事件ファイル♯04 今度こそUMAか!? 近所の河原に巨大生物!?(4/6)
それから数日。また天気のあまりよくない日だった。
俺とミラカはヒヨコに運動をさせようと近所の公園に来ていた。
ノラ猫が心配だったが、人間がそばについていれば大丈夫だろう。
「ほれ、“テリヤキ”。土をたっぷり味わえよ」
放されたヒヨコは地面を確かめるようにその場で足踏みをすると、土や小石をつつき始めた。
“テリヤキ”はミラカのつけたヒヨコの名前だ。
ミラカはヒヨコのための名前をいくつか用意した。
“テリヤキ”、“モモ”、“ササミ”、“ホビロン”の4つだ。
どれも語感は悪くなかったが、食べる気満々のネーミングにしか思えない。
今の段階ではまだ性別が分からず、雄だった場合にモモやササミではちょっとしっくりこないかと思い、テリヤキに決定した。
ちなみに、初めはホビロンに決まりそうだったのだが、俺はその正体が気になり検索をしたので「それは勘弁してくれ」とミラカに頼んだ。
ホビロンは東南アジア圏で食べられている、孵る前のアヒルの卵を蒸した料理の名前らしい。
味は卵と鶏肉のあいだらしいが、検索して出てきたヴィジュアル的にゲテモノ過ぎてキツかった。
「ピヨピヨ」
空いた公園を我が物顔で駆け回るテリヤキ。
「マテマテー」
しゃがみながらよちよちとテリヤキを追いかけるミラカ。コイツはいつでも麦わら帽子だ。
本当はテリヤキだけでなく、コイツにも天気のいい青空の下を駆け回ってもらいたいものだが、ヴァンパイア病の都合上、そうもいかない。
俺は雲に隠された太陽を遺憾混じりに見上げて息をついた。
「あっ、外人とヒヨコだ……」
子供の声だ。
小学校三、四年生とおぼしき男の子たちが三人、こちらを見ていた。
ミラカのファッションやルックスはかなり人目を惹く。
彼女がこの街に来てから結構な時間が過ぎている気もするが、未だに出かける度に注目されている。
大抵は声を掛けてくることもなく、遠巻きにヒソヒソ話を展開するくらいだが、今回の子供はちょっと肝が据わってる様でミラカに声を掛けてきた。
「おねーちゃん、なに人?」
ゲーム機片手に質問する少年A。
「オウ、少年。ミラカはアイルランド人デスヨ!」
ミラカは俺がカワグチ君にする言い方を真似て子供に言った。
「外人が日本語しゃべってる!」
こちらは少年B。
「キミたちはなに人デスカ?」
「日本人に決まってるじゃん! オマエは日本に住んでるの?」
少年Bが笑った。
「お前って……。私にはミラカ・レ・ファニュっていう名前がありマス。ミラカは“セプティリンガル”です。いろんな国の言葉が話せるんデスヨ!」
Bが笑い、少年Aが「ウソだあ」疑う。
ミラカの七ヵ国語の設定はウソではない。
俺も最初は冗談だと思っていたが、太陽の下に出れない彼女のヒマをリーズナブルに潰すために、最近は図書館をちょくちょく利用している。
彼女が借りる本には日本語や英語だけでなく、どこか別の国の言語で書かれたものなどもあった。
さすがに母国語以外は苦労するし、話すよりも読み書きが得意とのことだが、日本語に関しても漢字を含めてほとんどマスターしてしまっている。
「Vampires suck human blood.Children’s blood is Sweet and Tasty!」
ミラカは流暢だが簡単な英語を披露する。英語に明るくない俺でも、不穏なことを言ったのだと分かった。
「今のは英語?」
少年Aが首をかしげる。
「正解。英語デース。トマトジュースが大好きと言いマシタ!」
ミラカはフフンと鼻を鳴らすと、またも外国語を披露した。
「Ich mochte diese Person essen」
彼女は何やら俺のことを指さしている。独特の促音の使い方からしてドイツ語か何かだろうか?
「それは?」
少年Bが訊ねた。そっちから声を掛けてきたのに、うっとおしいと言わんばかりの顔だ。
「ドイツ語デース」
「他は? 他は?」
Aのほうは興味を示したようだ。
「そーですねー。じゃあ……」
俺を指さすミラカ。
どうせロクでもない事を言うのだろうが、訳を聞いても教えてくれないだろう。
「Is breá liom é」
ミラカは短い言葉を話した。今度は俺にも何語かさっぱり分からん。
「それは何語?」
「ゲール語。アイルランドの言葉デス」
「ふーん、じゃあ、宇宙語は?」
少年Bが鼻くそをほじりながら訊ねる。
「宇宙語? いいデスヨー。見ててクダサイ」
そう言うとミラカは帽子を外し、二本の人差し指を立てて宇宙と交信し始めた。
「ピピピピピピ。テレパシー! 宇宙人デース!」
「ピピピピ!」
ヒヨコも続いて声をあげる。
俺なら「ベントラー、ベントラー」をやったな。ちょっと古いか。
「ギャハハ! だっせー! コイツ、外人なのに頭悪いぞ。……なあ、電池切れたし、俺んちで続きやろうぜ」
生意気なBはミラカを指さして笑うと、携帯ゲーム機を閉じてAの腕を引っ張った。
「おい、オマエも行こーぜ」
少年Bは、少年Cにも声を掛けた。
そう言えば、もうひとりの子は会話に混じらず、ずっと見ていただけだ。
「僕、もうすぐ帰らなきゃいけないから」
「そっか、じゃあ、明日こそ“海モン3”で対戦しよーぜ!」
少年ABは、走ってどこかへ行ってしまった。
少年Cはその背に控えめに手を振っている。
「シャイト! なんてガキンチョ! ……キミは帰らないデスカ?」
「う、うん」
少年Cはミラカのことをまじまじと見ている。
「どうしたデスカ? ミラカに何かついてマス?」
「う、ううん。そうじゃないけど……」
少年は動こうとしない。
なんだ、ミラカがべっぴんだから一目惚れでもしたか? なんて下世話なことを考えながら少年Cを眺めていたら、俺はあることに気付いた。
彼は他のふたりが持っていた携帯ゲーム機を持っていない。
今日日、携帯ゲーム機を持っていない男の子なんてそう多くはない。
A太郎とB助の口ぶりから、C衛門がゲーム機自体を持っていないということはなさそうだ。
Bは腹の立つガキンチョだったが、そういうイジワルをする子にも見えなかったし。
「海モンって何デス?」
「海ブツモンスター。略して海モン……はゲームだよ。知らないの? アニメとかもやってるんだけど」
「ゲームもやらないし、テレビは見ないですカラネー……っていうか、どっちもウチに無いデスネ」
「無いんだ。外国の人は変わってるなあ。貧しい国の人?」
当たらずとも遠からず。
俺は電波料金の徴収を回避したい一心で事務所にテレビを置いていない。
いまだに月いちでインターホン越しに、電波集金人としょうもない攻防をしている。
「私のパパとママは、お金持ちデスネー。昔は家族みんな干からびていた時期もアリマシタ。今はビンボーデスケド!」
「俺を指をさすな」
「ウチにもテレビを置きマショーヨ」
「要らん要らん。ネットで充分だ。っていうか、スマホで見れるだろ」
「スマホはお金かかるからナー」
ミラカは苦笑した。
先月末、彼女は初めてのスマホ料金を徴収されて、慌ててプラン変更や節約計画に奔走した。
スマホを手にした当初は、九割がたスマホにかじりつく生活をしていたが、今はそれほど触らなくなっている。
自宅ではインターネットを無線で使えるようにしているので、動画を見たり調べ物をしたりくらいはしているが、ゲームのほうはスッパリ断ってしまった。
「ふーん。ゲームもスマホも無いなら、お姉ちゃんは何して遊んでるの?」
「ウーン? ミラカ言うほど遊んでないですね。お買い物したり、お料理をしたり、お掃除をしたり、お仕事を手伝ったりシテマス」
「お姉ちゃん、主婦?」
少年Cは不思議そうにしている。
「ミラカは“助手”デス。オカルト調査事務所の助手兼、マスコットキャラクターデスヨ」
「ふーん?」
少年の表情が、疑問がさらに深くなったことを語る。
「ねえ、お姉ちゃん。毎日、楽しい?」
少年が訊ねた。
「モチロン、きみは楽しくないデスカ?」
ミラカは首を傾け、黄金の髪が揺れた。
少年はうなずいた。
「……愛する者がいて、仕事があり、わずかの陽だまりと元気をもてて、守護天使が見守っていてくれますように」
ミラカがそう言うと、雲の切れ間から太陽が覗き、彼女の顔を照らした。
「何それ?」
「ミラカの国のお祈りデス。私はあんまりお祈りしませんケド」
そう言うと彼女ははにかんだ。
少年は顔を反らす。少し頬が赤くなってるようだ。
「ところで、キミたちはここで何してたんデスカ? ここには何もないデス」
この公園は住宅地にある狭いものだ。
公園、公園だ。れっきとした公園。
遊具ナシ、砂場ナシ、看板には犬のイラストとサッカーボールにスラッシュの絵図。
今日日、こういった公園が増えている。
この公園にはベンチと、子共たちの笑い声の残滓か、ブランコの支柱とジャングルジムの跡地だけ残されていた。
「何って、ゲームだけど?」
「でも、キミはゲーム機持ってないデス」
「今日は持ってこなかっただけ」
きっと彼がゲーム機を持っているというのは本当だろう。
ゲーム機が型落ちだとか、何らかの形で親に禁止されたとか、“海モン3”のソフトを持っていないか、だろうな。
俺は小さい頃の母親とのやり取りを思い出して苦笑いした。
やりすぎて据え置きゲーム機のでっかいアダプターを隠されたっけな。
「退屈なら図書館に行くといいデス。本は面白いデスヨ?」
「本は子供っぽいから好きじゃない」
少年が口を尖らせる。本は子供っぽい、か。
「ミラカは本が好きデス。本当はお日様の下で遊びたいんデスケドネー」
そう言うとミラカは麦わら帽子をかぶり直し、足元をうろうろしていたテリヤキを抱き上げた。
「お姉ちゃんは、病気なの?」
「当たりデス。日光に当たり過ぎると、バケモノになりマス」
ニヤリと笑うミラカ。
「ウソだあ」
少年が笑った。
「ウソじゃないデス。ミラカはじつは普通の人間じゃないデス」
急に怖い顔をするミラカ。
とはいえ、含み笑いの隠れた表情だ。
「じゃあ、何? 宇宙人?」
「アレは忘れてクダサイ、ミラカはヴァンパイア、デス」
ミラカは歯を見せながら笑う。
「ヴァンパイア……聞いたことあるような、無いような……」
「分からないことは調べてみるといいデス。ネットばかりでなく、図書館もお勧めデス。本にはネットに載っていないことも書いてありますカラ」
ミラカはそう言うとこちらを向いて「帰りマショー」と言った。
「お姉ちゃん!」
少年が呼び止める。
「何デス?」
ミラカが振りかえる。
「バイバイ」
少年は友達にやったようにひかえめに手を振った。
「バイバイ」
ミラカも手を振り返した。
「編集長、事務所に帰りマショー。雨が降りそうデス」
ミラカが空を指さす。
「ん、今さっき日が差してなかったか?」
「雨のニオイがシマス」
ミラカはすんすんと鼻を鳴らす。
「本当だ、このホコリっぽいニオイは雨だな」
俺たちが公園を出ると、すぐに空から強い雨が降り始めた。
「アハハ! ずぶ濡れになりマス。急ぎマショー!」
ミラカはヒヨコを抱きながら、楽しそうに笑った。
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