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事件ファイル♯07 カメラは見た!? 吸血娘の恐るべき正体!(5/6)


 血。血液。

 アタマの中で、赤い単語がぐるぐると回る。


 俺はモニタに映るミラカの白い肌と対照的な色の唇にくぎ付けになった。


 ヴァンパイア。吸血鬼。ヒトの血を吸う怪物。

 不老の存在で、吸血をした相手を眷属にしたり、コウモリやオオカミを使役する力を持つとされる。


 吸血行為は古代から儀式的、呪術的に意味のある行為とされてきた。

 他者の力を自分のものとするため、絆や繋がりを強めるため、あるいは支配と蹂躙の証として。


 それらはときに不可思議な事件と結び付けられ、ひとびとのあいだで怪談として語り継がれ、民話や伝説となった。


 それを近代の作家たちがホラー小説として書き直して世界的にヒット、現在も小説や漫画、映画やゲームなどの多岐に渡って、一大ジャンルとして君臨している。


 一方で、現実に血液食を好むとなると、ヘマトフィリアや好血症などの異常性癖寄りのイメージが強く、ファンタジーのイメージと相まって、事実として受け入れられない一線を作ってしまう。


 実態としては、ホンモノの性癖としてよりも、厨二病的なファッションやメンタルヘルス界隈で用いられる傾向が強い。


 オカルトといえばオカルトではあるのだが、どちらかといえば俺の中ではファンタジー寄りの認識だ。

 ミラカの話したヴァンパイア設定は面白かったし、病気だということは信じている。

 だが、今目の当たりにした彼女の奇行は事実で、今まで見せたことのない表情が冗談や演技でないことを裏付けている。


 いっしょに暮らしてきた俺だから、分かる。


 俺はアタマの……いや、全身から「彼女は異常だ」という信号が発せられたのを感じた。


「やっぱ、吸血鬼確定やろこれ。おい同居人、顔色が悪いぞ」

 フクシマはさも面白い物を見たというふうに言い、俺の肩を叩いた。


 俺は思考から現実に引き戻される。 


「まだ分からないんじゃない? 鉄分が欠乏しやすい病気なのかもしれないし」

「まあ、女子やしな。俺はその辺よー分からんけど」

「そ、そうだよな」


 俺たちはみんな独身だ。

 ナカムラさんは単に話に出さないだけかもしれないが、色気のある話は聞こえてこない。

 フクシマは仕事の付き合いで近所の店で遊ぶようだが、コイツに特定の相手ができるようには思えない。


 俺はフクシマに引っ張られてキャバクラのたぐいに行ったことがあるくらいで、生身の女と積極的に関わりを持つことはあまりない。

 どちらかというと、最近が花盛りなのかもしれない。子供みたいなヤツばかりだが。


 俺は他愛のない思考で強引に脳を埋めようとする。


 ミラカにも、そういう相手が居たことがあるのだろうか。

 いや、彼女はあまり人前や日の下に出られなかったのだ。恋人どころか友達すら危うい。

 だから、三百十六年生きても“そういう経験”も無いんじゃないか?


 俺は「感染するから」というワードをあえて下品な思考で上書きする。

 ダメだ。ブタの内臓を口にしたときの表情がリプレイされる。

 アレは、そういう恍惚としたカオだった。


「ウメデラ君、彼女は“ああいうコト”をよくやるの?」

 ナカムラさんの指の先には再び冷蔵庫を開けて漁る娘の姿がある。


「まさか。ソーセージのドカ食いには気付いてましたけど、レバーを生でいってるのなんて」

 いつもはきちんと火を通す。

 俺はレバーは好かないから彼女しか食べないが、レバーは比較的値段の安い部位だし、大量に買ってもきっちり消費しているようだから特に制限もしていない。


 ミラカは今度は投げるように肉片を口に入れると、台所の蛇口で手を洗った。


「一連の動作に迷いがなかったよね。アレは初犯じゃないよ。キミの目を盗んで繰り返してるんじゃないかな。それに、その辺で売ってる生レバーをあんなふうにして食べて、ずっと平気なハズがない。彼女は、普通ではないね」


 ナカムラさんの言葉には彼らしくない、冷たく固い印象があった。


 普通ではない。


「ただ食い意地が張ってるだけじゃ? あとでまたトイレでしょ」

 口から出たのは本音とは正反対の言葉だった。

「やっぱ血合いのモンが欲しくなるのは吸血鬼やからやろ。ほんで、ああいう食いかたしたらお前がうるさいから、こっそりやっとるんや」

「ウメデラ君を怖がらせないためかもね」

「ああー、なるほどなあ。泣かせるなあ。別に我慢せんとウメデラの血くらいやったらいくらでもくれてやるのに」


「人の血を勝手にくれてやるな。……でもさ、こんな食いかたはないだろ」

 画面の中のミラカはソファに戻ってペットを撫でているが、ガムを食べているかのようにモグモグし続けている。

 彼女のテリヤキを見る目はどこか虚ろだ。


「火を通すと壊れちゃう成分とかもあるんじゃない?」


「それなら別に、正直に言えばいいのに」

 これは本音だ。なんでも話してくれて構わない。


 だが一方で、そういうラインを引いておきたい気持ちも分かる。

 誰にだってそういうのはあるだろう。


 そして、それは彼女が隠したがっているあいだは、絶対に越えてはならないライン。

 今の“俺たち”は……いや、そのラインはきっと、“俺”に対して引かれたものだ。

 俺は今、その内側に盗み入っている。

 もしも気づかれたら、単に盗撮をしていたという事実よりも、深く、深く傷ついてしまうに違いない。


 そのときは、食い殺してくれたほうが気が楽だ。


「別にええんちゃう? 俺の知り合いにも、いつも変な食いかたするヤツとかおったし」

 寛容というよりは、どうでもいいと取れる言葉。

 俺も大学時代の同級生にそんなヤツがいたのを思い出す。

 だが、これはマナーや悪食の問題じゃない。


「そういう子って自分でやっておきながらマズいって言って残したり、お腹壊したりするよね」

 ナカムラさんも固い口調だったのはほんのいっときだった。所詮は他人事だ。


「で、お前はどうなんや? ホントのところ」

 フクシマは俺に訊ねる。

「どうって……」

「ミラカちゃんがヴァンパイアやって信じるんか? 今の見てどう思ったんや?」

 俺は先のふたり軽い反応に不快感を覚えながらも、自分の意見がすぐには浮かばなかった。


 少し悩んだのち、ようやく言えた言葉は「別にヴァンパイアでもなんでも。腹を壊さないなら、それでいい」だった。


「そうだね」

 ナカムラさんが肯定する。

 一方で質問者は訊ねておきながら、口にホットサンドを詰め込んでいて返事をしなかった。


 いつの間にかミラカの口の中は空っぽになり、鳥も手放して再びスマホに戻っていた。


『遅くなりそうですか? 食事はどうしましょうか? 返事ができないようでしたら作り置きをして冷蔵庫に入れておきます』


 ミラカからのメッセージ。

 彼女の視線はスマホと玄関のほうを行き来している。

 宅配便を気にしてか、俺を待ってのことか分からんが、気を揉ますのも悪いと思い、すぐに返事を打った。


『もう少しかかるかも。それと、大変申し訳ないのだが、荷物は手違いでキャンセルになった』

 不自然かもしれない。だけど、細かいことなんてもう、どうでもいいだろう。


『そうですか。お仕事頑張ってくださいね』

 ミラカは返事をすると、立ち上がって背伸びをすると腕を曲げたり、腰を曲げたりしてストレッチを始めた。


 それから、自身のニオイを嗅ぎ始め、

『クッサ!』

 と叫んでから、クルクル踊りつつ洗面所のほうへ去って行った。


 恐怖と淫靡のB級ホラーな雰囲気は微塵も残っていない。いつものアホだ。


 今度はミラカはすぐには戻って来なかった。代わりに盗聴器が水音を拾っている。


「お風呂に行ったね」

「主人が帰ってくる前にお清めしてんやな」


「卑猥なこと言うなよ」

 と、言いつつもなんとなくお清め中のミラカを想像してしまう。

 いまだにヴァンパイアにありがちな性的なイメージが俺の中にこびりついている。


 ……ん? 何か違和感があるな。


「バカな。聖なる話やぞ。みそぎもナシに儀式には挑まれへんからな」

「なんの儀式だ」

 俺はフクシマにツッコミを入れながら違和感の正体を探る。


 クルクル回って風呂に行ったミラカ。……なんだ?


「そらお前、生け贄の儀式に決まってるやろ~」

 おどろおどろしく言うフクシマ。


 ふん、もしもミラカがヴァンパイアなら、いつか食われてしまうパターンもあるのだろうか。

 さすがにそれはバカバカしいか。


 俺たちはおのおのスマホでヒマつぶしをしながら、誰も居ないモニタを適当に監視する。

 しばらくすると、水の音が止まった。


「……あっ!」

 俺はようやく違和感の正体に気付いたが、もう遅い。


 アイツはいつも着替えを持ってから洗面所へと向かう。

 今日は手ぶらで、踊りながらの入場だった。


 とっさにモニタを隠した。ガッツリと肌色が映っている。


「別にそんな必死に隠さんでもええやん。別に子供の裸なんて見て喜ばんし」

「ミラカは子供じゃないだろ! どっちにしろダメだ!」


 俺はちらとモニタを確認する。

 アイツは着替えを取りに行くどころか、何故か全裸のままインド風の踊りをしている。しかも微妙に上手い。

 クソ、俺の気も知らないで!


「なんやお前、ロリコンか~? フクシマメモリーの梅寺アシオのオモシロページに記録しとくわ」

 フクシマはとても嬉しそうだ。

「バカ言うな。三百十六歳に興奮するかっ!」

「それはそれでヤバいよね」

 干からびた人間を想像しているのか、ナカムラさんが笑った。


 バカ娘は踊りをやめると、ようやく部屋へ戻り、赤いジャージを身に着けた姿で現れた。

 冷蔵庫でアイスを一本咥えてからキッチンの台所に寄りかかり、スマホをいじり始める。

 それから少しして、ミラカは冷蔵庫や棚から料理の材料を引っ張り出し始めた。


「晩メシ作り始めたわ。もう、おもろいもんは見れそうもないか?」

 フクシマは背伸びをしたり、首を鳴らしたりしている。


「どうだろう。また何か食べるかもよ」

 ナカムラさんが言った。


 監視はいつまで続けるのだろうか。

 恐らく、フクシマは何も考えていない。

 基本的にコイツが言い出したイベントはコイツの裁量で終わりを迎える。

 さらに言うと、今回は事務所の賃料の件が絡んでいるため、俺は何も言えないでいる。


 でも、もう終わりにしたい。


『ヤミィ! ミラカお料理上手デス!』

 いつものエプロンを身に着けて味付けを確認しているミラカ。

 普段見ない姿をたくさん見たせいか、モニタに映る彼女が以前とは別人のように見えた。


 俺はなんとなくそわそわしながら監視を続ける。

 フクシマはあくびをしてスマホをいじっている。

 食卓の上には料理が並べられ始めている。ふたり分だ。

 カメラは温かな湯気を捕らえ、マイクは皿がテーブルに置かれる音を拾う。



 それからミラカはイスを引いて座り、スマホをテーブルに置いて、ただ静かに待ち始めた。



「よし、飽きた! ナカムラさん、今から飲みに行こうや」

 フクシマはパソコンを操作しアプリケーションを終了させ、立ち上がった。

「ええ!? 全然お腹空いてないんだけど」

「ええやん。吐いてからが本番やで」

 ナカムラさんは鬼の子に連れ去られようとしている。

「助けてウメデラ君~」


「ウメデラは帰れ! カメラとノートPCはあとで取りに行くわ。まあまあおもろかったし、約束通り今年分は免除したるで」

 フクシマはサングラスを掛け、わきに抱えたナカムラさんを引きずり始めた。


「おう、アリガトな」

 俺は気のない返事をして、彼らとともに『ロンリー』をあとにした。


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