事件ファイル♯08 荒ぶる空と大地! 陰謀は事実か?!(3/6)
「先に食べててもよかったのに」
「気分の問題デス」
折りたたみ式のちゃぶ台の上には寿司やコロッケが窮屈そうに並んでおり、その前ではミラカが膝をそろえてきちんと正座をしている。
「お湯を注いでやろう」
俺はミラカのカップ味噌汁にお湯を注ぐ。
「すごい香りがシマスネ」
「あおさだからな。味噌はちゃんと自分でかき混ぜてくれ」
ミラカは手際よく茶色いかたまりを溶いていく。
「フフッ」
カップを覗き込みながら笑う娘。
「何笑ってんだ?」
コイツはしょうもないことでウケる。幸せなヤツだ。
「見てクダサイ」
ミラカは味噌汁のカップの中身を見せてくる。あおさの緑色に埋め尽くされている。
「もじゃもじゃデス。まるで……フフッ」
「それ以上はやめなさい」
食事中に毛の話は厳禁だ。そもそも品の無い冗談を女子が連呼するのはよろしくない。
「食べる前にちょっとイイデスカ?」
そう言うとミラカはスマホのカメラを起動して寿司の撮影を始めた。
彼女は日本に来た時はスマホには触れたこともなかったらしいが、すっかりイマドキの女子らしく食べ物の写真を撮影するようになっている。
「ウー。せっかくのお寿司の写真でも、ベッドが入るとなんかしっくりこないデスネ」
狭い部屋だ。そこにセミダブルのベッドと人間ふたりとちゃぶ台。
「さっさとしてくれ。腹が減ったぞ」
俺が急かすとシャッターが切られた。
「まあいいデス。食べマショウ」
「「いただきます」」
ふたりで手を合わせて箸を手に取る。
寿司は素手で食うもんだと言う人も居るが、手についた醤油のニオイがなかなか取れないので俺は箸派だ。
ミラカも箸でカッパ巻きをつかみ、醤油をつけて口へと運ぶ。
「オイシーデス」
パリポリいい音と素敵な笑顔。
俺も続くが、パックに敷き詰められたそれはくっ付いてしまっていてうまく取れない。
「下手くそデスネ~」
ミラカは俺が苦戦しているカッパ巻きの横のお新香巻きをつかんで引き離す。
「お前は箸を使うの上手いよな」
彼女は料理もできるが、箸も普通に使いこなす。
「そうデスカ?」
別に箸が日本特有の文化というワケではないが、俺はもひとつ箸の使いかたに自信がない。
不便はしないが、なんとなく不格好な持ちかたな気がしてしまう。
「この前食べたのとお米の味が違いマス」
ミラカが言った。
「寿司酢の配合はやっぱりそれぞれで違うんだな」
ニシクロヤマ村の寿司は口にしていないが、先日に食べた出前寿司は米が少し甘かった。
レイデルマートは酸味が強めだ。
「苦手か?」
「これはこれで、オイシーデス」
モグモグと返事をするミラカ。
「寿司はアイルランドにもあったりするのか?」
今や寿司は世界的な食べ物だ。
具材はまちまちでその国のオリジナル要素の強いものもあるが、「SUSHI」と呼ばれる食べ物は多くの国で見かけられる。
「マーケットで見たことはアリマスネー。うちはお惣菜は買わないので、味は分かりマセン」
「遠く離れた島国にもあるんだなあ」
俺はしみじみと言った。
「お寿司で世界征服が出来マスネー。ウーン! ……マグロ美味しいデス!」
ミラカは身の厚いマグロを一口でほおばり咀嚼している。
「バレてしまったか」
「ンー?」
口を動かしながら首をかしげるミラカ。
「じつは、寿司は日本が世界を征服するために仕掛けた策略でな」
「何言ってるんデスカ?」
俺は片眉を上げるミラカの視線をスルーして話を進める。
「海苔ってあるだろ。海苔は元々は特定のアジア圏内でしか食べられていないものでな。多くの人間は海苔を消化する酵素を体内に持たないんだ。だから食べると消化不良を起こして、徐々に腸に溜まっていって、そのうちに腸閉塞を起こして死ぬ」
「本当デスカ?」
「日本はそれで諸外国を疲弊させて世界征服する予定だ。だから寿司を全世界に流行らせたんだよ」
ハイハイウソデショ、という目で茶をすするミラカ。
「おにぎりにも海苔がつきものだろう? あれもその計画の一環だ」
「そーいえば、ソーデスネ」
次はネギトロの軍艦巻きを頬張る。
「そのネギトロだって、日本は軍隊を持たない国のハズなのに“軍艦巻き”って呼ばれるだろう? 世界を侵略してやるという意図が隠されているんだよ。こっちのイクラも同じくな」
「ウ……」
イクラの軍艦を見つめるミラカ。
「だからそのイクラは俺が貰ってやろう」
俺は軍艦巻きに手を伸ばす。
「陰謀!」
ミラカは素早く俺の手に待ったを掛けた。
「いい反応だ。ところで、あおさも海藻で海苔の仲間でな」
俺はそう言って適当に検索したページを見せる。海苔の消化不良について書いたページだ。
「エ? 今の話、本当なんデスカ?」
海苔の消化酵素を持つのは日本人だけというのは本当だ。
でっち上げには幾分かの真実を混ぜる。これが質のいいウソの基本だ。
「ほれ、アメリカの研究機関の名前も出てるだろう」
「消化酵素を出す細菌が住んでる……ホ、ホントーデス!」
わななくミラカ。
スマホにクギ付けになっているスキに軍艦に箸を伸ばす。
敵戦力は鹵獲して有効活用せねばな。
「いただきます」
俺は勝利宣言と共にイクラの軍艦を舌に乗せた。
「アッ!」
ミラカはハッとして俺のほうを見た。
ははは。こんなに焦っている顔を見たのは帽子を無くしたとき以来だな。
ニコッ。俺は笑顔を向ける。
もちろん、軍艦はすでに我が口の中。
ニコッ。ミラカも笑顔で応えた。
「ちゃんと食べてクダサイね」
俺は口を動かす。イクラのプチプチが楽し……い。
……おや? 梅寺アシオの舌に痺れが?
ミラカを見ると満面の笑みだ。
「裏にたっぷりワサビをつけておきマシタ!」
「~~~~~!」
何度目だワサビ!
「甘いデスネ~」
タレのついた煮アナゴの寿司をかじるミラカ。
「編集長がイクラを欲しがっていたので、ちょっとイタズラをさせていただきマシタ。ダメデスヨ~。普段、しょうもないって言ってる陰謀論に頼ったりシテハ。欲しいって言ってくれたら、アーンしてあげたのにナー」
どの道、ワサビはたっぷりついてそうだが。
「ほらほら、ちゃんと噛みマショ~」
ミラカは続いてカッパ巻きを口に放り込むと大きく口を上下させてみせる。
「ひゃ、ひゃい……」
俺も彼女に合わせて軍艦を噛む。はじけるような食感が堪らないなあ。
「美味しいデスカー?」
「おいひいです……」
泣くほどにデリシャス。
「あっ、ハルナちゃんから返事がキマシタ」
ミラカがスマホを見て言った。
「返事って、さっきの写真送ってないだろうな?」
俺は味噌汁で口を癒しながら言った。オミソシルオイシイ。
「お寿司とコロッケの写真を送りマシタ。ハルナちゃんは夏休み前なのに学校が休校になって、夏休みが減らされるかもしれないって嘆いてマスネー」
「大変だなあ」
もちろん他人事だ。
「半額神も夏休みアリマス?」
ミラカはサバ寿司のパックを開けながら言った。
「半額神はなー。パートの人っぽいから、夏休みは無いんじゃないか? サトウさんが気になるのか? 外国人っぽかったし、知り合いに似てたとか?」
「ンー。見覚えないデスネー。というかマスクと帽子で分かりマセンシ」
と、言いながらも首をかしげるミラカ。
「何か気になるのか」
「サトーさんはお肉コーナーの人デスカ?」
「さあなあ。小さいスーパーだし、部門ごとに分けてないかもな。あるいは値引き専門とか、揚げ物のコーナーかもしれんぞ」
「フーン……」
ミラカは鼻をすんすん鳴らしている。
「どうした?」
俺も鼻を鳴らす。部屋にはあおさの味噌汁と醤油と寿司の生臭さが充満している。
「完全に海のニオイだな」
「私の気のせいかもしれませんケド、あの人から血のニオイがシマシタ。動物の血デス」
「だから精肉部門かと思ったのか。お前は鼻が利くなあ」
ミラカはサバ寿司を前に箸を止めている。浮かない表情だ。
「食べないなら貰っちゃうぞ」
「ひとつだけならドウゾ」
あっさり譲られるサバ寿司。
「なんだ、アーンはしてくれないのか?」
俺は冗談を言う。
「私のお箸はダメデス」
ぴしゃりと断られる。俺はちょっと遊びたかっただけなのだが。
「……では、いただきます」
一応だが、寿司の裏やネタとシャリのあいだをチェックしてから口に運ぶ。
「うん、なかなかウマいな」
押し黙ったミラカをよそにサバを楽しむ。甘さも酸味もちょうどいい。
季節外れのクセには身も分厚く、脂もしっかり乗っていてなかなかやりおるわ。
「お、メッセージだ」
スマホが振動する。フクシマからだ。
『台風心配やったから、さかみち荘の様子見に来たんやけど、屋根ちょっと持ってかれてたわ』
『それは災難だったな。というか危ないから台風が過ぎてから見に行けよ』
『お約束やし、やっとかなアカンかと思ったんや。ところで庭にまたネコの死体投げ込まれてたわ。写真要る?』
『要らんわ』
『まだ新しいからヘーキやって。三毛猫やぞ』
『メシ食ってんだよ』
ネコの死骸。
いつだったか、フクシマは自分の持ってる土地に動物の死体が投げ込まれると言っていた。
冬頃からこの近辺では惨殺された死骸が何度も発見されている。
不審者として逮捕された宇宙人似の男は、この件に関しては関与を否定したままだったが、どうやら本当に犯人は別に居るらしい。
新しい死骸、動物、動物の血……か。
俺はちらとミラカを見やる。
彼女の顔から愁いは消えており、今はサバ寿司をモグモグやっている。
犯人は台風に乗じてまた犯行をおこなったワケだ。
単に殺害を目的にするのなら死骸は川にでも投げ込めばいい。
この雨ならすぐに流れて行ってしまうだろう。
それでもわざわざ他人の敷地を選ぶあたり、見せびらかして愉しんでいるに違いない。
いっちょ調べてみるか。
オカルトとは畑違いだが、ついこのあいだに住んで、子供たちも連れ込んで遊んだ土地でそういうことがあったというのは気に入らない。
「ハルナちゃん、コロッケ食べたいって言ってマス」
ミラカは急に俺の横に入ってきて、コロッケと共に写真の撮影を始めた。ミラカに押されてベッドにもたれてしまう。
「コラ」
俺は叱りながらも、とっさにスマホの画面を伏せて隠す。
「ハイ、チーズ」
ふたりとコロッケのスリーショット。意味が分からん。
「おい、衣が床に……」
俺は散らばったコロッケの衣を片づける。まったく、落ち着きの無いヤツだ。
「そーりーそーりー」
適当に謝りながら、スマホをいじるミラカ。
『ツーショットうらやま死刑』
やかましい女子高生からメッセージ。俺に言うな。
投げこみと関連するかは不明だが、動物の連続殺害事件も気になる。
一度テレビでニュースにもなっていたが、たぶん世間の人々は完全に忘れてるんじゃないか?
俺はネット掲示板をチェックする。ニュース系の板には関連スレッドはない。
「こういう情報は地元特化の掲示板のほうが強いか」
「編集長、ひとりごとデスカ?」
「うん。まあ仕事だ。俺はコロッケはひとつでいい」
「ワーイ」
仕事というワードとエサで気を逸らす。
コイツはなんだかんだ優しいヤツだ。動物の話は思い出さないで欲しい。
自身で犯人をとっ捕まえようなんて思ってもはいないが、何か有力な情報があったらフクシマ経由で警察に提供しよう。
俺は次々とコロッケを頬張る娘を横目にネットの海に潜った。
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