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事件ファイル♯06 背筋が凍る! 女のすすり泣く声!!(3/6)

 翌朝、俺は慌てて飛び起きた。

 事故物件に住もうが変わらず貧乏。金は稼がなければならない。

 今日は日雇いのアルバイトが入っている。

 少し離れた大きなスーパーの試食係だ。午前十時スタート午後六時終了のロングだ。


 このスーパー、開くの十時か? なんて言ってる場合ではないのだ。


「間に合えええええ!」

 俺は秒で仕度を済ませ、住宅街を駆け抜けた。


 仕事は、スーパーマーケットオリジナルだと謳う、パンに塗る味付けペーストの試食宣伝で、俺はトーストを焼いて切ってパンに塗って売り込んだ。


 ほんの、ほんの少しの遅刻と、「声が小さい」ということで日配部門チーフに苦言を呈され、イライラしながらの業務。

 だが、俺には笑顔で我慢し通せるだけの後ろ盾がある。

 昨晩のことはほんの、ほんの少しだけビビったが、アレはその場の空気というものだ。


 今朝にはカメラ撮影が成功していることを確認している。

 詳しい内容のほうはまだ見ていないが、それを見たくてずっとワクワクしていられる。

 これこそが口のチーズ臭いオッサンのグチを我慢できるワケだ。


 しかし俺は、その後の休憩時間に追撃を喰らった。

 慌てて出てきてしまったため、スマホの充電の確認をしていなかったのだ。

 昼休みにメッセージのチェックをしようとすると、いきなり電池マーク。

 それからすぐに画面はブラックアウトしてしまった。

 退屈な昼休みを過ごし、さらにけだるい午後の仕事。

 帰るころにはすっかり疲れてしまった。

 スーパーのフードコートに入っていたたこ焼き屋で晩飯も済ませ、独りとぼとぼと帰宅。

 帰ったころにはあたりはすっかり暗くなっていた。


「あれ?」

 ふと気づく。


 『さかみち荘』の共同廊下には電灯。古ぼけたアパートにしちゃ明るい。

 昨日の深夜は真っ暗だった気がしたが……。電灯が切れていたから換えたとかか?


「ま、いいか」

 俺は首を傾げながらも部屋に戻り、死んでいたスマホに電気ショックを試みる。


『着信アリ』

 普通のメッセージに何故かドキッとする。大食い吸血鬼(ミラカの新しい登録名だ)からの不在着信とメッセージが数件。

 うるさい女子高生(川口ハルナのことだ)からもメッセージが一件。


 午前一時六分。

 ミラカ『ヒマです』


 ……その時間は寝てたわ。っていうか寝ろ。


 午前九時。

 ミラカ『もしよろしければですが、一緒に食材の買い出しに行きませんか?』


 ……ミラカは文章では独特なイントネーションがない都合で、やたらと丁寧な印象になる。

 今日はいつもより余計丁寧な気もしないでもない。

 申し訳ないが俺はその時間、とても慌てていた。バイトが入っていることも教えていたハズだが。


 午前十時。

 ミラカ:不在着信


 ……ちょうどチーズ臭に小言を言われていた時間だ。


 午前十一時三十五分。

 ハルナ『ないわー』(プラスげんなりしているウサギのイラスト)


 ……何がだ。こいつのメッセージは若者らしく、前後の文章を推測しないと分からないことが多い。

 今の若者言葉にもそこそこ慣れてきたが、ときおり誤送信や誤変換と区別がつかないことがある。

 前回、こんな感じのメッセージが来て返事をしたら、誤送信だったうえに送ったことを忘れていやがって、「イミフ」などと返された。


 午後零時。

 ミラカ『ごめんなさい。今日はお仕事でしたね』


 ……自己解決したらしい。


 特別、返信をする必要の無いメッセージばかりだ。

 俺は、そんな事よりもビデオが気になって仕方がない。

 有用なスケベ動画サイトを発見したときと同レベルにソワソワしているのだ。

 気合を入れて臨んだ固定カメラの映像。

 ちゃんと霊が出やすいように室内の電気は消しておき、暗視モードでの撮影だ。


 だが、結論を言ってしまうと、映像は心霊的にはガッカリなシロモノだった。

 別の意味では面白かったが。


 部屋と布団、それからトイレ前を映した映像は、ときおり就寝中の俺が寝返りを打っている以外にしばらく変わった様子がない。

 早送り。変化がひとつ。深夜一時過ぎに画面の端の明るさが変わった。

 発光現象? オーブ? 残念ながらどちらもノーだ。

 これは画面外だが、俺のスマホが置かれた位置に近い。

 ミラカからのメッセージを受信した際にスマホのLEDが光ったのだろう。

 以降の撮影では、これが映り込まないように気をつけなければ。


 次の変化は俺がトイレに行くシーン。「黒い影を見た気がした」ときのものだ。

 何度もトイレ前の空間を凝視しながらリプレイしたが、やはり寝起きの錯覚を裏付ける結果となった。

 

 次の変化。俺がインターホンに気付いて飛び起きるシーンだ。

 フクシマから借りられたのはあいにく監視カメラ系統の安物で、音声のほうは収集されていないタイプであるため、インターホンの音は聞こえない。

 俺が失念していたためフクシマには確認できなかったが、集音マイクはさすがに持ってないだろうな。

 いや、アイツのことだから、次に俺に洗浄のバイトをさせるときにはあらかじめカメラとマイクを用意してきそうな気がする。

 それは置いといて、次はいよいよ問題の出来事のあったシーンだ。


 そう、このシーンが面白い。

 この恐怖の一幕のはじまりに、俺は思わず噴き出してしまった。


 何故なら、俺が足音を立てないよう、かつ早く移動できるつもりでおこなった“ヒヨコ走り”が驚くほど滑稽だったためだ。


 ……ヒョコヒョコヒョコヒョコヒョコ。


 これはいけない。他の人に見せたらバカにされるに違いない。

 自分でも笑い過ぎて映像に集中できなかったため、再生を一旦停止したほどだ。

 その先のシーンは残念ながらダレモイナイ映像だ。

 部屋とトイレの両方を収めるために玄関は完全に見切れている。

 次回は玄関を映すか? だが、それでは本命のトイレ前がカメラの死角になってしまう。ううむ。


 などと悩んでいるうちに、妖怪ヒヨコ走りが帰ってきて爆笑。

 それからは朝まで変化ナシ。早送り、終了。


「どうするかな。今晩も“誰か”が来るか?」



 ピーンポーーン!


 口から心臓が飛び出しそうになった。

 さっそく伝家の宝刀ヒヨコ走りを使い、チェーンを掛けてからドアスコープを覗き込んだ。


 ドアの外に居たのはオールバックサングラスの男。別の意味で怖い人だ。

「なんだフクシマか」

 扉は開けるがチェーンは外さない。

「なんやチェーンまで掛けて? 女のひとり暮らしちゃうねんから、そんなビビらんでもええやろ」

 フクシマが笑いながら言う。手には何か黒くて長い物体を持っている。


「何か用か? 昨晩は収穫ナシだったぞ」

 俺はチェーンを外さない。

 部屋にはすぐに“ヒヨコ走り”が再生できる状態のノートパソコンがある。

 コイツに見られてたまるか。


「まだ日にちあるし、今晩でも“出る”かもしれんやん。俺は、昨日渡し忘れてたモン持ってきたんや」

 しぶしぶチェーンを外す。


 フクシマが持ってきたのは集音マイクだった。


 今一番欲しかったものが手に入ったワケだが、準備がいいのかエスパーなのか。

 俺はコイツの間の良さに少し寒気を覚えた。

 フクシマはそれを渡すと、とっとと引き上げて行った。我が名誉は守られた。


 最終的に、カメラの配置はそのままに、玄関のカギをあえて開けておき、かつチェーンは掛けたままにして、マイクを玄関寄りに設置する方法を取ることにした。

 これならばトイレ前を押さえて撮影しつつ、玄関を含めた室内の音全てを拾えるはずだ。

 生きた侵入者だった場合、扉を開けようとすればチェーンに引っかかり音が鳴るハズだし、強盗はシャットアウトできる。

 それでも入ってくれば“ホンモノの心霊現象”ということになる。


 その場合の俺の安全は……まあ、アレだが、面白いからヨシとしよう。


 設置を済ませ、眠気を呼ぶために読書に勤しみ、頃合いを計らって就寝。

 まったく、朝が楽しみだなんて、サンタクロースを信じていたころ以来だぜ。


********


 翌朝、深夜に目覚めなかったことを少し残念に思いながらデータのチェックを開始する。


「……? シミってこんなデカかったっけ?」


 処理待ちの際にふとよそに目をやると、ノートパソコンの下のフローリングにあったシミが、大きくなっているような気がした。

 こぶし大……だったハズだよな? いや、手のひら大だったか?

 首を捻るも動画の再生が可能になり、疑問はすぐに霧散してしまう。


 動画は俺が明かりを消して布団に入るところからスタート。

 夜中いっぱいの映像だ。当倍速再生なんぞしていられない。

 早送りに切り替え、映像は目視、音声は波形でチェックして、波の目立つところだけを再生して確認する。

 映像はずっと変化ナシ。

 意外とマイクの集音性能がいいようで、たまに発生する波形の箇所を再生すると、遠くに聞こえるバイクの騒音や緊急車両の音、ときおり俺が寝返りを打つ音も拾っていた。


「面白いな」

 呟きながら確認作業を進める。

 深夜二時ごろに、一瞬だが大きめの波形が表示されるのでストップ。

 前回、何者かがインターホンを鳴らした時間帯だ。



『……ドン! ……ガチャン!』



「来た! やっぱり誰か来てたんだ!」

 俺は動画を停止し玄関に行くと、ドアチェーンをつけたまま普通に扉を開いてみた。


 ……ドン! 


 扉から手を離すと。


 ……ガチャン!


 録音されたものと同じ音。

 前回とは違い、インターホン無しでドアに手を掛けたということになる。

 気付かなかっただけで昨晩も試したのかもしれないが、どちらにしろ、ふてえ野郎というコトだ。

 ノートパソコンに戻り、動画の続きを視聴する。

 すると、すぐに波形のほうに変化が現れた。


『…………』


 何か音がする。よく分からない。定期的なノイズ。いや、微妙に不規則な感じもする。

 音量を最大まで上げて確認する。


『……シクシク。……シクシク。スンッ……シクシク……』


「なんてこった……」

 お分かりいただけただろうか……。

 なんと、ノイズの正体は女のすすり泣く声だったのだ。

 この部屋では去年、女子大生が首つり自殺をしてたという。

 もしかしたら、彼女が何か「忘れ物」を取りに帰って来ていたのかもしれない……。


「だあああっ!」

 超怖え。鳥肌が立つ。だが面白い!

 すすり泣きはたっぷり一時間近く続いていた。


 ……いや、頭では分かっている。ここまで明確な物理現象だ。


 実際に誰かがドアを開けようと試みて、その後に女性が泣いたと考えるのがスジってもんだ。

 声のぬしも女子大生本人の霊ではなく、その家族や知り合いが彼女の死に納得できずに病んでしまい、今でもたまにここに来てしまうとかなんとか。


 ……うわああ、なおさら怖い!


 俺はとりあえずオーナーであるフクシマに詳しい話を訊き直してみることにした。

『なんや、朝早くから電話なんかしてきて。おもろいモン撮れたんか?』

「おう。深夜に玄関のドアを開けようとする音と、そのあとに女のすすり泣く声だ。前の入居者だった女子大生の事件についてもっと詳しく教えろよ」

『ええー? 個人情報に関わることやしその辺はなあ……。まあ、おもろいし、死人に口無しやから、知ってる範囲で教えたるわ。記事にする時は、お前が聞き込みして得た情報とかにして俺のことは言わんといてや』


 喉から手が出るほど欲しい情報。

 コンプライアンスもプライバシーもあったもんじゃないが、興奮していた俺も同罪だ。

 女子大生は田舎から上京して近所の某大学に通い始めた子だった。

 オカルト好きの子らしく、大学では民俗学を学んだり、オカルト系サークルに入ったりしていたらしい。

 このアパートには過去数人の同大学の学生が下宿している。


 それから、その先達からも死者を輩出していた。


 突然死した男子大学生があったのだ。

 そのうえ、その学生の知人は、別件の連続殺人の関係者だったという。

 この件は、要するにふたつとなりの部屋の事件のことだ。

 トイレ前で吊った女子大生とその先輩に直接の面識はないところがオカルティックだ。

 殺人の事件については割愛するが、男子大学生もオカルトサークル所属で、どうもサークルは“ヤリサー”的な側面もあったらしく、女子大生はサークルに関する人間関係のトラブルで自殺に至ったのだという。


 随分と揉めていたらしく、関係者からは休学者、退学者、精神病院に送られた者まででたとか。

 これはウワサではなく事実とのことだ。

 事件と自殺に直接の関係は無いものの、どちらも所属サークルが同じだったことと、この『さかみち荘』を下宿先に選んでいたということで、フクシマは長々と警察に付き合わされたらしい。


 災難だなと言葉を掛けると、彼は「おもろかったし、ついでに俺が不動産屋としても清廉潔白な証立てができたしラッキーやった」と言っていた。

 清廉潔白はウソクセえが、まあ、誤認逮捕とか別件逮捕に繋がらなくてよかったな。


 当時、女子大学生が死亡時に持っていた遺書が、汚物で汚れ過ぎていたために、自殺のバックストーリーに穴ができていたこともあり、警察は相当苦労したらしい。

 連続殺人事件や男子大学生の突然死のストーリーのほうにも穴があったらしく、自殺の件が何か関連していないかと考えて洗い直しというところだろう。


 少しキツい話になるが、自殺した大学生には妊娠の兆候があったらしい。

 非難を承知で言うが、水子の霊だとかそういうテンプレート的要素も頭に浮かんで、俺は口角を釣り上げた。

 俺は霊や宇宙人も好きだが、未解決事件や猟奇殺人事件、不可解な連続殺人の類も好きだ。

 厳密に言うと後者は「ただの事実」で超常現象のカテゴリではないのだが、「客層」は被るし、他のオカルトサイトでもいっしょくたに扱っていることが多い。

 フクシマはよく分からんヤツだが、こういう不謹慎好きなところでは共鳴する。

 なんだかんだで付き合いも長い悪友だしな。


 俺は礼を言い電話を切ると、感嘆のため息をついた。

 事件の渦中にいるような。謎の一端に触れているような感覚。

 そのうえ、実際に自分に害が降りかかることは無いときている。


 ヤジ馬根性ここに極まり。


 とはいえ、事件の背景は分かったが、深夜にドアを開けようとした輩の正体や、すすり泣きの謎は解けていない。

 俺は機材をひとつひとつを愛おしく眺めた。ふひひ。


 ふと、今回は機材として出番の薄いスマホを思い出す。撮影の邪魔にならないように完全に電源を落としていたんだった。

 メッセージアリ。小娘たちからだった。


「どれ、ちょいとアイツらのことも構ってやるか」


 俺は、“しょうもない実験”を思いつき、ほくそ笑んだ。


********


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