキがケガをするだろ」
「そこは編集長のテクニックでお願いシマス。早く、早くしてくれないと足が……」
ピンと伸びた両足はプルプル震えてる。
このまま眺めているのもいいが、またうるさくするだろうからさっさと済ませよう。
テリヤキを受け取り、ミラカの素足の先に乗っけて何枚か撮影。
肌色が多いし、これなら掲示板の諸兄もお喜びになられるだろう。
「アーーッ! うううう!」
ミラカが喚いた。
「どうした? また攣ったのか?」
撮ってやっても結局はうるさい。
「違いマス! テリヤキが、ミラカの足にウンチシマシタ!」
見ればミラカの足の甲に鳥のフン。
「ドンマイ」
「ドンマイじゃないデス。ばっちいデス。編集長、取って、取って」
「足をこっちに向けるな。ほれ、ティッシュだ」
俺は仕事を終えたテリヤキを棲み処に返してやると、ティッシュを二枚ばかり引き出しミラカに差し出してやる。
「ムリデス。足まで手が届きマセン」
「その姿勢をやめりゃいいだろう」
いまだに足を上げっぱなしのミラカ。思いのほかタフだ。
「背中を押してやろう」
俺はミラカの後ろに回り込み背中を押してやる。ぐにゃりと曲がるミラカのボディ。
「お前柔らかいな」
ミラカの手が足先に届いた。ティッシュでフンを取り除く。
「けどお前……脚が短いな?」
「ナッ!? ヨーロッパ人のみんながみんな、脚の長さや背丈があるワケじゃアリマセン!」
ミラカが怒って丸めたティッシュを投げてくる。回避回避。
「ベッドの上に散らかしとくなよ」
俺はベッドを降りてスマホに戻ろうとする。
「ん!」
ミラカがまた俺に足を突き出す。
「なんだよ」
「まだ汚い」
「自分でしなさい」
「失礼料デス! 謝罪と賠償を請求する!」
脚が短いと言ったのが余程効いたとみえて、ふくれっ面をしているミラカ。
俺はしぶしぶテリヤキハウスのそばに置いたウェットティッシュを引っ張り出し、ミラカの足先を拭いてやる。
「拭きかたが甘い! 指のあいだも!」
へいへいと大人しく従い、念入りに掃除してやる。
「ウヒッ」
「ヘンな声をあげるな」
このティッシュ、掃除した証拠付きなら売れるんじゃないだろうか……なんてしょうもないことを考えながらゴミ箱に放る。
やれやれ、ようやく作業に戻れるな。
今度は邪魔されないように、ベッドではなく壁を背にスマホに目を落とすことにする。
次は、近隣を担当する警察のページを漁る。不審者情報だ。
動物への加害はエスカレートしつつある。
場所がひと目につきやすい所へ移され、被害数も増加。
そろそろマンネリ化した犯人が「次の段階」に移るんじゃないか?
なんでも関連付けてしまうのは早計というものだが、例の宇宙人が逮捕された以降も、子供への声掛けや身体への接触の事案がいくつも報告されている。
それぞれの現場はバラバラだが、距離はそう離れてはいない。
徒歩の行動範囲の範疇だ。
少し強引だが、各事案の発生スパンも短くなりつつある。
「だめだな。ここまでいくと、こじつけだ」
距離が離れてないのは当たり前だ。
ひとつの警察署の管轄区画なのだから。
もう一度、大規模掲示板に戻り、今度は『動物愛護の板』を当たってみる。
『生物嫌いの板』のほうがいいか? まあいい、両方チェックだ。
だが、ここらでのやりとりは辟易するほど見苦しいものが多かった。
可愛い動物画像をあげているスレッドや、ウチの子自慢のスレッドにまで屠殺や虐待の動画、写真のURLが侵食していた。あんまりだ。
住人達も怒り心頭のようだ。
俺はふと思いつき、地域掲示板の動物惨殺について扱った板のURLを張り付けた。
もしかしたら、ご近所の愛護家から何か情報が得られるかもしれない。
しばらく待ってみるが、すぐには反応がなかった。
こういうのは張り付いて更新連打するようになると時間が霧散する。ほどほどがいい。
頭をリセットしようと、顔をあげるとミラカの足の裏が見えた。
仰向けになって足をパタパタやってる。筋トレか? そんな事をしても足は伸びないぞ。
何にせよ、彼女はスカートだ。
少し頑張れば中身が拝めそうな位置関係。
特別興味はないが、ちょっと退屈しのぎにイタズラを仕掛けてやろう。
背伸びついでに立ち上がり、スマホを掲げる。別にスカートの中は映ってはいない。
退屈そうにスマホを眺めている顔は完全に油断中だ。
ティッシュのゴミも散らかしっぱなしで、ホントにだらしないヤツだ。
写真を一枚撮影。撮影音が鳴る。
撮影に気付いてミラカがこちらを見てVサインをした。
俺はもう一枚撮ってやってから、中腰になってスクリーンショットを撮影する。
スクショでも同じ撮影音が鳴る。
「へッ!? 今、何撮りマシタ!?」
ミラカは慌てて起き上がる。
「さあなあ」
俺は意味ありげに笑いながらスマホを適当に操作する。
ミラカはハッとなると、今さらながらスカートを押さえ、ちょっと赤くなったあとに俺へ向かって両手を伸ばした。
「貸して。スマホ見せてクダサイ!」
「何も撮ってないよ」
「撮りました! スカートの中デショー!?」
「トッテナイヨ」
「スカートの中! パンツ! パンツ撮った!」
必死に手を伸ばすミラカ。
パンツを連呼させるのも悪いし、早々にスマホを手渡してやった。
「ウー? アヤシイ画像はアリマセンネ……?」
ミラカは片眉をあげながら、スマホの画面と俺の顔を交互見比べる。
「フッ、騙されたな。今の撮影音はスクリーンショットのものだ」
「グッ! やられマシタ」
ガックリと肩を落とすミラカ。
追撃を加えてやろう。
俺は座り直し、ベッドに足を当てて振動させた。
「……オヤ? 何やら揺れて? ハッ!? 編集長、地震じゃないデスカ!? ニッポン名物アースクエイク!」
「揺れてるなー」
俺はベッドを揺らし続ける。
「こ、怖いデス。地震は初めてデス!」
ベッドの上で頭を抱えるミラカ。
「大変だ! 強くなるぞ!」
さらに強く揺すると「ギャー!」と悲鳴があがった。
「助けて、助けてヘンシューチョー!」
「アホか、いい加減気付け。俺が揺らしてるんだ」
揺らしたり止めたりしてみせる。
「ウー、バカ!」
涙目で枕を振りかぶるミラカ。
「ミラカ君は少し騙されやすすぎるようですな。それではオカルト調査事務所の助手は務まりませんぞ」
俺は枕を顔面に受けながらお説教をする。
「ムー、ミラカは騙されやすいデスカネー?」
「割と素直だからな」
「ヘヘッ。編集長が人を騙すのが得意なだけデハ?」
“素直”のワードに少し機嫌を直すミラカ。ちょっとにやけながら俺を横目で見る。
褒めるとチョロい。そういうところだぞ。
「失礼な。俺はネットの荒波で鍛えただけだ。ミラカもたまにはパソコンのほうを使って検索をしてみたらいいぞ」
「スマホでもおんなじデショー?」
「違うぞ」
「ドコがー?」
「画面がでかい」
「バカにしてマス?」
「冗談だ。ま、スマホとは挙動の違うところもあるし、スマホでのアクセスを考えてないサイトとかもあるからな。試しにネットサーフィンしてみろ」
俺はミラカにノートパソコンを差し出した。
普段はミラカは調べごとはスマホで済ませている。
彼女がノートパソコンを触るのは、テリヤキ日記を更新するときと、俺と一緒に通販の画面を覗き込むときくらいだ。
「ウーン? 何を検索シマショー?」
ミラカはノートパソコンを前で首を傾げた。
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