事件ファイル♯01 オカルト! 美少女吸血鬼は実在した!(4/6)
「ほー。じゃあ、そのお嬢ちゃんはヴァンパイアなんやなあ」
俺の解説を受けたフクシマは、自称ヴァンパイア娘をジロジロ眺めながら感慨深そうに頷いた。
「アイツが言い張ってるだけだけどな」
「ウソじゃないデース! いい加減に信じてクダサーイ!」
抗議する自称ヴァンパイア娘。
「せやでウメデラ、信じてやれや」
「何でだよ。信じる要素あったかよ」
「逆に、ヴァンパイアやないっていう証拠もないやろ」
そう言ってフクシマは笑う。
俺の陰に隠れていたミラカが、ヤツのことをチラと覗いた。
「悪魔の証明みたいなもんだろ」
「なんや、お前オカルトやってるクセに、そんなこと言うんやなあ」
フクシマは俺を鼻で笑った。
「俺はどっちかと言うと、騒ぐよりも解明するのが好きなの。そんなことより、頼む! しばらくコイツを置いてやってくれ。っていうか、通報しないで!」
俺は目を閉じ両手を合わせて、フクシマ大明神を拝んだ。
ヤツは俺と旧知の仲だが、他人に対してイジワルをするのが好きな困り者なのだ。
ちらとヤツの顔を見ると、やっぱりニヤニヤしていやがるワケで……。
「え~。どうしよっかなあ~。いやあ、俺って、困ってるヤツの顔を見るのが好きやねんなあ」
ナチュラルに性格の悪い発言をするな。
「頼む!」
「どうしよっかなあ~。家賃払ってくれないし~」
フクシマは白スーツをくねらせて悩むフリをしている。
「そこを何とか! 近いうちに払うから!」
俺はさらに拝んだ。何なら念仏も唱えようか。
フクシマとの付き合いは長い。
ここは恥を忍んでヤツの願い通りに困っている姿を見せておかねばならない。
こっちが疲れる頃にはオーケーしてもらえるハズだ。
俺がこの事務所を借りるときも、向こうから話を振って来たクセに同じやりとりをしている。
学生時代もレポートを写させてもらう時に同じことをした。
今回は何時間で許されるのかなあ。
「うう……オーナー様。私からもお願いしマス。ナンマンダブナンマンダブ……」
くだんの小娘も俺を真似て大明神を拝み始めた。
「ええで」
即答。
「オウ! ありがとうゴザイマース!」
バンザイをして身体いっぱいで感謝を示すミラカ。
「やけに満足するのが早いな」
俺も姿勢を正す。
「そりゃあ、おめえ……俺はヴァンパイアとか好きやし」
「何かそんなこと言ってたっけ」
個人的な趣味らしい。
学生時代に格ゲーで遊んでいたときに、なんかそんなことを言っていた気がする。
「もうひとつ言うと、お前が警察から隠れてるの見るのがオモロイからや」
「……」
やっぱりそうですか。
「なんや、不満か?」
「いや、ありがとう」
慌てて礼を言う。ミラカも横で忙しくお辞儀を繰り返している。
フクシマは満足して見えない扇子で自分の顔を扇ぎ始めた。
なんとなくイヤな予感がする。
「せやけど、タダってワケにはいかんな」
「うう、家賃なら払いマス」
ミラカが茶封筒を差し出す。
「ミラカちゃんから金は取らへんで。せやけど、ビジネスはビジネスや。せっかくの美少女ヴァンパイアやで? これを使わん手はないやろ」
フクシマはニヤリと笑う。
「うう、やっぱり私は売られてしまうのデスネ」
さめざめと泣きまねをするミラカ。
「せやな。売り出すとかしたらええんちゃうか。この嬢ちゃんは何らか金儲けに使えるやろ」
「お前、とうとう人身売買や売春の斡旋まで始めたのか」
コイツならやりかねない。
「アホか。別に変な意味とちゃうで。ヴァンパイア娘とオカルトサイトの管理人やろ? 何か、彼女をネタに記事でも書いたらええんちゃうか。“会いにいけるヴァンパイア少女”とか絶対流行るで。歌とか歌わせるとか。動画撮るとか。家賃も生活費も稼げるし、ウメデラのサイトも人気が出る。ここに人が集まれば地価も上がって俺も嬉しいやろ? WIN-WINのWINの関係やなあ」
「ヘヘ、アイドルみたいデスネー」
ミラカは髪をいじって頬を染めている。
「ヘイ! ミラカちゃん。ほら、ヘイ!」
フクシマはミラカに向かって手拍子をした。
急なフリに対応しようと、彼女はステップを踏み始めた。
「アホはお前だ。何でそんな目立つようなことをしなきゃならんのだ。揉め事になったらお前も警察の聴取を受けるんだぞ」
「俺は別にオモロイからええけど。大体、普段から曰く付きの物件ばっかり漁ってるしな。不動産転がしてると警察ともよく絡むねん」
「そういうもんなのか」
「せやで。この前、権利が移ったのに退去せんかったヤツを追い出したんやけどな。ソイツ、後でクビ吊りやがってなあ。アレはウケたわ」
不動産屋が笑う。
「笑えねえよ。お前は鬼か」
「いや、スジ通さん方が悪いやろ。大体、追い出されたってクビ吊る以外に手ぇあったハズや」
「まあ、そうだけど……。ってミラカは、いつまで踊ってんだ」
「アイドルになったときの練習を……」
ヴァンパイア娘のステップは軽やかで妙にサマになっていた。表情も楽しげである。
「言っとくが、コイツは外には出さんぞ」
「はー。過保護やの。アイドルは冗談やけど、ずっと外に出さんとかアカンやろ」
「冗談デスカ……」
ミラカはダンスをやめてしょんぼりを始めた。
「生活するなら買い物とかあるし、助手にするなら取材とかにも行かなな?」
フクシマがミラカに笑いかける。
「お手伝いシマース!」
今度は飛び跳ねてアピール。忙しいヤツだ。こんなのがくっ付いてきたらと思うと面倒でならない。
「別にそんなの俺が……」
自分で言っておきながらだが、俺がなんでもかんでもやって、ミラカはずっとここに?
監禁もいいところだな。彼女はペットじゃない。ヴァンパ……人間の女の子だ。
「ミラカちゃん、パスポートちょっと写させてや」
フクシマはスマホを取り出す。
「スマホ? コピーじゃなくていいのか?」
「いや、これは正式な書類として欲しいんやなくて、大使館に照合してもらうためのメモを取るのがだるいからや。いちおう身分ははっきりさせときたいし」
「パスポートを写真に撮って問題ないのか?」
「知らんわ」
フクシマはミラカから臙脂色の手帳を受け取ると、顔写真の写ったページを保存した。
「っていうか、ミラカは分かってるのか? 大使館に照合されるってことは、お前が何かウソをついていたり、パスポートの偽造とかしていたらバレるってことだぞ?」
「編集長もしつこいデスネー。ミラカ何もウソついてマセン!」
「せやで、しつこいと嫌われるで。さ、メシでも食いに行こうや」
「オウ、お食事行ってらっしゃいませ、オーナー!」
手を振るミラカ。
「何言ってんや。メシはみんなで食いに行くんやで」
親指で出口を指すフクシマ。
「俺の話聞いてたか? 照合だってまだ済んでないのに」
「お前は気にしすぎや。そら、見られるかも知らんけど、こんなナリの俺と外人の娘がいっしょに歩いとって、警察に通報できるヤツはおらんで」
フクシマはサングラスを掛け直す。
そう言われればそうだ。
わざわざヤクザ風の男と外人の女の子にちょっかいを掛ける日本人なんて居ない。
ヤクザゲーを連想するくらいだろう。
「お前ひとりやったら知らんけどな!」
フクシマが笑う。
「編集長は通報されるんデスカ……」
「されねえよ!」
さて、ミラカを連れて繁華街に出た俺たちだったが、実際に出てみれば彼女はさほど目立たないということが分かった。
ミラカは金髪、翡翠の瞳、それから上が白の長袖、下が黒いスカートという目立ちそうな出で立ちだったが、陽の沈んだ後の繁華街にはもっと派手な人間も居る。
ヤクザめいたフクシマの恰好すらも、そこまで目を引かない。
どちらかと言うと、俺が地味過ぎて浮いているくらいだ。
飲み屋のキャッチよりも風俗のお誘いのほうが多いのはそういう風に見られていたからか……。
「人がいっぱいですネー」
きょろきょろと辺りを見回すミラカ。
「迷子になるなよ」
ミラカは女性にしても背が低い。百五〇センチも無いだろう。ひょっとしたらもっと低いか?
「オウ、ソーリー」
通行人が彼女に気付かずにぶつかりそうになっている。
「アウチ! ゴメンナサイ」
今度はぶつかった。相手は気にせず過ぎて行く。このままミラカを放っておけばトラブルになりそうだ。
「おい、ウメデラ。手ぇ繋いでやれや」
フクシマがニヤニヤしながら言った。
「ええ……」
俺はミラカの顔を見た。
ミラカははにかみながら手を差し出してくる。
「アホか。自分でちゃんと歩け」
俺は正面を向いて歩きだした。
「しょんぼり……」
ミラカは悲しそうに言った。
それからしばらくは誰も口を利かず、食事に関する意見も出なかった。俺のせいか?
「何食べよかなあ」
フクシマが沈黙を破る。
「せっかくだし。……ミラカ、何か食べたいものはないか?」
俺も気を利かせて訊ねる。
「せやな。歓迎パーティや。奢ったるで」
「やったー! オーナー太っ腹デス!」
「やったぜ」
「お前は自分で払いや」
「ですよね!」
「ハー。お店がいっぱいあって、どれにしたらいいか分からないデスネー」
ミラカはきょろきょろしながら色とりどりの看板を眺める。
この通りは駅に近く、飲み屋も多い。
寿司、焼き鳥、焼き肉、お好み焼き、ソバ屋、エトセトラ……。
もう一本奥の通りに入れば、オネーちゃんと遊ぶ店もたくさんあるぞ。
「なんでもええで。回らない寿司でも焼き肉でも。せっかく日本に来たんやし、それらしいもの食ってもええわな」
「スシ、テンプーラー、フジヤーマ、ゲイシャ!」
ミラカは外国人らしいステレオなつぶやきをした。
「芸者は食えないな。夏場なら、富士山みたいなかき氷を出す店もあるが」
「オー、かき氷! ニッポンの風物詩デスネー。でも、まだちょっと寒いかもシレマセン」
「そうだなあ。ミラカ、お前、流暢に日本語しゃべるけど、読む方もできるのか?」
「大体は読めマスヨー」
「ふうん。バイリンガルか」
賢いんだな。感心していると小娘が人差し指を立ててチッチッと振った。
「ノー。“セプティリンガル”デース。英語、日本語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、そしてアイルランド語……いわゆるゲール語が出来マース!」
「見かけによらず天才少女か。今度、聞かせてもらうな」
もちろん信じていない。
「三百年も生きていたら、たくさんヒマがありますカラ。あまり使わない言語はちょっと自信がアリマセンケド……」
三百年とはいえ、七ヵ国語は盛りすぎでは?
ちなみに俺は高校英語すらもアヤしい。
「っていうか、アイルランド語なんてあるんだな」
「アリマスヨー。しかし、公用語として復活したのが近年なので、大人たちには話せない人がいっぱいいますネー。実生活では英語ができないとお話にナリマセン」
「俺は言語どころか、アイルランドとイギリスの区別もついてねえや」
オカルトで有名な話もネッシーの親戚くらいな気がするし、ヨーロッパのひとつくらいにしか記憶していない。
「ウメデラはアイルランドを知らんのやな」
やれやれと息を吐くフクシマ。
「なんだよ。お前はアイルランドの何を知っているってんだ」
「アイルランドにはな。ドルイドの遺跡やケルズの書があるんやぞ」
「オー! ケルズの書はアイルランドの誇りデース! オーナーは博識デース!」
拍手をするミラカ。
「なんだそりゃ。そんなニッチな話をされても分からん」
「知らんのんか。ケルトは今、流行っとるんやぞ」
「編集長はもっとベンキョーするべきデス!」
「どの界隈の話だ。お前はなんでそんなこと知ってるんだよ」
俺が訊ねると、フクシマは鼻を擦りながら答えた。
「そりゃ、おめえ……好きだからよ、ドルイド」
「またそれか」
よく分からんヤツだ。
「アッ!」
ミラカが何かを見つけて指をさす。
「なにか見つけたか?」
「ミラカ、アレが食べたいデス!」
彼女の指さしたのは、派手な黄色と赤でデザインされた看板。
発祥はアメリカ、世界のどこへ行ってもこの看板は見られる。
「ええ?」「アレでええんか?」
俺たちは首をかしげた。
ミラカが指定したのは『バーガー・シング』。大手ハンバーガーチェーン店だ。
愛称は『B・T』か『シング』だ。『バガシン』と省略する地域もある。
『B・T』はアメリカンなバケモノの絵がロゴになっているユニークなハンバーガーショップで、値段は安いうえに量が多く、ときどき期間限定でイカれたメニューを提供することもある。
減量化や原材料の高騰の波にあらがい続けてもなお、営業成績は伸び続けているという、世界でいちばん流行っているバーガーショップだ。
「どこの国に行ってもありそうだが」
「祖国にもアリマース!」
楽しげに言うミラカ。
「あるのか。せっかく日本に来たのにいいのか?」
「別に日本食はこれからいつでも食べれマスヨ? でも、今一番食べたいのは『B・T』デス! 実はデスネー。祖国でも近年ファストフードは問題になっていて、ウチのパパとママが嫌ってるんデスヨー。お出かけもあまりできないので、食べたくても食べられなくって」
「そうか。そういうことならここにするか」
俺のサイフにも優しいし。
「よっしゃ、じゃあ今日は『バガシン』で豪遊や!」
「イエーイ!」
ミラカとフクシマがこぶしを突き上げた。
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