事件ファイル♯03 ツチノコは実在する! 懸賞金は一億円!?(4/6)
茶摘みが終わったあとは、休憩用の家屋の和室へと案内され、そこでお茶とお茶菓子を頂く流れだ。
「ほい、これがお土産用のお茶っ葉、こっちがお茶とお菓子ね」
茶摘みのときのおっちゃんが引き続き俺たちの世話をしてくれている。
「オウ! ジャパニーズグリーンティ、アンド、ワガシ!」
「おっ、ミラカ。座布団があるぞ。この上で正座するんだ」
俺は部屋の隅に積んである座布団を指さす。
「ザブトン! セイザ! ゼン!」
すっかり観光外国人のようになっているミラカは、重ねられたままの座布団の上に正座した。
「おー、麦わらはバランス感覚がええの!」
おっちゃんが感心する。
「エッヘン! ミラカ、パパやママに、卵の上でも踊れそうって言われてマシタ!」
「腹減ってきたわ。お菓子頂こうや」
フクシマが手をこすりながらテーブルに着く。
「これは何ですか?」
俺は皿の上のお菓子について訊ねた。黄色い粉を練ったようなものと、その横の緑のは多分草団子だろうか。
「黄色いのは栗きんとん。緑の方は茶団子」
おっちゃんが解説する。
「なるほど。お茶団子か」
「あ、いや。逆だったかな? 黄色い方が茶団子で、緑が」
おっちゃんが首を捻った。
「んなワケあらへんやろ」
フクシマが突っ込んだ。
「ははは。どっちも、この村の菓子屋のサエキさんが作ったんよ」
「サエキさんか。ねーちゃんが言ってたな。パッパと作ってくれるとかなんとか」
「あー、それね。パッ、ペッと作ってくれるんよ」
おっちゃんは俺の表現を訂正した。
「ペッ?」
この村独特の方言だろうか?
「サエキさんはいつも唾吐いてるから」
「汚いな!」
「大丈夫、大丈夫。プロ意識の高い人だから、作業中はちゃんとマスクと手袋してるし。最近、食中毒とかうるさいしね。ここで中毒出したら村はオシマイだから」
おっちゃんは手をひらひらさせて言う。
「確かに。田舎の職人さんっていうと、素手で豪快にやってそうなイメージがあったなあ」
サエキさんが仕事をしているイメージを浮かべ、茶団子に手を付ける。
強いお茶の香りが漂ってくる。口に入れれば茶葉の苦味と粒あんの甘みが絶妙だ。
そしてそれを熱いお茶で流し込んで……っと。
市販の安い和菓子だと、こうはいかないだろう。
手作りというワードのマジックが効いている気もするが、やっぱりいいものだ。
昨今、幽霊や妖怪などが衰退していくのを感じて寂しい思いをしているオカルト信者としては、茶摘みや和菓子などの日本の伝統的な文化も同様に失われていってしまうのではないかと危惧している次第で……。
「まあ、マスクしたまま唾吐くから、いつも口周りベタベタなんだけど」
「汚いな!」
「ははは、嘘だよ」
おっちゃんが笑う。
「ウケるわ。どこからどこまでがホンマなんやろ」
フクシマも笑っている。
「あのーデスネ。そろそろこっちにも突っ込んでもらえマセンカ?」
部屋の隅の座布団の山の上で正座を続けていたミラカが言った。
「おう。おまえもこっちに来て日本を味わうといいぞ」
「えー、ちゃんと突っ込んでクダサイ」
正座したまま座布団の上で跳ねるミラカ。器用なヤツだ。
「残念だったな。ツッコミはタイミングが大事なんだ。今は和菓子を食べる時間だ。漫才はおしまいだ」
「エー、突っ込まれたかったナー。座布団の上でナイスバランスなリアクションしたかったデス」
そう言いながら、ミラカはスマホを取り出し、和菓子に向かって構えた。
「ミラカのスマホは、カメラの性能がいいデス。ここからでもばっちりうつりマス」
ミラカは和菓子をスマホに収める。
「ミラカちゃん、食べへんのやったら、俺がもろうたるで」
フクシマがミラカの分の皿に手を伸ばした。
「オーノー! ダメです、オーナー!」
慌てたミラカが座布団の上でバランスを崩した。
「ぶべっ!」
顔からタタミに突っ込むミラカ。
「そのタタミは最近新しくしたもんだから、いいにおいがするよ」
おっちゃんが言った。
そういえば、和室に入ったときに、新しいタタミのにおいがしていた。俺もこのにおいは好きだ。
「どれどれ……」
床に突っ込んだまま鼻をすんすん鳴らすミラカ。
「あっ、屁がでそうや」
「ノ~~~! オーナー! イジワルばっかりしないでクダサイ!」
ミラカが跳ね起きる。
「今朝も言っただろう。コイツ相手に油断するなと」
俺は茶をすすった。温かくておいしい。やあ、外で鳥が鳴いている。
「……マー、いいデス。ミラカもお茶を頂くデス」
西洋娘は座布団を一枚取ると床に敷き、その上に背筋を伸ばして正座をした。
「では、イタダキマス」
ミラカの白い指が竹の楊枝を摘まみ、茶団子へと向かう。
それから一息にスッと切り分け、片割れを口へと運んだ。一連の動作は清流の如し。
「おお、何かサマになってるな」
「赤ジャージやけどな」
「おっちゃんにはジャージが赤い着物に見えたわ。麦わらは礼儀作法もいっちょまえかあ」
西洋撫子は団子の半分を小さく咀嚼し、飲み下す。それから湯呑に口をつけた。
「ケッコウナ、オテマエデ」
それから残りの半分を片づけ、ミラカは訊ねる。
「こちらの、お菓子は、なんというお名前でゴザイマショウカ?」
もういっぽうの和菓子を見つめるミラカ。
「そちらは、栗きんとんにございます」
おっちゃんが丁寧に答える。
「くりきんとん」
ミラカは繰り返し、ほうっと息をついた。
「くりきんとん」
それから、何故かこっちを見て言った。
「くりっ、きんっ、とんっ」
ミラカが繰り返す。
「いや、言えてるから。何となく口に出して言いたくなるのは分かるが」
相手をしてやるとミラカは脚を崩して栗きんとんを頬張った。
「ン~。オイシーデス!」
「長くは続かなかったか」
「正座はツラいデス」
「そうだな」
俺たち男衆も胡坐で座っている。客の相手をするおっちゃんは正座だが。
「ところで、この栗きんとん、ちょっと変わってますよね」
おっちゃんに疑問を投げる。
「変わっとるかな。ウチらのところではこれが普通だけども」
「せやな。栗きんとんいうたら、もうちょい栗の原型が残っとるのが多いもんな」
この栗きんとんは栗を完全に潰してあり、こしあん状になっている。
「あー、それね。この村の栗きんとんは七十年くらいサエキさんが作ってるからね。サエキさん流なのよ。あの人、栗を挽くときはいつも、この世の全ての憎しみを背負ったような怨念込めて挽いてるから」
どんなだよ。
「栗にママを殺されたデスカ?」
「その通り。だからサエキさんは栗を憎んでる」
んなワケあるか。
「それじゃあ、麦わらちゃんにひとつ問題だ。サエキさんのお母ちゃんは栗を焼いて食べようとしたら、栗に殺されてしまいました。それはどうしてでしょう?」
おっちゃんは案内役だけあって、アドリブも利くらしい。
「ウーン? 毒入りの栗だったからデスカ?」
「ぶっぶー」
おっちゃんはひょっとこみたいな顔をして不正解の音を発した。
「降参デス。分かりマセン」
「栗の殻を剥かずに囲炉裏で焼いて食べようとしたんだが、熱で弾けて飛んできた! だから、びっくりして死んでしまったんだよ!」
「オー。ウマいデス。座布団一枚!」
……しょうもな。
そういえば、大根おろしやワサビは怒りに任せて力づくで擦ると、細胞が破壊されてふつうよりも辛くなりやすいが、餡子や栗は甘くなったりするのだろうか。
「ダジャレもウマいですが、くりきんとんもウマいデス!」
ミラカは満足そうにお茶をすすった。
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和菓子を腹に収めたものの、かえって胃を刺激したらしく、ミラカのお腹から緊急警報が鳴り止まなくなってしまった。
俺たちは朝早くから出てきていたが、特に朝食もとっていなかったのだ。
茶以外に名産品に乏しい村で有名な料理屋などは特にないらしく、適当な食事処を選んで昼食をとった。
ツチノコで村おこしをするくらいだし、そのあたりは仕方がないのか。
「普通の飯屋だったけど、そばは美味しかったな」
俺が注文したのは茶そばの天ぷらセットだ。
先日の玉ねぎのリベンジだ。揚げたてで星五つの評価をポチッ。
それから、茶の葉の天ぷらとやらもなかなかにイケた。
「腹ごなしも済んだところで、いよいよ本題のツチノコ探しやで」
フクシマが車から何やら荷物を引っ張り出した。
「これは、俺のん。こっちはミラカちゃん。これとこれはお前や」
フクシマは得物を配り始めた。
網にトング、それから何やら長い棒。
「オー。虫取り網デス」
ミラカは麦わら帽子と虫取り網、それからジャージ。
完全に虫取り少年スタイルになった。
「オーナーのそれは何デスカ?」
フクシマは長いマジックハンドのようなモノを持っている。
「これは害獣捕獲用の道具や。けっこうガッチリホールドしよるで」
「なんでそんなもん持ってんだ」
俺は手渡された二本の金属製のトングをカチカチ鳴らしながら訊ねた。
「ヒマな時に土地の整備とかするからな。草刈りとかも得意やで?」
「マジかよ。書類とハンコだけの仕事かと思ってた」
「ミラカも野良仕事は得意デス。三百年くらい前はよくやってマシタ!」
「はいはい。ジャガイモでも育ててたのか?」
「ちょっとバカにしてマスネ? スパッドは今でこそはありふれていマスガ、昔は日照りや干ばつ、病気で上手く育たないことも多かったデス。ニッポンでいうところのお米のポジションデス。ニッポン人はお米をバカにシマスカ?」
ミラカの琴線に触れてしまったようで、まくしたてるように言った。
「スマンスマン。でも、俺も最近米をあまり食べなくなった気がするなあ」
ひとり暮らしを始めてから偏食が進んだというのもあるが、最近は特にそうだ。
大体はこのジャガイモ娘が原因なんだが。
食事を惣菜やインスタントで済まそうとすると、ミラカは「暖かい食事を食べて!」と怒ってジャガイモ料理を作り始めるのだ。
まあ、コロッケは好物らしく、オヤツ代わりに買ったりするが。
もちろん、B・Tのフライドポテトも大好物で、俺が出かけついでに土産で持ち帰ったときは、抱き着いて感謝の意を示してくれる。
「マッタク! 現代人は大地への感謝が足りマセン! もっとスパッドを敬いナサイ!」
ミラカは怒って俺の頭に虫取り網を被せた。
「せやぞ。ウメデラは大地への感謝が足りんわ」
フクシマもやれやれと言いながら俺の足をマジックハンドでつかんだ。
「感謝という言葉をフクシマの口から聞くとはな」
俺は網の中で鼻で笑った。
「何言うとるねん。俺は毎日感謝しとるで。余った土地でちょこっと農業とかもやっとるしな。最近は養蜂にも手を出そうかと思っとるねん。野良仕事できひんのはお前くらいやで」
「……マジかよ。まあ、不動産屋は土地でも儲けてるからな。大地に感謝もするか」
「ちゃうで、俺はドルイドを目指しとるからや……」
フクシマはサングラスを外して空を見た。なんだドルイドって。
訳の分からんやりとりをしてると、道に設置されたスピーカーから放送が流れ始めた。
『一時になりました。これより、ニシクロヤマ村恒例行事、ツチノコ捕獲大会を始めます。ツチノコを捕獲されたかたは、ツチノコと参加券をいっしょに受け付けへ提出してください。賞金一億円と交換いたします。皆さん、是非、ツチノコを見つけましょう』
「うわ、雑なイベントだな。これで開始なのか」
俺はスピーカーに向かって文句を垂れた。
「っていうかこれで五〇〇円もとんのかって話やな」
フクシマも苦笑いだ。
「マアマア、いいじゃないデスカ。この紙切れが一億円に変わるんデス。張り切って行きマショー!」
ミラカは参加券の半券を大切そうにがま口サイフに仕舞い込んだ。
「おう、そうだな。頑張ってくれたまえよ、助手君」
俺はスマホでミラカの写真を撮った。
ツチノコは見つからないだろう。体験記も書くには書くが、「こっち」が本命だ。
恐らく俺のサイトにアクセスしてる連中は、コイツの写真をご所望だ。茶摘みのときも何枚か撮らせてもらっている。
「ははは。どっちかっつーと、ミラカちゃんがモデルでウメデラがお付きのカメラマンみたいやな」
フクシマは笑いながらもストレッチをしている。コイツはマジでやるつもりか。
「ツチノコはお前らにも、ニシクロヤマにも渡さへんで。フクシマワールドのモンや」
クククと怪しい笑みを浮かべて、ドルイド志望者はどこかに走り去っていった。
「なんだアイツ……」
「オーナーはガチデスネ! 私たちも頑張りマショー!」
ミラカが俺の手を引っ張り走り出す。
「行くのはいいが、いい加減に俺の頭の虫取り網を取ってくれ」
そんなこんなで、ようやく俺たちのツチノコ狩りは始まったのだった。
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