事件ファイル♯05 深夜に徘徊する白い影! 幽霊の正体を追え!(6/6)
「おあーーーっ!?」
あまりのことに、思わず悲鳴をあげてしまった。
「ヒッ!? キャアアア、もがっ!」
眼前に現れた女の顔も悲鳴をあげる……が、すぐに後ろから伸びた手が女の口を塞いだ。
「ちょっと、センパイ! しっかりしてくださいよ!」
ハルナだ。
「す、スマン。急に出てきたからビックリした」
不覚。本当はユーレイの口を塞ぐのは俺の役目だ。
「っていうか、暴れないでください! 不審者とかじゃないですから!」
「もがっ! ちょっ、放して! 放して!」
ユーレイは抵抗しているが、ハルナでも取り押さえられる程度の相手だ。
彼女は白い着物を、胸元をyの字の反転で身に着けている。
「儀式はもう失敗だよ。というか、本当は最初にハルナに見られた時点で失敗してたと思うが……」
俺がそう言うと、ユーレイは暴れるのを止めたが、眉間にシワを寄せて、精一杯の眼力で睨んできた。
「上手くいきマシタカ?」
ミラカがゆっくり現れる。
光量の足りない外灯に照らされた金髪の愛蘭少女。
「ヒッ、おばけ!?」
ユーレイが悲鳴を漏らす。
「ちょっと失礼シマス」
ミラカはユーレイの着物の袂に手をつっこんだ。
「見つけマシタ。危ないデスヨー。こんなもの持ち歩いちゃ」
ミラカが見つけたのは木づちだ。
「釘と人形もどこかに持ってるんだろ?」
ユーレイはもう一度俺を見たが、その瞳にはもう大した意志があるように思えない。
「ハルナ、放してやれ」
ハルナが拘束を解くと、ユーレイはその場にへたり込んだ。
さて、どうお説教をすべきか。
見た感じ学生ということは無いだろう。だが、俺よりは若そうだ。
「名前は? 俺は梅寺アシオという者だ。こっちは川口ハルナ、こいつはミラカ・レ・ファニュだ」
とりあえず先に名乗る。警戒を解いてもらわなければ。
「え、外国人の女の子? 本当に幽霊かと思った」
白装束のユーレイが胸をなでおろす。
「失礼デスネ。ミラカ、ちゃんと生きてますよ。ユーレイはお姉さんのほうデショ!」
ミラカは腕を組んで頬を膨らませた。
「私も、ユーレイなんかじゃ、ありません。……鹿島ユイコといいます」
女性は少し戸惑ったらしいが、こちらの顔を見て名乗った。
「ユイコさんは、ナニユエこんな格好を? これ、着物デスヨネ?」
ミラカがカシマさんの袖を軽く引っ張る。
「ミラカ、それは着物じゃなくて白装束だ。ご丁寧に合わせも逆にしているし。さすがに、頭にロウソクを巻いたりはしてないみたいだが。ほれ、例の物も出しなさい」
カシマさんを促すと、彼女は懐からわら人形と五寸釘を取り出した。
「わ、これ知ってる! 丑の刻参りっていう呪いでしょ?」
ハルナが声を上げた。
「エ、呪いデスカ……」
ミラカが袖から手を離す。
「ミラカ、呪いなんてないぞ。多分だが」
俺がそう言うとミラカは袖を摘まみ直した。何故、袖を持つ?
「自他一如、人を呪わば穴二つ。そもそも神社の木にクギを打ち込むのは感心しない。犯罪だろう? 器物損壊とかになるんじゃないか?」
「う、うう。警察だけはお許しを……」
路地のアスファルトに額をくっつけるカシマさん。
「ユイコさんは、誰か呪ってやりたい人が居たの?」
ハルナが訊ねる。
「はい……」
カシマさんは土下座スタイルのまま頷いた。ベチッと音がする。
「何か酷いことをされたんデスカ?」
ミラカはしゃがんでカシマさんを覗き込んだ。
カシマさんは顔を上げて俺たちを見回すと、ポツリ、ポツリと話し始めた。
「私、とある商社に勤めてまして。忙しい職場で、朝七時にうちを出て、夜は午前様になることもたびたびでして」
「ブラック企業のOLか」
加えて丑の刻参りか。この一週間の平均睡眠時間は3時間ってところだな。
「ニッポン人は働き過ぎデス」
「仕事はキツいし、遊んでるヒマも無いし、でも働かなきゃ家賃も払えないしでやめるにやめられず。上司のハゲはセクハラするし、ツボミ先輩は辞めちゃうしで……」
「セクハラはイケマセン。残りの髪の毛も無くなるように呪ってやりマショー!」
「煽るな。呪いの相手はそのハゲか?」
セクハラじゃ弱い。俺は少し迷ったが、カシマさんを問いただした。
「……違います」
カシマさんは自身の腕をさすった。路地は蒸し暑い。
「ウチの会社はね。残業がほぼゼロなんです。名目上ですけど。私のところは、それほど大きな課ではないので、ひとりかふたりが残って作業をすれば間に合う程度の仕事量でした。ハゲと、ツボミ先輩と、私と……もうひとり。若い男性社員なんですけど」
なんとなく雲行きが怪しくなってきた。だが、カシマさんは話す気らしい。
俺はハルナとミラカの顔を、ちらと見た。ふたりは真剣に耳を傾けている。
「サービス残業はたいてい私か先輩のどっちかが持ちます。その日は私の番でした」
「ハゲはなんとなく分かるけど、男の人は手伝ってくれないの?」
ハルナが不満気に訊ねる。
「ナカジ……男の人は、直系ではないんですが会長の遠戚のかたで」
「ああ……」
俺はため息交じりに相槌を打った。カシマさんがこちらを見る。
「もともと、私はそのかたに言い寄られていたんですが、どうしても生理的に受け付けなくて、お断りし続けていたんです。それである日、残業で独りでパソコンで作業をしていたら、ナカジは帰ってなかったみたいで。また、しつこく言い寄られたんです」
「しつこい男は嫌われマス」
カシマさんは怒るミラカを見てほほえんだ。
「私、疲れとかサビ残でイライラしてて、つい強い口調で突っぱねたんです。そしたらナカジが私の両手首をつかんできて……」
「えっ、それって……!」
ハルナが手で口を覆った。
「まあ、“そう”はならなかったんですけどね。ツボミ先輩が私に押し付けられた仕事が多過ぎだと思ってたみたいで、タイムカードを打刻したあとに、こっそり戻って来たんです。ちょうど私が襲われそうになったところでした」
「よかった」
安堵の息を吐かれる。
「ツボミ先輩はグーでいきました。ニ、三……十発はぶん殴ってたかな」
「脚のあいだにキックをしたほうがよかったのデハ?」
ミラカが提案する。
「あはは、そうかもしれません。まあ、ナカジは遠戚とはいえ、会長の関係者です。その程度じゃクビになんてなりません。翌朝、眼帯や包帯はしてましたが、普通に出社してました」
「マジかよ。どういう神経してんだ」
「ちょっとオカシイヤツなんですよ。でも、私たちもそれだけでカンベンしてやる気なんてなくて、会社に密告したんです。じつを言うと、私は前から言い寄られていることをセンパイに相談していて、アドバイスでICレコーダーを持っていたんです」
「ばっちり録音したってわけだ!」
ハルナが言った。
「はい、センパイの暴力シーンも」
「アチャー」
ミラカが額に手をやる。カシマさんも「トホホですよ」と言った。意外と軽いノリの子のようだ。
「告発に使った分では編集してカットしてたんですけどね。法務部に元のレコーダーも出して欲しいって言われて。私、どうしようってなったんですけど、センパイはコピーだけ取って、そのまま提出しろって」
「結局、どうなったんだ?」
「ナカジは逮捕はされませんでした。ですけど、北海道の網走にある支社に飛ばされました」
「甘くない? 死刑でいいっしょ」
過激な発言をする女子高生。
「いやー、それが。ナカジね、運転免許のたぐい、なんっにも持ってないんですよ」
カシマさんが愉快そうに言った。
人生を舐めたボンボンが北海道の辺境で車ナシか。
どうやって生活するんだ? 逮捕されたほうがマシだったかもしれない。
「でも、センパイはクビになっちゃった。この一件を警察に言わないことと引き換えに、暴力事件のほうも無かったことにしてもらって。名目上は自主退社って形ですけど。センパイ、公務員の資格を持ってるらしくて、今は地元の役所で観光関係のお仕事をしているそうです。そんなに遠くは無いんですけど、あっちも田舎ですよ」
「ウーム。それなら仕方ないデスネ。ミラカも田舎に行ったことがアリマスガ、田舎はいいところデシタ」
「しかし、こういう事情だったんなら呪いの邪魔なんてしないほうがよかったかな」
俺は頭を掻く。どうせ呪いなんてありゃしない。
それで、ナカジとやらがどうかなることは無いだろう。別にどうかなってもいい気もするし。
これは、オカルト否定や復讐の肯定による容認じゃない。
こういう儀式的な行為には、なんらか心理的な意味があるものだ。
鹿島ユイコは丑の刻参りを成功させることで、気持ちが楽になったかもしれなかった、というコトだ。
「ううん。邪魔してくれてよかったと思っています。人を呪わば穴二つ。あなたの言う通りです。ここのところの私はどうかしてました。私、高校を出たあと、地元からこっちに出てきてて、都会でOLやってお金持ちに玉の輿するのが夢だったんですよ。それでお金持ちになったら、趣味で喫茶店を開こうなんて考えてました」
イタズラっぽく笑うカシマさん。
「ははは」
乾いた笑いで応える。
「あ、ウメデラさん、バカにしてますね? 私、けっこう本気だったんですよ? 玉の輿の為に本気で勉強して、地元で一番の高校を出て、一流大学に入って、それからこっちの商社に入ったんですから」
胸を張るカシマさん。
「でも、金持ちでも中身がツマンナイヤツだとやっぱり、ダメですね。実際、ナカジに返事をしてれば夢が叶ったんだけど、ムリなもんはムリでした」
深いため息だ。
「夢、諦めちゃうの? 勉強も頑張ったんですよね? あたしはツマンナイ夢だなんて思わないケド」
ハルナが言った。彼女の顔は俺から見て闇に隠れていたが、その声色から表情がうかがい知れる。
「うん。諦めちゃう」
キッパリと言うカシマさん。
「えー。玉の輿はともかく、喫茶店も諦めちゃうの?」
ハルナは不満気な声をあげる。
「喫茶店はまぁ、置いといてよ。何ていうかな、頑張って都会に出てきたのはいいけど、思ってたのと違ったっていうかね。でも、それが確認できてスッキリした。ナカジやツボミ先輩の件も、あなたたちに聞いてもらったら、スッキリしたし!」
「うーん。そういうものなの?」
美容師志望の娘は腕を組んで唸る。
「気に入らないって感じだね。ええと、ハルナさんだっけ。あなたは今、高校生くらいだよね? だったら今はそれでいいと思うよ。突っ走って突っ走って、つまづいてから考えても遅くない。ま、転んだときには“自己責任”だけどね」
こんなふうにね。カシマさんは“オトナ”の意見を交えて言った。
「それで、ユイコさんはこれからどうするんですか? またブラック企業に戻るの?」
「辞めることにした。今、決めた! じつはツボミ先輩とナカジが抜けたあと、春に人員の補充が無かったの。頭オカシイでしょ? 私、最近寝てないし」
あくびをするカシマさん。
「そう……」
何もかも、投げ出しちゃうんだ。ハルナがそう言った気がした。
「ついでに、ムカつくオトナに責任を取らせてやる。ハゲは私たちに仕事を押し付けてきたし、ナカジが言い寄ってたことも、事件があったことも知ってたはずなのに、ずーっと知らんぷりだからね。見て見ぬ振りした報い! 引継ぎもなーんにも知らないっ! 私たちに任せっぱなしだったから、ハゲは私の仕事もなんっにも知らないハズ! ハゲのウンコ野郎め、ざまーみろだ!」
カシマさんは自身を睨む若者を見て、ニヤリと笑った。
闇の中からハルナの噴き出す声が聞こえる。
「あはは! 急に下品になった! ……イイと思う。呪いよりよっぽど効くよ!」
「下品なのは先輩のがうつったの。飲みに行くと、いつもベロンベロンになって、いっぱい悪口を言って面白いよ」
「すごい人。でも、いいヒトそう」ハルナが言った。
「……うん、センパイともまだ連絡とってるし、やっぱりこっちに出てきて、よかったんだと思う」
「そうですね」
しばらく間をおいて、ハルナが同意した。
********
後日、カシマさんやその先輩への安全とプライバシーに配慮するために、俺はこの一件の記事をボツにしようと考えた。
……のだが、カシマさんはハルナと連絡を取り合うようになっていたらしく、俺たちがどうして自分を捕まえたのかなどの経緯を訊き出し、その際にサイトの件がバレてしまった。
『フェイク入れてくれたら記事にしてくれていいよってさ。よかったねウメデラ先輩』
ということで記事化することになった。
どうも、ナカジというヤツは仕事中にネットサーフィンばかりしていたようで、「もしかしたら、ナカジが記事を見つけてビクビクするかもしれないし、むしろ書いて欲しい」と推奨付きでの許可だ。
呪いに使った白装束、わら人形、五寸釘、それから木づちなどの道具も半ば押し付けられた形だが、今は俺の手元にある。
鹿島ユイコさんも自身の身勝手な行動を顧みたらしく、丑の刻参りに使った木を所有する神社に正式に謝罪。
神社から学区内のPTAに連絡が行き、イタズラは小学生が犯人ではないこと、不審人物の心配はもう要らないことが説明された。
神社の神主さんはカシマさんの話をすべて聞き、木を傷つけたことは厳重注意したものの、彼女に厄払いの儀式をしてあげたらしい。
それから、俺のところに証拠用に押さえていた打ち付けられたわら人形の写真と引き換えに、「記事化の際に丑の刻参りへの注意や禁止に関する話を盛り込んで欲しい」と依頼が来た。
なんとも大人の事情の入り乱れる一件だが、丸く収まるのならオーケーだ。
よろしくない事といえば、今度は俺が睡眠不足になっていることくらいだ。
じつは、ハルナから連絡が来た時には、すでに記事の下書きを削除したあとだったのだ。
しかし、この件に一枚噛んでしまったし、勝手に深夜に女性をひっ捕らえてそれをメシのタネにしようとしたという引け目もあり、今必死に記事の編集をしているというワケだ。
別段急ぐ必要もないが、さっさと済ませてしまわないと落ち着いて寝られない。
そういう性分というのもあるが、フリーのライターはこういうところで気をつかえなくては生きていけないのだ。
「編集長、記事出来マシタカ?」
ミラカがコーヒーをデスクに置いてノートパソコンを覗き込んだ。
「サンキュ。もう一息だな」
俺は背伸びをしてコーヒーをすする。
「ニッポン人はちょっとヘンです。生きるために働くのであって、働くために生きるのではアリマセン」
「まー、そうだな」
「ユイコさんはセンパイを追いかけて田舎に行くそうデスヨ」
「ふーん。そうか」
「ハルナちゃんがガッカリしてました」
ほんの一瞬だが、ハルナはカシマさんを目の敵にしてたはずなのにな。俺は苦笑する。
「ところで、ハルナはどうしてんだ? ちゃんと試験勉強してるか?」
「美容の学校には関係ないけど、ちゃんとやるって。パパとママも応援してくれるそうデス」
「そうか、それはよかった」
「皆さん、ホントに色々アリマスネー」
ここ数日の出来事に想いを馳せているのだろう、ミラカは記事をざっと眺めると感慨深そうに頷いた。
「お前だって、色々あるだろ? 三百十六歳なんだから」
「ウーン。私たちは人生の大半をひと目を避けて静かに暮らしてマシタカラ……歳の割にはカラッポデス」
頬を掻くミラカ。
「……嫌なこと聞いてスマン」
「お気にナサラズ。最近は、そうでもないデスシ」
「そうか、そんならいいか」
「デスネ」
俺は横でニコニコ笑う娘から目を逸らし、記事の編集に戻った。
もうひと頑張りだ。
********
 




