事件ファイル♯04 今度こそUMAか!? 近所の河原に巨大生物!?(1/6)
かすかな雨音が涼しげにアスファルトを濡らす六月。梅雨の気配。
「故郷を思い出しマス」
まっさらな水色。
ポンチョ型のレインコートをまとった娘が、フードから金髪を覗かせながら空を見上げる。
楽しげに笑う口から覗く、ちょっと凶暴な犬歯。
「合羽を買っても、上を向いたら濡れるじゃないか」
俺はため息をつく。
「アイルランドでは、こういう雨が多いデス」
手のひらを宙に泳がすミラカ。
「霧雨か」
空からは糸のように細い雨が降っている。
「こんな雨のことを、“シャワー”って言いマス」
ミラカは濡れることもお構いなしに雨を楽しんでいる。
合羽とおそろいの長靴が薄い水たまりを弾いた。
「シャワーなら、風呂の代わりになって節約できるな」
「エー! お風呂は入りたいデス!」
ここ最近、ミラカはすっかり風呂好きになっていた。
シャワーだけでなく、きっちり湯船に湯を張り、風呂場を二時間くらい占拠することもある。
食費、光熱費、プラス水道代。
長風呂を注意をしようと考えたが、女の子相手だし、料金の伝票が届いてからでいいかと今のところは大目に見ている。
それにじつは、今の俺たちはサイフ事情がそこそこよかったりするのだ。
GW中に行ったニシクロヤマ村でのツチノコ獲り大会を記事にして『オカルト寺子屋』で公開すると、予想以上に反響があったのだ。
さすがに賞金の一億円にはほど遠いが、アクセス数は増加、紹介サイトなどでも取り上げられた。
内容的にはツチノコはおまけ程度で、やはり赤ジャージのグラビアばかりがウケていたようだったが、小口の雑誌記事の仕事も舞い込んできたからヨシとする。
ミラカも家庭教師のお給金を頂いて最近はバーガー・シング三昧をしている。
加えて、サイトの人気はニシクロヤマ村の観光関係でも寄与できたらしく、村の人たちから「お礼に」と野菜や卵が贈られてきたのだ。
こらちとしてもミラカが世話になったから、かなり意図的に村のPR染みた記事を書いたし、WIN-WINの関係だ。
おかげで当面の食費は節約ができる。大地に感謝。小さな女神様に感謝だ。
「帰りにB・T寄ってきマショー!」
我らが女神が空腹のラッパを鳴らす。
「昨日も食べただろー?」
「今日から、梅雨シーズン限定のメニューが出るんデス!」
「限定か。今日だけだぞ」
「ワーイ!」
ミラカが駆けだす。
ニシクロヤマ村の一件から、俺は彼女に随分と甘くなっていた。
天気のいい日の外出は避けさせるようにしているが、その代わり、俺が買い物に出たときはB・Tを見かけるたびにポテトやナゲットを買って、彼女へのみやげにしたりなんかしている。
せっかくの美人が太らないか少し心配だが、今のところは大丈夫のようだ。彼女は本当に燃費が悪い。
「長靴で走ると転ぶぞ」
本来は雨の日は意地でも出かけない人種だったというのに、ミラカのせいでずいぶんと変わってしまった。
今日の買い物も、俺のほうから「雨が降ってるぞ、お出かけ日和だ」なんて言って始まった。
まあ、靴の中がびちょ濡れになってやはり後悔をしたが、新しい雨具を手に入れてゴキゲンな娘で差し引きゼロとしておこうか。
「ぶぇ!」
ミラカが転んだ。
世間的にも出不精が増えるのか、新メニュー開始日だというのに店内はそれほどは混んでいなかった。
B・T、梅雨の限定メニュー『フロッグ・モンスターセット』。
「かなりマニアックなところを攻めてきたな……」
俺は元ネタであろう宇宙を思い出して苦笑いをした。
B・Tの限定メニューは毎回違う宇宙人ネタを盛り込んでいる。
こんなマイナーどころに行くあたり、やはりネタ切れなのだろうか。
宇宙人のレパートリーにも限りがあるし。
「それにしても、これはイカンだろ」
俺は座席に運んだセットを開封して唸る。
「どうしてデスカ? おいしそうデス」
ミラカはセットとは別に注文したポテトを早速摘まみながら言う。
「商品名さえなけりゃな」
フロッグ・モンスターはその名の通り、カエル型のエイリアンだ。
セット内容は、鶏のササミのチリバーガーと、タピオカドリンク。
一見、普通の流行りものセットかと思うが、カエルの肉は鶏肉のササミと味が似るというし、タピオカドリンクはもうビジュアルからしてカエルの卵だ。
パッケージも無駄にこだわっていて、バーガーの紙パッケージにはアメリカンなカエルの宇宙人キャラクターが描かれている。
ドリンクは普段は白地にロゴが入ってるシンプルな紙カップのはずなのに、今回に限っては透明の再生プラスチックカップ。
つまりはカエルの卵が丸見えだ。
それから、もうひとつ。
『?』マークの描かれた小さい紙の箱に入ったナゲット。
普段のナゲットとは違って形がいびつで、バーガー・シングらしからぬ少量ときている。
これに関してはなんの説明もなされていない。アヤシ過ぎる。
「編集長、食べないデスカ?」
ミラカがニコニコしながらハンバーガーを頬張る。
俺も商品コンセプトを頭から払いのけ、ハンバーガーをかじった。
普段ならハンバーガーなんて大して味わわないで食べているが、今回は何故か脳が食感や味を詳細に読み取ろうとしやがる。
トマトや酢、それからとうがらしの効いた味付けの濃いソースとササミの淡泊な味がマッチしている。
ガッツリ効いたニンニクが食欲をそそる……。
「……」
俺が向かいの席に目をやると、ハンバーガーを咀嚼しながら涙目でこっちを見つめる娘の姿があった。
「……これ、ニンニク入ってマス」
鼻水をすするミラカ。
「食っても平気なのか?」
「ちょっとくらいなら……」
噛んだものを飲みこむ。
「それは俺が食べるから、別の注文するか?」
「私がかじったのはオススメできマセン。ニンニクが入ってるなら問題なさそうデスケド」
ミラカの食事生活は意外と気を遣う。
ニンニクを大量に摂取すると体内に存在するヴァンパイアウイルスが弱ってしまうのだそうだ。
加熱していれば健康に害はないらしいが、それでも肉体的に拒否反応が出るらしい。
ギョーザはもちろん、焼き肉のたれや唐揚げの味付けに入っているものでも、量が多いと反応してしまう。
単純に殺菌成分やニオイの強いものがダメというワケではなく、トウガラシやワサビは平気で、ネギ類のナマもダメらしい。
これは火の通った状態のニンニクよりマズいらしく、ネギ類を調理するときにはマスクとゴーグルが必須だそうだ。
納豆もアウトらしい。
スーパーでは売り場にすら近づこうとしない。
ヴァンパイア仲間(?)のあいだでは納豆菌はヴァンパイアウイルスよりも強くて恐ろしいのだとか。
この世がヴァンパイアに支配されるとき、ニンニクとナットーが世界を救うだろう。
乳酸菌に関してはヴァンパイアウイルスは共存するらしく、ヨーグルトなどは普通に食べられるし、乳酸菌の恩恵も受けられるらしい。
酒精を扱う酒蔵や食品工場などでも、菌同士の相性を気にして納豆を禁止にするところもあると聞いたことがある。
菌の世界もいろいろ大変らしい。
なんだか、子供のアレルギーの配慮をする親の気持ちが少し分かったような気がする。
俺もすっかり、味付け済みの商品や、出来合いの惣菜などは成分表を見る癖がついてしまった。
「ムリして食べなくていいぞ」
いまだに顎を動かし続けているミラカ。
「もったいないから、食べマス。味は美味しいデス……」
美味しいの反対の顔をしているが。
「調子悪くなったら言えよ」
「ハーイ……」
ミラカは自分の食べかけを決して他人にあげない。
かじった部分さえ避ければいいと思うのだが、かたくなだ。
彼女の唾液などにはヴァンパイアウイルスが微量に含まれるそうだ。
頻繁に“ちゅー”でもしない限りうつらないそうだが、ベッドを“かわりばんこ”で使っている俺たちも、まくらだけは別にしている。
ミラカはお世話になっているからと、ちょっとお高いまくらを贈ってくれていた。
逆に、コイツは他人の食べ残しを許さない。
俺が胃腸の調子が悪くして食が進まないでいると、すぐに察知して俺の分を食ってしまう。
ウイルスの都合……というか、食い意地が張ってるだけな気もするが、若い頃(?)にアイルランドで起こった大規模な飢饉を経験して以来、食べ物を粗末に扱うことは出来なくなったという話だ。
「それ食ったら好きなヤツ追加で注文していいぞ」
俺は目に涙を浮かべながらゆっくりモグモグやっている娘に言う。
すると、ミラカは目をカッと見開き機械のように高速で顎を動かし始めた。
自宅に戻り、俺はノートパソコンに向かう。仕事があるのは素敵なことだ。
「合羽はちゃんと水払って干しとけよ」
「ハアイ! ……ひっく」
「なんだ、しゃっくりか?」
「そうみたいデ……ひっく!」
小さく肩を跳ねさせるミラカ。
「ニンニクのせいカナ……。ひっく。そろそろオヤツと晩御飯考えなくっチャ」
「オヤツもいいが、ニシクロヤマ村からもらった野菜とかって、放置してても平気なのか?」
最近はミラカの大食いにツッコミを入れることは無くなっていた。
「オウ! 忘れてマシタ!」
我が家の食事大臣は台所へ駆けていき、段ボールに詰め込まれた野菜の山に取り掛かった。
「キュウリデショー、ピーマンデショー、ひっく。スパッドと玉ねぎは新聞紙に包んで分けて……。アー、タケノコが、ひっく! アリマスネ……」
「タケノコか。ウマそうだな」
「タケノコはどうしたらいいデスカ?」
ミラカが肩越しに俺を覗き込んできた。
「偉大なるお料理パッド様によると、切って米ぬかの汁に漬けておくか、さっさと茹でてしまうかだそうだ」
「米ぬか……。さきに茹でて処理しちゃいマショー」
「晩飯は決まりだな」
「タケノコ食べたことないデス。チョコの奴だけデス」
「アレは見た目だけだ。ちなみに俺はキノコ派だ」
ゴツン。頭に衝撃が走った。
「痛え。何すんだ」
「タケノコはどうやって食べるデスカ」
俺の頭の上に重み。でかいタケノコが乗っけられている。
「煮物にしたり、炊き込みご飯に……他は、他は何だ?」
適当にレシピを当たってみる。
焼く、揚げる、刺身はあるが、タケノコを主役とした料理が思ったより少ない。
具材のひとつという感じだ。まあ、何にしてもウマいと思うが。
「なんにせよ煮ておかなきゃいけないみたいだな」
タケノコの処理は面倒臭いと聞く。
俺は普段、水煮のパックか、料理として出来上がったものでしか口にしない。
「炊き込み、ひっく! にしシマショー」
「いいね。何か手伝うか?」
「大丈夫デス。ミラカにお任……ひっ……デス!」
台所へ引き返して行く軽快な足音。
ミラカが来てからというもの、こういう図が頻繁にあるが、まるで同棲している彼氏彼女のようだなんて思ったりもする。
さいわいというか残念なことにというか、今のところ俺はミラカに対して“危ない感情”を持ったことは無い。
いちおう女性として気を遣ってはいるが、基本的には子供を見る目だ。
彼女の家事の腕前に関しては主婦ができるレベルなので、暮らしの上で大変重宝はしているが、家政婦として扱っているようでそれも気が咎める。
我ながら面倒臭い性分だ。
もっとも、彼女のほうは気にしてないようだが。
今も鍋の煮立つ音と共に鼻歌が聞こえてくる。
「ふんふふ、ふふふん、さむでい、あぃりーじょーいす、ひっく!」
今日の鼻歌は割と激しい。
しばらくパソコンと向き合っていると、スマホが振動した。
川口少年からのメッセージだ。
『今日、河原で不気味な音を聞きました。何かの生物の声のようでしたが、正体は不明(宇宙人の絵文字)』
『調査して欲しいかね?(お金の絵文字)』
川で不気味な声を出すといったら“アイツ”だろうな。
俺は昼に食べたハンバーガーを思い出す。
ちなみに謎のナゲットはミラカにくれてやった。
あとでスマホで材料を調べたら『食用ガエル』なんて書いてやがった。
わざわざ審査と許可を経て商品化したんだとか。
『いえ、自分で調べてみます! もし面白いことが分かったら、サイトのネタにしてください! ネタは無料で提供します』
「はは。頑張ってくれよ、少年」
俺は少年の夢を壊さないように黙っておく。
自分で調べて判明するまでのワクワクは大切だ。
それに、調べた結果が現実的で平凡なものだったとしても、カチリと納得ができたときの快感は捨てがたいモンだ。
俺は川口少年に「記事化してウケたら分け前と調査員の名誉構成員に加える」なんて約束をした。
オチを分っていながらエサをぶら下げるのは少々意地悪だろうか。
でも、彼ならなんらかの糧にするだろう。川口少年は賢い子供だ。
子供みたいなヤツばかりと付き合いが増えたが、これはこれで楽しい。
なんとなく自分がオトナになったような気がする。今日はちゃんと仕事もしてるし。
オトナな俺はその晩、ミラカ特製の炊き込みご飯と、久しぶりにビールを頂いた。
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