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事件ファイル♯08 荒ぶる空と大地! 陰謀は事実か?!(1/6)

「ショウユ! ショウガ! ワサビ!」

 ちょっと訛った発音の単語と共に、俺のアタマがリズミカルに音を立てる。


「マグロ! イカ! サーモン!」

 頭が痛い。


「あのな。寿司が食いたいのは分かったが、ヒトの頭に足を乗せるのは失礼だろ」

 俺はベッドの下に座り、本に目を落としながら小娘の無礼に抗議をしていた。


「編集長がいつまで経ってもお寿司食べさせてくれないのがイケマセン」

 無礼な小娘はベッドの上で寝そべりながら、足で俺のアタマを叩いている。


「だってしょうがないだろ、これ買ったんだから」

 俺は窓に設置された夏の必需品を指さした。

 ふたりでアタマを突き合わせて選んだシロモノ。エアコン様だ。


 本当ならば、共用で使っている事務所スペースに設置する予定だった。

 だが、広い空間を充分に冷やすためには大型のエアコンが必要で、本体価格、設置料金、電気代どれをとっても今の俺たちには荷が勝ちすぎる事が判明した。


 この部屋ならば小型のもので充分だし、窓の向こうも隣のビルの壁だから、ベランダがなくとも窓に取り付けるタイプを使えばいい。

 よって、ミラカに譲った寝室にエアコンを設置し、俺たちはふたりそろってこちらに引きこもっているという次第だ。

 ペットのテリヤキちゃんも心地よい場所を見つけてくつろいでいるぞ。


 ……なのだが。


「ブリ! タコ! ハマチ!」

 俺のアタマにミラカの素足の連打がお見舞いされ続ける。


 「食い物の恨みは恐ろしい」とはよくいうが、隠しカメラと寿司の一件以降、俺はメシの度に「寿司」という単語を聞かされているのである。

 盗撮の件はいまだにバレていない。墓場まで持って行く予定だ。

 とはいえ、引け目はあるから、どこかで寿司を食わせてやりたいが、エアコンが貯金を削ったし、今年の家賃がタダになろうとも、カネが入るワケじゃないからズルズル引き延ばしたままになっている。


「お寿司お寿司お寿司!」

 アタマに乗せられたかかとがグリグリと髪を掻き乱す。

「やめろ、髪が減る!」

「海苔を食べれば増えマス。お寿司!」

 ミラカは今日こそは譲る気がないらしい。

 彼女は寿司が好きだ。ニシクロヤマ村で初めて口にしたときに気に入ったと言っていた。


「わかった、わかった。今日の昼は寿司にしてやるよ。その代わり、腹が膨らまなかった分は安いモンで埋めろよ」

 俺はとうとう降参して大食い娘に譲歩した。


「ヤッター!」「いてぇ!」

 喜びと共に強烈な一撃。


「あっ、ゴメンナサイ。今のはワザとじゃないデス」

 ミラカが起き上がり、俺に向かって手を合わせた。


「ワザとでもやめてくれ。よし、台風が来る前にさっさと……ありゃ、もう雨が降ってるのか」


 スマホで降雨レーダーをチェックする。

 夏も本格的になり、俺たちの住むマイカタ市には赤と黄色の表示が迫っていた。

 先週の時点では小さくまとまっており「小型だが強力なヤツ」と評されていた台風だったが、気象予報士たちは予測を外し、昨年に猛烈な勢力を保ったままで上陸して大きな被害をもたらした台風をも超える、巨大なサイズと勢力を持つものへと成長を遂げていた。


「台風だしやめとかない?」

 俺はダメもとで提案する。

 出歩かない理由があるときは我慢と節制をする。これが貧乏人の生きるための知恵なのだ。


「ソーデスネ。雨で濡れるとメンドッチーデス」

 ミラカはどうやら、分かってくれたようだ。

「なので、出前にシマショー!」

「バイト君を殺す気か!」

 風は雨に先行して、すでに本格的に吹き荒れていた。

 先ほどから外は賑やかだ。とてもじゃないがバイクや自転車を使える状況ではない。


「イヤなら断ればいいんデス! ほら、今日も休まず営業中!」

 ミラカは寿司のネット配達のページを見せてくる。

 最寄り店は隣町。ここは配達エリアの端っこだ。


「あー……いや、やめとこうぜ」

 台風や豪雪になると面白がって配達を頼むバカが出てくるが、半フリーターな俺としてはバイト君たちの味方をしてやりたい。

 店のほうも営業しなきゃいいのに。


「エー!」

 再びベッドに横になり、俺のアタマに足を掛けるミラカ。

「ナシとは言っていない。出前じゃなくて『レイデルマート』のにしようぜ」

 『レイデルマート』は近所の二十四時間営業のスーパーマーケットだ。


 あそこは頭がおかしい。


 行事ごとがあると商品を山積みにしすぎて値引き祭りをしているし、元旦も営業、台風でも雪でも休業しない。

 ここ数年の日本では、天候がマズいときは交通機関までもが終日運休する流れになってきたが、『レイデルマート』は今日も元気に営業しているに違いない。

 新聞に普通に広告が挟まっていたし。


 おそらく、今から行けば値引き商品の山と出逢えるだろう。


「ウニ! イクラ! カズノコ!」

 ミラカは声の調子をひとつ高くしてまた俺のアタマを足で叩き始める。

 今度は蹴りの威力がセーブされていた。


「それは高いヤツだ。蹴るな。ほれ、雨がひどくなる前に行くぞ」


 支度のために立ち上がると、ミラカがベッドの上で寝転がったまま膝を抱えていた。


「……おい。スカートめくれてるぞ」

 娘の白い太ももがあらわになっている。返事なし。


「ア、足を攣りマシタ……」

 ベッドの上のバカは身体を震わせてつぶやいた。

「記念撮影しとくか」

 俺は苦悶の表情を浮かべるミラカをスマホに記録した。


********


 ビルから出ると、すでに小雨と共に強風が逆巻いていた。

 ふたりそろって合羽(かっぱ)を身に着け、フードまでしっかり被っての出陣だ。

 もちろん、店内に入るための配慮として合羽のケースもタオルもしっかり持参している。


「あはははは! めっちゃすごい風デス!」

 この通りは特に、ビル風によって風が強化されている。

 ミラカの声も半分どこかへ吹き飛ばされて聞き取りづらい。

「編集長! ジャンプしてみていいデスカ!?」

「何だ!? なんて言った!?」

 風に負けぬようにと怒鳴るように訊ねるが早いか、ミラカは俺の前で急にジャンプをした。

 足元のグリップを失った小娘の身体が風にあおられ、こちらに向かって飛んでくる。


「おおい! 危ないな!」

 ミラカの身体を支えてやりながら叱る。


「あははは! 飛んだ!」

 ケガでもされたら堪ったもんじゃない。俺は面白くないぞ。


「バカなことやってないで、さっさと行くぞ」

「ハアイ」


 レイデルマートまでは歩いて十分程度の距離だ。

 普段は住人や通行人の姿が散見されるが、さすがに今日は誰もいない。

 ずっと風の音やあおられた物の立てる音が聞こえているが、いつもの生活音がないせいか、かえって静かな印象を受ける。


 ミラカがまたバカなことをしないように手を繋いでやりながら風の中を歩く。

 大の大人でも、押されたり、押さえられたりする感覚を覚えるほどの突風がひっきりなしに吹いている。


 じつのところ、わざわざ外出したのは、これが少し楽しみだったからでもある。

 嵐の中をうろつくのは楽しい。

 屋内から外を眺めるのも好きだ。

 大自然の驚異というか、イレギュラーな環境が面白いというか。

 ガキの頃からこういうのが大好きだった。


 台風に限った話でもない。

 不謹慎だとそしられるかもしれないが、雷も好きだし、都会に降る雪も好きだし、地震だって好きだ。

 これからの季節はゲリラ豪雨に期待ができる。

 景色を眺めたり、実際に体験するのもいいが、データを眺めるのも好きだ。

 気象庁のページを開いて、数値化された気象現象を眺める。

 冬なら朝の四時五時の最低気温地点を探したり、夏場なら高温を記録する場所を探してほくそ笑んだりする。


 決して、ヒトの不幸や苦労が好きということではない。

 数値化されたそれらを眺めるのことで満足感が得られるのだ。自分でもよく分からんのだが。


「編集長! ヘンタイが居マス!」

 ミラカも住宅の塀を指さしながらよく分からんことを言っている。


 彼女の示す先を見ると、塀に女性ものの肌着が風で押し付けられていた。

 それも、ポスターの政治家の顔面に張り付くように。


 俺はミラカの言った“ヘンタイ”を反芻して笑った。

 たぶん彼女は知らずに言ったのだろうが、この政治家は与党派の市議で、女子高生相手にお金を払って合意のヘンタイ行為をしたと週刊誌にすっぱ抜かれたヤツだ。

 春ごろの野党はこの議員のスキャンダルにご執心で、大選挙の年だというのに追求に余念がなった。

 他にもっとやることがあっただろうに。


 議員の不祥事なんぞ昭和時代からのお約束事みたいなもんだが、じつは俺は、この“ブラジャー仮面”の件に関しては“陰謀”なんじゃないかと思っている。


 マイカタ市は数年前に市長と建設会社の癒着が問題になって全国報道されたことがある。

 その市長は逮捕、今は別の党派の人間が市長をしているのだが、このブラジャー仮面はその市長の懐刀のような男で、街の改革に熱心だ。


 繁華街のアヤシイ店に不利な条例を作ろうとしたり、不健全な銀玉店を学校や住宅地から遠ざけようとしたり、いわゆる正義の味方的な活動をしていた。

 だが、こういった活動は古くから土地を持っている人間や、土地の上の箱を作る人間にとって利害の発生するもので、特に前市長からのおこぼれにあずかってきた連中には不利となる。


 ゆえに、彼は常に痛いトコロを探られ続けていたというワケだ。

 もちろん、彼のやっていることに利害関係があるからといって、イコール陰謀という乱暴な話ではない。


 不適切な行為に及ぶ直前だとされる写真が週刊誌に掲載されていたのだが、その画像に映る「女子高生とされる人物」に、俺は見覚えがあったのだ。


 よく繁華街を通り抜ける際に見かける、裏のお店のキャッチのねーちゃんだ。

 写真の彼女の着ている服は一見、セーラー服に見えるのだが、これはじつはただのセーラー服っぽく見えるだけのシロモノで、その上、週刊誌の写真は何故かカラーではなく白黒で見づらい形になっている。

 繁華街を利用するものなら彼女の姿を見たことのある人は多いだろうし、写真ではまるで腕を組んで歩いているように見えるが、このねーちゃんはボディタッチも使ってくるブラックな手練れだ。


 つまり、この写真は問題行為直前の写真ではなく、そう見えるように切り取られたものなのだと推測できるわけだ。


「アノー? 編集長?」

 ミラカが俺の手を引いた。いかんいかん。脳内で俺の知識の泉が氾濫をしていたもんでな。

「どうした? ミラカ?」


「どうしたじゃないデス。編集長はヘンタイデスカ?」

 ミラカが俺を見る視線は……軽蔑のまなざし?

「えっ?」


「そんなに下着を見つめて。いっしょに暮らす女子として、身の危険を感じざるを得マセン!」

 俺はブラジャー仮面のポスターを見つめながら思考に暮れていたのだった。

「ちっ、違う! ちょっと考え事をしていただけで……」


「何考えてたんですか!?」

「政治と陰謀についてだな……」


「エエーッ! ヤダーッ!」

 ミラカは俺の手を振りほどいて後ずさった。


「な、なんでそんなに引くんだよ。ほら、寿司買いに行こう」

 俺は繋ぎ直そうと手を伸ばすも、ミラカはさらに身を引いて距離を取った。


「ちょーっとスケベかなー? とは思っていマシタガ、そんな直接的なことを言うナンテ……」

「何がだ。けっこうアタマのいいこと考えてたんだぞ!」

「アタマじゃなくて“下の毛”じゃないデスカ!」

「バカヤロ! そりゃ陰毛だ! 俺が言ってるのは陰謀!」

「性と陰毛って言いマシタ! もう、同じ部屋には居られマセン!」


「政治と陰謀だっての!」

 チクショウ。風のせいか?


「陰毛!」

 俺を指さすミラカ。


「大きな声で言うな! 見かけだけじゃなくて、アタマも中学生レベルか!」

 ミラカはあっかんべーをして逃げる。

「勘弁してくれよー」

 俺はげんなりしながらあとを追う。


「勘弁してほしかったらー。お寿司二倍!」

 振り返り指を二本立てて見せるミラカ。


「お前、それが言いたかっただけだろ!」


 ミラカは突っ込まれると噴き出した。


「ほらみろ。ツメが甘いぞ。ダメダメ。お寿司はひとり一パック。あとは安いもんで我慢しろ」

「ブーッ」

 ミラカは立てた二本指を裏返した。


「素人陰謀論者じゃ、プロの懐疑派にゃ勝てねーよ! ほれ、さっさと行くぞ!」

 俺はボロを出した娘を笑って歩き出す。風向きが変わった。

 台風さんも俺の勝利を祝福しているのだ。


 アタマに何かが当たる。

「……なんだ?」


「アハハハハ!」

 後ろからミラカの爆笑。

 それから、なんか「カシャリ」と音が聞こえた。

 振り返るとこちらに向かってスマホを構えて笑っている。


「何を撮ったんだ?」

 俺はアタマに引っかかった物体をつかむ。……さっきのブラジャーだ。

 また音。スマホの撮影音だ。


「ショーコは押さえました! お寿司二倍!」

「消しなさい!」


「三倍!」「増やすな!」

 笑顔も三倍。キバが見えている。


「送信! ハルナちゃん!」

「やめろ!」

「送信! オーナー!」

「やめてください! ソイツらだけはご容赦を!」

「アハハハハ!」

 ミラカは笑いながらスーパーのほうへと逃げて行く。


 そして、俺は全面降伏を認めるハメとなった。


 チクショー! 陰謀だ!


********


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