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事件ファイル♯06 背筋が凍る! 女のすすり泣く声!!(5/6)

 翌日。今度こそ若い連中に恐怖体験をさせてやろうと、もう一度誘いのメッセージを飛ばす。

 三人とも快い返事。

 ハルナは昨日は頭に血がのぼっていて、言い過ぎたことを謝罪してきた。

 こういうところをちゃんとしているのは彼女の長所だと思う。


 今朝は一旦事務所に戻り、ミラカの用意した朝食を食べて、午前中いっぱいは買い物に出たり、しょうもないおしゃべりなどをして過ごし、それから昼過ぎ、俺は三人を伴って『さかみち荘』の部屋に戻ってきた。


「昨日も見たけど、やっぱなんもないっすね。ところで、センパイはこの場所で一体何をしてるんですか?」


「実を言うと、何もしてないんだ」

 昨日と同じ適当な回答。


「じゃあ、どうしてこんなところに居るんすか? もしかして、事務所に帰れないワケが?」

 ハルナは首をかしげた。


「ハッ……もしや、編集長。とうとう、警察に!?」

 ミラカが口に手を当てて驚く仕草をする。


 あー、なるほどね、と姉弟がハモって反応する。なんでだ。


「警察も関係なくはないが。まあ、ヤクザみたいなヤツの指示だよ。俺はここに数日住むバイトをしてる。それだけの話だ」

 川口姉弟はフクシマとは面識がなかったハズだ。説明は省く。


「ふーん。それって名義だけ、とかじゃダメなの?」

 ハルナが首をかしげる。

「そういうやり口も聞くが、ちゃんと住んでた実績みたいなのが欲しいんだよ。とはいえ、このアパートのご近所さんは出不精みたいで、返事も何もしてくれないんだけどな。殆ど空き部屋だし」


 数日ここに住んでいるが、真上も端の部屋もほぼ気配がない。

 ご近所付き合いが無いのは今日日珍しくはないが、こういうアパートに長く居つくヤツも変わった人間が多いのだろう(なんてのは偏見か?)。


「なるほど。僕はウメデラさんがなんのためにここに居るか、分かりましたよ」

 川口少年がメガネを「クイッ」とする。

 ちょうど南向きの窓から差していた日差しがレンズを反射させて輝いた。


「おお、さすがオカルト少年」


「もう数日過ごしてますよね? ……何か?」

 何かでましたか? ではないあたり、本当に賢い。

 どうやら本当にここが事故物件で、俺が張っていることまで見抜いているようだ。


「そうだなあ。ま、ぼちぼちだな」

 俺は不敵な笑みでサインを送る。

「ホントですか。楽しみですね」


「ふたりとも何の話してるんデスカ?」

 ミラカが訊ねる。俺は笑顔だけで返事をし、首をかしげられた。


「センパイ、なんかやらしい。ひょっとして、スケベな本とか隠しているのでわ?」

 ハルナは押し入れを開ける。


「……なんだ、カラッポじゃん。ホントにここ、なんも無いんですね」

 ガッカリするハルナ。


「ところで、編集長はどうしてミラカたちをここに連れてきたのデスカ?」

「そうっすよ。何かするにしても。何もないんじゃ何もできないっすよ」

 俺は「何もない」を連呼されてようやく気が付いた。


 彼女たちをここに呼んで、何か起きないか待つ。漠然とそれしか考えていなかった。

 昼間だし、何か起こるにしても確率は低そうなうえ、なんらか時間を潰す手段が必要だ。


 ……完全にヌケていた。


「え? もしかしてセンパイ、用もナシに呼んだんですか。せっかくの土曜日なのに。ヒマなら買い物とか行きません? 夏服試着するんで、見てくださいよ」


「あ、いや。えーっと……」

 俺は困惑して頬を掻く。


「ウメデラさん。もう、話してしまったほうがいいのでは?」

 弟君が苦笑している。


「そうだなあ。よし、話そう。じつは……」


 俺は『さかみち荘』の複数の部屋が事故物件であったこと、深夜にこの部屋へ侵入しようとしたものがあったことや、すすり泣きが聞こえたことなどを話して聞かせた。

 さすがに自殺者の詳細や関連事件の経緯については多感な若者たちに聞かせるにはキツイかと思い、事故物件の由来に関しては、自殺や心臓マヒの部分だけをサラッと説明するに留めておいた。


「……」

 黙り込む一同。

「やっぱりサイテー」

 ハルナがつぶやく。まあこうなるだろうな。


 オカルト少年川口ヒロシは肝が座っているようで、話を聞いてからはトイレの前を何度も覗き込んだり、狭い室内をうろうろと探険している。


「あたし、なんか息苦しくなってきた気がする……」

 ハルナは首を触り始めた。顔色も心なしか悪いように見える。年ごろの女子だ。

 少々過剰かもしれないが、期待通りの反応を見せてくれている。


「……」

 ミラカも押し黙ったままだ。彼女は元より色白なので、青くなっても分かりづらい。

 三百十六歳が多感なお年頃なのかは知らんが、静かになっているのは確かだ。


「センパイはこんなところに寝泊まりして、なんともないんですか? あたしなら秒で断るっすよ、こんな仕事」

「そうは言ってもな。事務所の家賃を待ってもらうための交換条件なんだ」


「っていうか、こんなアパート壊しちゃえばいいのに!」

 女子高生はアパート自身に聞かせるように上を向いて、心底不愉快そうに言った。


「分かってないな姉さんは。こんなアパートだからイイんだよ」

 言いながらも少年は探検に夢中だ。

 天井やら水回りやらもチェックを怠らない。


「ないわー。でも、男子ってそういうの好きだよね。女子もホラーは好きだけど、さすがにリアタイで何か起きそうなのはムリ」


「あっ! ウメデラさん!」

 川口少年が声をあげる。風呂場からだ。

「どうした? 何かあったか?」

「お風呂が濡れていますが」

「それは昨晩、普通に使ったからだ。水道や電気のメーターくらいは動かしておかないとな」


「うえっ、信じらんない。こんなところでお風呂入るなんて。センパイ怖くないんですか?」

 身震いひとつして、横に居たミラカを抱え込むハルナ。

 深夜徘徊して幽霊女を追いかけ回したヤツが言うなよ、と心の中で突っ込む。


 「ウー!」捕まったミラカが不満そうに声をあげた。

 ぼんやりしてたのだろうか、ハルナの魔の手から逃げ遅れてしまったようだ。


「正直、怖いぞ。実際に怖い目にもあってるからな」

 と言いながらも俺は口元が笑っている。


「やめたほうがいいっすよ。憑りつかれたら話になんないし。霊じゃないにしても、この辺は不審人物が多いんですから」

「そうだなあ。でも、好きでやってるし、金にもなるからなあ」

 俺は少し申し訳なくなりながら答えた。

 ハルナの心配ももっともだ。

 俺とミラカとそれから川口少年は、春ごろに不審者と対決をしている。

 知人や姉として、心配をするのは当たり前の話だ。


「ミラカちゃんからもなんとか言ってやりなよ。編集長に何かあったらイヤでしょ?」

「ヘ? そ、そうデスネ……」

 歯切れの悪い回答。

「あ、もしかして、ちょっとは痛い目に遭うべきでしょ! とか思っちゃってる?」

 ハルナが意地悪く笑う。


「ノー、編集長に何かあったら、とても悲しいデス」

 ミラカは静かに答えた。ウソっぽくはない。


「そうだろう、そうだろう」

 俺は満足げに頷く。

「でも、何も起こらないんじゃないデショーカネ」

 ミラカは頬を掻く。

「なんでそう思うんだ?」


「エーット、ヴァンパイアの勘デス。父さん、ここには妖気がアリマセン!」

 ミラカは髪の毛を少し摘まんで逆立ててアンテナを作った。


「何も無かったらなかったで、困るんだけどな。一応、記事にもする気だし」

 俺は苦笑する。


「あ、そうだ。じゃあ、逆に呼びませんか?」

 川口少年の提案。


「呼ぶって、霊を? 逆にってイミフなんですけど。そもそも呼ばなくても、そこに居るかもしれないじゃん!」

 ビシィッ! トイレ前を指さすハルナ。


「やれやれ姉さん。別に女子大生でなくてもいいんだよ。こういう“何か起こりやすい所”には集まって来やすいものだから。霊道が通ってるとか、建物自体の空気が淀んでいるとか、そういうのがあるかもしれない。ね、ウメデラさん」

 本日二度目のメガネの閃き。


「そうだな。チャネリングか。面白いな。ここで何かやれば、昼間でも何か怪現象が起こるかもしれないな」

「えー、やだよ。怖い。センパイ、やめよ」


「記事化できるくらいの出来事があれば、カネが入るんだがな。そうなれば、ちょっとくらい……」

 俺はちらとハルナを見る。前回の“丑の刻参り”の記事も好評。

 大貢献したハルナにも一度メシをおごってやっている。


「うっ、心が動く……」

 ハルナは胸を押さえて悩み始めた。


「どうせなら、ユーレイとかじゃなくて、宇宙人呼びたいデスネー」

 ミラカはお得意のテレパシーポーズをとった。

「宇宙人を呼ぶなら、ビルの屋上とかじゃないか?」


「ビルの屋上で輪になって手を繋いでるってイメージがありますよね」

 相槌を打つ少年。


「ま、宇宙人は今度にしよう。今回は霊だ霊。地縛霊だ」

「センパイ、前回もユーレイでしたよ。マンネリはダメっす。あたしは宇宙人のほうがいいかなー……」


「ありゃ、生きた人間だったろ。宇宙人だって変質者だったしな。今回は死んでるんだぞ。それも、そこでな」

 トイレの前の空間を指さす。


「やめて! 言われるたびにゾクゾクする! ミラカちゃーん……」

 ハルナがまたミラカを抱こうとした。

 だが、ミラカはひょいと横にズレて逃げてしまった。


「霊を呼ぶなら何がいいかな? 有名なところだと、“お憑かれ様でした”のコップの水を飲むヤツとか、“ひとりかくれんぼ”ですよね」


 川口少年の提案。どちらもインターネットの掲示板発祥の霊を呼ぶ儀式だ。

 簡単に説明すると“お憑かれ様”はコップに箸を掛けて箸のあいだから水を飲むというもので、“ひとりかくれんぼ”はぬいぐるみや人形に髪や爪、それからお米を入れたものをかくれんぼの相手として遊ぶと、霊がやって来るというものだ。


 比較的揃えやすい材料でできるのだが……。


「“お憑かれ様”は霊を身体に入れるヤツだろ? 出来れば怪現象止まりがいいな。“ひとりかくれんぼ”は、この人数だし。それに、どっちも試したことがあるが、特に何も起こらなかったんだよな」

 俺はどちらも試したことがある。

 もちろん、頭から疑っていたせいか、面白いことは何ひとつ起こらなかった。


「ふふん」

 川口少年は得意げに鼻を鳴らした。


「僕もどっちも試しましたが、“ひとりかくれんぼ”は怪現象が起こりましたよ」


「うえ。オカルトオタク」

 ハルナが文句を垂れる。


「……ほう。して、どういう現象が?」

 俺は続きを促した。


「自分の部屋の押し入れで試したんですが、かくれんぼの最中に隣の部屋で物音やささやき声が聞こえました。家には僕ひとりだったはずなのに、ね。……まあ、厳密に言えばお店のほうには父さんと母さんが居ましたが」

 メガネをクイッ。


「隣って……やめてよ! そこあたしの部屋じゃん! どうせ、あたしのひとりごとを聞き間違えたとかじゃないの!?」

 ぐわーと叫び、頭を抱えるハルナ。


「いや、間違いないよ。姉さんは友達の家に泊まりに行ってた日だったから。姉さんが居るとうるさいから、霊も寄り付かないだろ。留守ならそういうのを試すチャンスだからね」

「そんなことゆわれると、友達んち行けなくなるんですけど!?」


「もう、ユーレイ住んでるんじゃないデスカー?」

 抱きすくめられたお返しか、ミラカは意地悪く笑いながら言った。


「えええ! ミラカちゃん、そんなことゆわないで! ウメデラ先輩! 手軽なお祓いの方法とかないっすか!?」

「塩でも撒いとけ」

「もっとちゃんとしたの!」

「除霊や浄霊の方法は知らんなあ。神社に行けばいいんじゃないか? お祓いはけっこう高いが。最低でも五千円。モノによっちゃ十万を超える」

「そんな! 貧乏女子高生にご無体な! どうしよ平八郎の乱!」

「そんなに賑やかなら霊も逃げるよ。姉さん自体が厄除けみたいなもんじゃないの」


「それって、褒めてる……? のかなあ?」

 肩を落とすハルナ。


「あ、思い出した。ひとつあるぞ。なんか手を叩くといいらしい。パンパンパンッって」

 俺は思い出した方法を提案した。なんかどこかでそんなのを見たことがある。


「あー、なんかあったような」

 カワグチ君がスマホを弄り始める。


「え? それだけ? テキトー過ぎない?」

 ハルナは手拍子を打ち始める。思ったより音は響かない。


「何か景気悪い音だな。もっとしっかり叩きなさい」

 俺も手を打ってみる。

 だが、音はぶつ切りでいまいちスッキリ響かない。


「あれ? 俺もか。建材の都合とかか? 事務所なら音は響くんだよなあ」

「編集長のオナラとかめっちゃ聞こえますカラネ」


 ミラカが思い出し笑いをする。

 コイツは、オナラの音でウケてくれる。なので、俺はついつい調子に乗って響かせようとリキんでしまうのだ。

 かつて一度、それで危なかったことがある。


「センパイ、汚いっす……」

 ハルナはげんなりして言った。


「これ、除霊の方法じゃないですよ」

 川口少年が言う。

「え、ヤダ! 呼ぶ系!?」


「手を叩くのは、霊が居るか居ないかを確かめる方法らしいです。音が響けば居ない。響かないなら、音が途切れるところに居る、だそうです」

 そういうと川口少年は手を打ちながら部屋を徘徊し始めた。

 ハルナは「ちょっとやめてよー」と言いながら座ったまま身体をずって逃げた。


「あ、やっぱここですね」

 嬉しそうにトイレの前で手拍子を続ける少年。


 手拍子の音は「パンパンパン」ではなく、「パ、パ、パ」と確かに途切れている。


「いやだいやだ! あたし帰る! 女子大生の霊になんて憑りつかれたくない!」

 大声で喚くハルナ。

「大学生に憑りついてもらえば、高校卒業くらいはできるんじゃないか?」

「やだやだやだ! どうせなら天才美容師の霊とかにして!」



 ドンッ!



 唐突に部屋中に響く大きな音がした。


「ギャア!」

 ハルナが悲鳴をあげ、全員で天井を見上げて凍り付く。


 それから、


「うるせえぞ!」

 窓の外で怒鳴り声。


「アー……上の部屋の人デスネ」

 ミラカは窓を開き、身を乗り出して見上げた。

「うるさくして、ゴメンナサーイ」

 少しして窓を開ける音がした。しかし、そのまますぐに閉じる音。


「アリャリャ? 顔を出したのに、何も言わずに引っ込んじゃいマシタ」

 首をかしげる金髪少女。

「失礼な人だねー。ホント驚いた。迷惑な人だよ」

 腕を組んで、ぷんすかお門違いなお怒りのハルナ。


 いや実際、こんなボロアパートで「階下を覗いたら外国人の女の子が見上げていた」なんてことがあれば、驚いて引っ込むんじゃなかろうか……。


「ところで、マジで音が変わったのか?」

 俺はカワグチ君に訊ねる。

「はは。まさか、そこで叩きかたを変えただけですよ」


「ヒロシ、あとで覚えてなさいよ……」

 姉が怨念を込めて弟を睨む。


「姉さんの部屋でも、手を叩こうか?」

「お前の頭で霊が居ないか試してやるんだから!」

「いいよ。中身が詰まってるから、音は響かないと思うけどね」

 余裕をこいている少年。あとで痛い目に遭わないといいが。


「しっかし、センパイの挨拶は無視したクセに、いっちょまえに苦情だけゆうなんて、ナシだと思わない? やっぱり悪霊でも呼んで上の階のヤツに憑りつかせちゃおうよ!」

 乗り気じゃなかったハルナが意見をひるがえす。

 さすが女子高生。あっさりえぐいことを言う。


「んー、じゃあ何かいい方法あるかな。ちょっと調べてみるか……」

 俺はスマホを手にする。

「調べるまでもないっすよ! そーゆうの、女子なら間違いなく誰でも知ってるし。っていうか、みんなも知ってるんじゃないかな、これ」

 ハルナは俺たちにどこかの個人サイトらしきページを表示したスマホを見せた。


『コックリさんのやり方』


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