表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/148

事件ファイル♯07 カメラは見た!? 吸血娘の恐るべき正体!(3/6)

 ワサビ地獄から復活してモニタの監視に戻ったものの、映像に大した変化はなかった。

 ミラカはアイスの棒を咥えたままソファでくつろいでスマホを弄っている。


「飽きてきたわ。早送りできへんのか?」

 寿司を食いながら文句を垂れるフクシマ。


 個人的には、このまま大人しく過ごしてくれたほうがありがたい。

 しばらくは三人で多すぎた寿司を処理しながら雑談をする。


「寿司多すぎたわ」

「当り前だ」

「食う前にはイケる気がするんやけどな。おかげで酒も入らんし」

 用意されていた日本酒は封切られていない。全員お茶で事足りている。


「飽きてきたし、ミラカちゃん呼んで残りの寿司食ってもらおうや」

「アホか。なんのためにここまでやったと思ってんだ……お、立ち上がったぞ」

 モニタに変化あり。


「何するんやろ」

 ミラカは台所へ向かう。

 俺たちもカメラを切り替えて彼女の動向を探る。


「あー。またアイスだね」

 ミラカは冷凍庫を引き出すと、誰も居ないというのにきょろきょろと周囲を伺い始めた。


「何をするつもりなんや?」

 冷凍庫から引き出された手にはふたつのアイスの袋。

 ミラカは両方のアイスの封を切った。

「お、ダブルで行く気やな」

「普段は絶対そんなことできないからな。俺が止める」

「ちょっと夢のある食べたかだね」

「これがバニラとチョコとかやったらええんやけどな」

 残念ながら彼女の手にしているのは同じ味のゲテモノアイスだ。


『ダブルB・Tバーガー!』

 アイスを掲げて声高らかに宣言するミラカ。


 アイスを刀か何かに見立てているのか、あれやこれやとポージングを始めた。


「独りきりでテンション高いと、ああいうコトたまにやるわ」

 フクシマが言った。


「そうだな」「やるねえ」

 俺たちも同意する。


 ミラカはひとしきり格好をつけたあと、片方をかじり、もう片方をかじった。

 「二本持ち交互食い」と「バケツアイス直食い」は子供のころの憧れだった。

 今の彼女の気持ちは押して知るべし。


 二本同時にチャレンジするアイスの宮本武蔵。

 ぶすり、キバの先端が硬いアイスに突き刺さる。


「なんや固まったで」

 ミラカはアイスを咥えたまま停止した。

 アイスを口から離すと、苦悶の表情を浮かべて口をパクパクさせた。


「神経に来たんだろうねえ」

「知覚過敏とかいうやつか」

「アイス食うだけで賑やかな子やなあ」


 ミラカは手早く残りを片づけると、二本のアイスの棒を咥えたままソファに戻った。

 また、しばらくはつまらない絵だ。


「アイツまたアイスの棒食ってるな」

 ミラカの顎がモグモグ動いている。


「またって、棒まで食べちゃうの?」

 ナカムラさんが訊ねる。


「まさか。なんか『キバがムズ痒い』とか言って、棒を咥えて離さないんですよ」

 俺が説明すると、横から「ハムスターやな」のツッコミ。


 ミラカはアイスの棒を噛んでは口から出して、それを眺めている。


「行儀が悪いからやめろって言ってるのに」

「ウメデラもすっかりお母ちゃんやな」

「なんかミラカちゃん楽しそうだね」


 何が面白いのか、自分が噛んでボロボロになったアイスの棒を見て笑っている。

 それからしばらくして立ち上がり、アイスの棒をようやくゴミ箱へと落とした。

 かと思えば、冷凍庫からまたアイスだ。


「五本目いったな」

 フクシマが退屈そうに言った。

 今度はアイスだけでなく、グラスに麦茶を注いで持ってきている。その取り合わせはどうなんだ。


「ハラ壊すぞアイツは」


 俺の予言どおり、のちにミラカの様子がおかしくなり始めた。


 ソファに座りながら、腰から下をクネクネさせている。

「めっちゃ便所我慢してるな」

「あー……これはダメだよ、ウメデラ君」

 ふたりが俺の顔を見た。


「ふたりとも、なんで俺を……?」

「いや、ウメデラは“ああいうの”を見て喜ぶタイプかな? って思っただけや」

「右に同じく」

「いやいや。そういう性癖はないから。っていうか、アイツいつもだぞ。露骨に我慢してるのが分かるから、こっちも便所に入りづらい」

 ミラカはたっぷり十分モゾモゾした後に席を立った。

 スマホも持ったまま入ったし、すぐには戻ってくる様子はない。


「よし、今のうちにゴミとか片しちゃうね」

 ナカムラさんが片づけを始める。

「手伝うわ。なんやかんや全部食えたわ。その辺の出前やけど、ここのはウマいねんな」

「ごちそうさまでした」

 ナカムラさんがフクシマに言った。


「じゃ、俺も片づけを……」

「アホか。全員がモニタから目を離したら意味無いやろ」

 おっしゃる通り。俺は誰もいない画面へと向き直る。


 カメラは生活スペース用の部屋のすべてと台所にそれぞれ一台づつ、廊下に一台、玄関から繋がる事務所用のスペースには死角を考慮して三台設置している。

 風呂、洗面所、トイレにはナシ。

 なんとなくカメラをくるくる切り替えて眺める。

 普段生活をしている空間だが、視点が特殊なためか、カメラ越しの自宅は新鮮な感じがした。


「バレないよな?」

 カメラは外から見えづらく、普段は触らない場所に仕込んだが、なにぶん台数が多い。

 改めて考えると、それは俺にとって死角であるというだけで、低身長のミラカからは見えたり、アイツがなんらかの事情で触ったりする場所に置いたりした可能性はゼロじゃない。


 万が一、バレてしまったらどうなるのだろう?


 さすがにミラカでも、仕掛けられたものがカメラであることはすぐに気付くだろう。

 俺が監視していると知れば、間違いなく傷つく。人間不信にもなるだろう。

 国へ帰ってしまうのだろうか。

 ほかに行く当てもないだろうし、帰国する金が無い場合は、気付かなかったフリをして残りの生活をやり過ごすか?


 こんなことを引き受けるべきじゃなかった。

 何事もなく今日が過ぎたら、メシを奮発して、もっと優しくしてやろう。


「なんや、まだ戻ってこーへんのか?」

 片づけを済ませたふたりが戻ってくる。

「アイツ、便所長いからな」

 こういうミラカの生理的なことに関して話すのも何だか気が引ける。

「食べる量が多いもんね」

 多くの生物共通の話だが、本当に悪いことをしている気になる。


「なんや聞こえへんか?」

 フクシマがパソコンに向かって耳を澄ませた。


「いやいや、お前こそそんな趣味あるのかよ」

 ミラカは現在、お手洗い内で活動中だ。


「ちゃうちゃう。なんか言っとるで。音量上げてみよ」

 そう言ってフクシマはマイクのひとつの音量を上げた。


『くさいくさーい♪ うんちくさーい♪』

 聞こえてきたのはミラカの歌声。

『編集長のオナラよりはマシ~♪』


「コイツ……!」

「はっはっは! ウケるわ!」

「やっぱり十六歳もないかな、六歳かなあ……」

 ナカムラさんがため息をつく。


 小学生レベルの歌は、しばらくのあいだスピーカーを震わせ続けた。


『The excrement of my beloved person is very smelly! Wow! POOOOOOP!』

 急に英語の激しい曲調に変わる歌。


「はっはっは! ヤバい!」

「“Poop”はウンチだよね……」


 頼む、頼むからやめてくれ……。


『Wow! POOOOOOP!』


 二度目のシャウトのあとにトイレを流す音。


『みんな、アリガトーッ! サンキューべリーマーッチ!』

 便所から出てきて、両手を上げて想像上の観客へアピールするボーカル女。


『アンコール! アンコール!』

 自分で手拍子をしたかと思ったらまた便所へと戻り、飽きたのか真顔ですぐに出てきた。


「アカン! 笑い死にしそうや!」

 フクシマは涙を流している。

 ナカムラさんもさすがにおかしかったのか、声を立てて笑っている。

 俺は恥ずかしくて死にそうだよ。


 スッキリしてテンションが上がったのか、事務所で小躍りを始めるミラカ。

 アイツはヒマになるとたまにダンスを始めるが、基本的には俺とふたりきりのときでしか披露しない。


 俺はまだ頬の熱を下げれそうもない。

 

「うわ、また踊り始めたで」

「ミラカちゃんゴキゲンだね」

 足をあまり高く上げず、膝から下を軽く曲げてステップを刻んでいる。手は下げたまま特に動かさない。

 オールド・スタイル・ステップダンスとやらだ。いつか見せてもらったことがある。

 ミラカの靴がリズミカルに床を叩いている。

 もしもこれがクギの入ったタップシューズでおこなわれれば、ちょっとした音楽になるのではないだろうか。


「ときどき天井がうるさいことがあったんだけど、アレかあ」

 ナカムラさんがなるほどとうなずく。

「うるさくしてすみません……」

 俺は頭を下げる。

「ははは。でも、ホントにこなれてるよね。舞台やテレビみたいだ。ダンスもできるんだね」

「ホントにいろいろできるんですよ」

「さっきの歌も上手かったし」

 思い出し笑いをするナカムラさん。


「なんやったっけ、英語以外もいろいろ話せるんやっけ?」

「セプティリンガル。どこだったかな、ゲール語、英語、ドイツ語、日本語……ほかは忘れた。フランスとかポルトガルとかその辺だったと思う」

 とはいえ、日本語以外を聞く機会はほとんどないが。

 驚いた時や寝ぼけたときに母国語らしきものが飛び出すくらいだ。


「ゲール語はアイルランド語のことだね。アイルランドでは長らく英語文化だったから、第一公用語にアイルランド語が入っているもののの、英語しか話せない人も多いみたいだよ」

 旅好きのナカムラさんが解説する。


「この分やと三百十六歳もウソやないかもなあ。長生きちゃうとこんな色々できるようにならへんやろ。俺かて日本語と関西弁の二ヵ国語やしな」 

「関西は日本だろが。せめて日本語と英語にしてくれ」

「アメリカ語はよく分からんわー。日本におるヤツは全員日本語しゃべればええねん」

「関西弁を外国語扱いしながら言うな」

「僕も旅行をするから英語くらいは多少できるけどなあ。言語っていうのは簡単にマスターできるもんじゃないよ。小さい頃から慣らしてないとね。どっちにしろ彼女、天才じゃないのかな……」


「天才はウンコの歌とか歌いませんよ」

 俺がツッコミを入れるとナカムラさんはまたツボったらしく、噴き出して肩を震わせ始めた。


 しばらく踊るとミラカは汗をぬぐい、台所で麦茶を一杯やってから、洗面所に向かった。

「風呂やろか」

 フクシマの予想は外れ、ミラカは洗濯物を抱えて出てき、俺の部屋へと入っていった。カメラを切り替えて追い掛ける。

「甲斐甲斐しいなあ。いい奥さんって感じ」

 ナカムラさんがつぶやく。ミラカは洗濯物を畳んでいる。


 彼女は一仕事を終えると、事務所のソファへと戻った。


 スマホを取り出し、何やら文章を打ち込んでいるミラカ。


「メッセージ打ってるんやろか?」

「誰にだろう?」

 俺のスマホが短く振動する。


「俺か。といっても今は仕事中ってことだから見れないしな」

 メッセージが既読になったら疑われてしまう。

「もしかしてウメデラくうん、既読付けずにメッセージ見る裏技あるの知らんのんかあ?」

 フクシマがニヤニヤしながら言った。


「そんなのがあるのか」

 俺はスマホを手に取る。


「お前あんまり知り合いおらんから、そういうの疎そうやな」

「うるさいな。他のヤツが気にしすぎなんだよ。それで、どうするんだ?」

「そういうアプリを入れるか、機内モードにするかだね。ただ、機内モードは解除するとその時点で既読が付いちゃうから注意だよ」

 ナカムラさんも知っているのか。


 今の時代、こういう心理的駆け引きは社会常識に等しいのだろうか。

 読んだらすぐに返事しなきゃいけないとか、読んだのに返事がないと既読無視と言われたり、ワザと未読にして無視してるだとか。

 そういう方向には想像力が働くクセに、「事情があってメッセージが見れても返事ができないだけ」とは考えてくれないんだな。


「で、メッセージなんやった?」

『暑いです。エアコン待っています』

「あれだけ踊ったらエアコンがあっても暑いと思うけど」

 ナカムラさんが苦笑した。


「まだなんかメッセージ打っとるな」

 ミラカはスマホを弄り続けている。しかしこちらにメッセージが飛んでくる様子はない。

「ウメデラ以外の男かあ?」


 ……ミラカにそんなのは居ないハズだ。

 俺の知る範囲では、彼女の知り合いは俺と共通の知り合い以外に存在しない。

 俺は黙り込みしばらくモニタを見つめ続ける。

 通話を開始したらしく、ミラカがスマホを耳に当てる。


『ハイ、ハイ。ソーデス』

 会話の片方だけが流れ続ける。

 基本的にミラカは誰にでも“デスマス調”で話すため、口調だけで相手を推し量るのは難しい。

 ここに居る俺たち三人でないとすれば、川口姉弟くらいしか思い当たらない。


「コイツ、電話の相手めっちゃ気にしとるで」

「娘のお父さんみたいだね」

 横で何やらしょうもないことをささやき合っているが、俺が気に掛けているのはミラカにカレシが居るかどうかではない。


 彼女の世界の狭さだ。

 いくら七ヵ国語を操ることができたとしても、ここは生まれ故郷から離れて海に隔絶された日本だ。

 やはり寂しいのではないだろうか。

 日光に弱いとか、「助手だ手伝いだ」と言って引きこもりがちなのも拍車を掛けるだろう。

 本人はどう思っているのだろうか。

 生まれながらこういう体質で、本当に三百六年ものあいだ日光を避け続けてきたのなら、母国でも家族以外とのコミュニケーションはろくに取れなかったに違いない。


 胡散臭いが、ヴァンパイアハンターから逃げたりもしていたとか言っていたな。

 魔女狩りのようなものだったとか。

 もしも、そんなに長い時のあいだ孤独だったのだとしたら、奇妙な独り遊びが過ぎても当然だ。

 家族くらいしか繋がりがなかったのだとしたら、家出という行為の重さもうかがえる。

 もうひとつ言えば、彼女は日本に来た時点では携帯電話を所持していなかった。


 電話の相手は誰だか知らないが、彼女と仲良くしてくれる人であればいいと思う。


『ちょろいデス』

 モニタの中のミラカがスマホの通話を切り、つぶやいた。


 ……いや、俺に言ったワケじゃないよな?


「なんや、不穏な言葉吐きよったで」

「腹黒な感じがするね」


 ミラカはすまし顔でスマホを眺めている。

 スマホは横向きだ。動画でも見ているのだろう。

 面白くなかったのか、動画で特に笑うことはないようだ。


 それから、つと、ミラカが顔をあげて壁の上のほうを見た。

 そこには何もない。


「何見てるんやろ」

「何か目で追ってるね」

 残念ながらカメラには何も映っていない。

「霊やろか?」

「虫かなんかだろ……」

 ミラカはしばらく宙を見つめ視線を泳がせている。


『フフッ』

 何かが面白かったらしい。ミラカは笑うとまたスマホに視線を戻した。


 それからしばらくすると、インターホンが鳴った。


「お、宅配便やろか?」

「いや、それはウソの設定だから」

 作戦を提案した本人にツッコミを入れる。

 ミラカは玄関に駆けて行く。


「男やろか」

「お前そればっかだな」

「なるべくおまえが嫌がりそうなんイメージしてるからや」

 なんて嫌なヤツだ。


 客人の予想はつくが、俺は何も言わずカメラを切り替えて、ミラカを追った。


********


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他にもいろいろな小説を書いてます。
 
他の作品はコチラ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ