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事件ファイル♯01  オカルト! 美少女吸血鬼は実在した!(2/6)

 喫茶店『ロンリー』。孤独とか寂しいとか、寂れたとかそういう意味。

 立地が悪く、繁華街や駅からも少し離れており、人通りも少ないのだが、わざわざ店名にしなくったってもいいだろう。

 今日も店内はロンリーらしく、独りで切り盛りしてるはずのナカムラさんがのんびりと階段から覗けるワケだ。


 店の雰囲気自体は悪くはない。

 内装は小綺麗だし、旅行好きなナカムラさんが選りすぐった海外のユニークで奇妙な土産物の類で飾られている。

 俺としちゃ、知る人ぞ知る名店と言いたいところだ。


「今日はちょっとイイ豆を挽いてみたんだ」

 俺と外国人のちびっこをテーブル席に着かせると、ナカムラさんはコーヒーを用意してくれた。

「苦味とコクが強めで酸味がないのが特徴だよ。今日はサービスしとくよ」


「ありがとうございます。でも、コイツにまで出さなくったって」

 俺の向かいに座る小娘は、コーヒーカップを持ち上げて鼻をすんすんと鳴らしている。

「見た感じ、ヨーロッパ系の娘さんだよね。紅茶の方が良かったかな?」

 ナカムラさんはニコニコしながら言った。


「そういうことじゃなくて。子供だしイイ豆だしても砂糖をたっぷり入れちゃうでしょ」

 俺はブラック派だ。その方が豆の味と香りががよく分かってよろしい。


「この人はさっきから子供子供って失礼デスネ」

 ミラカは事実に眉をひそめると、黒いままのコーヒーを口に含んだ。俺も飲んでみる。ウマい。


「美味しいですね。やっぱりコーヒーはブラックに限る」

「この豆は前も出したことがあるんだけど、ウメデラ君、豆の名前を覚えてるかい?」

 ナカムラさんのクイズだ。

 彼は飲み物や食べ物を出すと気まぐれで材料や調理法に関わるクイズを出してくる。


「いやあ、さっぱり。キリマンジャロ?」

 俺はいつも通り適当に答えた。コーヒーは淹れたてのブラックならなんでも『ウマい』だ。


「残念ハズレ。お嬢ちゃんは分かる?」

「分かる訳が……」


「マンデリン、デスネ」


 聞きなれない豆の名前。ナカムラさんが「ほー」と声を上げた。

「ウチでは朝はコーヒーと決まってましたカラ。寒い夜はウイスキーで割って飲むとホットでオイシーデス!」

「子供が何言ってんだ」

「ミラカ子供じゃないデス。三百十六年生きてマス」

 つんと横を向き、鼻先をあげるミラカ。


「ははは。ちょうどウメデラ君の十倍だね。大先輩だ」

 ナカムラさんが笑う。


「それで、大先輩はいったいどんな冗談でウチの助手になりたいっていうんだ?」

 俺も負けじと顔を窓に向けて言った。


「冗談じゃないデス。掲示板にオカルト調査事務所の助手求むって書いてアリマシタ!」

「おっ、とうとう自分の雑誌でも出すの?」

 ナカムラさんが言った。彼には酔った勢いで俺の夢の話をしたことがある。ばつが悪い。

「そういうワケじゃないんですけど……」


「まあ、今はインターネットの時代だからね。オカルトはちょっと二ッチだから電子書籍かな? お嬢ちゃんはオカルトが好きなの?」

 ナカムラさんは勝手に納得してミラカに質問した。


「ノー。別に好きじゃアリマセーン」

 首を振るミラカ。肩まで伸びた金色が揺れる。


「だったら、何でウチに来たんだよ」


「フフン」

 小娘は俺のツッコミを鼻で笑うと、自身を指さした。


「それは、私自身がオカルトだからデース!」

「三百十六歳って言ってたもんね」

「ははあ、デーモンだな。お前、自分が悪魔だって言いたいんだ?」

 俺は子供らしい発想に笑った。

「ノーノー! 私、アクマじゃないデス!」

 そう言うとミラカは恥ずかしげもなく大口を開けて今度は自分の歯を指さす。

「口の中覗けってか?」

 俺はそっぽを向いた。


「おや、これは珍しい」

 ナカムラさんが声をあげた。

 俺も気になり、なんだか悪いことをしているような気分になりながら女児の口の中を覗いた。


 そこには綺麗に生えそろった白い歯があったが、上の犬歯が不自然に伸びていた。


「確かにイヤに長いな。吸血鬼って言いたいのか?」

「ノーノー!」

「じゃあなんだよ。狼男とか猫娘か?」

「ハッハッハ、違いマース。吸血鬼なんて呼び方はダサいデース。ミラカはヴァンパイア言いマース!」

 金髪の小娘はネイティブな発音で吸血鬼を名乗ったあと、大口を開けたまま笑った。

「英語にしただけじゃねえか。でも、作り物じゃなさそうだな?」

「トーゼンです。ミラカはモノホンのヴァンパイアなのデス。パパもママもヴァンパイアデス」


「ふうん。それで、なんだ? 助手にする代わりに、マジモンのヴァンパイアを“調査”しても良いって言うのかよ?」

 俺は両腕をあげて、指を卑猥な感じに動かした。


「ウメデラ君、やっぱりキミ……」

 温厚なナカムラさんから、またも軽蔑の視線。


「冗談ですよ」

 俺は鼻で笑った。こんなちんちくりんの小娘を調べたって面白くもなんともない。


「まー、調査はトモカク。私をネタに記事を書けばお金がっぽり、大儲けに違いないデス! だから、ねえ。お願いシマース!」

 ミラカは俺のセクハラをスルーし、甘ったるい声で頼み込んだ。

 日本人向けのサイトなら、欧米の美少女が口を開けて歯を見せてるだけでも金になりそうな気配はある。

 ウチの『オカルト寺子屋』には広告バナーが張り付けてあるからな。


「ヴァンパイアってのがホンモノなら考えても良いが。キバは確かに珍しいが、それ以外にも証拠がなきゃな」

「ルックスだけじゃダメデスカ?」

「まあ、見てくれは良いから、それだけでもネタにはなりそうだが……」

「オッ? 編集長、今ミラカのこと褒めましたネ?」

 ミラカはにんまりと笑った。


「誰が編集長だ。あっと驚くようなものを見せてくれたら、考えてやらんでもない」

 俺は『編集長』呼びにちょいと気分を良くした。

 実際サイトの編集をしているのは俺だから、間違いはない。


「言いましたネー? でも、キバ以外のヴァンパイア要素デスカ。……ウーン」

 ミラカはにやけ面を見せていたが、すぐに難しい顔になって腕を組んだ。


「おう、何でもいいぞ。コウモリに化けるとか、催眠術で人を操るとか、怪力で車を持ち上げるとかでも」

 マジでできるなら、媚を売ってでも雇うがな。靴を舐めてやってもいいぞ。


「ムリムリ。そんなのバケモノじゃないですか」

 ミラカは手をひらひらさせて笑う。


「ヴァンパイアはバケモンだろが。何もできないなら、雇わんなー」

「ぐぬぬ。じゃあ、トマトジュースの一気飲みとかどうデス? ボトルで五秒!」


「ははは。それは凄いね。ヴァンパイアって言うだけある」

 ナカムラさんが笑った。

「小学生のころに給食の牛乳でやったなあ」

 俺も笑う。


「ちっこい瓶じゃないデスヨ! でっかいボトルのヤツデース!」

「おもしろ動画上げてるシロウトじゃないんだぞ。そんなもん、再生数二ケタだ」

 ミラカは俺が笑うのをやめたのに気付くと、慌ててまた悩み始めた。


「ウーン、ウーン。“日光に弱い”とかじゃダメですかね?」

「それは病人だろ」

 コイツは確かに色白だし、これで瞳が赤ければアルビノのようでもある。

 アルビノはオカルトではないが、不思議系の記事の定番ネタだったりもするな。


「実際、ヴァンパイアは病気なんデスヨ。私の国ではちゃんと研究されてマス」

 ミラカが人差し指を立てる。


 科学的な設定もあるのだろうか。

 小娘のヴァンパイア解釈を掘り下げさせてもらおうじゃないか。


「ヴァンパイア病は、血液中に特殊なウイルスが侵入することによって発症するんデス。ウイルスが体内に入ると、細胞分裂のスピードが遅くなりマス」

「おー、だから不老不死みたいになるんだな。良いじゃないか」

「ノー。そうでもアリマセン。何故なら、ヴァンパイアウイルスは身体が本来持っている免疫機能や血液の機能などを食い殺してしまうからデス!」

「死ぬのでは?」

「シカーシ、宿主が死ぬとウイルスも困りますから、ウイルス自体が細胞の修復や免疫の代わりをしマス。フツーはヴァンパイアは病気をしませんし、ケガもすぐに治りマス」

「便利だな」

「ですが、弱点もあるのデス。日光を浴びるとウイルスの活動が低下してしまいマス」

「それで日光に弱いってか。いちおう筋は通ってるな」

 子供の考えの割にはよく練られた設定だ。


「じゃあ、血を吸うのは何でだ?」

 俺の質問にミラカは少し目を逸らす。底が尽きたか?


「……それは、ウイルスも増える必要があるからデス。ウイルスは細菌とは違い、単独では増殖できマセン。生物の血中にある成分は、エサとしてヴァンパイアウイルスの増殖に有効に働きマス。宿主の身体の成分は食べつくしたあとなので、ヨソから栄養を仕入れる必要がありマス。吸血行為は口腔粘膜と傷口の接触で新たな宿主に入り込む手段であると同時に、ウイルスと宿主の生命維持に関わる行為デス」


 子供らしからぬ口調と語彙で語るミラカ。表情もどことなく冷たい。


「じゃ、じゃあ。お前も誰かの血を吸うってか?」


 ヴァンパイアを名乗る少女は目を伏せた。

 次に何を語るのか、くちびるが開き、二本のキバが現れる。

 彼女はそれから大きなため息をつき、テーブルに突っ伏した。


「……それについてはノーコメントデース。ヴァンパイアウイルスは吸血欲求を与えマスガ、宿主の造血機能は生きているので、別に他人の血じゃなくても栄養補給は出来マス」

 娘の腹が大きな唸り声をあげた。


「ははは。僕はちょっと信じそうになったよ。つまり、“ひと一倍お腹が空く”ってことだね。どれ、ホットサンドを用意してあげよう」

 ナカムラさんはテーブルを離れ、カウンターの中へと入っていった。


「けっきょく、大食いアピールしかできてないじゃないか」

 俺はため息をついた。

「うぐぐ……。とにかく、ミラカはヴァンパイアで、帰る場所が無くて、仕事も必要なのデス」

「家出娘か。実家は外国だったりするのか? にしては、日本語が流暢だが」

「ニッポンには来たことがありマース。前回は江戸時代でしたっけネー? あの頃は良かったデス。パスポートも身分証もナシに生活ができマシタから……」


「そうか」

 真顔で答える俺。


「ウー! このパスポートで飛行機に乗れただけでもラッキーだったのに、これがダメとなると私、野垂れ死んでしまいマスヨー!」

 ミラカの足がテーブルの下でバタバタと音を立てる。

「パスポート、本物なのか?」

「モチのロン」

 ミラカは突っ伏したまま臙脂色の手帳をテーブルに置いた。

「ふーん。じゃあちょっと、ナカムラさんに見てもらおう」

「ナカムラさん?」

「今、お前のエサを作ってくれてる人だよ。あの人は頻繁に海外旅行に行くからな。パスポートについてもよく知ってるはずだ」

 俺はミラカのパスポートを手にキッチンに向かい、彼に見せた。


「うん、見た感じ本物だね。カバーの柄や色は国によって違うけど、これはアイルランドのものだね」

 ホットサンド専用の機械にサンドウィッチを挟みながらナカムラさんは言った。


「アイルランド? ってイギリスじゃないっけ?」


「イギリス連合になってるのは、今は北の一部だけだね。スタンプもちゃんと押してある。先週に日本へ来たばかりみたいだ。海外の子っていうのは本当だね」

 ナカムラさんは楽しげに続ける。

「どういうワケだか、生年月日もこれで通ってるみたいだし、本当に三百十六歳なのかも」


「でも、誰も雇ってくれマセーン」

 テーブルで金髪が呻く。


「何か、事情がありそうだし、置いてあげたら?」

 ナカムラさんが焼き上がったホットサンドを切りながら言う。

 ホットサンドは子気味の良い音を立てて割れ、中から熱いチーズを垂らした。


「他人事だと思って。俺は貧乏なんですよ。仮にアイツが子供じゃないとしても、世話するような余裕は……」

「当面の生活費くらいはアリマス! でも、どこも泊めてくれないデース!」

 ミラカは旅行カバンから茶封筒を取り出してテーブルに置いた。

 テーブルの口から何人もの福沢諭吉が飛び出す。

 十人は超えているようだが、札束というには遠い。


「まあ、英語で十八世紀生まれの身分証なんて、日本じゃ誰も信じないよな……」

 俺は諭吉と目が合った、気がした。


「ウウ、金策はまた考えマス。でも、雨風がしのげる場所くらい欲しいデス。家賃も生活費もちゃんと払いますカラ」

 諭吉の持ち主は両手で顔を覆ってさめざめと泣いている。

 ここで俺はようやく気付いた、コイツのやっているのは嘘泣きだ。ずっとそうだったらしい。


「迷い犬みたいなもんか……」

 小学生だった頃を思い出す。

 仲良くなった野良犬を拾って持ち帰り、両親にミラカが言ったのと同じような文言で頼み込んだのだ。

 残念ながら親の答えはノーだった。


 犬は仲良しの親友だったが、親の目から見たら薄汚く危険な成犬に過ぎなかった。

 俺は拒否された後も、何日か犬と遊んだが、別れは突然に訪れた。

 近所の野良犬が、まとめてどこかへ消えてしまったのだ。今思えば“駆除”だったのだろう。


 灰色の可愛いヤツ。ちょっと痩せてて、目が大きくてキュートだったな……。


「グレイ……」

 俺は親友の名をつぶやいた。


 ……よし。


「仕方ないな。今日のところはウチに泊めてやるよ」

 俺は言った。


「……!」

 ミラカの表情が見る見るうちに明るくなっていく。

「本当デスカ!?」


「男に二言は無い。それだけじゃないぞ。このビルのオーナーとは知り合いなんだ。不動産業をやってる。住めそうなところは俺がソイツに頼んで見繕ってもらうよ。だが、それまでの間だけだぞ」


「ヤッター! よっ、編集長! 太っ腹! お大尽!」

 妙なボキャブラリーで俺をおだてるミラカ。

 日本人でも今時言わないぞ。


「はい。お腹空いてるでしょう。これもサービスだよ」

 ミラカの前にホットサンドの乗った皿が置かれる。ナカムラさんも笑顔だ。

「ワオ! 超おいしそうデース! 神様仏様!」

 腹ペコ娘はナカムラさんを拝んだ。何かグレードが違わないか?


 俺はゴキゲンでホットサンドを頬張る自称ヴァンパイア娘を眺めながらため息をつく。

 ふと視界の隅のテーブルで、福沢諭吉が笑った気がした。


『空想はすなわち実行の原案』

 これは諭吉先生の格言だ。

 俺が掲示板に書いたあのデタラメ。あれもいつか本当になるだろうか……なんてな。


 こうして灰色の俺の人生に、ひとすじの光が差し込むこととなったのだ。多分。


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