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事件ファイル♯05 深夜に徘徊する白い影! 幽霊の正体を追え!(1/6)

 口裂け女、トイレの花子さん、呪いの公衆電話、不幸の手紙……。

 俺の小学生の頃に流行った都市伝説や妖怪譚。

 今や口裂け女でなくともマスクだらけ、トイレはピカピカで妖怪どころか昼飯を食べるものまでいる始末、公衆電話は姿を消し、手紙でのやりとりも激減してしまった。


 それでも怪異たちは形を変え、姿を変え、現代にも細々と生きている。


 口裂け女の代わりに“ひきこさん”が現れ、公衆電話の怪異は携帯電話に置き換わり、不幸の手紙はチェーンメールやSNSのメッセージになった。

 昨今になって語り継がれるようになった巨大な女や、ロングヘアーをなびかせてビルから飛翔する女。奇妙な組木の箱などなど……。

 怪異は減るばかりでなく、新たに生まれ続けてもいる。

 もちろん、過去から現在に至って現役であり続ける呪いや怪異もまだまだ存在する。

 今回は、それにまつわる、少しばかりオールドタイプな事件について語ろう。



 喫茶店『ロンリー』。

 ミラカが家庭教師の授業を終えて、川口少年とコーヒーを飲みながら雑談をしている。

 俺は前回のオオサンショウウオの記事の反響に満足しながら、彼女たちの話に耳を傾けていた。


「なんかウチの姉が『幽霊が出た』って言うんですよ」

「ユーレイデスカ?」

「ええ。深夜に決まったルートを徘徊する白い着物姿の女が現れるそうです」

「着物ナンテ古風デスネー。お皿でも数えてるデスカ? いちま~い、にま~い」

 ミラカはテーブルの上の空き皿を重ねながら言った。


「今日日、皿屋敷はないだろー。どの辺に出るんだ? 時間帯は?」

 俺はふたりの話に興味が湧いて口を挟む。


「さあ、そこまでは。姉に訊いてみましょうか」

 カワグチ君はスマホでメッセージを打った。


「ロンリーの座席にでも出るのかもなー?」

 俺は笑いながら冗談を言う。

「え、ここにデスカ?」

「そうそう、いつも決まった時間に、誰かを待っている女の霊とかさ」

「やめてよウメデラ君ー」

 カウンターからナカムラさんの声。

「幽霊でもお金がとれるかもしれませんよ」

「やだなあ。飲食だけされて、あとでお金を見たら葉っぱだった、なんてことになりそうだよ」

「そりゃタヌキかキツネでしょう」


「うわっ」

 カワグチ君がスマホを見て顔をしかめる。


「ドウシマシタ?」

「なんか、姉。今からここに来るそうです」


「へえ。おふくろさんには会ったことあるけど、お姉さんは初めてだな」

「やだなあ、めんどくさいなあ」

 カワグチ君はメガネを外して眉間を摘まむ。

「そんな面倒な子なのか?」

「そういうワケでもないんですが……。ええと、とりあえずミラカさんには謝っておきますね」

 おもむろにミラカに向かって頭を下げる川口少年。


「……? ドウイタシマシテ?」

 ミラカは首をかしげた。俺もよく分からん。なんだろう?


 しばらく時間を潰していると、『ロンリー』のドアベルが鳴った。

「いらっしゃい」ナカムラさんが挨拶をする。


「こんにちわ! お邪魔しまーす!」

 若い女性の威勢のいい挨拶だ。


「来てしまった……」

 カワグチ君が頭を抱える。どんだけだ。


 綺麗にセットされた、ややベリーショート気味の短いボブヘアに、高校の制服の夏服姿。

 スカート丈は思いのほか長い。

 彼女は店内をぐるっと見回すと俺たちを見つけ、早足でテーブルまでやってきた。


「初めまして! 川口ヒロシの姉の、川口ハルナです! いつも弟がお世話になっています!」

 なぜか敬礼をするハルナ。


「初めまして。俺は……」

 俺は彼女から見て……何だ? 自己紹介をするのに一瞬戸惑う。

「俺は梅寺アシオ。カワグチ君の家庭教師をしているミラカ・レ・ファニュの親戚のお兄さん、保護者だ」


「大ボスということですね! ふつつかな弟ですが、なにとぞ今後ともお引き立てのほどをっ!」

 立ったままテーブルに両手をつき頭を下げるハルナ。

「ふつつかなのは姉さんのほうだろ」とボヤく弟。


「ミラカ・レ・ファニュデス。ヒロシ君の家庭教師をさせていただいてマス」

 ミラカも挨拶をする。


「はぁ~ん! ナマミラカちゃんだ~!」

 ハルナはいきなり嬌声をあげると腰を落とし、座ったミラカに視線を合わす。


「ハイ? ナマ、デスヨ? ベイクしてマセン」

 首をかしげるミラカ。


「うっわ~。マジホンモノだ! 金髪! 緑の目! 白い肌!」

 向きを変え角度を変えてミラカを覗き込みまくるハルナ。

「お兄さん! ミラカちゃんを触ってもいいですか!?」


「俺でなく本人に聞いてくれ……」

 何だこの子は。


「触ってもいい?」

「エ? ハイ? ドウゾ……ワァ!?」

 きょとんして、返事をするミラカ。返事をした途端に抱きすくめられる。

「尊い~! テンションあげみざわ~!」

 謎の言葉と共にミラカの頭を撫でる女子高生。

 令和の女子高生は分からん。


「だ、誰デスカ? アゲミザワさん?」

「言うて、ナマミラカちゃん見るの初めてじゃないけどね。有名になる前から知ってたし。四月くらいにヤクザの人とB・Tに居たでしょ? この前タピッてたのも見たし」

「姉はミラカさんの猛烈な(・・・)ファンなんです」

 カワグチ君は申し訳なさそうに言った。


「ファンファン、超ファン! 有名になる前から知ってたし! でもこうして正式に触れるなんて、マジきゅんですわ!」

 そう言うとハルナはミラカの頭のニオイなどを嗅ぎ始めた。

「すみません。姉はヘンタイなんです」

「ヘンタイでわない」と言いつつ、頭だけでなく、耳や首のニオイまで嗅ぐハルナ。

「ア、アノ。カンベンしてクダサイ……」

 ミラカは手のひらでつい立てを作ってハルナを押す。

 だが、ヘンタイの行動はエスカレートし、ミラカの腕を持ち上げると腋の下のニオイまで嗅いだ。


「チョットォ!?」

 叫び自身を抱くミラカ。

「あはは、意外とクサくない。外国人は匂うってゆってたケド」

「ヘ、ヘンシューチョー、この人怖いデス……」

 被害者が震える。

「あはは、ごめんね? 興奮しちゃった。エモすぎて泣きそう」


「スカート長いクセにギャルギャルしい子だな」

 俺は苦笑する。同時にその制服に見覚えがあったことに気付いた。

「お、もしかしてその制服って“カタ高”の制服?」


「お、もしかしてお兄さんって制服マニア?」

「違うわ。俺も“カタ高”出身なんだよ。ちなみにキミが見たヤクザも“カタ高”出身だ」

 “カタ高”はマイカタ高等学校の略称だ。

 俺の実家は別の市にあるが、高校はこっちだった。

 当時はミニスカートが流行していて、全国各地で女子たちは、これでもかとチキンレースのように競ってスカートを折っていた。


「はえ!? ミラカちゃんのお兄さんはセンパイ!? いやはや、これはとんだ失礼を……」

 ハルナは額を打つと再度テーブルに手をついて頭を下げた。俺は何も失礼されていないが。


「先輩といってもひとまわり以上違うけどな。カワグチさんは何年生?」

「三年っす。気安くハルナとお呼びください!」

 びしっ、敬礼。

「はあ……。じゃあ、“ハルナさん”ということで……」

 知り合ったばかりの女子高生を下の名前で呼び捨てる神経はしていない。

「もっと! もっと気安く!」

 腰を落とし、掛け声とともに両手を内に仰ぐ女子高生。

「ハ、ハルナ……」


「ヨシ!」

 女子高生は片足を上げて俺を指さした。


「ウーン? 編集長、ミラカのことはいきなり呼び捨てだったヨーナ?」

 金髪娘は腕を組み肩眉を上げて俺を見た。そういえばそうだったか?


「ところで……なんだっけか? なんでこの子来たんだっけ?」

 俺は首をかしげる。女子高生のエネルギーにすっかり用件を吹き飛ばされてしまった。

「ミラカちゃんとの握手会ですよ!」

 そう言いながらハルナはミラカの手を握ってぶんぶん振っている。


「違うだろ。幽霊の話をするために呼んだんだ。ウメデラさんは“オカルト調査事務所”の所長なんだ」

 川口少年がため息をついて言った。

 実際にオカルト調査事務所付きの肩書きで呼ばれると、随分と照れくさい。


「そうだった。あたし、編集長のファンでもあったんだった。いつも寺子屋見てます!」

 手を差し出してくるハルナ。

 俺は握手を交わしながら女子高生の手を握るなんて何年ぶりだろうと考えた。


 いや、初めてか……?


 まあ、いいや。


「サイトはどうやって知ったの? オカルトとか流行ってるの?」

 サイト編集者として興味のある質問。ナマの声は大切だ。


「可愛い外国人の女の子で検索して行きつきました! オカルトは流行ってないコトもないですね。そこそこです。あたしも割と好きです」


 やっぱりそうかと思いつつも、ちょっとガッカリする。


「ミラカちゃんが評判になってますよ。あたしも、友達にサイト見せたし。英国人の可愛い子供が大人気!」


「ミラカ子供じゃないデス。英国人じゃなくて、アイルランド人デス!」

 腕を組み口を尖らせるミラカ。


「あ~っ! 怒ってる姿もカワイイ!」

 スマホを構えるハルナ。


「撮っていいですか?」

 ハルナは俺を見て訊ねる。

「本人に聞いてくれ」


「ミラカちゃん、いーい?」

 ミラカは頬を膨らませるとそっぽを向いた。

「や~ん、カワイイ! 可愛いなー! ミラカちゃん可愛すぎてマジヤバみ溢れる~」

 “カワイイ”を連発するハルナ。

 ミラカは、ちらとハルナのほうを見た。


「隙アリッ!」

 スマホの撮影音。


「ウッ、ヤラレタ!」

 悔しそうな顔をするミラカ。


「ヘッヘッヘ」

 ハルナは妙な笑いを浮かべながらミラカの横にぴったりくっつき、スマホの内カメラを構えた。


「はい、チーズ!」「イエーイ」

 つられてサムズアップをするミラカ。撮影音。

「……ハッ!? またしてもヤラレタ!」

「オッケーでーす」

 スマホを弄るハルナ。

「あっ、ちょっと待ってくれ。ミラカのことをSNSにアップするのはカンベンしてくれ」

「そっか、商売道具ですもんね。アイドルでもNGの人とか居るし……」


「そういう事じゃない」

 商売道具。俺は少し声を荒げてしまう。

 本人の提案でもあったとはいえ、実際に“商売道具”にしているだけに腹が立ってしまった。


「……そういう事じゃなくて、彼女にもプライバシーがある。それに、この店が特定されたらマスターのナカムラさんにも迷惑が掛かる」


「怒られてやんの」

 カワグチ君が笑う。


「そっか、そうですよね。ごめんなさい」

 ハルナは素直に俺たち三人に個別に頭を下げて回った。

「分かればヨロシイ」

 ミラカが若干ふんぞり返って言った。

「謝罪はちゃんとするキャラなんで……。ところで、待ち受けにするのはオッケー?」

 ひかえめに訊ねるハルナ。

「許可を得て撮影した画像の個人的な利用に制限は無いんじゃないか?」

 ネットなどでは大体そういう感じだ。

「ソーデスネ。マア、待ち受けくらいならオッケーデス」

 本人様からもお許しが出る。

「ミラカも、編集長を待ち受けにしてマスシ」

 スマホを取り出すミラカ。なんだそれ、初耳だぞ。

「えっ、何それ。ラブなの? ラブなのミラカちゃん?」

 ハルナが覗き込む。


 そうか、ラブだったのか。待ち受けにされているなんて知らなかった。いつの間に写真を撮ったのだろうか。

 俺は少しばかり嬉しくなる。


「あっはははは! 何これ面白い! やば!」

「デショー? 何度見てもウケマス!」

 ふたりはスマホの画面を見て爆笑してる。


「お、おい、何がそんなに面白いんだ?」

 俺はスマホを覗き込もうとするが、ミラカに遠ざけられてしまう。

「うっわ。今ちょっと見えたけど。ミラカさん、人の顔で遊ぶのは感心しませんよ……」

 カワグチ君がドン引きの表情をした。


「一体、どんな顔にしたんだ」

 ため息が出る。おおかたアプリで弄ったのを待ち受けにしてるんだろう。


 ミラカとハルナが笑うのをやめて静かになる。

 それからふたりそろって、目だけで俺のことを見て、またスマホに視線を戻した。


「「あははははは!」」


 何だこいつら……。


「そんなことより、幽霊の話を聞かせてくれよ」

 俺はいじられているのをスルーして話を本題に引き戻す。


「あー、笑った笑った。そうだった。幽霊の話……」

 目に涙を浮かべていたハルナは瞬時に表情を消した。


「あれは、私が深夜徘徊していたときのことでした……」


 ハルナが語り始める。

 さっそくいくつかツッコミを入れたいところだが、これもスルーしておく。話が進まん。


「私は試験勉強の気分転換に自宅を抜け出し、駅前のコンビニで買い物をして、コーラを飲みながら歩いていました。真っ暗な住宅街。古く入り組んだ路地です。外灯もまばらで、スマホの明かりがなければときおり暗闇に落ちてしまうような錯覚を覚えます……」


「ゴクリ」

 ミラカが生唾を飲み込んだ。


「三叉路に差し掛かります。私のいつもの夜回りルートです。すると、視界の隅に何かが映りました。暗がりでもハッキリと映ったソレ。何か白い布が、流れるように闇の中をたなびいているのです」


「ユーレイデス!」


「六月だというのに私は背筋が凍り付くようになりました。それでも、どうしてでしょうか、私はその白い布の行方を知りたくなったのです。私はスマホをしまい、息を殺して布のあとを追いました」


 追ったのか。意外と豪胆な若者だな。


「布は思ったよりも早いスピードで動いています。私は足音を立てないように、なんとか小走りで近づきます。すると、その白い布の正体が分かり、私の目は白い着物を着た髪の長い女性の姿を見止めました。女性は角を曲がります。そのとき、ちらっと横顔が見えました。まっしろで、何か思いつめたような、何かに対して恨みを募らせているような表情です。私は、相手に気付かれないだろうか、もしも本当に幽霊で憑りつかれたらどうしようとの考えがよぎり一瞬足を止めましたが、意を決して角を曲がりました」


「すると……」

 一拍。


「アイツだーーーーっ!」

 ハルナは急に叫びながらあらぬ方向を指さした。


 ……そこには誰も居ない。

 カウンターのほうから「おっとっと」という声。

「エッエッ!? そこに誰かいるデスカ!?」

 ミラカが慌てる。

「だ、誰も居ないぞ」

 俺もたじろぐ。カワグチ君は完全に押し黙っている。


「そう、誰も居なかったのです……」

「居なかったのかよ」

「消えちゃった。でも、あたしが止まってたのは、ほんの一瞬のハズだからなあ」

 腕を組んで唸るハルナ。

「見たのはそれきりか?」

「そうかもしれないけど、そうじゃないかも。次の日に同じ道を通った時もチラッと見かけたんだけど、また逃げられちゃって……」

「毎晩ユーレイを追いかけるってどんな女だよ」

 弟が愚痴る。

「こんな女だよ。まー、見たのは本当ですよ。同じくらいの時間にその道をフラッと通ったことはあったんですけど、今まで見たことなかったんすよね」

「なるほど、最近現れたってワケか。場所は?」

「あとで地図の座標おくりますよ」

 俺たちはハルナと連絡先の交換をした。

「おっと、もうこんな時間だ。友達と約束があるから、今日のトコロはあたしはこれで! でわでわ!」

 そう言うとハルナは喫茶店を出ていった。


「忙しいヤツだな」

 俺はため息をつく。

「ナカムラさん、うるさくしてごめんなさい」

 メガネの弟が謝る。

「ううん。面白かったからいいよ」

 ナカムラさんは機嫌よさそうに笑っている。


「それと、ミラカさん。ホントにごめんなさい。ウメデラさんも、ごめんなさい」

「そんなに頭を下げなくていいぞ。姉は姉、弟は弟だ」

「ありがとうございます。姉さんはいつもあんな感じで、みんなに迷惑を掛けるから……。最近は特に酷いんです」

「女子高生なんてあんなもんだろ。知らんけど」

「そうですかね」


「なんつーか、彼女の言っている流行語と思わしきもの、微妙に聞いたことのあるものばかりだったな」


 俺の学生時代や、それより少し前に流行っていたものよりはよっぽどマシだ。

 ギャル文字だとか極端な略語とか。

 略語は今もKYがあるが、MK5とかチョベリバとか言っても今の子は分からんだろうな。


「時代だねえ」

 ナカムラさんが感慨深そうに同意した。


「元気はよかったデスガ、ちょっと馴れ馴れしかったデスネ……」

 ミラカもテーブルに顎を預けてお疲れの様子だ。

 人の顔で遊んで笑っていたことは……まあ、不問としてやろう。


 そんなわけで幽霊話のかたわら、春の嵐のような女子高生『川口ハルナ』が俺たちの輪に飛び込んできたのだった。


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