事件ファイル♯07 カメラは見た!? 吸血娘の恐るべき正体!(4/6)
『ミーーーラーーーカーーーちゃーーーん!』
『ギャアア!』
若い女の声とミラカの悲鳴。
モニターには少女に抱きすくめられているミラカの姿があった。
「男やなくて、女に襲われとるわ」
「アレは川口ハルナだ。なんだろう……友達?」
「ヒロシ君のお姉さんだね。元気で礼儀正しい子」
その礼儀正しい子は玄関先でミラカをハグして頭を撫でている。
彼女の手にはB・Tの紙袋。
ふたりは事務所に入るとおしゃべりをしながらB・Tの紙袋を開ける。
「チョロイってこれのことか」
ミラカはハルナの持ってきたハンバーガーをかじっているが、代金を払った様子はない。
「ハルナはミラカスキーだからな。多分、適当におだてたか甘えたかしてハンバーガーをおごらせたんだ」
「案外えげついな。友達やなくてパシリやんけ。ま、俺もミラカちゃんにはすぐ奢るんやけどな」
フクシマがガハハと笑う。
「フクシマさんは太っ腹だよね」
「せやで、賃料もよくタダにするしな。ま、金持ちの余裕やろか?」
ビルのオーナーはふんぞり返り俺のほうを見ている。
「それに……」
「それに?」
「ヴァンパイアとか、好きやしな」
……あっそう。
「おっ、メッセージが来たぞ。ハルナからも来てる」
『ハルナちゃんがお土産にB・T持って来てくれました。ワーイ!』
ミラカからは写真と共にワザとらしい報告。
『ミラカちゃんとお家デート中なう』
ハルナからもミラカとのツーショット付きのメッセージ。
ミラカとハルナはしばしのあいだ、ガールズトークに花を咲かせた。
トークと言っても、基本的にはハルナが「学校でこんなことがあった、あんなことがあった」とまくし立てているばかりで、ミラカはニコニコしながら頷くだけだ。
ミラカは“子供”に対してはオトナな態度を取ることが多い。
逆に“大人”に対してはご存じコドモに振る舞う。
演じ分けているのか、自然にそうなるのかは不明だが、そういうところがどこか他人に対して一線を引いている感じがする。
俺はスマホの機内モードを解除し、休憩中を装って適当に返信しておく。
アリバイ作りというワケじゃないが、最後までスルーするより自然な気がするからだ。
俺からの返信を受けて、ふたりの話題が俺の留守についてにシフトした。
『じゃあ、ミラカちゃんは今日はひとりなんだ?』
『夜には帰ってくるって言ってマシタ』
『なーんだ。いっそお泊りでもしてやろうと思ったのに』
『私のウチじゃないので、勝手にそんなことしちゃダメデス』
三ヶ月も住みながらそういうことを言われるとちょっと寂しい気もする。
『バイトって何してるんだろう? またどこかでカメラでも見てるのかな』
川口ハルナさん、正解です。
『あんがい、ミラカちゃんのことを監視してたりして』
イタズラっぽく笑う女子高生。
「この子、微妙に勘がええな」
フクシマが乾いた笑いをあげた。
『編集長はそんな事シマセンヨー』
『やりそうだけどなあ。トイレとかお風呂とか気を付けたほうがイイよー? ……そこに盗聴器が!』
ハルナはコンセントを指さす。じつは正解だったりする。
「やばいわ~。女の勘怖いわ~」
白スーツ男が珍しくビビっている。
『カメラを仕掛けるなら~。そこだ!』
ハルナの指がこちらをビシリと指した。
「……!」
俺たちはそろって息を呑んだ。マジかよ。
『私は編集長を信用していマス!』
『ホントかな~? あの人って、アヤシイ仕事もしてたんでしょ? 今もちょっと胡散臭いケド。ネットで名前挙がってたんだよ』
ハルナはかなり意地の悪い笑いを浮かべながらカメラのあるほうへ歩み、言った。
俺の書いた記事からのトラブルの話だろうか。
『ハルナちゃん。ヒトのことをそういう風に言うのはよくないデス。ネットは真実を見抜けない人が使うのは難しいって編集長が言っていマシタ!』
『えー。オカルト界隈の人が言う?』
『それに、変なウワサがあっても私は気にしマセン! あの人にはあの人の事情がアリマス!』
『かばうなあ。いいなあ、そういうの。あたしもカレシ作ろっかなー』
ハルナはカメラを隠した棚の前で足を止めて、ミラカのほうを振り返った。
『編集長とミラカはそーいうのじゃないんで……』
『まあ、そーは見えないよね。親戚だっけ? それもちょっと無理があるケド』
『ハルナちゃんは、編集長のコト、キライデスカ?』
『キライじゃない。お世話にもなってるし、割と面白いし。でもなんだろう……、なんかちょっとムカつくかな』
ハルナはそう言うと『へへ』と笑った。
「お前、嫌われとんちゃうか」
フクシマが言った。さっきのが効いてるのか、声は笑っていない。
「そんな事より、アイツ、こっちに来ないだろうな……」
『ごめん、ちょっとヘンなこと言い過ぎた。冗談だよ。あたし、ちょっとヤキモチだったかも。あの人はそんなコト、しないよね』
カメラに背を向けてハルナが頭を傾ける。
ミラカはほほえみで返した。
「今のは少し危なかったね」
ナカムラさんが溜めていた息を吐く。
「俺もビビったわ。ウメデラ、お前信用あるのかないのか分からんのー」
フクシマが俺の背中を叩く。
「そーだな……」
俺は気のない返事をした。
少し暗くなっていた雰囲気も一転、彼女たちはまた元通りにおしゃべりをしたり、いっしょにスマホを覗き込んで笑い合ったりしていた。
なんだかんだで仲はいいようだ。
時刻が夕方6時を打つ頃合いで川口ハルナは引き上げていった。
俺たちはまだ寿司が胃に残っていたが、ふたりの会話を眺めているのが退屈だったために、ナカムラさんお手製のホットサンドとコーヒーをいただいている。
独りに戻ったミラカはソファに戻ってスマホを手にしたが、特に操作しないで立ち上がった。
「こっち来るんちゃうやろな……」
フクシマは不安げだ。さっきのカメラの話の確認をする可能性は高い。
しかしミラカはカメラの前を素通りし、しばらくして戻ってきた。
腕にはテリヤキを抱いている。
「あのヒヨコ、あんなでっかくなったんか」
「あのくらいだと生後二、三ヶ月だね。映像だと分かりづらいけど、多分、メスじゃないかな」
ニワトリに通じてるナカムラさんの言。
「それはありがたい。食費が助かる」
ミラカはソファに座って、ゆっくりとした手つきでテリヤキを撫でている。
何を考えてるのだろう。寂しいのだろうか。
……グウー。
マイクがバカデカい腹の音を拾った。
腹の音のぬしはテリヤキを撫でる手を止めて、その腕の中の未熟な若鳥を見つめだした。
「まさか、食べる気じゃないだろうな……」
「吸血鬼やしな。そのまま血吸うんちゃうか」
フクシマが笑う。
「食べるならまずは頭を落として、羽根をどうにかしないと」
ナカムラさんの冗談だか本気だか分からないコメント。
ミラカはテリヤキを横に置くと立ち上がり、台所のほうへ歩いていった。
「なんか食べる気やろか? さっきB・T食ったばっかやん」
「でも、お腹鳴ってたよね」
ミラカが冷蔵庫から取り出したのはソーセージのパック。
数日前に輸入品販売店に行ったときに買い込んでいたものだ。
賞味期限も長くないし、冷蔵庫のスペースを喰うからいっぺんに買うなというのに、意地でも譲らなかったシロモノだ。
五パックすべてを取り出すと封を切り、換気扇をつけ、熱したフライパンへ転がして、次々と焼き始める。
「マジか。アレ全部行くんか」
目を丸くするフクシマ。
「本当に大食いなんだね」
ナカムラさんもビックリしている。
「あのソーセージは特にお気に入りらしくて、ときどきバカ食いしてることがある」
彼女の取り出したソーセージは赤黒い色の輸入品だ。
「ほーん。ウマいんやろか」
「俺は食ったけど、苦手だな」
料理として出された時は口にするが、味が独特で、正直あまり好きじゃない。
ミラカも察してるのか、それとも自分が食べたいだけかは分からないが、俺が一度微妙な反応をしてからは料理にアレを入れることはあまりなくなっていた。
「ふるさとの味」とかそんなのだろうか。
実家を思い出したときに慰みに食べているとか?
ミラカはソーセージを焼きながら鼻歌を歌っている。
マイクは鼻歌だけでなく、ソーセージの油の弾けるいい音も拾い上げている。
ソーセージに火が通ると、フライパンのままフォークを刺して、ふーふーと息で冷ましてからかじり始めた。
マイクの性能がいいらしく、ミラカのキバがソーセージを割る音が小気味よく響いた。
「なんや、見てると腹減ってくるな」
フクシマがコーヒーをすすりながら言う。
「今、サンドウィッチ食ってるだろうが」
「気分の問題や。腹はまた限界になりそうや」
言わんとすることは分かるが。
「ミラカちゃん、やっぱり全部食べる気だね」
ミラカはフライパンをカラにすると、一度で入りきらなかった残りのソーセージを追加で焼き始めた。
「あの子、いつもあんな食べとるんか?」
「あんな風にして食べてるところは初めて見たが、あのソーセージのパックのゴミが一度に大量に出てることはあるな」
これだけのドカ食いだ、少しブキミにも感じる。
「なんやっけ? ヴァンパイアウイルスの吸血衝動を抑えるために、大食いになるんやっけ?」
ミラカが言っていた設定。
「あのソーセージって、何か変わった種類なの?」
ナカムラさんが訊ねる。
「何だったかな、ブラックプディングとか言ってたような……。赤黒くて、焼いたら炭っぽい色になる。普通の店じゃ売ってないヤツです」
「ウメデラ君、それ、ブラッドソーセージだよ。名前の通り、豚の血液が使われている」
血液。
「ほーん……。おもろなってきたやん?」
フクシマはモニタの中の娘を舐めるように見て、ほくそ笑んだ。
「ソーセージは食べ終わったみたいだね」
ナカムラさんも真面目モードに切り替わっている。
「また冷蔵庫行ったで。次は何が出てくるんや? 人の手とか耳ちゃうやろな」
俺はフクシマの茶化しを無視し、固唾を飲んでミラカの動きを見守った。
彼女が冷蔵庫から取り出したのは赤いボトルだ。
「ハハハ、出た。トマトジュースや」
フクシマはウケている。
ミラカは半分くらいになっているトマトジュースのボトルに直接口をつけ、一気に全部飲み干す。
『ぷはーっ! ウマい! もう一杯!』
CMの物まねをしているが、俺は笑わなかった。
それからもう一度冷蔵庫を開けると手を入れてゴソゴソやり、何かをひとつまみ引っ張り出して扉を閉めた。
「アレはなんだろう?」
ナカムラさんがメガネの奥で目を細める。
ミラカはその取り出した物体――黒っぽくてブヨブヨしたもの――を上へ摘まみ上げると大きく口を開き、キバを見せ、やや迎え舌気味にそれを口を運んだ。
「なんやろ?」
フクシマの疑問。
俺は事務所のあるじだ。その冷蔵庫の中に入っている物を、正確でないにしろ把握している。
アレは、ミラカが口にしたアレは。
「生レバーだ……」
「ちゃんと火を通さないと危ないよ。動物の種類は?」
ナカムラさんが言ったのはジョークではないだろう。彼も分かっているのだ。
「……ブタです」
食中毒を心配しているのではない。
レバーは“血合い”の部分だ。
それも冷蔵庫に入れてあったのは、血抜きの不完全な、放っておくとすぐに色が悪くなって、赤黒い汁がでるようなシロモノ。
ミラカはレバーをすぐに飲み下すようなことをせず、中に含んだまま口を滑らかに動かし続けている。
彼女はそれをしばらくのあいだ続けた。
十秒くらいだったかもしれないし、十分くらいだったかもしれない。もしかしたら一時間。
ブタの血をたっぷりと味わった娘はようやく喉を上下させ、赤く短い舌をわずかにくちびるに這わせ、指を口に近づけキスをするようにひとなめした。
“食事”を終えた彼女はわずかばかり頬を染めて、深いため息をついた。
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