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事件ファイル♯07 カメラは見た!? 吸血娘の恐るべき正体!(2/6)

 作戦はこうだ。

 俺は割のいいバイトが急に入ったため、午後いっぱい留守にすると告げる、「帰りも遅いかも」と断りを入れる。

 それから、ミラカを家に縛り付けるために「大事な宅配便が届くから、受け取って欲しい」と伝言を残す。

 ダメ押しで機嫌を取るために、“ゴリゴリ君B・Tコラボハンバーガー味”を大量購入して冷凍庫にINしておく。

 これはビックリするくらい不人気で、各地のコンビニやスーパーの冷凍ケースで半額以下で出回っている。

 ちなみに味は「あっ……(察し)」というヤツだ。

 SNSでもかなりの不評である。それでもアイツは喜んで食っているのが不思議でならない。


 ハッキリ言って、設置の終わった今でもいまだに良心が咎めている。

 我ながら、カメラやマイクを上手に隠匿できているのが恨めしい。

 モニターチェックも済まし、あとはターゲットが帰ってくるのを待つだけだ。


「タダイマー」

 ミラカが帰ってくる。手にはテリヤキの入ったケージ。


「おう、おかえり。暑かっただろ?」

 俺は白々しく彼女を迎え出る。


「暑かったデス。テリヤキも私もホビロンになりそうデシタ」

「お前は卵じゃないだろ」


「ピヨッピヨー」

 ヒヨコ娘は俺のツッコミによく分からん返しをした。


「あ、そうだミラカ。えーっとな」

 俺は玄関に立ちつくしながら切り出す。


「……ドウシマシタ?」

 ミラカは帽子を衣装掛けに引っ掛けながら振り向いて首をかしげる。

 なんか、所作のひとつひとつがやたらと可愛らしく見えて心が痛むんだが。

「急に、バイトが入ってな。割のいいヤツなんだが、昼過ぎに出て、夜まで帰って来れなさそうで……」

「そうデスカ。帰る前にはメッセージ入れてクダサイ」

「お、おう。それと、ちょっと大事な宅配便が届く予定だから……」

「りょーかいデス。ミラカ、出かけずお留守番しておきマス。ま、これだけ暑いと出歩く気も起きませんケド」

 彼女はハンドタオルで汗を拭っている。

「えーっと、それとな、冷凍庫を見てみろ」


「冷凍庫デスカ?」

 ミラカが台所に行く。俺もあとを追う。


「ラブリー! なんというコトデショー!」

 明るい悲鳴が飛び出した。


「それ、やたらと安く売ってたから買っておいたんだ。俺は食わんし、一日二本とは言わんから、適当に処分してくれ。買ったのはいいが、あんがい場所を食ってな……」

「ヘヘヘ。編集長も“ワル”デスネー」

 ミラカはさっそくアイスをひとつ取り出す。

 ……が、なにやら思案してアイスを戻し、冷凍室の引き出しを閉じた。


「どうした? 食わんのか?」

 エアコンも無いのに涼しくなる俺。

 バレたワケじゃないだろうが、不審に思われたのかもしれない。


「アイスはあとでにシマス。編集長、お仕事デスカラ。ちゃんとしたご飯作りマス!」


 満面の笑みを浮かべ、袖を捲り手を洗い始めるミラカ。

 いかん、マジ心が痛い……。


 ミラカの用意した昼食はコルカノンとポークソテーだ。

 コルカノンとはマッシュポテトに葉物野菜などを混ぜ込み、クリームや牛乳などで煮込んで、バター、塩、コショウなどで味を調えたものだ。

 バターは高いので、我が家ではバター風味の調味料で代用だ。

 基本的に、ミラカの……というかアイルランドの料理にはジャガイモがつきものらしく、この数か月で俺もジャガイモの消費量を急上昇させている。


「あれ? いつもと色が違うな」

 コルカノンは調理法からして白と緑のカラーになる。だが、今日のは赤い。

「ハイ。今日はトマトケチャップとトウガラシで味を変えてみマシタ。暑さに負けないように!」

 ミラカはコンロに向かったせいでまた汗まみれになったおでこをぬぐいながら言った。

「この事務所にはエアコンがアリマセンし、ミラカは頑張ってお留守番をしなければなりマセン」


 ここのところ、俺たちは避暑地として下の『ロンリー』に入り浸ってることが多いのだが、今日のミラカはそうはいかない。

 宅配便の件がなくとも、『ロンリー』は本日休業の札が掛かっている。

 味付けの変更も働く俺のためかと思ったが、この予想はちょっとうぬぼれていたようだ。


 ウマい昼飯を平らげた俺は、言い訳がましくタオルなどを持参して事務所を出る。

「行ってラッシャイ、編集長」

 玄関まで見送ってくれるミラカ。

「ファイトデス!」

 追撃の応援。こういうのにはちょいと弱い。


「お、おう。そうだ……えーっと」

「なんデスカ?」

「俺、このバイトが終わったら……」

「終わっタラ?」


「エアコンを買おうと思うんだ」

 まだ、予定だが。

 家賃を払わなくていいとしても、慎重に貯金と相談しなければならん買い物だ。


「……編集長! 大好きデス!」

 感極まってか、ミラカが飛びついて来た。


「暑苦しい。まだ予定だから。じゃ、行ってくる」

 力いっぱいのハグを受ける俺。欧米文化では普通のことだが、ミラカはあまりこういうことをしない。

 彼女からはトマトのようなにおいがした。


「ハイ、行ってらっしゃいマセマセ!」

 ま、なんだ。一緒にエアコンのカタログページを見るのを楽しみにしておこう。


 事務所を出て鍵を掛けると、自然とため息が出た。

 エアコンは必ず買ってやるから、盗撮してもカンベンしてくれよな……。


********


 『ロンリー』に戻った俺はカンベンされなかった。


「ウメデラ君死刑ー」

 俺に向かってゴミを投げつけるフクシマ。

「死刑ー」

 ナカムラさんも投げてくる。


「見せつけやがって。お前、玄関でのやりとりも映っとったぞ。警察行こか、警察」

「カンベンしてくれ。アレは不可抗力だ」

「死刑ー」 

 ナカムラさんはニコニコしながらビニール袋の丸めたものを投げつけた。

「暴力反対! 罪を憎んで人を憎まず!」


「この中で、ウメデラではないものだけが石を投げなさいー」

 小さな白い紙のクズが飛んでくる。何投げてんだ?


 俺が彼らの手元を見ると、出前寿司と思われるブツがたっぷりと仕度されていた。

 投げつけられたゴミは割りばしの袋だ。


「寿司か」

 奥のテーブル席いっぱいに広げられた日本の宝。

 この席は窓際からは死角になっている。

 喫茶店内は灯りが落とされて薄暗い。

 テーブルにはナカムラさんチョイスだろう、こじゃれたランプが手元を照らしている。


「ちょっとした秘密基地だな」

 そう言いながら俺は寿司に手を伸ばす。


「めっ!」

 フクシマが俺の手の甲を割りばしでぶった。


「痛てっ! いいじゃんか。こんなにあったら食べきれないだろ?」

 寿司は四、五人前はある。

 しかも日本酒のビンとグラスまで用意してあるし。まったくダメな大人たちだ。


「手料理を食べたひとの分のお寿司はありませーん」

 フクシマが言う。


「ありませーん」

 ナカムラさんはちょうど鯛だろうか? 白身魚の握りをいただいているところだ。


「そこをなんとか。お寿司さんとご無沙汰なんです」

 俺は拝んだ。

 いくら貧乏とはいえ、スーパーの半額シールのついたものくらいなら口にできると思われそうだが、近所のスーパーのは安くないのだ。

 寿司用の冷凍ネタを使って商品化したものなら八貫四〇〇円くらいが妥当だが、近所の『レイデルマート』は鮮魚コーナーで寿司ネタを切って握っているためか、倍近い値段がする。

 ミラカの燃費の悪さを考えると手が出ないラインだ。

 カロリーと金額の効率でいうならB・Tに倍くらい溝を開けられてしまう。


「口がケチャップ味になってるから、スッキリしたものが食べたいと思ってたんだ、ちょっとくらいイイだろ?」

 ミラカの料理は塩味に偏りやすい。

 次点でトマト、最近は和食との融合を目指して醤油も使うようになっているが、基本的にしょっぱい系だ。


「今の録音したで。ミラカちゃんにチクったろ!」

「か、勘弁してくれ!」

 両手を合わせてフクシマを拝む。


「ウソや」

 俺はずっこけそうになった。

 ナカムラさんは俺たちのやり取りを肴に寿司を食べ続けている。


「はあ~。しゃあないな~。せやったら、一個食っていいで」


 割りばしで差し示されたのはマグロの大トロ。白くテカるサシ。

 すでに脂がちょっと染み出て滴っている。なんだ、フクシマ君は太っ腹じゃないか。


「ははあ。お寿司様、御代官様、フクシマ様」

 俺は遠慮なく大トロをいただく。


「醤油皿これな」

 フクシマに醤油とワサビの乗った皿を勧められる。


「では、いただきます」

 俺は手皿をして醤油を垂らさないように気をつかいながら、ひと口に大トロを頬張った。


「ふふっ」

 ナカムラさんがモニターのほうを見ながら笑う。ミラカが何かしたのだろうか。

 そっちも気になるが、とりあえずは大トロを堪能せねば。



 ……。



「ブフォ!」

 俺の上あご、ノド、鼻、それに目を突き抜ける鋭い衝撃。


 ワサビである。



「小袋ふたつ分やねんけど、どうや? ウマいか?」

 満面の笑みでフクシマが訊ねる。


「た、大変おいしゅうございます」

 俺は目鼻だけでなく、上あごの奥や鼓膜まで痛くしながら崩れ落ちた。


「はい、ウメデラ君、お水」

 グラスを渡してくれるナカムラさん。


 俺は一気に水を飲む。


「……ッ!?」

 辛さにやられたところに再びダメージが発生。

 上あごのワサビが付いた部分が爆発しそうになる。


「なんか、すぐに水飲むと逆効果らしいねー」

 水を渡した張本人は澄ましてマグロを頬張っている。


 ふたりにしてやられた。

 悔しい。悔しいが、ミラカへの不義の天罰として受け入れよう……。とほほ。


「と、ところで、ミラカどうしてます?」

「んー、今はまだキッチンで片づけしてるみたいだねー」

 映像の中のミラカは甲斐甲斐しくお片付けをしている。

「手慣れてんなあ。手順や食器を片づける手に迷いがあらへん。こりゃ、そうとうコキ使われてるんやなあ」

「可哀想に……」

 ふたりが冷たい視線を投げかけてきた。


「あのな、アイツが来たのは四月末だぞ。三か月も家事分担してりゃ、そのくらいできるようになるだろ」


 とはいえ、アイツ自身が家事を買って出るから半々の分担ではない。

 二対八くらいでミラカが多い。フェミニストに糾弾されてもやむなしだ。


 ミラカは片づけを終えると、エプロンをつけたまま台所でクルクル踊り始めた。

 そして、回転したまま移動し始めた。


「なんやゴキゲンやんけ。冷蔵庫に行ったな」

 冷蔵庫の下の段、冷凍庫から取り出したるは“ゴリゴリ君B・Tコラボハンバーガー味”だ。


「楽しみにしてたんだねー」

 ミラカは真夏の太陽のような顔でアイスにかじりついている。

 一本二十八円でこの笑顔。お買い得だ。


「おっ、ミラカ選手はアイス二本目に行きましたね。コーチのウメデラさん。コメントをお願いします」

 フクシマからエアマイクが渡される。


「本日は二本制限を解除していますからね。今日は三本目や四本目もあるかと思います」

 俺のコメント通り、ミラカは立て続けに二本目のゴリゴリ君の封を切った。

 それからひとかじりすると口を離し、アイスを睨めっこを始めた。


「おや、何か考えている模様です。ミラカ選手、アイスを手にしたまま再び冷蔵庫に近づきます」

 ミラカは冷蔵庫から何かを取り出した。

 誰もが知ってる赤いチューブ。ケチャップだ。


「おおっと、これはなんだ!? ウメデラさん、これはミラカ選手の得意技でしょうか?」

「いや、料理でケチャップは使うが、あんなことしてるのは見たことないぞ……」


 ミラカはアイスにケチャップを掛けた。

 もともとゲテモノのハンバーガー味だから、合うのだろうか?

 オレンジと茶色の中間のアイスの上に乗せられた赤いペースト。ミラカはそれをガブリとやった。


『マッズ!』

 なんとも言えない表情でアイスを食べるミラカ。


 当たり前なんだよなあ……。


「コイツ、アホとちゃうか」

 笑うフクシマの口から酢飯の粒が飛んだ。

「オーナー、お寿司にケチャップつけてみる?」

 ナカムラさんが冗談を言う。

「ええな。なあ、ウメデラ。イカのお寿司食べたない?」

 もう何が起こるか考えるまでもない。ノーと言っても無駄だろう。


「……いいぞ、来やがれ」


「ケチャップ取ってくるね」

 ナカムラさんが席を立つ。


「いやしかし、あの子なかなかおもろいな」

 茶をすするフクシマはゴキゲンである。


「はい、ウメデラ君。ケチャップだよ」

「ありがとうございます」

 俺はフクシマの指し示すイカの寿司にケチャップをガッツリつけると、それを一息に頬張った。


 ……なんだ、もともと酢飯に酸味があるせいか、ナシではない感じだな。

 ナシ寄りのアリ、くらいかも知れない。

 イカとトマトソースの料理やケチャップライスだってあるのだから、食い物としてはセーフだろう。

 寿司としてはもったいないが。



 だが、俺は甘かった。



「それもワサビ入りやで~」

 フクシマがそう言ったときにはもう、俺は腹を押さえてうずくまっていた。



 ミドリの衝撃が今度は胃にキタのであった


********


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