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事件ファイル♯07 カメラは見た!? 吸血娘の恐るべき正体!(1/6)

「ふうん。それで、結局は女子大生の幽霊は出なかったんだね」

「はい。最終的に記事にはしましたけどね」

「したんだ」

「だって、家賃とかありますし……」

「せやで。いくら友人やからって、長く滞納したら追い出すで」


 ここは俺の事務所の階下、喫茶店『ロンリー』だ。

 本日は珍しく、俺とフクシマとナカムラさんの組み合わせだ。

 元々は同ビルの縁で結ばれた俺たちが居合わせて、喫茶店のテーブルでなんとなく会話が始まったのがきっかけの仲だ。

 今では、たーまにだが、茶や酒の席を設けたりもする。


 ナカムラさんは俺たちより少し年上だが、本人の物腰の柔らかさやフトコロの深さが何となくフィットしている。

 基本的には聞き役だが、フクシマのアレな発言を流したり、乗っかったりもできるので、なかなか侮れない人物でもある。


「ナカムラさん、これが例の動画やで」

 フクシマがナカムラさんに俺のサイト『オカルト寺子屋』を見せた。


「ブフッ!」

 ナカムラさんがコーヒーを泡立てる。

 スマホには『さかみち荘』で撮った映像。


 そう、俺は事故物件宿泊の体験記をアップした際、身を切って“妖怪ヒヨコ走り”のシーンの動画を使ったのだ。


 ぶっちゃけ、これがウケた。

 ミラカによる爆上げも落ち着き、最近はアクセスは乱上下もなく安定していたのだが、この記事の更新以降はまた急上昇ときている。

 俺としても数字に繋がったのなら身を切った甲斐もあるというものだし、何よりも……ミラカからでなく、俺自身から出た要素で数字が増えたというのが嬉しかった。

 編集長の威厳は守られ……守られたのだ。


 もちろん、オカルト的な方面でも、大学生の連続殺人事件について新聞やネットの既出情報以上のネタを使った考察を掲載しておいたので好評だ。

 とはいえ、全体としてはほとんどギャグの記事だ。あとでやったコックリさんも記事にしたし。

 既にサイトはマジメな検証サイトの雰囲気でも、恐怖をあおるような雰囲気でもなくなっている。

 女の子や子供の写真がよく登場する明るい路線。

 それでも基本的な内容はオカルトをテーマにやっているし、検証や出来事へのむすびのコメントは従来通りのスタイルを保っている。


 もともと俺は、現実的な結論を出したケースでも、登場人物や出来事をこき下ろしたり、ウソツキ呼ばわりするコメントは入れないことにしている。

 単純にヒトを非難するのが苦手というコトもある(そういう雑誌記事の仕事を受けて痛い目を見たからな)が、起きたことや起こした行動に「心理的な意味」を感じてしまうタイプなのだ。


 例えば、「目撃した霊が先祖に似ている」とか「事実が暴かれたあとも見たと言い張る」とか、「ひとたびUMAが見つかると、それ以降に後出しの目撃情報が急増する」とか。

 UFOが円盤型なのも、本当は誤認や伝達ミスで、じつは最初にケネスが見たのもブーメラン型だったりするのだ。

 身近な例なら、「丑の刻参りをした鹿島ユイコさん」や、先日の「コックリさんでの川口ハルナ」もそうだろう。


 深層心理下の叫びが投影され、ひとびとの心のスキマを埋めるのがオカルトだ。


 きっと、ミラカがヴァンパイアや高齢を自称しているのにも、なんらか意味があるのだろう。

 俺は彼女がヴァンパイアだということは信じていない。

 病気であることは確信しているが、それが直接、吸血鬼を意味することだとは考えていない。


 大使館からの話でも、直接、ヴァンパイアや吸血というワードは聞かなかったし、あったとしても研究者や患者のあいだでのあだ名に過ぎないだろう。

 日光で調子の悪くなる症状の病気はいくつかあるし、ニンニクが体質的に合わない人間も、痩せの大食い体質だって珍しくないしな。


「そういや、あれからミラカちゃんとは、仲良くやれてんのか最低君は」

 ちょうどミラカのことに思いをはせていたタイミングでフクシマが訊ねた。


「誰が最低君だ。いつも通りだよ。あーでも最近アイツ、酒を飲み始めたな」


 この前『さかみち荘』から引き揚げた夜に「おつかれさまデス」と黒ビールの晩酌を受けたのだが、ミラカはちゃっかり自分の分も用意していたのだ。

 それ以降、俺たちはちょくちょく飲酒をするようになっていた。

 本人は平気と言うし、客観的に見ても少し頬が赤くなる程度。

 たいてい二杯目にもいかず切り上げるので、お互い酔っ払いらしい状況にはなったことはない。


「あの子が? 未成年でよくないでしょ、そういうの」

 ナカムラさんはメガネについたコーヒーを拭きながら言った。

 彼は俺の横で何度も動画を再生して、繰り返し笑っていたのだ。


「いやいや、ナカムラさんも見たんやろ? ミラカちゃんのパスポート。アレはマジモンやで。ミラカちゃんは三百十六歳や」

「僕は、サービスしても十六歳で解釈してるんだけど。アタマのほうはともかく、見た目なんてヒロシ君とどっこいじゃない?」

 あんがい辛口なナカムラさん。


「実際に暮らしてる俺からしたら、十歳と五十歳の両方かな。ほとんど子供みたいなときもあるが、家事やメールのやり取りはお母ちゃんって感じだ」

「アタマのほうはともかく、身体的にはあまりアルコールがよさそうには見えないけど……」

「まあ、ちんちくりんだしなあ……」


 身長一五〇センチ未満。多分一四〇前半。ちゃんと測らせてもらったことはない。

 体重は三〇キロ台だとか。ただし、腹の中にモノが入るので、ウソかまことか「一〇キロは増える」とか言っていた。


「せやなあ、ちびっ子やもんな。アカンで、ウメデラ。これ以上最低になったら」

 フクシマの言わんとすることは分かるが、今のところ俺はミラカをそういう目で見てはいない。

 正直なところ、女日照りの長い人生だったから、最初に彼女を泊めるという折になったときには理性を叱咤したものだ。

 けれども、俺はこうして逮捕されずに済んでいる。


「アイツ、意外と酒が強いというか。たぶん内臓系は全部強い。心臓はどうか知らんが、アタマはいいし、ときどき子供みたいに声がでかいから肺活量もあるだろ、胃袋は鋼のサンタクロース袋って感じ。あれだけ食っても調子を崩したこともない。だから、肝臓も強いんじゃないかな」


 余談だがトイレも長いし回数が多い。


「うーん。でも、よくないなあ」

 ナカムラさんは未だ納得していない様子だ。

 基本的には常識人だから仕方がない。


「ホンマにヴァンパイアなんやろか。ウメデラ、何かソレっぽい行動とか見てへんのか?」

 フクシマはどちらかというと、ヴァンパイア説肯定派だ。

 最初からミラカを受け入れてるし、常識、非常識に関わらず面白いと思うほうを信じるタイプだ。


「日光に弱いことと、ニンニクがダメなところ」

 くらいか? これらも別に吸血鬼でなくとも説明はつく。

 大食いや感染にヴァンパイアウイルスを絡ませて説明してはいるが、大食いそのものは従来のヴァンパイアのイメージに符合しない。


「あとは、強いて言うなら、夜の出歩きや暗闇を怖がらないこととか?」

 治安の問題で避けさせてはいるが、深夜の住宅街やボロアパートの廊下でも平気そうだった。


「夜な夜な人を殺して回ったり、棺おけで寝たり、コウモリに変身したりはせーへんのか?」

「したらすぐ連絡してるわ、っていうか警察沙汰だろ、そんなもん」

 俺のツッコミに「なんや、つまらん」と返すフクシマ。


「じゃあやっぱり、弱いね。ミラカちゃんは、ただの病気の女の子じゃないかなあ」

「でも、大使館が年齢込みで太鼓判を押してるのが引っ掛かるんですよね」


「そうだねえ」

 ナカムラさんは珍しく腕を組んで考え込んでいる。


「今はミラカちゃんは何しとるんや?」

 フクシマが訊ねる。

「さっきヒヨコ連れて散歩に行くって言ってたな。多分、腹が減ったら帰ってくる」


 現在、午前九時。『ロンリー』も準備中モード。

 ペットのヒヨコ“テリヤキ”を散歩に連れて行くときは午前中に済ませている。

 最近はすっかり夏模様になっていて暑いし、暑さを置いても日差しが強い時間帯には、ミラカは長時間空の下に居ることはできない。


 ちなみにテリヤキは順調に成長している。

 今はちょうどニワトリとヒヨコの中間といった感じだ。

 トサカは目立ってこないので、毎朝タマゴが食べられる期待を膨らませている最中でもある。


「ミラカちゃんはひとりで居るとき、何してるんだろうね」

 ナカムラさんがつぶやく。


 普段はテリヤキの散歩も買い物も一緒だ。

 俺が記事編集を詰めているときは、必ずコーヒーを淹れたりして労ってくれるし、騒いだり“かまちょ”することもない。

 短期バイトや日雇いで家を空けるときは、飯の画像を送りつけてくることが多い。

 彼女がひとりで出歩くことはあまりなく、大抵は川口姉弟のどっちかが絡んでいる。

 今日ひとりでテリヤキの散歩に出たのも、俺が早い時間からフクシマたちと会話に花を咲かせていたから、気をつかったのだろう。

 そういうところは本当に大人びていると思う。


「なんや、ウメデラ。難しい顔して」

「いや、別にそんな顔は……」

 してないつもりだ。


「あーっ!? お前まさか、ミラカちゃんが事務所で独りで居るときに何してるんだろう、カメラでも仕掛けたら面白いんじゃないか? なんて考えとるんちゃうやろな!? 前回の最低君日本記録を更新する気満々かコイツゥ!」


「は!? 俺は何も言って……」

 だが、興味がないといえばウソになる。


「うわ~。ないわ~。ナシ寄りのナシやで~」

 カウンター席で身をいっぱいに引くフクシマ。


「若者言葉を使うな」

「そうだよ、ウメデラ君。チョベリバだよ」

 ナカムラさんも手のひらを上にやれやれのポーズ。

「それは古いです」


「だがしかーし! そんな最低ウメデラ君の大親友であるこのフクシマは、協力を惜しみません! そこで! 本日ご紹介するのはこの商品!」

 唐突に芝居を始めるフクシマ。


 最初から気にはなっていたのだが、コイツの足元には紙袋が置いてあった。

 その紙袋から何やら黒い……というかもう、小型監視カメラやマイクとしか思えないブツがどんどん取り出された。


「風呂とトイレはぁ、カンベンしてやる」

 フクシマはサングラスを掛けて言った。


「お前、さすがにこれは犯罪だぞ」

 俺はドン引きだ。


「何でや? “住居”ちゃうぞ、“事務所”や。“盗撮”やなくて、“防犯”。借り主とビルの持ち主の両方がオッケーしたら問題ナシや」

 屁理屈をこねるフクシマ。

「倫理的な話をしてるんだ」

 俺だってミラカと同棲してはいるが、風呂トイレは互いに気を遣っているし、今は俺が空き部屋に布団を敷いているが、寝床だってついこのあいだまで平等に日替わりで使っていたので部屋は別だ。


 不用意に互いのスマホだって見たりはしないし……いや、アイツはたまに俺のを覗き込むか。

 ノートパソコンもすぐ覗くし、というかテリヤキ日記の更新でもたまに使うから、俺はいかがわしい履歴やブックマーク、それから男の秘蔵ファイルも全部始末したし、洗濯は俺が気をつかって女性であるミラカに任せているから、俺のほうが逆に下着もタンスの中身もオープン状態だし、よく考えたら朝もどっちかが遅くまで寝ているとお互いに無断で起こしに部屋へ入るし、そういえば俺がトイレで大きいほうをいたしているとたまにドアの向こうに気配を感じるし、なんか俺ばっかりプライバシーの侵害を受けてるような気が……。


「いや、だめだ!」

「今、めっちゃ悩んでたやん。頭の上に傾いた天秤が見えとったで」

「やかましい! ナカムラさんもなんとか言ってやってくださいよ!」

 助けを求めるもナカムラさんの姿がない。

「あれ? ナカムラさん?」


 彼はすぐに入口のほうから戻ってきた。


「本日休業の札掛けてきたよ」

 メガネの下は笑顔だ。


「ちょっとお!?」

 俺は唯一の常識人にツッコミを入れる。

「ほら、早よ設置してきいや。モニターもちゃんとあるで。すぐ使えるよう、設定も済ませてるし」

 モニター用とおぼしきノートパソコンを取り出すフクシマ。


 コイツは初めからそういうつもりでここに来たらしい。

 基本的にフクシマが取り立て以外で朝早くに現れるときは、何かを企んでいるときだ。

 俺もナカムラさんも急に「温泉行こうや」と温泉街へのドライブに付き合わされたり、「ほうとう食いに行こうや」と富士山のふもとまで日帰り旅行を強行させられたりしている。

 俺はこういうパターンでは過去のことを持ち出されて拒否権を抹消されるし、ナカムラさんは旅好きでノリがいい。

 ナカムラさんもフクシマのパターンを読んでいたのだろう。


 ただ、今回は旅行ではなくイタズラや犯罪というコトになるのだが……。


「ほら、早く、早く、早く!」

 フクシマが手拍子をする。


「いいやダメだ!」

 俺はきっぱりと言った。偉いぞ、俺。


「残念。僕も興味があったんだけどなあ」

 ナカムラさんは本当に残念そうに言った。

「それでも、ダメです!」

 俺は鋼の意志だ。ミラカのプライバシーは、俺が守る!


「七月、八月、九月……」

 フクシマが指折りつぶやく。なんだ?


「事務所の賃料タダにしたるわ」


「うわあーーーーっ!」

 俺の心の中に福沢諭吉が九人現れた。

 立地の少し悪い古ビルということもあるが、俺は二階を月三万円という驚きの友人価格で借りている。

 三万や六万ならば勝負にならない。絶妙なラインを突いてきやがった。

 金額もそうだが、その期間中は賃料の心配をしなくていいというメンタル的な面がオイシイ。


「夏場はエアコンがあると、ええと思わんか?」


「ここは涼しいよねえ。ミラカちゃんはいつも暑い思いしてるんじゃない?」

 避暑地のぬしであるナカムラさんも加勢する。


 ちくしょお……俺の心が動き始めた。

 じつは、実家から持ってきていた扇風機がとうとうご臨終したのだ。

 その時のミラカの消沈ぶりときたら直視していられなく、アイス一日一本の制限を二本に書き変えざるを得なかったほどだ。


『ニッポンの夏は暑すぎマス。ニッポンはおかしいデス!』

 俺はミラカに日本を嫌いになって欲しくない!


「あっ、十月」

 フクシマがなんか言った。諭吉は十二人に増えた。


「十月といえば食欲の秋。ミラカちゃんに美味しいもの食べさせてあげれるね」

 ナカムラさんも白々しく言う。


 うおお……。諭吉先生、俺に何か一言……。


『社会共存の道は、人々自ら権利をまもり幸福を求むると同時に、他人の権利幸福を尊重し、いやしくもこれを侵すことなく、もって自他の独立自尊を傷つけざるにあり』


 そうだ、権利は大事だ。盗撮なんてダメ!


「バレへんかったらセーフやって~。別に迷惑かけるワケやないし~。十一月!」


 コイツは俺を札束でぶん殴って楽しんでいやがる。

 だが甘いぞ。人数が増えても、その福沢諭吉先生が俺の倫理を支えてくれている! 数を増やせば増やすほど逆効果だ!


「諭吉さんが十五人になったね」

 ナカムラさんがニコニコして言う。


「キリが悪いから今年いっぱい免除したるわ」

 十八人になる。無意味な攻撃よ。


「おっ、あったあった。『人は他人に迷惑を掛けない範囲で自由である』」

 フクシマがスマホで名言を調べながら言う。


 コイツは中学の卒業文集で俺の尊敬する人の項目に福沢諭吉が入っていたのを覚えていやがる。

 俺には諭吉先生の名言をことあるごとに引用して口に出していた黒歴史があったのだ。


「諭吉はええこと言うなあ~。学生時代を思い出すのう?」

 ま、まだイーヴンだ。俺は負けちゃいない。

 俺はフクシマのワガママなんかに負けないっ! ミラカの自由を守るっ!


『自由と我儘との界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり』

 十八人の諭吉が名言を唱え始めた。


「ミラカちゃん、今公園に居て、暑いってさ」

 トドメにとミラカとのメッセージのやり取りを見せてくるナカムラさん。


「うう、すまねえミラカ。俺は俺は……」

 フクシマが紙袋にまとめ直したカメラを受け取った。


 さようなら、俺の倫理と常識。


「ま、『自分の悪かったことに気が付いて改めるというのは立派なこと』やな?」

 フクシマが立ち上がった俺の背を押した。


 それから俺は、とぼとぼと二階に上がり、カメラとマイクの設置をおこなったのだった。


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