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事件ファイル♯05 深夜に徘徊する白い影! 幽霊の正体を追え!(4/6)

「ねね、キミたち。この辺でユーレイのウワサとか聞かなかった?」

 ハルナがふたりの小学生男子に訊ねた。

「幽霊? そんなの居るわけないじゃん」

 男の子のひとりが笑う。

「えー? 居るよユーレイ。あたし見たもん」

「マジで言ってる? あんた中学でしょ?」

 バカにしたような笑いを向ける小学生。

「高校高校! JKだし。二回も見たし」

 ハルナは自分を指さして信じてアピールをした。

「二回も? いつ? どこで? 地球が何回まわった時?」

 懐かし言い回しだ。今も使われているのか。

「駅の近所の住宅街。あっち。水曜と木曜の夜中に見たし。追い掛けたんだから」

 ハルナは現場の方角を指さす。


「み・ん・な~~~~~~~~~~!」

 ハルナの指さす方向から別の男子小学生が走ってきた。全力疾走だ。


「おっ、ソータじゃん」

「俺、ゲーム禁止解除された!」

 ソータと呼ばれる少年は、ゲーム機片手に公園へと滑り込んできた。

「マジかよ。三度目一週間ぶりじゃん!」

「海モン3が出てからめっちゃ禁止されてるよな」

 汗まみれの勝利者を歓迎する仲間たち。

「そりゃキャラも変わるわ~」

「ソータが俺って言うレベル」

 ふたりが笑う。


「あ、アレはソータ君」

 ミラカが反応する。

「ソータ君って、誰だっけ?」

 思い出せない。

「テリヤキの散歩にここに来るとたまにゲームしてる子デスヨ。ミラカ、たまにおしゃべりシマス。えーっと、あの、ヌルヌルのサンショウ見つけた時も来てた子デス」


 あの時、ゲーム機を持っていなかった子だ。

 どうやらゲーム機は禁止された都合で持ってなかったらしい。

 彼は他の子とは違って、ナマイキ度が低くて大人しい印象だったはずだが。


「ハア……ハア……疲れた」

 ソータ君は肩で息をしながらも、ゲーム機を起動している。

 小学生はいつでも全力だ。俺もガキンチョの頃はそうだった。


「よっしゃじゃあ、弱ってる今ならソータを倒すチャンス! 俺の幽霊船シャチとバトルだ」

 こっちの男の子は一番ナマイキだったヤツ、少年Bだ。

 ミラカに言われるまで思い出せなかった。

「俺の火炎放射カジキともやろうぜ」

 こっちはイマイチ特徴が掴めない。少年AだったかもしれないしXかもしれない。

 男子小学生なんて大体どれも同じに見える。付き合いのある川口少年以外は全員同じだ。


「えー、ソータ君も聞いてよ。お姉さんのユーレイの話」

 放置されたハルナが抗議する。


「急に名前で呼ばないでください、変なお姉さん。このひと不審者?」

 ソータ君がイヤそうな顔をして首をかしげた。

「ソータもハアハア言ってるから不審者だ」

 ナマイキ坊主が笑う。

「なんか、あっちのほうでユーレイを見つけたから追い掛けたって言ってた。ユーレイ探してるんだって。だから俺たちに“ジジョウチョウジュ”してるみたい」

「情報収集だろ。ゲームのやり過ぎじゃない?」

 ソータ君が言う。


「ソータにそれ言われたら終わりだし。ま、ユーレイは知らないけど。でも、この辺は不審者が多いってよく言うよな」

「そーそー例えば……」

 少年たちがこっちを見た。


「ヒヨコを散歩させてる外人のねーちゃんと、その兄とか」

 指をさすナマイキ坊主。横にいるソータ君はミラカに気付き、小さく手を振っている。

「不審者って言われてマスヨ」

 苦笑しながら手を振り返すミラカ。


「不審者が来るとPTAにツーホーが行って、俺たちにプリントが配られる。宇宙人みたいなヤツとか、ちんちん丸出しでバイク乗ってるヤツとか」

「ちんちん! ウケる!」

 爆笑が起こる。

「あはは、ちんちん!」

 ハルナも小学生に混じって笑っている、同レベルか。


「そーいや、金曜に貰ったプリントはなんて書いてあったっけ?」

 腹を抱えて笑っていたナマイキ坊主が言った。


「えーっと。たしか、神社の木にイタズラをする人が居たから、用もないのに神社に行かないように、もし行っても林に勝手に入らないようにって」

 ソータ君が思い出しながら言う。


「ふん、神社ね?」

 俺の頭の中でオカルトのピースが結合した。


「編集長、何か思いついたデスカ? ……ハッ!? もしかして、ヴァンパイアであるミラカをお祓いしようと……?」

「なんでだよ。十字架も後付け設定で効かないとか言ってなかったか?」

「そりゃソーデスケド……」

 俺は何か言いたげなミラカの麦わら帽子を軽く叩いた。

 今さら厄介払いなんてするわけないだろ。そう思ったが、まあ……言わなかった。


「小学生がイタズラでやったとか思われてそうで、ちょっとウザいよなー」

「それな。隣のクラスのヤツは神社に集まってゲームしてたから、怒られた上にゲームの場所の探し直しらしいぜ」

「マジで? じゃあアイツらここ来る? 海モンバトルする?」

「クラス対抗海モンバトル? 面白そう」

 それから小学生たちはゲームの対戦の話で盛り上がり始めてしまい、ハルナはまったく相手にされなくなってしまった。


「うう。情報収集失敗っす」

「なんだ、もう諦めるのか?」

 見当(・・)が付いている俺はハルナを見て笑った。

「そーっすね。大人への聞き込みとかは、あたしのキャラじゃないんで……」

 肩を落とすハルナ。少し意外だ。気合が入っていた割に、こうもあっさり引き下がるか。

「じゃ、帰って試験勉強でもするこったな」

「えーっ。あたし、試験勉強するキャラでもないし」

 渋るハルナ。


「何デスカ? その“キャラ”って」

 ミラカが首をかしげる。


「キャラクターの略だな」

「フム、性格や人格を意味する言葉デスネ」


「ミラカちゃんはキャラ立っててかわたんデスネ!」

 ハルナがミラカのイントネーションを真似して言った。

「発音がイマイチなのはキャラを作ってるワケじゃないデス……」

 しょんぼりするミラカ。

「おっ、しょんぼりミラカゲット!」

 スマホを向けるハルナ。

「帰らないのか。卒業できなくなっても知らんぞ」

「……別に。バカでも卒業くらいはできるし」

「大学受験に支障が出ても知らんぞ。高三なんだろ?」

 親切半分、厄介払い半分。


「受験もあたしには関係ない予定。大学行かないでちょっとバイトして、テキトーに結婚して、旦那とウチの焼き鳥屋継ぐんで」

 粗雑に転がり出る人生プラン。

「大学行かないのか」

 俺はなんの気もナシに訊ねるが、失敗したかと思った。

 じつは焼き鳥屋の経営が芳しくなくて金銭的な余裕がないとか、そういう事情があるのかもしれない。


「別にやりたいこともないし。行ってもしょうがないし。あ、センパイ? ウチの焼き鳥屋は繁盛してますからね? 両親もめっちゃ元気ですし」

 ハルナが俺の心配を打ち消す。

「まあ、やりたいこともないのに大学行ってもしょうがないかもなあ……。自慢じゃないが、実際、俺も大学で学んだことは特に人生の役に立っていないぞ! 就職に必要だといっても、今がこのザマだからなあ」


 俺は笑って言った。

 当時は何も考えずに、とりあえずで自分のレベルで無理のないところに進学しただけだ。

 今となっては大学で何をしてたのか欠片ほども思い出せない。

 オカルトに真剣に取り組んでからは心理学や宗教学、民俗学でもやっとけばよかったと後悔している。

 夢だなんだと言いながら、気合も下準備も不充分だったのは否めない。

 せいぜい役に立ったといえば、レポートをでっちあげる能力くらいだろうか。

 それは学生時代に得意だったことのひとつだ。今でも『オカルト寺子屋』の記事をまとめるのに一役買っている……ハズだ。


「あはは。ウメデラ先輩もキャラ薄いっすね」

「“も”ってなんだ? お前はキャラ濃いぞ」

「そっすか? それならよかった」

 ハルナが安堵の表情を浮かべた……ように見えた。

 今の若者は今の若者で、アンニュイになるようなこともあるのだろう。


「編集長、そろそろ帰りませんか。ミラカ暑くて死にそうデス。アイス食べたいデス」

 ミラカは空を指さす。いつの間にか雲が撤退している。

「アイス? あたしが買ったげようか?」

 ミラカはちらと横目でハルナを見たがかぶりを振った。

「アイスはウチの冷蔵庫に入ってマス。無くなってから新しいのを買う約束デス。もうじきB・T(バーガーシング)コラボのゴリゴリ君アイスハンバーガー味が発売するので、タイミングがあうように数を計算して食べてマス……」


「あはは、子供みたい。……ミラカちゃん髪の毛長いけど、暑いの?」

 後ろ髪をかき上げて涼もうとしたのを目ざとく見つけるハルナ。

「暑いデスネ。美容院に行って切ってもらう予定デス。……お給料が入ったら」


 昨晩、ミラカはすぐにでも髪を切る方向で考えていたようだったが、今朝には意見を変えていた。サイフ事情のせいだ。

 彼女にとって、B・TコラボキャンペーンのTシャツは美容院より重要らしい。

 当たり棒を送るともれなく貰えるんだとさ。


「ふーん。あたし、いい美容院知ってるよ。紹介したげよか?」

 ハルナは自慢げに自身のショートボブをかき上げる。

「今はお金が無いので、前髪だけ自分で整えマス」

 力なく言うミラカ。


「えっ、自分で切れるの?」

「はい。後ろはムリデスガ」

「すごいね、ミラカちゃん。あたしなんて……。あ、でもあたしより長生きなんだっけ?」

 バカにしたように笑うハルナ。

「長生きでなくとも、ちょっと練習すればデキマス」


「できないよ。プロの美容師の人だって時間掛かるし。大変なんだよ」

 ハルナは若干キレ気味な気がする。


 ミラカは自分の毛先を見つめている。

 実際にケアをしている現場を見たことはないが、彼女の髪の毛はいつもサラサラだしキューティクルもピカピカだ。

 寝癖や帽子のせいでよく跳ねてはいるが、それでも絵になる。

 後ろ髪がこれだけ伸びても横や前髪が整ったままだということは、普段から自分で手入れをしているからだろう。

 慣れているのは間違いない。


「ンー? そうカナ……」

「そうだよ!」

 今度は明らかに敵意を含んだ言葉だった。

「なんだ、やけに突っかかるな」

 俺は見かねて口を挟んだ。


「……ごめん。ごめんなさい」

 ハルナは、はっと息を呑み謝る。


「何かあったのデスカ?」

「あたし、前に自分で切ろうとして、ものすごい頭になっちゃって、自分で切ったときにはうまくできたつもりで、全然気付かなかったんだけど、ヒトから見た時は全然そうじゃなかったみたいで……。ヒロシも教えてくれなかったし。ガッコで笑われて……」

 言い訳をするハルナ。語尾が小さくなっていく。


「……それはつらたんデスネ」

 ミラカはハルナを見て言った。

 トゲをぶつけられたはずの娘はニコニコしている。


「でも、いいこともあったんだよ。短く切り過ぎてて、自分でもどうしようもなかったから、美容院に行って、何とかしてくださいって、あたしそれしか言えなくて。でも、ちゃんと、何とかしてくれたんだ。だからあの美容院……ううん、美容師の人たちのことは尊敬してるし、憧れる」

 大切そうに自身のショートボブを撫でるハルナ。


「髪は女の命デスカラネー。でも、ハルナちゃん、さっき、やりたいことはないって言ってませんデシタっけ?」

 ミラカが首をかしげる。


「ないよ。あたしはバカだけど、できる事とできない事の区別くらいははつけてるつもり」

「そりゃ、今はできないだろうが。だから学校に行くんじゃないのか? 美容師だと専門学校だっけか? ……アレか、親御さんが専門学校だと首を縦に振らないとかか?」

「さあ? 相談したことないし……」

 ショートボブの娘は他人事のように言った。

「してみればいいデス。ご両親と仲が悪かったりしマスカ?」

「自慢じゃないけど、ウチは仲良し家族だよ。たまにケンカくらいはするけど。だけど、あたしはそんな“キャラ”じゃないし」


「言ってみればいいノニ。ミラカはなんでもパパとママに相談シマ……シマスヨ!」

 あ、コイツ今ウソ言ったな。家出娘め。


「美容師の世界は甘くないんだよ。失敗なんてできないし、練習するにしてもマネキンも高いし、仲間内でのイジメとかもエグいらしいし、仮になれてもほとんどの人が一年以内に辞めちゃうって……」


「離職率は九割以上か」

 俺はスマホで調べながら言った。他にもハルナが言った言葉に近い情報が出てくる。

「よく調べてるじゃないか。新米美容師だって、数年前には高校生だったんだろ? やってやれない事じゃないと思うけどな。たとえ数パーセントでも続いている美容師は存在する。ユーレイや宇宙人よりは楽勝だろ」


「努力と根性デス!」

 ミラカが鼻息荒く言った。


「あたしはそんな“キャラ”じゃない」

 話を打ち切るように放たれる言葉。俺は少しイラついてきた。

「何だよ、さっきから“キャラ、キャラ”って。ただの言い訳じゃないか」


「センパイは好きなことやって、たまたま上手くいってるからそんな無責任なことが言えるんです。あたしら女子高生だって、オトナが考えてるほどヒマじゃないんですよ? 夢なんて追っかけてるヒマ、ありません」


 鋭い視線が俺を刺す。

 若者の敵、「オトナ」を見る目だ。俺はどうやらいつの間にか「あっち側」ではなくなっていたらしい。

 俺だって大学を出てからずっとブラブラして、ほんのついこのあいだ、ミラカが来るまでは、大学時代と地続きの毎日を送っていた。

 気持ちは学生の延長のままだ。「オトナ」から見りゃ、自分は社会の落伍者だって。

 だけれど、ハルナから見れば、俺も「オトナ」のひとりってワケか。


「今のオトナっつーか、前の世代の連中がクサい物にフタをするようなやりかたを続けてきたからな。始めから禁止しておく、失敗しないように対策ばかり詰め込む。そのくせ、いざミスれば本人たちの自己責任だ。それどころか、世界を作ったクセに、若者のなんとか離れだとかで“こっち”に責任を押し付けようとしてくるしな」


「分かってるようなこと言ってドヤらないでください。あたしたちは、キャラ違うのに本気(マジ)になってシクったら、ダサいどころの話じゃないんです。アトが無いんです」


 ダメか。俺はもう、「そっち側」じゃないのな。ハルナの拒絶に胸が痛む。


「じゃあ、そういう“キャラ”になって頑張ればいいデス」

「それで失敗したら? 美容師目指すのがダメになったら、何も残らない。バカみたい。キャラ崩壊なんて、ユーレイもいいトコじゃん。それなら最初からやらない方がマシ」

「じゃあ、失敗しないように練習シマショー」

 ミラカはいまだにニコニコしている。


「ミラカちゃん、話聞いてた? 美容師の練習なんて簡単にできないんだよ。マネキンの髪だって切ったら戻らないのに、バカみたいに高いし……」

 ハルナは呆れて大きなため息をつく。


 そんなハルナをよそに、ミラカは後ろを向くと、髪を掻いてはにかんでみせた。


「ハルナちゃん、私の髪、切ってクダサイ」


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