事件ファイル♯04 今度こそUMAか!? 近所の河原に巨大生物!?(5/6)
雨の中、河原の土手の上の道を駆ける俺たち。
「ほらほら、早く帰りマショー! ビルに先に着いたほうが先にお風呂デス!」
インドア派にしては意外に素早い駆け足を披露するミラカ。
「じゃあ、風呂に入ってないほうはメシの支度だ!」
「いいデスヨ。ミラカの華麗なる走りを見て後悔するがいいデス!」
「ほほう。じゃあ、俺がミラカさんの食事を用意してもよいと言うのですね?」
俺がそう言うと、ミラカは歩調を緩めた。
「アッ、まさか編集長。ミラカの分を少なくする気デハ……」
「さあ、それはどうかねえ~」
俺はミラカを追い抜きながら言った。
「そして、あとで風呂に入る者は風呂掃除だ!」
年甲斐もなく全力疾走を始める俺。
「キーッ! ズルい! 待ちナサーイ!」
「はっはっは。大人はズルいものだよ!」
「アッ、テリヤキが!」
背後でミラカの震えるような声が聞こえた。
「落としたんじゃないだろうな!?」
俺が立ち止まり振り返ると、麦わら帽子が脇を駆け抜けて行く。
「ハハハ! どうもしマセン! テリヤキが今日も可愛いだけデス!」
「なっ、騙したな!」
「騙されるほうが悪いデス!」
ミラカは笑いながら走る。
「ぶぇ!」
そして、顔面からアスファルトに突っ込んだ。
「……おいおい、大丈夫か? テリヤキは潰れてないか?」
恐る恐る声を掛けると、娘の唸り声と「ピヨ」が聞こえた。
「い、いだいデス……」
涙声で訴えるミラカ。
「スマンスマン。煽った俺が悪かった」
転げた麦わら帽子を拾い、ミラカに手を差し伸べる。
「テリヤキは無事デス、でもミラカのおでこが……」
涙をこぼす娘の額にはすり傷。血が出ている。
「あーあー……。後で薬塗ってやるよ。格好悪い所に傷がついたな……」
せっかくの美人が台無しだ。傷の横には小石までめりこんでいる。
「石がくっ付いてるぞ」
俺は小石を取ってやろうと指を伸ばした。
「ノー! 触らないでクダサイ!」
ミラカは叫ぶと俺の手を強く払いのけた。
「……ゴメンナサイ。でも、“血”には絶対に触らないでクダサイ」
ミラカはそう言うと立ち上がり顔を背けた。
ヴァンパイアウイルスは彼女の体液中に潜む。特に血液は濃度が高い。
「スマン。すっかり忘れてた」
俺は帽子を彼女の頭に被せてやる。
「傷も、このくらいなら明日の朝には消えてマス。ヴァンパイアウイルスがちょちょいのちょいデス」
「本当か? なんつーか、ヴァンパイアは便利なような不便なような……」
「不便です」
ミラカはきっぱりと言った。
俺はなんと言ってやればいいか分からず、視界から彼女を外した。
「スマン……」
鼻を掻き謝る。
「いいえ。私こそ、ゴメンナサイ」
雨の降る中、俺たちはそのままの姿勢で黙り込む。時が止まったかのようだ。
空を見上げると雨雲の切れ間から太陽が見えている。
俺とコイツは、同じ世界を生きているようで、じつは違う世界を生きる存在なんじゃないだろうか。
俺は太陽が恨めしくなり、波紋を繰り返す川に視線をやり、ひとりぼっちで立ち上がる少女の気配に悲しさを覚え……。
と、その時!
視界の隅で何かが動いた!
「今、何かいたぞ」
俺は川の水面に目を凝らす。
「どーシマシタ?」
ミラカも俺の目線を追う。
土手の下、雨で波打つ濁った川の水面に何やら巨大な影が。
「でかい。一メートルはあるか? なんだ? 魚?」
「アアアアア!? 編集長、逃げマショウ! アレはバケモノデス!」
ミラカは俺に抱き着くと、事務所の方角目掛けてぐいぐい押してきた。
「お前が見たってのはアレか……」
俺はミラカの催促に抵抗しながら水面に目を凝らし続ける。
謎の影は、そのぬめりを帯びた背(?)を水面からいっしゅんだけ覗かせ、水の中へと姿を消していった。
「ウエエ、やっぱりヌルヌルデス!」
「な、なんじゃありゃあ……」
ひと目でカエルとは違うと分かった。
今すぐにでも飛び込んででも調べてやりたいが、後ろでビビっているヒヨコ娘も居ることだしとなんとか堪える。
「これは、面白いことになったかもな。よし、とっとと帰ろう」
俺は雨に濡れたせいか、目の前に現れた不思議のせいか、波紋だけを残す水面を見つめながら、ひとつ身震いをした。
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事務所に戻り、ヒヨコのように髪の跳ねた娘にバスタオルを投げ、シャワーついでにヒヨコ用の暖房代わりのペットボトルを用意してやる。
本当なら先にミラカに暖まってもらっても構わないのだが、ケガの血のこともあるし、彼女の勧めに素直に従って手早くシャワーを済ませた。
風呂を出ると、マイカタ市の名前や河川の名前で、奇妙な生物の目撃情報が無いか検索を掛けてみる。
……特に有用な情報はナシ。せいぜい「サルが出た」くらいのものだ。
又隣の町の付近の山にはサルの生息地があるらしい。
続いて水棲UMAの目撃情報のパターンを洗う。
アレはイタズラの線は薄いだろう。この目で見た以上、間違いない。
実際にあの影の正体が「本当の未確認生物」ということは無いだろうが、やはり目撃した当事者になると、理屈っぽい俺でも興奮が隠せない。
俺はテンションを上げてたついでに川口少年、フクシマ、ナカムラさんにメッセージを飛ばした。
『本当ですか!? ウメデラさんが見たって言うなら、何か面白い物の予感がしますね。僕もまた調べてみます!』
『マジでか? 仕事忙しいし、俺の分も探しといてや。見つけたら半分くれや』
『へー、面白いね。魚かな? 捕獲してみたら?』
返事はこんな感じだ。
メッセージの返事を待ちつつも、われながら自分のテンションの高さに恥ずかしくなる。
フクシマの食いつきが弱いのが残念だ。
アイツなら「フクシマワールドに入れるから」とか言って、川攫いのための機材くらい用意してくれそうだという期待があった。
まあ、都合よく動いてくれないのがアイツらしいといえばアイツらしいが。
「楽しそうデスネー」
風呂から上がったミラカが髪を拭きながら現れる。額には絆創膏。
「おう、見ちまったからな。UMAってことは無いだろうが、何か珍しいものがみれるぞ」
「ミラカはあんまり見たくないデス……」
「んー、夢がなくなるってか?」
「イエ、単にああいうヌメヌメしたものが嫌いなだけデス」
しかめっ面をして舌を出すミラカ。
「たまたまそう見えただけかもしれんぞ。濡れていたんだし。……川に紛れ込む生物にはこういうのも居る」
ノートパソコンに河川に迷い込んだアザラシの画像を映し出し、ミラカに見せた。
「オウ! これなら可愛いデスネ。でも、ミラカはもっとハッキリと見マシタヨ。アザラシじゃなかったデス」
「じゃあ、ペット用の外来魚が放流されて成長したとか、大きく育ち過ぎたから捨てられたとかかなあ」
ポピュラーなコイでも一メートルを越えることがあるし、日本で見られる外来種にはライギョやソウギョもいる。
ライギョは大きければそのくらいあるし、ソウギョの成体は基本的に一メートルを超えるようだ。
しかし、ちらと見せたのが背中ならば背ビレがないとおかしいし、腹を見せたのなら模様やウロコで魚と気付いてもいいハズだ。
「ネッシーとかだったら面白いのにナー」
ミラカがスマホを弄りながら呟いた。
テキトーな口ぶりから彼女は興味を失い始めている感じがする。
「ネッシーか、あそこまで巨大なのはさすがに隠れられないだろうな。そういえば、アイルランドでも割と最近にUMAの目撃があったな」
「ホー、アイルランドで?」
聞き返すがスマホから目を離さないミラカ。
「キラーニ湖だとよ。ちょっと動画が不鮮明だからよく分からんが」
「キラーニ国立公園にあるレイン湖デスネ。大きな湖デスガ、ミラカは行ったことがないデスネー」
「古いものだと町おこしにまでなってるのもあるな。リー湖の怪物。水中に棲む馬かもしれないんだと」
俺は次々とUMAの情報を漁る。
「フーン。ニシクロヤマ村のツチノコみたいなものデスネ」
ミラカはスマホを弄る手を止めると席を立った。
「ご飯の支度シマスネ」
「俺がやろうか?」と、言いつつも俺も検索したページに目を通し続けている。
「ウウン、編集長は調べものしていてクダサイ。これ、記事にできるんじゃないデスカ?」
おでこ絆創膏娘はニコニコしながら言った。
「そうだな。記事にはなりそうだ。だったら、検索はやめだ。川を漁ろう。考察は分からなかったときでいい」
「勝手に入って怒られないデスカ?」
「割と大きい川だし、個人レベルなら何も言われないと思うが。まあ、怒られたら謝ろう」
俺は適当に言って笑った。
「ナイスアイディア、デスネ。怒られたら謝りマショー。それで、サンドウィッチ持ってピクニック!」
「それもナイスアイディアだ」
俺も立ち上がり、台所に向かうミラカにくっ付いて行く。
「お手伝いは大丈夫デスヨ?」
「遠慮しなくていいぞ」
「今日は、食べるまでのお楽しみにしたいんデス」
「ほう、それもナイスアイディアだ」
「ジャケット・ポテトを作りマス」
エプロンとバンダナを身に着け、ジャガイモを転がすミラカ。
「内緒なのに料理名を言ってしまっていいのか?」
「ジャケット・ポテトは、切り込みの中に色んな具材をいれて楽しみマス」
「なるほど、中身が秘密ってワケなんだな。そーいうことなら、キッチンには近寄らないようにしておこう」
俺は台所から撤退し、記事の構想と川さらいの作戦を練ることにした。
「フフフン、フフフン、フフフーン♪」
台所からゴキゲンなハミングが聞こえてくる。どこかで聞いたことのある曲だ。
河原での出来事が少し気になっていたが、彼女の機嫌はいいらしい。
俺は安心してノートパソコンに向き合う。
記事の二パターンの構想を決め、導入部分の準備を済ませたころ、ミラカお手製のジャケット・ポテトが出来上がった。
「どうぞ召し上がれ!」
切り込みから湯気を上げた焼きおジャガどもが出される。
レンジ機能しか使われていなかったオーブンの活躍だ。
ミラカが言うには、本来の調理法通りにはせずに、わざわざイモの中身を少し抜いて、具を多く詰められるようにしたらしい。
ジャケット・ポテトの中身は、サケのクリームソース煮と、豆のトマトソース煮だった。
それからサラダに、いつものたくさんのソーセージ。
ミラカは今日は黒いソーセージをツーパックも空けた。
「美味しいデスカ?」
「うん、ウマい」
俺は簡潔に答える。
カラスの行水だったせいか、暖まり切っていない身体に温かな料理が染みて、心身ともにウマい。
普段、ノロノロと食事をすることが多い俺をよく知るであろうミラカも、こちらの様子を眺めながら満足そうにしている。
それから自身も料理に手を付け、
「ウン、我ながら上出来デス」
もっとゴキゲンな笑顔を見せた。
雨が止んで川の流れが落ち着き次第、UMAの調査に乗り出そう。
サンドウィッチを持ってピクニックだ。
俺は年甲斐もなく、小学生が遠足を待ちわびるような気持ちになっていた。
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