事件ファイル♯03 ツチノコは実在する! 懸賞金は一億円!?(3/6)
車は同じところをぐるぐる回ったり、崖に吸い寄せられてたまたま壊れていたガードレールの隙間から落下したり……することもなく、ナビに通りに進んで無事に目的地に到着した。
「オー! ド田舎デスネ! わが家の近くに、こんな自然の溢れるところがあるナンテ!」
山、森、一面の緑に四方を囲まれ、谷間を清流が通るのどかな風景。
ニシクロヤマ村は都市部から離れた山間部にある。
電車の駅の終着点だ。そういえば、まだ駅のICカードが未対応なんだっけな。
「日本だって人が密集してるのは一部だけだからな。どこからでも車で一時間掛ければ、こういう景色が見られるんじゃないか?」
「こんなに土地が余ってるのに、ニッポン人はあんなに集まって暮らしてるんデスネー。ミラカ、満員電車やひとごみは嫌いデス。何で集まってるんデショーカ?」
ミラカが俺に訊ねた。
「さあなあ。寂しいんじゃないか」
俺は適当に答える。
「ナルホド。それじゃあ、仕方がないデスネー。……ねえねえ、編集長。あの辺り、何か人が居ませんか? 伏兵デショーカ?」
ミラカが遠くを指さす。
鮮やかな緑のラインが何段にも連なっているところに、白いものが顔を出したり引っ込めたりしている。
「こんな朝からやってるのか。俺たちも早く出てきたつもりだったが。あれは茶畑でな。あの人たちはお茶の収穫をしてるんだ」
「オチャバタケ! ニッポンのグリーンティーはミラカも好きデス。ニオイがしないから気付きませんデシタ。あの緑全部がお茶デスカ?」
ミラカは顔を突き出し、鼻をすんすん鳴らしながら言った。
「そうだ。日本人はお茶が好きだからな」
「ウーン。お茶の満員電車デスネー」
「なんだそれ」
俺は笑う。
「いやー。駐車場あらへんから、どうしたらええかって訊いたら、村長さんとこに停めろ言われたわ。村長さんち、無駄にでかくて笑うわ~」
運転手が戻ってきた。
「おう、お帰り。それで、受付けの土産物屋はどこだ?」
「あっちにあったで」
集落の方角を指さすフクシマ。
「よし、じゃあツチノコ探しに行きますか」
俺たちはニシクロヤマの『ツチノコミュージアム』なる建物に足を運んだ。
村の建物は昔ながらの瓦ぶきの日本家屋が多かったが、どれも小綺麗な印象だ。
ミュージアムは村の外れにあるひときわ大きな建物で、入り口の上にツチノコのキャラクターらしきものの看板がでかでかと掲げてあり、ひと目で判るようになっていた。
「キュート! ツチノコのぬいぐるみデス!」
土産物屋にはツチノコの大群が居た。
しっかり縫製されたぬいぐるみや、それぞれ微妙に顔の違う陶器の置物、Tシャツやタペストリー、それから人形焼きに、キャラクターの焼き印を押したせんべいなどだ。
「おわー! 見てクダサイ! でっかいツチノコ!」
ミラカが指さすのは彼女よりも背丈の高いツチノコのオブジェ。
「これ買いマショー!」
背伸びして巨大ツチノコの頭を叩きながら言うミラカ。
「アホか。どこに置くんだ。っていうか、展示物じゃないのか?」
「せやけど値札ついとるで。五十万円やて」
「オウ……。一億円貰ったら買いマショーネ……」
ミラカはすっとオブジェと距離を置いた。
「ニシクロヤマに関係無いおみやげもあるな」
「この辺は懐かしいわ」
ドラゴンのデザインの柄のペーパーナイフに、目の部分にイミテーションの宝石が入ったガイコツのキーホルダー。
「お土産物の定番の木刀もあるやん」
「お前が握ると仕込み杖みたいに見えるな」
「勝負や小次郎!」
フクシマが木刀を握り、俺に切っ先を向けた。
「俺はやらんぞ武蔵。売り物だしやめとけ」
「ふたりとも子供みたいデス」
ミラカが笑う。
カウンターでイベント参加の申し込みをおこなう。
受付けは若くて綺麗なねーちゃんだ。
「はい! ニシクロヤマ村にようこそ! 残念! ツチノコ狩りイベントは午後一時からです」
「そうだっけか? 寝る前に時間確認したよな?」
俺はミラカに訊ねる。
「シマシタヨー。ちゃんと“いちじ”からって言いマシタ」
ミラカの言った“いちじ”は“しちじ”との中間の音に聞こえた。
「ん? もう一回、一時って言ってみ」
「しちじ」
「そうかい。そういう事かい」
通りで、土産物屋に気合が入ってる割に人の姿がない訳だ。
「それなら、この茶摘み体験に参加しませんか?」
茶摘み体験。大人二〇〇〇円、子供一五〇〇円。
「本当は十時からですけど、もうすぐ朝の仕事で摘みに出てるかたたちの手が空くので、たぶん早めに開始できますよ」
「お茶かあ、どうする?」
「やろうや。せっかく来たんやし」
「きっと、お茶菓子が欲しくなりマスネ」
「和菓子は有料オプションでプラス五〇〇円です!」
「けっこう取るな……」
俺はサイフと睨めっこする。
「せっかくのお出かけデス、食べられるものはなんでも食べマショー!」
ミラカが俺の腕を揺すってせがむ。しょうがないな……。
「夏場だったら、アユ獲り体験とかもあったんですけどねー。でも、和菓子だって村のかたが手作りしたものになるので、五〇〇円でもお得ですよ! 注文を受けたらサエキさんがパッ! ペッ! と作ってくれるんです」
よく分からんジェスチャーを交えて説明するねーちゃん。
「三人分だけでも作ってくれるの? フットワークが軽いな」
俺はオプション込みの料金を払いながら言った。
「村の人たちはヒマ……気合いが入ってますから!」
ねーちゃんが苦笑する。
「せやな。土産物屋もこんな朝早くから開いとるし」
「そーなんですよー。私もほとんど立ってるだけですけどね。こう見えても私、公務員だったりするんですよー」
「へえー。地方公務員の資格やったら俺も持ってるわ」
初耳だが、フクシマが何を持っていても驚かない。
「ずっと立ってるの大変じゃないデスカ?」
ミラカが訊ねる。
「ちゃんとイスもカウンターの裏に隠してるので楽ちん! のんびりしてていいですよ。お兄さんたちもニシクロヤマで暮らしませんか?」
転居届けをひらひらさせるねーちゃん。
「おねーさんはニシクロヤマに引っ越したんデスカ?」
「そーですよー。都会のクソみたいな生活に疲れたんで、こっちに越して来たんです。ここにはあってもニワトリのクソくらいなので、平和なもんですー」
ニコニコしながら不穏な言葉を発するねーちゃん。
「ねーちゃんも苦労してきたんやなあ」
「どうです? ニシクロヤマは、ヤクザでも外国人でも冴えない人でも歓迎します!」
「誰が冴えない人だ」
「俺はヤクザやで。ねーちゃんキモが座ってて好きやわ」
サングラスの男が笑った。
「お前も、ヤクザじゃねーだろ。暴力団名乗ると逮捕されるぞ」
「ヴァンパイアでもオッケーデス?」
「はい! 吸血鬼でもゾンビでも幽霊でも、ヒバゴンでもネッシーでも歓迎ですよ!」
再び転居届をひらひらさせるねーちゃん。
「節操がないな」
俺は苦笑する。
「幽霊もええんか。せやったら、ここに置いてこかな」
フクシマが何かつぶやいたがスルーだ。
「あはは。都会で働く人なんて、みんなゾンビや幽霊みたいなもんですよー」
俺たちはしばらく土産物屋のねーちゃんと談笑して時間を潰した。
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さて、茶摘み娘たちが畑から戻ってきて、俺たちは茶摘み体験を始めた。
「おお、結構似合ってるな」
「ソーデスカ?」
ミラカは藍の着物と茜のたすきの衣装を借りて茶摘み娘に扮している。
「どうせなら、頭も手ぬぐいに変えたらよかったのに」
「この帽子は手放せマセン!」
ミラカは両手で麦わら帽子を押さえて拒否する。
「別にええよ。私らでも帽子かぶってやるもんもいるし」
本職の茶摘み娘が笑って言った。娘といっても、四十、五十のおばちゃんだが。
「麦わら娘は外国人か」
村のおっちゃんが言った。
「ソーデス、アイルランド人デス!」
「アイルランドってーとヨーロッパの……ヨーロッパは北だから……まあ、寒いところだな! 今日はけっこう暑くなるから、その麦わら帽子はちゃんと被っとかなイカンぞ! ニシクロヤマは谷間で風が強くなるから、吹き飛ばされんようにな!」
おっちゃんは適当に解釈して言った。
やはり、アイルランドは日本では知名度が低いらしい。
「そうよ。熱中症になるからね」
茶摘みおばちゃんが言った。
「オウ、ねっちゅーしょー」
「また微妙に言えてない気がするな。“熱中症”」
「ねっちゅーしょー」
ミラカが復唱する。
「熱、中、症だ」
「ねっ、ちゅう、しよお」
ミラカのくちびるがゆっくり動き、白いキバがちらりと見えた。
「……よろしい」
「やらしいことさせてとらんで、早う茶摘もうや。俺はもうハッパが摘みたくて、摘みたくて堪らんわ」
フクシマが急かす。
「お前はお前で、なんかおかしいぞ」
「ああもう無理。我慢できひんわ。おばちゃん、お茶っ葉どうやって摘むん?」
「熱心な人ねー。見ててね。この時期は新茶だからね。一芯二葉っていって、この柔らかい部分が美味しいところなの」
おばちゃんがお茶っ葉を摘み始める。
実演されてもよく分からん。ただ摘んでるようにしか見えない。
「なるほど」
フクシマは何か分かったらしく、おばちゃんを真似て茶摘みを始めた。
「そうそう。上手上手」
おばちゃんが褒める。
「ヨシ、ミラカもやってみマス!」
そう言うとミラカも見様見真似で茶摘みを始めた。
「おー! 麦わらも上手に摘めとるな!」
おっちゃんがミラカを褒める。
「ホントーデスカ?」
嬉しそうにするミラカ。
「ホントホント。ウチに嫁いでこんか? 嬢ちゃんなら日本一の茶摘み娘になれるぞ!」
おっちゃんが白い歯を見せる。
「お誘いせっかくですケド、先約があるので……」
ミラカは深々と頭を下げる。
「あはは。ヤマシタさん、またフラれてやんの。この人ね、若い子が来るといっつもそれ言うのよ」
おばちゃんが豪快に笑った。
「よし。じゃあ俺も……」
固くなっている茎? の部分を掴み、力を入れて分離する。
「採れた。どう? おばちゃん」
小気味の良い音とともに茶の芽が採れた。
「あー。お兄さんはぶきっちょね」
「兄ちゃんはダメだな。嫁には要らんな」
「ええ……」
村の人たちにダメ出しをされる。
「ウチのウメデラがすみません」
「ウチの編集長がご迷惑を……」
頭を下げるフクシマとミラカ。なんでだ。
「まー。ウチは大きいから、いつもは機械使うけどね。手摘みを売りにしてる分とイベント用のパフォーマンスね。じつは、茶摘み上手な人も、そんなに多くないのよ」
おばちゃんが頬に手を当て言った。
「そうなんですか」
「人手も少ないし、機械使っても味はそんな変わらんしね。ま、気分の問題じゃないかねえ」
そう言うおばちゃんは、ちょっと寂しそうな顔をしていた。
俺も、なんでも機械化してしまうというのも味気ない気がする。
やっぱり手摘みの方が美味しいんじゃないだろうか。
なんでもオカルトに結びつけるワケじゃないが、人の気持ちが入ってる方が、こう……いいよな。
それから俺たちは黙々と茶摘みを続けた。
「よし、飽きた。摘むんはもうええから飲もうや」
「飽きるの早くない?」
俺はツッコミを入れる。
「いや、もうめっちゃ採ったしええわ」
フクシマのカゴには既に緑の新芽がたくさん入ってる。
「早くないか?」
「サングラスのお兄さんはホントお茶摘みが上手ねえ」
おばちゃんはずっとフクシマをベタ褒めだ。
「ヨーシ、ミラカもめっちゃ摘むデス!」
袖を捲って素早い動きを披露するミラカ。
「おう、やったれ麦わら! 目指すは日本一だ!」
おっちゃんが応援する。
「お兄さんもちょっと上手になってきたね」
俺もようやくおばちゃんに褒められた。
満足して周囲を見渡す。
日も昇り、暖かな日差しとわずかに緑の香りを含んだそよ風。
太陽の光を反射して白く輝く茶畑。
こんな時間帯に自然に囲まれたところに居るのは何年ぶりだろうか?
ツチノコはまだだが、来てよかったな。
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