事件ファイル♯04 今度こそUMAか!? 近所の河原に巨大生物!?(3/6)
「その本、オカルトのことが書いてるデスカ?」
ミラカが訊ねた。
「記録に残ってるのを簡潔に記述した辞典だ。千種類以上の話が載ってる」
「ヘー、凄いデスネ。じゃあ、ミラカの見たバケモノの話も載ってるデショーカ?」
ミラカは頭にヒヨコを乗っけると本を覗き込んだ。
「ミラカさん、何か見たんですか?」
「そういや、なんか言ってたな」
事務所に帰ってきた際、ミラカはバケモノがどうとかと騒いでいた。
「バーガー……ヒヨコに夢中で、すっかり忘れていマシタ。ミラカ、河原の横を通った時に、でっかいバケモノを見たんデス」
両手いっぱいでバケモノを表現するミラカ。
「川の中に居マシタ。ヌルヌルしてでっかかったデス。動いていたので生き物に違いアリマセン」
そう言うとヒヨコ娘はブルブルと身震いをした。
「ははあ……」「なるほど……」
俺とカワグチ君は察する。
「ミラカさん、残念ですけど、それはバケモノなんかじゃないですよ」
「そうだな。少年、解説を頼む」
「任せてください」
川口少年のメガネが光った。
「まず、結論から言いましょう。ミラカさんが見たバケモノとは、カエルです」
「エエ~ッ!?」
露骨に不満そうな声を上げるミラカ。
「無尾目アカガエル科アメリカアカガエル属の“ウシガエル”です。本来、アメリカ大陸に生息するカエルですが、昭和初期に食用化を目的にアメリカから持ち込まれたのが始まりです。そこから脱走したり、食用としての必要性が薄くなったために捨てられたりしたのが原因で日本の各地で野生化しました」
川口少年はそらで解説を進める。
「とはいえ、ただのカエルじゃありません。成体になると体長は十センチ以上、大きいものになると二十センチに達します」
人差し指と親指を広げておおよその十センチを作り、それをふたつあわせてみせる。
「ウー、でっかい……。そんなカエルが居るんデスカ? 小さいのもあんまり見たことがないデスケド」
「俺も最近は見なくなったな」
ガキの頃はカエルやカタツムリなんてどこででも見た気がするが、大人になってから目にする機会が減った気がする。
田んぼが減ったせいか、単に目線が変わってしまったせいか。
「ミラカさん、そのバケモノはこんな声で鳴いていませんでしたか?」
スマホでウシガエルの鳴き声を再生してみせる川口少年。
「ンン~。鳴き声なんて出してたカナア? でも、面白いデスネ。ウシみたいな鳴き声デス」
ミラカは「ンモゥ」と鳴きまねをした。
「あんまり似てないな」
可愛らしい鳴きまねに俺は笑った。
「ムゥン……ムゥン……」
突如、リアルな鳴き声の再現と共にナカムラさんが現れた。
「ビックリした。本物かと思いました」
目を丸くするカワグチ君。
「ヒヨコちゃんのエサ、用意できたよ。ちょうど大根の葉のクズとキュウリの切れ端があったからね。こっちはクズ米。今ならネットで調べられると思うけど、水分のあるエサの温度は低くならないようにしてあげてね。住み家は段ボールに新聞紙でも敷いて作って、暖かいお湯を入れたペットボトルで保温してあげるといいよ」
細切れにしたクズ野菜を袋に詰めたものを渡してくれるナカムラさん。それからホットコーヒーをテーブルに置く。
「ありがとうございます。ミラカ、お前が飼いたいって言ったんだから、ちゃんと世話するんだぞ」
「分かってマスヨ。でも、編集長。手伝ってくれないなら分けてあげマセンヨー?」
「卵か。雄鶏かもしれないぞ? しまった、雄鶏なら朝うるさくするかな」
ビルは五階建て。
さいわい、テナントに入っているのは『ロンリー』と表札がミラカの手によっていじられた『梅寺オカルト調査事務所』だけだ。
「ウチは朝遅いから構わないけど、隣近所が心配だね」とナカムラさん。
「学校のニワトリも鳴き声が大きいですね。学校の近所に住んでる子はそれで起こされるって言ってました」
「まあ、大人になるまで、まだ先だろ……」
ミラカの頭の上のヒヨコは丸くなって目を閉じている。
可愛い。俺もヒヨコを育てる気になってきたぞ。
犬や猫よりはよっぽど手が掛からんだろう。勝手なイメージだが。
「若鳥のほうがいいデスカネー?」
「良い悪いじゃなくて、嫌でも大人になるの。お前と違ってずっとちんちくりんじゃないんだぞ」
「誰がちんちくりんデスカ!?」
ミラカがこぶしを振って怒る。
「そういうところだぞ。子供じゃないか」
俺はニヤリと笑ってミラカのおでこを指でついた。
「ヒヨコには名前は付けたんですか?」
カワグチ君が訊ねた。
「名前? ナゼ?」
「え、ペットなら名前を付けるもんでしょう? ウチの学校のニワトリにも名前がついてますよ」
「名前なんてつけて、情が移ったら困るじゃないデスカ?」
首をかしげるミラカ。
頭の毛玉がずり落ちそうになり、俺が慌ててキャッチする。
「おいおい、まさかお前、コイツを食べる気じゃないだろうな?」
「食べマスヨ。そりゃソーデショ?」
平然と言ってのけるミラカ。
「飼うとか、育てるとか言ってなかったか?」
「育てて、食うデス」
ミラカの瞳が妖しく光った、気がした。
「そんな! 可哀想だろ!」
俺はヒヨコをミラカから隠した。
「ハッハッハ! 冗談デスヨ!」
大口を開けて笑うミラカ。
「キバが見えてるぞ!」
俺はミラカの口を指さす。
「送り返すとか言ってたのに、編集長は優しいデスネー? 今日のお昼だってチキンバーガー食べたクセにー」
ミラカはテリヤキチキンバーガーをかじり始める。
「それとこれとは別だ。っていうか、ヒヨコの目の前で食い始めるな」
「ヤレヤレ、これだから人間は……」
ミラカは再び歯を見せて笑う。
「ヴァンパイアジョークは止してくれ。そうでなくてもお前は大食いでなんでも食いそうなんだから」
「ン~。そういう事じゃないんデスヨネ。ミラカは小さい頃は農家のお手伝いとかもしてましたから」
「へえー。ミラカちゃん、農業とかもイケるクチなんだ」
「ナカムラさん、そんな、お酒飲めるみたいな言い方しないでくださいよ」
「絞めるときは手伝うよ」
メガネの下でほほえむナカムラさん。
「ナカムラさんまで!」
俺は温かで小さな命を抱え込む。
「ははは、冗談だよ」
ナカムラさんが笑う。
「もう、勘弁してくださいよ……」
「シチューがいいカナー。ローストチキンがいいカナー」
「こいつは冗談じゃなさそうだ」
「焼き鳥なんてどうです? 焼き鳥なら、ほとんどの部位をまとめて調理出来ていいと思いますよ。残ったガラは出汁とりに使いましょう」
少年がなんか言った。
「カワグチ君まで!」
「あ、いや、冗談でなくて。ウチ、焼き鳥屋やってるんです。家族でやってる個人の小さいところですけど。僕も姉さんもたまに手伝ってるんですよ」
「そうなのかあ……いやダメだ。っていうか、キミ、お姉さん居るのか」
「ガサツでイヤなヤツですけどね」
鼻を鳴らすカワグチ君。
「お姉さんは中学生か?」
「高校三年です。少し年が離れてます。いつもベタベタ構ってきてウザいんですよ」
このぐらいの年ごろだと、姉はウザったいだろうな。
逆に姉は弟を可愛がりそうだが。
「バカにするし、ギャーギャーうるさいし。でも、この前は面白かったな。自分で髪を切って失敗して、面白い頭になってたし。……あーでも、“お店に出れない!”とか言って、僕が手伝いやらされたんだった」
姉のことを思い出して口を尖らせる弟君。
「ふーん。そのうち食べに行くよ」
「はい、是非来てください」
「焼き鳥はともかく、編集長は食に対する、大地に対する感謝の念が足りないと思いマス。食べられないからと言ってすぐ残すし……」
ミラカはペロリとテリヤキバーガーを片づけると、パンケーキの包みに手を伸ばす。
「今まではひとり分の惣菜とかばかり買ってたからな。お前にあわせるから余るんだよ。残ったのはどうせお前が食うし」
「はいはいスミマセンネー。食費半分だしてるので許してクダサイー」
パンケーキを頬張りながら言うミラカ。
「半分……」
ナカムラさんはツボに入ったらしく、肩を引くつかせている。
「ミラカさんって本当になんでもよく食べますよね。クラスの女子三人分くらいは食べてる気がします」
「もっと食べてるんじゃないかあ?」
俺はぼやくが、比較対象が女子小学生なのが少し面白くて噴き出しそうになる。
「好き嫌いとかもなさそうだよね。何かダメなものとかあるの?」
ナカムラさんが訊ねた。
「ヴァンパイアなのでニンニクはダメです! 生ネギ、ナットー、こう見えて食べられないものが多くって、いつも編集長には迷惑かけてマス」
笑いながら頭を掻くミラカ。迷惑をかけているという認識はあるらしい。
「アレルギーみたいなものかな。ダメなものがあったら言ってね、ここで出すときにも気を付けるから」
「僕のクラスにもアレルギーで給食が別の子がいますね」
「マー、嫌いなものといったら、ヌルヌルとか、ニョロニョロしてるモノデスネ。ミラカ、ヘビも嫌いだって最近気付きマシタ」
「ヘビは旅行先で食べたよ。脂が多くてイマイチだった」
ナカムラさんが言い、俺が「珍獣を食わせる店ではヘビもワニも食えるぞ」と情報を付け足す。
「ウェー」
身震いするミラカ。
「食べられるといえば、ウシガエルも食べられますよ。もともと食用ですし、ウシガエルのエサとして輸入されたアメリカザリガニも、その気になれば食べられるとか。外来種や危険生物の繁殖は問題になっていて、駆除した際に無駄にしないようにと日々研究が重ねられているそうです。ブラックバスとか、エチゼンクラゲとかもニュースで見たことがありますね」
川口少年が解説する。
俺は昨日に食べた「?」マークのついた箱のナゲットを思い出した。
言わぬがなんとやらだ。
「ウェー! あんなバケモノ食べちゃダメデス!」
「食べられるかどうかは別として、カエルはそんなにバケモノ染みてるかな。けっこう可愛い顔してると思うが。おまえはゴキブリも可愛いって言ってたんだしさ」
「ヌルヌルは全部悪デス! それに、あのバケモノはカエルじゃありませんデシタ。もっとでっかかったデス!」
手をいっぱいに広げて表現するミラカ。
「もっと? そんな大きい種類のカエルなんて居たかな?」
俺は首をかしげる。
「世界最大のゴライアスガエルはウシガエルの倍以上の大きさがありますけど、さすがに日本にはいませんし……」
川口少年がスマホで調べる。
「カエルなんかじゃなかったデス! アレは絶対バケモノです! 顔もありませんデシタ!」
必死に主張するミラカ。
「顔が無い? どうせ見間違いだろ。草むらに顔を突っ込んでて足を伸ばしてたとか、複数の個体が繋がって見えたとかそんなところだ」
「僕もそんな気がしますね。UMAの誤認にはよくあるパターンです」
川口少年が味方をする。
「ウー……まあいいデス。分からないままのほうが安心デキマス。バケモノもウシガエルも、ゴリラガエルも居マセンッ!」
ミラカは腕を組んで、ぷいとそっぽを向いた。
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