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事件ファイル♯03 ツチノコは実在する! 懸賞金は一億円!?(5/6)

「なんか、割と本気の奴が多いな……」

 昼を過ぎる頃には俺たち以外にも観光客と思しき人たちが増えてきていた。

 大抵は着の身着のままのラフな格好だが、中にはフクシマ同様、本格的な道具や服装をそろえて挑んでいる者の姿も見える。


「さっきまで閑散としてたはずなんだが。どこから湧いて出たんだってカンジだな」


 山村に不釣り合いな集団スーツ姿の集団がカメラのチェックをしている。

 何やらのぼりを持っており『逃げろ、ツチノコ』なんて書いてある。ツチノコ愛護団体か?


「はーい、ドウモ。本日はニシクロヤマ村でツチノコ獲り! ということで……」

 あっちは慣れた感じにカメラへ口上を述べる青年だ。

 ひとりでやっているらしいが、カメラにスタビライザーまで装着して本格的だ。

 うちも金に余裕があったら機材をアップグレードしたいところだ。


「アハハ。見てクダサイ編集長! ツチノコデス!」

 ミラカの指の先には、ずんぐりとしたシルエットの集団。

 土産物屋の看板になっていたツチノコのキャラクターに扮している人物だ。


 土産物屋のねーちゃんがいっしょに写真を撮っているということは、企画側じゃなくてあれも参加者側なのか。


「ふーん。みんなやる気なんだな……!」

 一億円を本気にしているのか、ツチノコビリーバーなのかは知らんが、俺も貧乏人兼オカルトサイト管理人の威信をかけて、それなりに真面目に探すことにしよう。


 といっても、まずは長いものに巻かれておく。

 参加者の流れや村の人の勧めに従って、大きな川の土手の方へ向かう。


 暖かな日差し。風は少々強いが綺麗な空気。川は綺麗で静かだ。水の音が心地よい。

 それに加えて、昼食で満たされたばかりのほどよく重い腹。


 あっ、チョウチョが飛んでる。


「なんか眠くなってきたな……」

 俺はさっそくあくびをひとつ。 


「編集長。ちゃんと探さないとダメデス。イチオクエン!」

 ミラカは額に手をかざしてきょろきょろしている。

 麦わら帽子の赤いリボンもチョウチョみたいだ。


「そうだなあ。だけど、毎年これだけの人が来ても見つかってないんだろ? 居ないんじゃねーの?」

「ツチノコはどこ探すといいデスカ?」

 ミラカが訊ねる。


「一応、ヘビの仲間だからなあ。有力そうな誤認報告にはトカゲもあるが、どっちにしろ草むらとか、土の中かな」

「ヘビ……。ニョロニョロしたヤツデスネ……」

 つぶやくミラカ。声色から察して、さては苦手か?

「なんだ、お前はヘビが苦手なのか?」

「分かんないデス。祖国にはヘビが居ませんデシタシ」

「ヘビが居ないのか。雪国か?」


「ンー。北国ではあるんですけどケドネ。雪はあんまり降らないデス。……アッ! アレは!」

 ミラカは何か見つけたようで、小走りに駆けた。

 向かう先のくさはらに白いものが密集している。


「それは雪じゃないぞ」

「分かってマスッテ。見てクダサイ。シャムロックデス」

 ミラカが地面を指さす。白い花とよく見かける三つ葉の群生だ。

「クローバーか」

「シャムロックはアイルランドの国花なんデスヨ」

 ミラカは嬉しそうに言うとかがみ込み、クローバーを漁り始めた。

「ちょっとひかえめというか、地味な花だよな」


「そうデスネ。国花といっても、登録されてるのも花ではなく、葉っぱの方デスネー。昔を思い出しマス。曇り空の下、パパとママとピクニックをしてお弁当のポテトパイを食べて、四葉のクローバーを探した日のことを」

「懐かしいなあ。俺も小さい時、四葉のクローバーを探したもんだ」

「四葉のクローバーは世界共通デス?」

「みたいだなあ。まあ、珍しいものを見つけると幸運を授かるっていうのはよくあるパターンだ。ツチノコだってそうだし、同じヘビなら白ヘビも幸運の象徴だったりするな」

 俺もかがみ込み、ミラカと頭を突き合わせて四葉を探す。

「アッ、ほらほら見てクダサイ編集長。四葉デス!」

 ミラカが草をかき分け、ひとつを指さす。

「もう見つけたのか? ズルしてない?」

「してないデスー」

「一、二、三、四、本物だな」

「デショー? もっと無いカナ~」


 俺たちが四葉のクローバー探しに勤しんでいると、近くから子供の声が聞こえてきた。


「わ、ヤンキー」

 顔をあげると、小学生くらいの男の子が目を丸くして立ち尽くしていた。

 彼も参加者だろうか。


「おい、ミラカ。子供が怖がってるぞ」

 俺はミラカをつついた。

「ヤンキーじゃないデス」

 ミラカは少年の方を向く。

「あっ、外人だった! 外人が日本語しゃべってる……」

「顔見なきゃ、ただの金髪ジャージ娘だからな。不良にしか見えない」

「ミラカはヤンキーじゃないデスヨ。アイルランド人デス。それから、ヴァンパイア!」


 ミラカの反論を聞くと、少年の顔が微妙に不安そうになった。


「今時、ヴァンパイア? その恰好で? 何年生?」


「アホだと思われてるぞ」

「アホじゃないデース。ミラカが賢いことはヒロシ君のティーチをして証明済みデース!」

 ミラカは立ち上がる。

「小学生に算数教えただけだろ……。カワグチ君が五年生だから、ミラカは六年生だな。少年、コイツは六年生だ」

 俺はミラカの代わりに少年に答えてやる。


「来年中学なのに……。ジャージと麦わらでヴァンパイア……」

 可哀想なものを見る視線だ。


「ムーッ! 信じてないデスネ、キミ! 今からヴァンパイアの証であるキバを見せて……」

 ミラカは立ち上がり少年に近づこうとした。

 しかし、ふらついて転びそうになる。


「おい、大丈夫か?」

 俺は慌ててミラカを支える。

「ソーリー。大丈夫デス。少し立ち眩みが……」

 本格的に転びかけたのか、ミラカは俺の腕にヒシと捕まった。


「おじさんはロリコン?」

 少年の視線が俺に注がれる。

「ロリコンじゃない! おじさんでもない。まだお兄さんだ」

 三十過ぎはまだセーフ……だよな? 見た目もまだ若いつもりだし……。


「否定するところがアヤシイ……」

 少年は半笑いで俺たちを見る。

 だが、急に青くなると「ヤクザだーーっ」と悲鳴をあげて逃げていってしまった。


「おう、お前らちゃんと探しとるか?」

 オールバックに作業服とサングラスの男。フクシマが現れた。

 マジックハンドだけでなく、カバンやカゴのような物まで肩から下げている。

「ハイ、ちゃんと見つけマシタ」

 ミラカが四葉のクローバーを見せる。

「おー、懐かしいな。ってちゃうやん! お前ら全然探す気ないやろ」

 関西弁のノリツッコミだ。

「いやいや、探してた。超探してたって」

 俺は適当に答える。

「ホンマか? このへん探しても、絶対見つからんやろー」

「何で絶対って言えるんだ? 急にニョキニョキと生えてくるかもしれんぞ」

 俺は頭の上で三角形を作った。

「編集長、それタケノコデス」

「はあー。ミラカちゃんもアイルランド人やったら、そこにヘビがおらん事くらい分らなアカンわ」

 やれやれと言った表情でフクシマは言った。

「そもそもアイルランドにヘビは居ませんカラ……」

「なんでヘビがおらんのか知らへんのか? 聖パトリックが追い払ったっていう伝説があるんやで。それだけやあらへん。シロツメグサは煎じるとヘビの毒に効くからヘビ避けになるって言うんや」

「アー? なんかそんな言い伝えがありマシタネー」

 ミラカはこめかみを押さえながら唸った。

「だから、何でそんなニッチな情報に詳しいんだよ」

「そりゃお前、俺がドルイドやからやん?」

「とうとう、ドルイドそのものになったか」

「せやで。そのうちドルイドの王になるで」

「なんだそれ」

 俺は自称ドルイドへ憐憫の視線を送り、次に自称ヴァンパイアを見やった。


 ミラカはまだ、こめかみを押さえている。


「どうした? 調子が悪いなら、どっかで休むか?」


「ウー……。そうシマ……」

 強い風が吹いた。


「アッ! 帽子が!」

 ミラカの被っていた麦わら帽子が頭から離れ、空に舞って飛んでいってしまった。


「マッテ!」

 ミラカは走って帽子を追いかけるが、帽子は川を飛び越えていってしまう。


「よく飛んだなあ。写真に収めればよかったな。まるでUFOみたいだったぞ」

 俺は川を越えて視界から消えて行く黄色いUFOを見送った。


「シャイト!」

 ミラカはお決まりの母国スラングと共に両手のこぶしを握って振り下ろす。

 もう一度強い風が吹いて、金の髪がばらばらとはためいた。


「探しに行くかあ」

 これは見つけるのに骨が折れそうだ。


「あの帽子は大事なものデス」

 ミラカは手櫛でさっと髪を整えると、大股で歩き始めた。


「あっちにある竹薮(たけやぶ)やったら、ツチノコもおるかもしらんしな」

 フクシマが害獣獲りの道具をカチカチとやった。

「そのマジックハンドがあったら、高い所に引っかかっても取れるだろ」

「せやな。それにしてもあの子は元気いっぱいやなあ」


 ミラカはどんどん加速し、俺たちを放って全速力で駆けて行ってしまった。

 調子が悪いのかと思ったが、まあ、それだけの元気があるなら大丈夫だろう。


 俺たちは、帽子が飛んでいったと思われる方向を手分けして探した。

 しかし成果はあがらず、時間だけが過ぎていく。


「竹薮の中かな……」

 風で飛ばされた帽子が奥に行くのは考えにくいが、そっちも探した方がいいだろうか。


「おー、兄ちゃん。ツチノコは見つかったか?」

 お茶摘みのときのおっちゃんだ。

 竹藪の前で何やら看板をトンカチで叩いている。


「立ち入り禁止だったりします?」

 俺は腕を掻きながら言った。

 ヤブの外だというのにすでに何か所も蚊に刺されている。

 入ればもっとエグイことになりそうだ。


「ウチの竹薮だし、入るのは別に構わんけどな。ここ、タケノコあるから気を付けて欲しいんよ。勝手に盗っていく人もいるし」

 おっちゃんが叩いている看板には『タケノコをとらないでください』の文字。

 看板は斜めに傾いてるようで、彼は横からそれを叩いて直している。


「ミラカが帽子を風で飛ばしてしまって、こっちの方に飛んできたみたいだったんで」


「あー、麦わらの。嬢ちゃんはさっき見たけど、確かに被ってなかったな。必死になって探してるから、ツチノコ狩りを楽しんでるのかと思ったよ。麦わら帽子が無くなったら赤ジャージって呼ばなきゃいけんな。どれ、おっちゃんも手伝うわ」

 看板を直し終わったおっちゃんが腰を叩きながら言った。


 礼を言い、そろって竹藪へ踏み入る。

 ミラカは一足先に竹薮で帽子を探していたらしく、赤い人影が竹のあいだをうろついているのが見えた。


「麦わらの嬢ちゃん! おっちゃんも帽子探すよ!」

 アリガトウゴザイマース。遠くから返事が聞こえた。

「マムシ出るから気ぃつけよー!」

 おっちゃんが大声で呼びかける。

「マムシ出るんですか」

「出る。まあ、刺激しなきゃ咬まれたりはないと思うが、毎年注意してもイベントのときは誰かやられるんよ」

 おっちゃんは豪快に笑った。

「笑い事じゃないですよ」

 っていうか、タケノコよりもそっちの看板を立ててやれ。


「おーい。帽子、アレとちゃうか?」

 フクシマが頭上を指さす。見上げると、竹のひとつに帽子のようなものが引っかかっている。


 ミラカは耳ざとく聞きつけやってくると、見上げて「よく見えない」と呟いた。


「アレは取られへんやろ」

 帽子が引っかかっているのはかなり高い位置だ。

 マジックハンドを最大まで伸ばしても半分程度にしか届かない。


 ミラカはしばらく目を凝らしていたが、力任せに竹を揺すり始めた。


「おい、ヒトの土地の竹だぞ」

 彼女は無視して竹を揺らし続けた。


「いいよいいよ。タケノコはともかく、竹は邪魔なだけだし。生え広がらないようにするのも難しいくらいだもん」


「じゃあ俺も手伝うか」

 いっしょになって竹を揺らすと、竹の葉がたくさん落ちてくる。

 それからしばらくして、引っかかっていた帽子も落ちてきた。


「落ちてきた!」

 歓喜の声を上げるミラカ。

 しかし、すぐにその表情は沈んでしまった。

 ミラカの麦わら帽子にあったハズの赤いリボンが見当たらないし、形も違う。


「これおっちゃんの帽子だわ。去年無くしたやつ、そんなところにあったんやね。帽子無くしたんだったら、これあげるよ」

 おっちゃんが歯を見せて笑う。


 しかし、ミラカはおっちゃんに帽子を押し付けると、黙って竹薮の奥へ行こうとした。


「よっぽど大事なものなんね」

 ミラカの失礼にもおっちゃんは怒らないで言った。


「ミラカ、さすがにそれは……」

 俺は叱ろうとミラカを追った。

 だが、どうも彼女の足取りがおかしいことに気付く。

 竹薮が歩き辛いというのを超えて、明らかにふらついていた。


 ミラカは足を止める。やっぱり調子が悪いのか?


 そう思ったら、彼女はサッとどこか地面の方を注視して叫んだ。


「ツチノコ!」

 

「えっ?」

 ミラカは中腰の変な格好で虫取り網を構えるが、ガサリという音が聞こえたと同時に、ひっくり返ってしまった。


「ミラカ!」「麦わらぁ!」


 慌てて近くに駆け寄ったときには、ツチノコとやらは影も形もなかった。

 確かに何かが跳ねたのは俺の目にも映っていた。だが、そんなことはどうでもいい。


 ミラカは起き上がらない。意識がないようだ。


「もしかして、マムシに咬まれたか」

 おっちゃんはミラカのジャージの裾を上げて確認する。

「えがった。咬まれとらん」

「コイツ、なんか調子悪かったみたいで」

 俺はミラカの額に手を触れてみる。じっとり湿っていて、熱い。

「熱が出てるかも」

「熱中症か? そりゃいかん。部屋で休ませよう」

 おっちゃんに手伝ってもらいミラカを背負った。


 背中に感じる彼女の体温は、やたらと熱かった。


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