事件ファイル♯06 背筋が凍る! 女のすすり泣く声!!(1/6)
「キャアアアアア!」
事務所に響き渡る悲鳴。
「コラ、デカい声を出すな」
俺は読書を妨げられてご立腹だ。
「だって! だってコレ、めっちゃ怖いデス!」
ミラカはさっきからスマホで何やら心霊動画を見ているようで、定期的にギャアギャア悲鳴をあげている。
「読書の邪魔をするなと言っとろう」
「編集長も一緒に動画見マショー!」
ちょこちょこと俺のデスクへやってくる。
ミラカが見ているのはテレビ番組の違法アップロード動画か。
内容は事故物件に泊まる企画モノらしい。
「そういう、勝手にテレビ番組をあげてるのを見ていると、怖い人が来るぞ」
「怖い人? おばけデスカ?」
「そっちじゃない怖い人だ。っていうか、ヴァンパイアがおばけを怖がるな」
「アッアッ、編集長これ……キャアア!」
ミラカはスマホを指さして悲鳴をあげる。
「耳元で叫ぶな。しまいにゃ引っぱたくぞ」
「だって、この人ヤバいデス!」
「人? 怪奇現象とかじゃなくってか?」
俺はスマホを覗き込む。フンドシ姿のおっさんがビビっているシーンだ。
「何でこの人ずっと裸ナンデスカ!? アッ、キャア! 見えそう!」
身体を張る系のお笑い芸人だ。テレビを見ない俺でもなんとなく知っている。
「そっちで悲鳴あげてたんかい。その人は、そういう芸風なんだよ」
「不健全! 不愉快! キャー、キャー!」
「だったら見るのやめりゃいいだろが」
「フフッ……。キャーッ!」
俺はデスクから逃げ、ソファで読書を続ける。
今日は心理学とオカルトを結び付けた内容の古い書籍だ。
単なる趣味じゃないぞ。これも仕事の内だ。
「ワ・レ・ワ・レ・ハ、ウ・チュウ・ジン・ダー」
動画を見ながら扇風機にかじりつくミラカ。
「そのネタは見飽きた」
「一日一宇宙人デス」
「なんじゃそら。うるさいからやめろ」
「ハハハ、やめて欲しければエアコンを買うのダナー!」
ミラカは宇宙人のテレパシーポーズを取ると、俺の読む本の向こうから顔を出したり引っ込めたりし始めた。無視。
「ネー、一緒に見マショーヨー。違うヤツにしますカラ。お笑い見マショー」
小娘は俺の背後に回り込み、俺と本のあいだにスマホを差し入れてきた。
スマホには人気のお笑い芸人『オニギリマン』のコントが映っている。彼らはヤクザのようなルックスである。
「それもDVDの違法アップロードだ。ちゃんと公式マークのついたものを見ないと怖い人が来るぞ」
「エー、堅いこと言わない言わない。会社の広告がくっ付いてるから暗黙の了解デス!」
ミラカは最近、どんどんと明け透けというか、馴れ馴れしいというか、遠慮が無くなってきている。
別に邪険に扱うつもりはないが、自分が退屈だとすぐに邪魔しにやってくる。
キーボードを叩いていないとみれば、すぐにこれだ。
「知らん、怖い人はゴメンだ」
「来マセンってー。怖い人ナンカー。がちがちがちがち……」
今度は俺の頭に顎を乗せて歯を鳴らし始めた。そろそろぶん殴るか?
「来たでー。怖い人やー。今月の家賃払えやー」
唐突に事務所に侵入してきたヤクザ風の男。
オールバックに白スーツのサングラス。
俺の悪友でかつ、このビル『エステート・ディー』のオーナー、フクシマだ。
「ギャアア! オーナーが出た!」
「出たで。毎朝快便や。って、何の話やねん!」
フクシマは勝手にボケて勝手にノリツッコミをしたあと、俺に向かって手を差し出した。
「フクシマか」
「おう、ウメデラ。取り立てに来たで。便所紙くれって意味ちゃうで」
「あー、家賃か。すっかり忘れてたな……」
俺は本から目を離すと、天井を見上げた。
「ほれ、早よ払ってや」
「スマン。布団を買ったので金が無い」
俺は顔を背けた。
ミラカとの寝床の問題を解決するために、物置と化していた部屋を整理し、そこに布団を敷いて俺の寝床にすることにしたのだ。
いい加減ソファは腰が痛い。
その際、要らないものの整理にも金が飛んでいる。
与太話にはなるが、川の掃除をしたときのゴミも有料で処分しなければならなかった。
まあ、意外と今の部屋も居心地がいい。それに投資したと思えばいい。
本当は俺のほうが自分のベッドに戻りたいところだったが、ヴァンパイア病である小娘の汗をたっぷり吸いこんだ布団はヤバい気がするので妥協したんだ。
「また滞納する気か。これだからウメデラはいつまで経ってもアカンねん」
やれやれと首を振るオーナー。彼の横では同居人もマネして首を振っている。
「ま、そういうコトだからもう少し待ってくれ」
「金で払えんいうなら、ちょっと仕事してもらおうかのう……」
フクシマのサングラスが光る。
「ヒエッ、怖い人デス」
「ん? なんだ、仕事をくれるのか?」
「せや、いつものヤツや」
「ああ、アレか……」
いつものヤツ。俺はミラカが来る以前にも、家賃が払えずに「とある仕事」を引き受けて、滞納を見逃してもらったことがある。
最近ミラカがやかましいし、新しい布団も買ったことだから、ちょうどいいっちゃいい。
「いつものヤツ?」
ミラカが首をかしげる。
「お嬢ちゃんは知らんほうがええことや」
フクシマは笑みを浮かべ、腰を落としてミラカに顔を近づけた。
「ウウ……。編集長の肝臓だけはカンベンしてあげてクダサイ。たまのビールだけが楽しみナンデス」
ウソ泣きと共にフクシマを拝むミラカ。
「じゃあ、脳みそもらおか」
「ハイ? 無いデスヨ?」
「がはは! せやったわ!」
おい、お前ら……。
「そういうコトだから、俺は仕事で一週間くらい事務所を空ける。ミラカ、留守番は頼むぞ」
俺はバカどもの冗談をスルーして言った。
「ヘ!? どこ行っちゃうデスカ!?」
「俺も知らん。どこに行くんだ?」
フクシマに訊ねる。
「駅挟んで向こうのアパートや。大丈夫やで、ミラカちゃん。ウメデラはすぐ近所におるで」
「そのアパートってお前が持ってる、この前のトコロだよな? またか?」
「いや、またっていうか、溜まってるんや。ちょうどええやつ捕まらんし、なんやったら、あと二回は頼めるで?」
「マジかよ。お前、呪われてんじゃねえの?」
「さあなあ。まあ、とりあえず書類だけ先に頼むわ」
そう言うとフクシマは、茶封筒から「入居届けの書類」を取り出した。
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フクシマには野望がある。
よく分からんが、マイカタ市の土地や物件を買い漁って、独立国家フクシマワールドを設立するらしい。
その一環として、地域の経済の活性化や、人の呼び込みなどもおこなっており、土地を転がすほかに、マンションやアパートメントの運営もしている。
古いものは改装、汚れたものは清掃などをしてはいるが、それでも入居者が付きづらい物件というものがある。
理由はいくつかあるだろう。
立地が悪い、近所の住人がイカれてるとか。
それから、前の住人がなんらかの事情で死亡していた場合。
今回の件はその最後にカテゴライズされる話、「心理的瑕疵あり」というもので、いわゆる「事故物件」というやつだ。
最近では事故物件をまとめて地図に記載したサイトが話題になったりしており、誰でも手軽にその存在を知ることができるようになった。
じつを言うと、フクシマワールド予定地は、やたらと事故物件を示すアイコンが集中している地区でもある。
単なる偶然か、オカルティックな現象なのか分からないが、そういう都合でフクシマの手にする物件が事故物件というケースが珍しくない。
事故物件は、入居予定者に訊ねられれば経緯を教えなければいけないことになっている。
直前の入居者に不幸があったケースであれば、「告知の義務」が発生するんだとか。
それを知って、入居予定者が取りやめたり、それでも首を縦に振ってもらうために家賃を下げたりしなくてはならないし、事件が有名だと地価にも影響してくる。
不動産業での悩みのタネのひとつだそうだ(余談だが、国によってはかえって家賃が上がるケースもあるらしい)。
逆に言えば、「前の前の入居者の話」にしてしまえば、黙っていられるというコトになる。
そう、俺はフクシマの所有する事故物件『さかみち荘』に契約をして入居するという、いわば事故物件の書類上の洗浄という、グレーカラーのアルバイトを引き受けたのだ。
できれば近所にも挨拶をして、生活しているサマをアピールしておくといい。
生活していた実態がなければ、後々問題があった場合に困るからだ。
最近、ミラカを少しやかましく感じていたし、彼女にもこの街で自立した生活ができるようにとの考えもある。
よって俺は、新しい布団と着替えと、暇つぶし用の本とノートパソコンを持ってフクシマの所有するアパートに宿泊することにしたのだ。
古めかしいアパート。風呂とトイレ、台所と押し入れ付きの部屋がひとつ。ほぼワンルームだ。
じつは以前にも、このアパートには入居したことがある。
ちょうどこの部屋のふたつとなりだったか。近所の大学に通うために下宿していた男子大学生が心臓マヒで変死したらしい。
何があったかは分からないが、通い詰めていた恋人に関与の疑いが掛かったとか、彼らの知人グループで連続殺人があったとかウワサがされているシロモノだった。
フクシマは「恋人のねーちゃんの車の趣味はよかったんやけどな」と珍しく他人の不幸に残念そうだった。
「で、今回は?」
俺は荷物運びを終えた地上げ屋に訊ねる。
「首吊り。去年の夏やったかな。九月一日に大学生の嬢ちゃんや。背のちっこい子やったわ」
フクシマは何かを思い出したように「フフッ」と笑いを漏らす。
コイツのこういうところは好きになれない。女子大生の自殺の何が面白いのやら。
だが、今回は“仕事”だ。余計なツッコミはしない。
「やっぱこのアパート呪われてねえか? まだ、あるんだろ?」
今回二度目の洗浄。コイツが言うには「あと二回は頼める」らしい。
どんだけ人が死んでるんだ、このアパートは。
「お前、懐疑派のクセに呪いなんて信じとるんか? 他は古い件やから黙ってて訴えられても負けた判例ないし、後回しでええわ。どうせここ、滅多に人が入らんしな」
サングラスを拭きながら言うフクシマ。
「ま、急ぎでもないんやけど、夏過ぎたらこの辺の大学目当てに学生さんが見に来よるし、いっちょ頼むわ」
「了解。あ、そうだ。ひとつ借りたいものがあるんだが」
「なんや?」
「ビデオカメラ。そのくらい持ってるだろ? 夜中にカメラ回して何か映らないかやってみたい」
先程ミラカが見ていた動画からの着想だ。いや、フンドシは身に着けないが。
「おもろいやんけ。貸したるわ。撮れるかもしらんで。たまに苦情来るしな。女の泣き声がする、とかなんとか」
「出るのか」
「俺はここでは見たことあらへんけどな」
ニヤリと笑うグラサン男。コイツが言うと冗談に聞こえない。
以前もコイツの車の助手席で人影のようなものを見た……気がするし。
「何か撮れたら見せてな。サイトの記事にしてもええで。住所付きで晒してもええで。洗浄やめて、怖いもの好きの客を呼び込む路線にチェンジするわ」
悪友が邪悪な笑みを浮かべる。俺も呼応して笑った。
「さすがに住所はマズいだろ。他に住んでる人居るんだろ?」
「おるっちゃおるけど。ええんちゃう?」
フクシマは上をちらと見た。真上の部屋は入居者アリか。
「よくないだろ……」
「そんなことより、ミラカちゃんを事務所で独りにしてもええんか?」
ミラカは事務所に置いてきた。
初めは「ミラカも行く」と言っていたが、俺が食費を渡し「B・Tとかばっかり食べるんじゃないぞ」と念押しすると、「仕方ないデスネー」あっさり引き下がった。
もちろん、ハンバーガーを食べる気だろう。
「あー、平気平気。アイツ生活能力あるし。食費も置いて来たし、近いから別に顔も出せるしな」
なんなら炊事洗濯の能力が俺よりも上手だ。
『オカルト寺子屋』の金の発生源としてもサイトを創設して管理している俺よりも上だ。
あれ? 俺って別に……。
「まあ、なんだ。アイツはやかましいからな。最近は読書もできん。たまには俺も独りになりたい」
頭の中に浮かんだ「要らなくね?」を打ち消す。
俺が存在しなきゃアイツも事務所に住むことは無かったんだし、気にすることはない。
「ほーん、せやったらええけど。ま、俺は帰るわ。カメラはあとで持ってきたるわ。ほんじゃ、頑張ってや~」
フクシマはサングラスを掛け直すと緑のイタリア車に乗り込み帰っていった。
「頑張るも何も、住むだけだけどな」
独りきりになった俺は部屋を見回す。小さく小綺麗な部屋。
家具もないのでなんだか広く見える。
床の貼り換えついでに、古い壁紙なども一新したらしい。
水回りは旧式のぼろっちいものだが、風呂もあるしトイレも水洗だ。
事務所だって似たようなものだし特に不便はないだろう。
駅からもそう遠くないし、このあたりはスーパーも多い。
地理的な難点といえば、坂が多いことくらいか。
近所にはフクシマが言ったとおり、大学もいくつかある。
田舎から出てきてこの付近で暮らす若者も多いはずだ。
それなのに、なんでこのアパートは入居者が少ないんだ?
やはり事故物件と言われると借りたくなくなるものなのだろうか?
あいにく俺はそっちのほうが住みたくなるタイプなので、もったいないとしか思わないが。
俺は荷物を部屋の隅に置き、畳んだままの布団を枕に読書を始めた。
一年も経たないくらい直近で、どっかその辺で女の子が首を吊った事実があったとしても構うもんか。
「可哀想だ」くらいは思うがな。
「ま、久々のひとり暮らしを満喫しますかね」
しかし、俺の余裕はすぐに打ち砕かれることとなる。
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