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事件ファイル♯08 荒ぶる空と大地! 陰謀は事実か?!(2/6)

 じきに台風も直撃するというのにレイデルマートはやっぱり平常運転だった。

 客は二名。つまり俺たちのみ。

 レジも絞って一台しか稼働させていない様子だったが、各コーナーはそれなりに忙しそうにしている従業員がいる。


「ワオ! めっちゃシール貼ってマスネ!」

「だなあ。期限切れまでに売れるんだろうか……。おっ、ミラカ。あれが半額の神様たちだ」

 従業員たちはせっせと値引きのシールを張り続けている。

 今日はパートのおばちゃんではなく、正社員と思しき男性が大量の商品を相手に奮闘しているが、目が死んでる。


「ナンマンダブナンマンダブ」

 ミラカが半額神たちを拝む。

「ついでだし、安くなってる生鮮品とかも押さえとくか」

「そうシマショー」


 俺とミラカは貸し切りの店内をぶらつき、買い物カゴを重たくしていく。


「あー。味噌汁か。寿司とナイス相性だ」

 俺が足を止めたのはインスタント食品を置くコーナーだ。カップの味噌汁を手に取る。


「オー。お味噌汁! そういえば、ミラカ作ったことないデス。ニッポンのソウルフードなので研究しなければなりマセンネ……」

 ミラカもカップを手に取る。

「あおさ。あおさって何デスカ?」


「海藻だな」

「青のりと違うデスカ?」

「うーん? よく分からん。なんとなく味が違う気はするが。試してみたらどうだ?」

 俺の勧めに従ってミラカはカゴの中にカップタイプのあおさの味噌汁を入れた。


「俺はどれにしようかな」

 カップの隣にはお高いフリーズドライの味噌汁が並んでいる。

 昨今、フリーズドライの技術も向上しており、かなり美味しいものが増えてきたと聞く。ちょっと試してみるか。


 続いて、寿司を求めて鮮魚のコーナーへ足を向ける。


「見てクダサイ。半額の神様が大暴れデス!」

 鮮魚コーナーの一角にずらりと並ぶ半額のパック寿司。

 明日の材料の入荷も怪しいだろうに、無理に加工せずに冷凍とかできないものなのだろうか?


「ミラカ様はどのお寿司をご所望で?」

「エヘン! ワタクシはデスネー……」

 証拠写真を押さえているミラカ様は、いろいろな種類のネタの入った十貫盛りをチョイスした。

 どのネタもまだ新しくて光っている。

 身も分厚いし、イクラの軍艦までいらっしゃる。

 しかし、すでに半額シール付き。元は一〇〇〇円もする。


「へへえ。仰せのままに」


 平伏する俺はその横の七〇〇円(もちろんここから半額だ)の八貫盛りにした。

 ネタは同じくボリューミーだが、イクラやカズノコなどはいらっしゃらない。


「ところで、ミラカ様。ご相談がひとつございまして」

「なんじゃ? 申してミヨ」


「わたくしめは卑しくもイクラが大好物でして……」

 緋色の宝玉。生命の至宝。俺はイクラが大好きだ。

 だが、イクラが入っているパックは高い。でもイクラは食べたい。


「おぬしは余のイクラを欲すると申すか」

「畏れ多くも。お上様の望みのネタふたつとの交換ではいかがでございましょう?」

 俺のパックは平凡なシロモノだ。どれも食べられるがイクラ様には劣る。


「余に駆け引きとは無礼千万! この者をひっ捕らえよ! 寿司を全て取り上げたうえに市中引き回しの末、打ち首獄門じゃ!」

 交渉は決裂。なんだこの寸劇は。


「さて、あとふたつデス」

 ミラカはどうやら本気で三パックも買うらしい。だったらイクラくらいくれてもいいじゃないか。

 寿司代官は売り場を指さし、寿司たちをなぞっていく。


「コレ!」

 シメサバの入ったパックだ。

 渋いチョイスだが、季節外れのネタなので百点はやれない。

 少し安めなので、最初に選んだのと同等のパックを選ばれるよりはマシだが。


「それはちょっとお酢で酸っぱいけど平気か?」

 俺が確認するとミラカは「ハイ!」と返事をしてカゴに商品を収めた。


「そしてー……コレ!」

 ミラカの指が走る。

 彼女はデカいパックの前で指を止めた。


「なんじゃそりゃ?」

 デカいと言っても家族用の大皿ではない。

 四角いフードパックの中に詰まっているのは中巻きだ。

 切り分けられてずらっと並んだそれらの具は、緑と黄色だけで構成されている。


「なんでこんなにカッパ巻きとお新香巻きばかりが?」

 半端な材料の処理とかだろうか? だがこれは素晴らしい。

 なんせ安いしカロリーもありそうだ。カゴはずしりと重くなったが、俺の心は軽くなった。


「パリポリした音が好きデス」

 無邪気に笑うミラカ。やはりミラカも生活費を共有する同居人だ。手加減をしてくれたのだろう。いい子だなあ。

「ヨーシ。あとはー……」


「もう三パック買っただろ?」

「三パックじゃないデス。三倍デス。イイデスカ? この十個入ったのが一〇〇〇円で、その三倍デスカラ、三〇〇〇円。現在カゴに入っているのは……」

「か、カンベンしてくれ」


「ヘヘ、ジョーダンデス。でも、ちょっと味が寂しいので、揚げ物もひとつイイデスカ?」

 ミラカは安い中巻きだらけのパックを指さして言う。


「そうだな。俺もコロッケのひとつくらい食べたいかな。台風だし」

 味噌汁もあるが、台風といえばコロッケは外せない。


「ワーイ。……台風とコロッケに何か関係が?」

 首をかしげるミラカ。


「よく分からん。ネット発祥っぽいが。最近では台風にあわせてコロッケをセールする店も出るほど流行ってるみたいだ」

「ジャガイモ畑が台風でダメにならないように、願掛けしてるんデスカネー?」


「そういうまともな起源では、ないんじゃないかな」

 ネットの悪乗りだろうと笑う。


 惣菜コーナーに足を運ぶと、ちょうど神がご降臨あそばしている最中だった。

「お惣菜、雨の日の半額セール中でーす」

 先ほどの男性社員と思しき人がシール貼りをしながら声出しをしている。

 客は俺たちしか居ないのにだ。少々マジメ過ぎるのではなかろうか?


「コロッケ!」

 ミラカはコロッケが三つ入ったパックを捕まえると、カゴの中へと丁寧に収めた。


「オー、神様仏様」

 従業員を拝むミラカ。


「ヒトを拝むんじゃない。失礼だろが」

 俺は小声でミラカを叱る。

 ちらと、従業員を見やるが、彼は気付いていないようだ。


「……外国人?」

 従業員は四、五十代と思しき男性だ。彼はどう見ても日本人ではなかった。


 マスクはしているが、彫りの深く凛々しい目もととグレーの瞳が覗いている。

 それから店のトレードマークを頂いたキャップからもプラチナブロンドの短髪が見えるので丸わかりだ。

 痩せ型で背もずいぶん高く、一八〇センチはありそうだ。


「シュガーさんです」

 ミラカがカニクリームコロッケとカレーコロッケをカゴに入れながら小声で言った。

「入れすぎだろ。シュガーじゃなくて“サトウ”さんだ」

 ナイスミドルの胸のネームプレートにはひらがなで“さとう”の文字。


 このスーパーは正社員と非正規とで名札が違う。

 正社員はプラのプレートに名前を漢字表記で刻印したしっかりしたものを着用し、バイトやパートはカードケースタイプの名札にひらがなで名前の書いた紙を差し込んである安物だ。


 働き盛りの欧米人サトウさんが日本のスーパーでアルバイトか。

 どういう人生を歩んできたのだろうか? 想像力が掻き立てられるな。


「お惣菜半額でーす。いかがですかー。鮮魚コーナーではお寿司も半額ー」

 売り場を凛と抜ける声までハンサムだ。

 日本語もミラカよりもしっかり発音してるし、婿入りや移住じゃなくて在日二世あたりかな?


 ま、あまり下世話なことは考えるべきじゃないだろう。

 半額神様には失礼のないように、な。


********


 買い物を済ませて帰宅した俺たちは、合羽を干して、荷物を片づけ、お寿司とコロッケの宴を始めることにした。


「こっちの部屋はやっぱり暑いなあ」

 事務室や台所は室温が高い。

 台風のお陰で気温自体は下がっているものの、湿度が上がってしまい不快指数は普段よりも高い数値をはじき出している。


「エアコンの部屋で食べマショーヨ」

 入り浸りとはいえ、食事中は涼しい部屋から抜け出している。当然ながら暑い。


「うーん、でもなあ。ベッドのある部屋で寿司はなあ。万が一、醤油をこぼしでもしたら大惨事だ」

「気をつければオッケーデス! 台風なので特別デス!」

「特別かあ。じゃあ、しょうがないな」

 ミラカは適当に言ったのだろうが「台風なので特別」というのは俺のハートに心地よく響いた。


「テリヤキのエサも忘れずに持っていこう。ま、あとで掃除すりゃいいだろ」

 テリヤキもベッドのある部屋に住まわせてはいるが、大きめの段ボールの中で世話をしている。

 フンに羽根にエサのくずがあるからな。

 我が家では彼女(・・)を段ボールの中と事務所の部屋以外に連れ出すのは禁止のルールだ。

 そう、テリヤキちゃんは雌鶏だった。

 くちばしのあたりに赤い部分が出てきていたのを見つけ、ナカムラさんに鑑定してもらったところ、コイツはメスということらしい。

 エサも最近は成鳥用の飼料に切り替えた。金が掛かるから、もちろんクズ野菜もあげている。


「おいしい卵を産むデスヨー」

 ミラカがエサ皿に飼料を注ぐ。


「あっ、しまった。お湯が要るな……」

 食べ物を持ち込んで腰を落ち着けてから気が付く。

 味噌汁と、寿司には外せない熱いお茶のためにはお湯が必要だ。


「……」

 ミラカを見る。彼女も俺を見ている。


「「じゃんけんぽん!」」


「グワー! 負けマシタ! パーにすればよかった!」

 ミラカが悔恨の念に頭を抱える。


「はっはっは。お湯を淹れて来たまえミラカ君」

 勝利者は寿司を前に高らかに笑う。エアコンの風が涼しい。

 ミラカはぐぬぬと唸るが、スマホを手にしてニヤリと笑った。


「陰毛!」

 スマホがこちらに向けられる。俺が下着を被っているように見える画像。


「陰謀だ! っていうか、印籠みたいだな」

 世直しのご隠居よろしくスマホを掲げた姿が面白くて、脅しに素直に従ってやることにする。


 暑い部屋に行きポットに湯を沸かすあいだ、事務所の大きな窓のほうを見た。

 叩くように風が打ち付け、そのたびに雨が砂をバラ撒くような音を立てている。

 台風はいよいよ本番だ。

 ブラインドをかき分け外を見ると、木っ端や軽いゴミが宙を舞っていた。


「怖いな。ガラスが割れなきゃいいが……」


 ふと、そういう破損の場合は誰に責任があるのか気になった。

 もしもこの窓ガラスが割れたら、借主と貸主、どっちに責任があるのだろう。

 これだけデカいガラスだ。金額もバカにならないだろう。


 ちょっと聞いてみるか。

 フクシマにメッセージを送る。


『払ってくれてもええで!』


 我らがオーナーの返答。どうやら貸主のほうに責任があるらしい。


『割れたワケじゃないけどな。気になった』

『地震の屋内被害とかやと最近は完全に借主持ちやな。突っ張り棒や滑り止めは常識やし、地震保険もあるから』

『耐震基準とか大丈夫なのか?』

 この『エステート・ディー』はおんぼろビルだ。

『古いけど、ガッツリ鉄筋コンクリートやし頑丈やで』


「そうかそうか」

 俺はフクシマの回答に満足してポットを手に部屋へ帰った。


********


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