事件ファイル♯05 深夜に徘徊する白い影! 幽霊の正体を追え!(5/6)
ええと、公園でのやりとりから二時間後。
ここは俺の事務所だ。
ソファやデスクのある狭い空間に物置部屋から持ってきたパイプ椅子を置いて、そこにミラカが座っている。
ミラカはアタマの部分を切り抜いたゴミ袋をまとってテルテル坊主みたいになっている。
その正面には大きな縦長の鏡。俺の私物だ。
ファッションに興味があるのではなく、「オカルト的に姿見は手元に置いておきたいアイテムだから」と、以前に買って倉庫部屋に封印していたものを引っ張り出してきた。
それから、テルテル坊主の背後には銀のハサミを持って震えている女子高生が一匹。
「大丈夫、大丈夫。気楽に行きマショー」
テルテル坊主がお天気な表情で言った。
「そうだぞ。どうせ他人の頭だ。俺は頑張って笑いをこらえるから、安心して切るがいい」
茶化しながら、少し前のミラカの写真をホワイトボードに貼る。
このボードも、事務所にあるとソレっぽいという理由だけで買ったものだ。
「ウメデラ先輩は黙っててください。あたし今、マジで命賭けてるんで」
俺は真剣な横顔に苦笑いをした。
結局、ハルナはミラカの提案に乗った。
最初はハルナが戸惑い躊躇していたので、「決めたら連絡をくれ」と言って帰ろうとしたのだが、その俺たちにくっ付いて来て、それからアイスをかじるミラカを眺めながら唸って、エアコンの効いた『ロンリー』でアイスコーヒーを飲んでいる俺たちの横で唸って、それからようやく覚悟を決めて今に至る。
あんな言い争いみたいなことをしてもくっついてこれるあたり、根性に関しては本職の美容師でも女優でも通用するだろう。
「もしこれで、自分に才能がないと思ったら、スッパリ諦めます」
ハルナがこの言葉を吐くのは五回目だ。
「分かったから早くやれ。ゴミ袋まとってるのは暑いみたいだぞ」
ニコニコしているが、ミラカの頬には汗が流れている。
「それは、ここにエアコンが無いのが悪いっす……」
ハルナもすでに汗だくだ。
「分かった分かった。俺が悪いでいいよ。ミスっても俺とエアコンのせいだ。テキトーにちゃっちゃと切ってやれ」
コイツはいつまで固まってるつもりなんだ。
「テキトーになんて出来るワケがない。髪は女の命。このハサミだって、ミラカちゃんがいつも使ってるモノなんだ。美容師にとって、ハサミは命より大事なんだ。両方をあたしに預けるってことは、そういうコトなんだ」
俺は茶化し続けてはいたが、ハルナの瞳にはそのたびに火が入っていくようだった。
プレッシャーになるかと思ったが、彼女の“キャラ”らしくない本気になるにはいい手らしい。
「肩の力を抜いていきマショー。先っちょから、ちょっとづつやれば平気デス」
「あたしはそれでも失敗したんだけど……」
ハルナの手の震えはまだ止まらない。
「失敗して。それで、“何とかして”もらったんだろ? そのときは散髪代だけカンパしてくれ」
ハルナの手の震えが止まった。
「そうっすね。センパイ、アリガト。……ハルナ、行きます!」
俺は銀色のハサミが金色に差し込まれたのを見届けると、スマホに目を落とした。
連絡先は川口ヒロシ。俺の伝手であり『オカルト寺子屋』の準構成員のひとりだ。
昼間に公園でハルナが小学生に聞き込んだ際に出てきた情報を元に、追加の情報を彼に調べてもらおうと考えていた。
『ああ、それなら知ってますよ』
川口少年はすぐに返事をくれた。
彼もガチのオカルト少年だ。「神社」というワードに食指が動いたらしい。
調査を依頼するまでもなく、すでに事件の情報を掴んでおり、それを快く提供してくれた。
どうやら、俺の睨んだ通りらしい。
彼からもらった情報を元に、ハルナのユーレイ目撃現場と、木が傷つけられた神社の距離と、移動に掛かるであろうおおよその距離を割り出す。
「ハルナがユーレイに会ったのは午前一時四十分前後か?」
これはひとりごとだ。
今の俺には見える。川口ハルナの身体から立ち上る炎が。
とぎれとぎれだが、髪の切られる音がする。
ユーレイ事件についていくつか聞きたいことがあったが、あとにしておこう。
「あっ、ヤッバ」
ハルナの声がしたが、俺は何も聞いていない。
ノートパソコンを開き、今回の事件に関わってくるであろう「とある儀式」を調べる。
勘のいいオカルトファンの諸君ならもうお気づきであろう。
伝承されるやり方にはいくつかのパターンがあるが、恐らく手近な検索結果から情報を得ていると推測する。
そのページによると七日目で儀式は完了するらしいから、ハルナが目撃した回数や日時からして、まだ儀式は終わっていないハズだ。
『金曜の朝の時点で三つあったそうです』
準構成員からの追加情報。
ということはユーレイは今晩にも確実に現れるな。
俺は少年への褒美に、今回のユーレイ騒ぎの推理を一足先に訊かせた。
『なるほど。つじつまが合いますね。僕は時間的にユーレイ捕獲に参加できませんが、あとで結果をちゃんと聞かせてくださいね。記事にする前に!』
『りょ』
俺は返事を返す。これが今風。打ち損じではない。
どれ、久しぶりに夜が楽しみになって来たぞ。
今夜はユーレイ捕獲大作戦だ。大作戦といっても、人手が三人あれば充分だろう。
武器も掃除機も不要だ。現場近隣の地図を精査しておこう。現場も見ておいたほうがいいかもしれんな。
「ちょっと出てくる」
俺はそう言い残して現場に向かった。ミラカは返事をしたが、ハルナはノーリアクション。
現場は、なんのことも無いただの住宅地だ。
例の三叉路のあたりをぶらつき、曲がり角を確認し、それだけでさっさと引き上げた。
神社まで足を運ぶまでもないだろう。それより、差し入れのひとつでも買って来てやろう。
事務所に戻ると、中はしんと静まり返っていた。
テルテル坊主とその背後でハサミを構えたままの制服姿の娘。
ハルナは何度もミラカとホワイトボードの写真を見比べている。
「ホンモノのテルテル坊主は回避できたみたいだな」
「あっ、センパイ。おかえりなさい。……これ、どう思います?」
ミラカの後頭部と写真を交互に指さして言う。
「どうも思わんな。いつものミラカの頭だ。まったく違和感がない」
「……っし!」
ガッツポーズを取るハルナ。
「可愛くなったデスカ?」
ミラカが訊ねる。
「ミラカちゃんは最初から可愛いよ」
ハルナはミラカの頭を撫でる。
「あっ、ごめん。すごい汗。それ暑いんだっけ。すぐに外すね」
ミラカに被せていたゴミ袋を外すハルナ。
「ふたりとも、お疲れ様」
俺は偵察がてらに買ってきたブツを紙袋から取り出す。
「ハッ……このニオイは」
ミラカが鼻をすんすん鳴らす。
「ダブルコクーンバーガー!」
目を輝かすミラカ。
「なんでダブルまで分かった!?」
少し背筋が寒くなる。ユーレイよりコイツの嗅覚のほうがよっぽど恐ろしい。
「一応、全員分買ってきてやったぞ。夕方だから、夕飯に差し支えるというなら遠慮してくれてもいい、どうせミラカが片づける」
紙袋からポテトやシェイクを取り出しながら言う。
「センパイ、あざっす。ゴチになるっす……と、言いたいところですが、ミラカちゃん食べていいよ。あたし、ちょっと食べ物がノドを通りそうもない」
ソファに身体を預けて言うハルナ。彼女の額にも汗がびっしりだ。
俺はコーラだけハルナに手渡す。彼女は「ざっす」と言うと一気に半分吸い上げた。
「では、全部貰っちゃいマスネ」
ミラカはハンバーガーの包みに手を付ける。
「待て、それは俺の晩飯込みだ。俺の分は残しといてくれ」
「……いやあ、ミラカちゃん全部食べちゃっていいよ! センパイって不健康そうだし。ファストフードとかよくないよ」
「ちょっとハルナさん!?」
「あはは……」
ハルナが力なく笑った。スカートがズレるのも気にせずに、すっかりソファに体重を預け切ると、深いため息をついた。
「センパイ、ミラカちゃん。あたし、やってみる」
女子高生は疲れた顔をしていたが、目だけはいつにもまして生き生きとしていた。
「おう。やってみろ」
「ファイトデス」
ミラカは笑顔でハンバーガーをかじりながら応援する。
「まだ、ちょっと自信ないけど。失敗したときのことを考えると、また手が震えそう」
「アル中みたいだな」
俺はシェイクをすすりながら笑う。
だが、冗談ではなく、本当に彼女の手は震えていた。
「ハハッ……。んじゃ、あたし。今日のトコロは帰ります。試験勉強しなきゃ。本当に、ありがとうございました」
ハルナは震えながら立ち上がると、敬礼ではなく丁寧に頭を下げた。
「おう。それじゃ、今晩一時に例の三叉路でな」
「へ?」
ハルナはぽかんと口を開けた。
「捕まえるんだよ。ユーレイ」
「オー、ユーレイ捕まえるデスカ? 掃除機要りマス?」
「いらんいらん。正体も分かったしな」
「え、なんすか?」
「んー。たぶん、俺たちと大差ないモンだよ」
「えー? どうゆうコトっすか?」
「会ってからのお楽しみだ。試験勉強するにしても、スッキリしておいたほうがいいだろ。そんなに時間は掛からん。ちょっと付き合え」
「試験期間中の女子高生を夜中に呼び出すなんて、やっぱウメデラ先輩はヤバみ半端ないっすね」
そう言いながらもハルナの口元は緩やかな弧を描いていた。
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作戦決行の深夜。
俺は仮眠をとっていた金髪娘を揺り動かす。
「おい、ミラカ。起きろ。ぼちぼち行くぞ」
「イヤン、寝込みを襲うなんて、イケマセン」
ソファの上、寝ぼけ眼で自身の身体を抱くミラカ。
「アホか。ユーレイ捕まえに行くぞ、ユーレイ。ハルナはもう現場で張ってるらしいし、急ぐぞ」
「アー……掃除機どこに置きマシタっけ?」
「まだ寝ぼけてるな。掃除機は要らんと言っただろう」
要らんとは言ったが、あの後、掃除機は大活躍をした。
事務所の床に散らばったミラカの金髪を掃除しなければならなかったからだ。
ハルナの制服もえらいことになっていた。
「ウー。眠い」目を擦る小娘。
「面白い記事が書けたらゴリゴリ君買ってやるから」
「イキマス!」
シャキーン! カップ酒を入れたアル中かよ。
捕獲大作戦とはいえ、内容はごくシンプルだ。
それはズバリ、挟み撃ち。
ユーレイは決まったルートを使い、決まった時間に決まった場所へと移動している。
そして、その行先きは神社だ。
“犯行現場”で捕獲しても構わないが、その場合は関係者に目撃されて警察沙汰になってしまう可能性がある。
できれば、ユーレイが目的地にたどり着く前に決着をつけたい。無闇にことを荒げることはしたくはない。
「ホントにそんな作戦で大丈夫デスカ?」
暗く寂しい住宅街でミラカが訊ねる。
「また逃げられちゃいませんかね」
ハルナもいまいち作戦を信用していないようだ。
「ユーレイは空も飛べないし、壁をすり抜けることも不可能だ。二手に分かれて挟み撃ちでいいだろ」
なぜならば、彼女は「人間」なのだから。
「せっかく三人居るんデスシ、逃げ道は全部塞いだほうがいいのデハ?」
「お前ひとりで大丈夫か?」
「失礼な、ヴァンパイアは暗闇が得意中の得意デス。暗闇を怖いと思ったことはアリマセン!」
胸を張るミラカ。
「あはは。ミラカちゃん頼もしい。そろそろ配置ついたほうがいいっすよ。いつも通りなら、ぼちぼちです」
ハルナは表情を引き締めると、早足に待ち伏せ場所に移動する。
彼女がいつものポイントよりも手前の分かれ道(万が一ルートを逸らされたときのためだ)から追跡を開始、三叉路を過ぎたあたりで距離を詰める。
そして、曲がり角を直進できないようにミラカがちらりと姿を見せ、角を曲がった先には俺が居る、という寸法だ。
『来ました』
ハルナからのメッセージ。作戦開始だ。
といっても、俺はここで角待ちするだけなのだが。
静まり返った住宅街。付近の家の窓には明かりひとつ見えない。
外灯も少なく、道の隅はところどころ完全な闇になっている。
もしも、異界への穴がぽっかり開いていても、気付かないだろう。……なんてな。
ユーレイがここに来るまで、しばらく時間がある。
俺は闇を眺めながらぼんやりと思考に暮れた。
ミラカはちゃんとやれるだろうか。っていうか、独りで怖くないのか?
ウイルス感染者は夜目が利いたりするんだろうか?
日光がダメだし、ウイルスが吸血活動に有意に働かせるために夜間活動がしやすいように身体能力に影響を与えたりとかしたり?
ま、突っ立ってルート制御するだけの仕事だし、そもそも居なくても、ターゲットがこっちに来る可能性が高い。
どちらかと言うと俺が自分の身を心配しなければならない。
正直、今回の捕獲作戦は「マナー違反」というか、常識外れな行為だ。
ぶっちゃけ、最悪こっちがチカン扱いだろう。
まあ、向こうは向こうでイリーガルなことをしているのだから、こちらに義があるとも言えなくもないが……。
「なんてな、ただの趣味と、金のためだっての」
ひとりごちて顔をあげる。
すると俺の真正面に、血走った目の女の顔があった。
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